橋下弁護士の思い出 3(完)

少し間があきましたが、前回の続き。

橋下さんが大阪府知事になってしばらく、報道はまさに橋下府知事べったりの内容が多かったです。私自身は、人気者が政治家になってはロクなことがない、と思うほうなので、府知事選挙のとき橋下さんには投票していないし、その後、維新の会には一票も入れたことがなく、それは今でも私の自慢であると思っています。

 

過去に書きましたが(当時の記事。6年前です)、橋下さんが府知事のとき、とある場で、民間なら赤字の制度や部署は廃止して当然だ、と主張したのに対し、公務員側から、公共部門においては赤字でも存続させるべき分野があるのではないか、との指摘がありました。

橋下さんはそれに対して「それは、府民への冒涜です」と言いました。

私自身は、公共サービスが赤字のときに地方公共団体がどこまでのことをすべきか、というのは非常に重要な問題で、それだけに政治家の見識が問われると考えているのですが、橋下さんは、「赤字なら潰す」のが正義と考えていて、それに疑問を呈する人には「府民への冒涜」と言って突き放しました。

マスコミは、公共部門の赤字をどうまかなうかという経済学的な議論が理解できず、ただ橋下人気に乗っかって、一見してわかりやすい言葉の切れ端だけ伝えました。ですから新聞やテレビの報道では、「橋下府知事、『府民への冒涜だ』」などと見出しをあげて、あたかも冷静な議論を求める人たちが「府民を冒涜」したかのような表現をしました。

 

橋下さんは終始こうして、わかりやすい言葉で敵を批判するのが得意でした。その舌鋒するどさは、弁護士として、原告と被告、味方と敵、と立場がハッキリ別れている状況で、相手を批判する際には、依頼者にとって非常に頼もしく感じたのかも知れません。

でも府政や市政においては、味方も敵もありません。異なる考え方を持つ人たちをどう説得して調整するかが政治家の役割ですが、橋下さんにはそのへんの能力は皆無でした。

ここで取り上げてきた公立幼稚園の廃止や民営化は一例にすぎず、府民・市民にとって必要と思われるものを潰しにかかり(今はうやむやになってますが市立図書館や市立大学など)、一方でわけのわからない制度(不祥事ばかりの民間校長その他、枚挙にいとまなし)を公費で導入しました。

やり手の弁護士としての「突破力」が一部の府市民にはウケたようですが、政治は突破力ではなく、泥臭い利害調整を行う忍耐力が必要なのです。

 

かくて、政治家には全く向いていなかった橋下さんですが、ここで述べてきたとおり、弁護士として「業界のあり方を変えていきたい」と語っていた橋下さんの姿を、私は今でもよく覚えています。

やはり、論理の世界に生きるべき弁護士が、多数を頼みにする政治家になるというのは、なかなか成功しないのかなと思います。

いろいろ述べてきましたが、私はそういう次第で、同業でもある橋下さんが……、やっぱり大嫌いです。

橋下弁護士の思い出 2

前回の続き。

橋下弁護士が茶髪のタレント弁護士として「行列のできる法律相談所」(以下「行列」)に出ていたころ、私にも、この番組への出演オファーが来たことがあります。たしか平成16年ころの話です。

テレビ局だったか、下請けの番組制作会社だったかの女性から私に電話があり、「行列」の企画として、レギュラー弁護士と若手弁護士の対決みたいなのをやるとのことでした。

それに出演できるかという打診だったわけですが、アドリブに弱いこの私が、島田紳助や橋下弁護士・丸山弁護士らと面白いやり取りができるとは到底思えない。それでも、大阪人としてのイチビリ精神もあり、とりあえず詳細を聞きたく、「その企画が固まってきたら、また話を聞かせてください」と返答しておきました。

私としては詳細を聞いてから考えるつもりだったのが、先方としてはOKの返事だと受け取ったらしく、その女性から、改めて電話連絡がありました。

収録は何月何日の日曜日で、東京のどこそこで行ないます、と聞かされました。

 

