橋下弁護士の思い出 2

前回の続き。

橋下弁護士が茶髪のタレント弁護士として「行列のできる法律相談所」(以下「行列」)に出ていたころ、私にも、この番組への出演オファーが来たことがあります。たしか平成16年ころの話です。

テレビ局だったか、下請けの番組制作会社だったかの女性から私に電話があり、「行列」の企画として、レギュラー弁護士と若手弁護士の対決みたいなのをやるとのことでした。

それに出演できるかという打診だったわけですが、アドリブに弱いこの私が、島田紳助や橋下弁護士・丸山弁護士らと面白いやり取りができるとは到底思えない。それでも、大阪人としてのイチビリ精神もあり、とりあえず詳細を聞きたく、「その企画が固まってきたら、また話を聞かせてください」と返答しておきました。

私としては詳細を聞いてから考えるつもりだったのが、先方としてはOKの返事だと受け取ったらしく、その女性から、改めて電話連絡がありました。

収録は何月何日の日曜日で、東京のどこそこで行ないます、と聞かされました。

 

しかし、私は当時、弁護士業の傍ら、司法試験予備校での講師もしていて、土日は講師の仕事でふさがっていたのです。それに何より、そっちから出てくれと言っておきながら、こちらの都合も聞かずに収録の日を決めるとはどういうことだ、と思いました。

こちらの都合を聞かなかった以上、たぶん「その他大勢」の一人としての扱いになるわけでしょうし、その程度のことでノコノコと東京に出ていくのも節操がないと感じました。

それで私は「その日程だと収録には参加できませんので、話はなかったことに」と答えました。

 

で、「行列」の若手弁護士バトルの回は、平成17年あけころに放映されたはずです。私は出ていませんし、見てもいません。

この話を、当時講師をしていた予備校の受講生たちに話したら、休講にしてでも収録に行ってほしかった、自分たちの先生が「行列」に出たって自慢できるのに、と言われました。でも私は今でも「その他大勢」で出なくて良かったと思っています。

 

こういう次第で、「行列」で私と橋下弁護士があいまみえるのは幻と消えました。

橋下弁護士はその後、皆さまご存じのとおり、「行列」を降板して大阪府知事となり、大阪市長となって、今に