しかし、私は当時、弁護士業の傍ら、司法試験予備校での講師もしていて、土日は講師の仕事でふさがっていたのです。それに何より、そっちから出てくれと言っておきながら、こちらの都合も聞かずに収録の日を決めるとはどういうことだ、と思いました。

こちらの都合を聞かなかった以上、たぶん「その他大勢」の一人としての扱いになるわけでしょうし、その程度のことでノコノコと東京に出ていくのも節操がないと感じました。

それで私は「その日程だと収録には参加できませんので、話はなかったことに」と答えました。

 

で、「行列」の若手弁護士バトルの回は、平成17年あけころに放映されたはずです。私は出ていませんし、見てもいません。

この話を、当時講師をしていた予備校の受講生たちに話したら、休講にしてでも収録に行ってほしかった、自分たちの先生が「行列」に出たって自慢できるのに、と言われました。でも私は今でも「その他大勢」で出なくて良かったと思っています。

 

こういう次第で、「行列」で私と橋下弁護士があいまみえるのは幻と消えました。

橋下弁護士はその後、皆さまご存じのとおり、「行列」を降板して大阪府知事となり、大阪市長となって、今に至ります。

政治の世界に入ってしまった以上は、今後より一層、お会いする機会もないだろうと思っています。

 もう一度だけ続く。

橋下弁護士の思い出 1

大阪市政批判の政治向きな話が続いたので、ここから2、3回は、気分を変えて完全に雑談でも書きます。橋下市長批判ばかり書いているので、私のことを橋下嫌いと思っている方もおられるかも知れませんが、実は「同業」のよしみを感じなくもありません。そのことに触れます。

 

私が橋下さんと初めて会ったのは、私が司法試験に受かって、司法修習生として研修中のころですから、平成11年ころのことです。あのころは、大阪弁護士会の派閥(自民党ナントカ派みたいに派閥があるんです)の主催で、弁護士と司法修習生の名刺交換会みたいなものがよく行われてました。

弁護士からすればリクルートであり、司法修習生にとっては法律事務所への就職活動です。

そこに参加していた一人が橋下弁護士でした。私も多少の会話をしましたが、橋下弁護士が「僕はこの業界のあり方を変えていきたいんです」と、静かながら熱く語っていたのが記憶に残りました。

いただいた名刺に写真が載せてあって、茶髪になる前の姿でした。

橋下さんは弁護士のキャリアとしては私の4期上ですから、当時で弁護士3年目くらいで、まだタレント活動をする前でした。その名刺は捨ててしまったのですが、残しておけば話のネタになったのにな、と思います。

 

その後、私は難波の法律事務所に就職し、イソ弁(=居候弁護士。勤務弁護士のこと)として働きだしました。

橋下弁護士は唐突に茶髪になってテレビに出て、「行列のできる法律相談所」で全国的に有名になりました。お前が言ってた「業界を変える」ってのは茶髪でテレビに出ることか、と私は内心でつっこんでました。

 

ある日、私が西天満のとある弁護士事務所に急ぎの用件があり、そのビルの1階で止まっていたエレベーターに駆け込みました。すると、そのエレベーターに橋下弁護士が乗っていました。そのビルには橋下弁護士の事務所も入っているのです。

橋下弁護士は、たぶんマネージャーらしき人と一緒にいました。別に言葉を交わしたわけではなく、私は無言で乗っていました。

エレベーターが止まって扉があいて、私が降りようとすると、橋下弁護士が私に、「あ、ここ、3階ですよ」と言いました。私が用事のある弁護士は5階だったか6階だったか、もっと上の階です。

橋下弁護士は、私が何階のボタンを押したかを見ていて、違う階で降りようとしているのに気付き、わざわざそれを教えてくれたのです。割と周囲に気を配ってる人なのだなと、そのとき思いました。

 

これが、今までのところで、私が橋下弁護士の「実物」と会った最後の機会となりました。

ただ、もう一度、橋下弁護士とあいまみえる機会があったかも知れないのですが、その話は次回に続きます。

幼稚園民営化、二度めの否決で明らかになったこと

大阪市の公立幼稚園の民営化案が、昨日5月27日の大阪市会・本会議で否決されました。

昨年、11月に同じ案が否決されましたが(当時のブログ記事、今回、橋下市長がまた同じ提案をしてきたわけです。

公立幼稚園を廃園または民営化することについての疑問は、たびたびここでも述べてきたとおりですし、昨年の否決に至る経緯や世論の動向は上記記事に述べました。

同じ話の繰返しは避けて、以下の2点を付け加えます。

 

1つは、今年3月の「出直し市長選挙」が全くの無駄だったのが明らかになったことです。

橋下市長は、選挙に6億円以上かかるとしても、大阪都構想を進めることで、何百億もの収支改善が得られると述べました。しかし、市長の再選を得ながらも、松井府知事は「来年の大阪都実現は無理」と言いだす始末です。

橋下市長自身、その政策実現に向けて、各政党を説得したりして調整能力を発揮するのかと思うと、全くそうではなく、他党(特に公明党)批判を繰り返してきました。

その結果が、幼稚園民営化条例案をはじめ、水道局民営化などの予算案の否決です。市長の調整能力のなさゆえの自滅であるとしか思えません。

大阪都どころか、市長「肝煎り」の政策が何も実現していないのだから、あの市長選挙は壮大な無駄使いだったことになります。

 

もう1つは、大阪の市議会は、意外にも(というと怒られるかも知れませんが)健全に機能していたということです。

橋下市長と維新の会の市議(また彼らの支持者も)から言わせれば、野党が反対ばかりしているから何も進まない、議会の機能不全だ、ということになるかも知れませんが、これはとんでもない暴論です。

公立幼稚園民営化について言えば、その存続を求める多くの保護者(私も含めて)が、繰り返し議会に陳情に行くなどしました。これを「住民エゴ」というのは勝手です。現にそうしたニーズが、市会議員(つまり大阪市民の代表者)に無視できないほどに存在し、だから市議会の多数派は市長の提案を否決したのです。これを「民意」と言います。

私も、この幼稚園民営化問題に関しては、保護者有志の集まり、町内会、市会議員との面談など、いろんな場に実際に接することで、世論や民意というのはこういうふうに形成されていくのだなという、その一端を見ました。

「市政を改革する」「行政の無駄を排する」「既得権を潰す」などという、一見カッコいい(でも中身がない)言葉を吐くだけでは、一時の人気は得ても、結局は何もできないことがわかりました。

そして、大阪の市議会は今回、実際に大阪市に暮らす多くの人々の住民ニーズをくんでくれたのだと思います。

 

書きたいことは尽きませんがこの辺で。

市長のことですから、三度目の「幼稚園民営化」を議会に諮るかも知れませんが、そのときはまた批判記事を書きます。

公募校長と幼稚園民営化のゴタゴタなど

大阪市西淀川区で、民間から公募の小学校長が、校内のPTA会費を持ち出していたとか、学校をほとんど欠勤しているとかの問題で、更迭(つまりクビ)になるそうです。これ、お金の持ち出しが事実だとすると、窃盗罪や横領罪にあたる刑事事件です。

公募校長といえば、港区の小学校で「自分のスキルを活かせない」と言って3か月で辞めた人がいたし、生野区では教頭先生を土下座させた校長がいたとか。

 

橋下市長は、公募制度自体に問題はなく、成果はあがっていると強弁しているようです。

大阪市の職員が問題を起こした際には、組織や制度自体に問題があるかのように苛烈な処分を行いつつ、一方で、公募の区長や校長が凄まじい高確率で不祥事を起こしているのを問題なしとするのですから、呆れるほかありません。

 

さて、来週は、大阪市会で、大阪市の幼稚園民営化の是非が採決されるようです。

ここでも書いたと思いますが、昨年11月の議会で、19の幼稚園のうち、5園が廃園、またはこども園へ移行することが可決され、残り14園については民営化が否決されました。この否決された14園について、あれから半年しか経っていないのに、橋下市長はまた民営化を諮るのです。

 

否決されたばかりなのに、同じ議案を出して可決されるはずがないじゃないか、と私はタカをくくっていたのですが、ウワサでは、どうもそうではないようです。

前回は、上記14園の民営化には維新の会以外は反対しましたが、今回は、公明党の議員の方々が、維新の会に歩み寄って、今回は一部だけ賛成に回るというウワサです。しかも、上記14園のうち、公明党の市会議員がいない西区、天王寺区、中央区の幼稚園だけが、民営化されるというウワサです。

これはもちろん、根も葉もないウワサにすぎず、まさかそんな、あからさまな談合で公立幼稚園が潰されるとは思っていません。

公募校長の不祥事が連日起こっている中で、幼稚園の運営全体をいきなり公募に委ねるなどという議案が通るとは思いません。

 

なんだかゴタゴタした話ですが、大阪市では今、子を持つ親がこういったつまらない話で疑心暗鬼になっているという現状の一端を紹介する次第です。

入学式に出席しない教師をどう思うか

埼玉県の高校教師が、自分の子供の入学式に出席するため、勤務する高校の入学式を欠席したという話、賛否両論に分かれつつ、盛り上がっているようです。

 

これについての私の見解は単純明快です。

高校教師は、所定の年休を得るため、校長の許可など所定の手続きを取って休んでいるのだから、その行動に法的問題は何もない。

休むことを許可した校長は、入学式の進行ついて裁量権を持っており、その裁量に基づいて許可を出したのだから、これも法的問題はない。

法的にはそうなると思うので、その先は個々人の感想、価値観の問題になってしまい、どちらが正しいということは言えないと思われます。

ただ、私の「感想」としては、入学式より自分の都合を優先するような教師に、私は子供の教育を任せたくないし、私の息子が将来学校に通いだして、そんな教師がいたら決して仲良くできないし、そんな教師からPTA活動への協力を頼まれても断ると思います。

今回の埼玉の高校教師というのがどんな人かは知りませんが、この一件によって、生徒や保護者からの尊敬や信頼を得られなくなるのではないかと思います。

 

少し話は違いますが、私はこの一件を聞いて、最近この時期になるとよく出てくる「新入社員は会社の飲み会に付き合わないといけないのか」という話を思い出したのです。

これも答えは決まっています。社員に、終業時間後の飲み会に付き合う法的義務はない(付き合う義務がある、というのであれば、それは勤務時間に該当してしまうので、会社は残業手当を出す必要がある)。

ただ、そういう付き合いを一切拒絶するような人は、そういった場でしか得られないような社内の情報や人的交流を得る機会を失い、それがひいては、その人の人事評価にも影響してくると思います。

 

教師には必ず入学式に出席するという法的義務はなく、会社員には飲み会につきあう法的義務はない。だから出席しなくても、法的な意味での責任追及(解雇、減給、損害賠償など)がされるわけではない。

ただ、法律に触れないというのは、あくまでそれだけの意味でしかない。

それを越えて、職場で信頼関係を勝ち得たり、より質の高い仕事をしたり、仕事を通じての自己実現(さらには出世栄達)を図ったりしようというのであれば、法律を守っているだけではダメで、自分が職場や世間から求められている役割を十二分に果たさなければならないと考えています。

そんなのはおかしい、と感じる人もいるかも知れませんが、たぶん、多くの日本人の素朴な感情がそうなっているので仕方がない。

それがイヤなら、日本国籍を捨てて海外に移住するのは自由だし(日本国憲法22条で保障されている)、日本を捨てないまでも、何か物すごい努力や研究をして評価を得ることだってできると思います。

 

繰り返しますが、入学式に出ない教師、飲み会に付き合わない会社員、これらの人は法的には何の問題もありません。ただ、私は決してそういう人たちと付き合いたくないし、そういう人は世間的に見て幸せな人生を送れなくても仕方ないと思っています。

新年度に「過去ログ」を見返して

4月に入りました。

毎年この時期は、裁判官も人事異動のシーズンであり、裁判所がバタバタしていて法廷での弁論があまり開かれません。したがって我々弁護士も裁判所に行く用事がなく、スケジュールがやや楽になります。

とはいえ、弁護士としても、事務所でたまっている書面作成の仕事などを片付けないといけないので、ヒマというわけではありません。

 

さて先週末、ふと思い立って、過去に自分の書いたブログを見ていたのですが、楽天ブログで書き始めたのが(こちら)、平成18年7月のことですから、あと2年と少しで10年になるわけです。

最近は更新頻度が鈍っておりますが、10周年を達成したら、それを記念して、ブログ記事の傑作選を集めて本にする予定です(エイプリルフールのウソです。こんなこと書くと出版業者が本当に「本を作りませんか?」と営業の電話をかけてきたりするのですが、こんな駄文を本にする気は全くありません)。

 

最近、ブログ更新のペースが鈍っている理由は4つあります。

1つめは本業が幸いにも多忙であるから。2つめは自宅で書こうとしても(独身時代はそうしていた)、今は自宅に帰ると子供と遊ばないといけないから。3つめは幼稚園のPTA活動に時間を割かれるためです。

4つめが最大の理由なのですが、雑文とはいえ8年近くも書いておりますと、いろいろ新しい事件が起こっても、その事件に関する法的論点についてはすでに書いたことがあるものが多く、同じ話を重ねて書くのも気乗りしない、という点にあります。

 

今回は話があちこちに行って恐縮ですが、過去に自分が書いたものを見返してみたのは、「袴田事件」のことを調べようと思ったからです。

最近、連日報道されたのでご存じと思いますが、死刑判決が確定していた人が、再審の開始決定を受けて釈放されたという件です。

 

死刑制度とか刑事裁判の再審についても、ここで度々触れてきましたし、この事件の再審請求は古くから行われていたので、当ブログでも自分で過去に何か書いていたかと思って遡ってみたのです。とはいえ、該当記事が出てこなかったので、まだ触れていなかったようです。

この機会に触れてみるつもりなのですが、多くは過去に書いたことの繰返しになると思います。それでも、目新しい問題も含むようですので、それを自分なりに整理してみるつもりです。

今回は予告だけで終わります。

一市民の見た「大義なき市長選」 2(完)

幼稚園民営化の条例案を通すために、橋下市長がここ数か月でしようとしてきたことを、前回書きました。市長は、これを早期に実現するため、行政各部と、公立幼稚園の現場に指示を出しました。

私が聞いた限りでは、①障害児受入れを義務付ける私立幼稚園の選定、②そこに給付する補助金などの予算編成、③私立幼稚園の教員が障害児教育ができるようになるための研修プログラムの作成などです。

この③などは、私立幼稚園の教員が、これまで何の縁もなかった公立幼稚園へ行き、障害児のいるクラスに配属されて「実践教育」を受けるわけでしょうから、その子の親はどう思うのか、また公立幼稚園側はその子の個人情報をどこまで明かしてよいのかなど、多くの問題が生じるでしょう。

しかし、大阪市の職員や、公立幼稚園の先生方は、私の接する限りでは極めて真面目で熱心な人ばかりなので、そういった予算編成やプログラム作りのために、多くの時間を割いたはずです。

それが、前回書いたとおり、2月のはじめに橋下市長がブチギレ再選挙をやると言い出したために、すべて宙に浮いてしまったのです。

 

市長選挙をするために、どんなに抑えても6億円くらいは必要になると言われています。

橋下市長や子分の区長、維新の議員たちは「公立幼稚園の予算に年間25億円もかかる」と言いましたが、今後、橋下市長が1回ブチギレるたびに市全体の幼稚園の年間予算の約4分の1が吹き飛ぶことになるわけです。

加えて、無駄になるのは、目に見える費用として出ていく6億円だけではありません。

上に述べたように、大阪市の職員や、公立教育の現場の教員たちは、橋下市長の「思いつき」を実現するために、予算編成やプログラム作成などの業務に追われています。そのためにかかった時間も、労力の成果も、宙に浮いてしまっています。つまり無駄です。

私が一幼稚園児の父親としてこの数か月間を垣間見ただけでも、これだけのマンパワーの無駄が生じているのです。大阪市政全体で生じているそうした無駄をコストとして見積もれば、損失はもっと増えるでしょう。

 

それから、損得の話でいうと、橋下市長は「大阪都」構想が実現すれば、年間約900億円の収支改善になるから、市長選挙の6億の出費など何でもない、と言いました。

しかしこれは、多くの方もお気づきの通り、以下の2点において、明らかな詭弁です。

まず、橋下市長が仮に市長に再選されたとしても、議会で維新の会は過半数を取れていませんし、公明党が今後協力に回る可能性は低い。議会が変わらない以上、大阪都だって否決されるので、市長選だけもう1回やるのは無意味です。

(公明党は橋下市長にさんざん罵倒されていましたが、それで今後もし、維新の協力に回るようなことがあったとしたら、談合によってよほどの利益・権益を与えることを言い含められたと、市民は見るべきです)

もう一点。900億円などという数字を示されると、何となく、ちゃんとしたデータがあって本当なのかな、と思ってしまいがちですが、これもマヤカシです。

たとえばこれまで、橋下市長と維新の人たちは「区長や小学校長に民間の人材を投入すれば現場は良くなる」と言っていたのに、実際には、たくさんの不祥事や辞職で混乱ばかり生じています。その程度の単純な見通しすら間違うような人たちの出した計算ですから、きっと間違っています。

もし本当に計算が合っているのなら、年間25億円しか要らない公立幼稚園は、なおさら存続させるべきでしょう。

 

「大義なき市長選」などと新聞等にも書かれていますが、何の意味もない上に、損失や人材の疲弊という害悪ばかり生じる選挙です。

いつも話を息子の幼稚園にからめてしまってすみませんが、市長選挙に際して一市民、一保護者として感じたところを述べました。

一市民の見た「大義なき市長選」 1

この3月に、大阪市長選挙が行われるということで、わが大阪市はいろいろとゴタゴタしています。

今回の選挙に至った直接の事情は、これまで橋下市長や維新の会と友好的関係にあった公明党が離反し、それに橋下市長がブチギレて再選挙を言い出したわけです。「ブチギレ」などとは稚拙で品のない表現だと我ながら思いますが、今回はまさに「ブチギレ」という表現がピッタリきます。

このへんの事情を、一市民の観点から、少し書かせていただきます。

 

以前、公立幼稚園民営化の問題に絡んで、昨年11月の大阪市議会にて、民営化条例案は、維新の会以外の政党がすべて反対したため、(ごく一部の廃園等を除いて)否決されたと書きました。

しかしその後、一部保護者や市会議員からの話として、橋下市長と維新の会は今年の2月に民営化案を再提出すると聞きました。維新の会は昨年11月の否決後、公明党にしきりに秋波を送っているため、今度は可決される見込みが出てきた、という話も聞きました。

 

なお、今回のゴタゴタで、市政がこのように一部政党の密室での「談合」によって進められていることも明らかになりました。

補足ですが私自身は、市民の利害の調整の場としての談合を否定しません。しかし、「公開討論会」が好きな橋下市長が、実際には談合を繰り返しており、そして談合での密約(公明党が維新の会に協力するという約束)を破られたと言ってブチギレているのが滑稽に感じます。

 

11月に否決されたばかりの幼稚園民営化案を、3か月後の2月にまた提出して通るのか、誰でも疑問に思うでしょうけど、実際には上に述べたとおりの「談合」が行われていたわけです。でも、橋下市長もさすがに「談合により今回は可決されました」とあからさまに言うことはできない。

これを正当化する方法は2つです。1つめは「条例案を練り直して、誰もが納得できる民営化プランを示すこと」です。しかし、橋下市長も維新の議員も、そこまで頭は良くないので、3か月間で条例案の練り直しをするなど不可能です。

もう1つの方法は「社会情勢が変化したと示すこと」です。橋下市長はこちらを取りました。具体的に言うと、障害を持つ児童を、私立幼稚園でも受け入れることができるための、体制づくりです。

 

公立幼稚園のなくすことへの批判として、新聞などでもよく報じられていたのは、私立幼稚園は経営効率や収益を重視せざるをえないので、障害児を受け入れてくれなくなる、ということでした。

だったら、そういう状況をなくせばいいのでしょう、と橋下市長は考えたのです(私がここで述べてきたとおり、民営化の問題はその点だけはないのですが)。

私立幼稚園でも障害児を受入れできるように、橋下市長は何をしようとしたか。

まず、私立幼稚園のいくつかを指定し、そこに障害児の受入れ義務を負わせるのです。私立幼稚園側が「受入れできる体制にないのですが」と言ったとしたら、補助金を出したり、園内に介助などの設備を作れるよう金銭的援助をします。

さらに「そんな教育ノウハウを持った教員がいないのですが」という私立幼稚園のために、そこの先生を公立幼稚園で研修させる制度も作ろうとしました。

 

かくて、公立幼稚園を潰して予算を浮かせる、ということを実現するために、障害児の受入れのため私立幼稚園に新たな予算をつけ、またそこの教員を公立幼稚園で学ばせる、というわけですが、おかしいと思われませんでしょうか。

それなら、最初から公立幼稚園を潰す必要はないじゃないか、と多くの人は感じると思うのです。

結局、そうした制度づくりも、市長選挙が始まるために途中で放棄され、今は宙に浮いた形になっているのです。

次回に続く。

「バー 鉄の扉」で検索された件について(雑談)

かたい話が続いたので今日は雑談です。

数日前に、当ブログへのアクセス数が急に増えたことがありまして、要因は何だろうと管理用ページを見ると、検索キーワードで「大阪 バー 鉄の扉」というのがたくさん出てきました。

 

2月19日の新聞やネットニュースで見ましたが、大阪のとある「隠れ家」的なバーが、「食べログ」に自分の店が掲載されているのを削除するようにと、食べログの経営母体(カカクコム)を提訴した、とのことです。

その店では、鉄の扉の周辺に「開けるな」と貼り紙がしてあり、扉を開けるとゴージャスな作りのバーになっていて、お客さんをそのギャップで驚かせたいのに、食べログに書かれるとその目論見がバレてしまう、だから削除せよ、というわけです。

食べログ側は「表現の自由」を理由に、削除には応じない構えのようです。

 

これでなぜ、当事務所のブログのアクセス数が上がるかと言いますと、「大阪 バー 鉄の扉」というキーワードが、ある記事にヒットしてしまうからのようです。

このメインブログとは別に、私がたまに書いているブログ(こちらで、私の好きなバーの紹介をしているのですが、その中で、難波の法善寺横丁にある「BAR川名」という店について、目だたないところに「鉄の扉」があって…と書いたのが、検索でヒットしてしまうのでしょう。

言うまでもありませんが、この「BAR川名」は、上記の記事で訴訟を起こした店ではありません。バーには詳しい私も、その店がどこであるのか、全く存じません。

 

ちょっと話は変わりますが、私はバーでも小料理屋でも「隠れ家」を売りにする店があまり好きではありません。

隠れて飲みたいのであれば、自宅か、愛人の家か、どこかの穴ぐらで飲めば良いのです。バーなど、外部の店で飲む以上は、そこは他の客も出入りする「パブリック」な場であり、誰に見られても恥ずかしくない立ち居振る舞いをしないといけないと考えています。

店主としても、パブリックな場を提供する者として、どんな客にもきちんと対応し、特定の客と慣れあうようなマネをしてはいけないと思います。

常連さんたちが集う秘密の隠れ家で、店主は常連たちにネットに書かないよう申し伝えているような店を、私も紹介されて何軒か知っていますが、そういういかにも「内輪で盛り上がってる」感のある店には、私はまず通いません。

 

さて、この裁判が今後どうなるかというと、私にはどちらでも良い気がしますが、確かに食べログ側は店の誹謗中傷を行なっているわけではない以上、削除せよというのは認められにくいかも知れません。もっとも、私だったら、そんなことで揉めるくらいなら削除くらいは応じたほうが早いと思うのですが。

幸い、私のブログは、店主に断って書いているわけではありませんが、これまで苦情が出たことはありません。でも何らかの苦情が出れば、直ちに削除するつもりでおります。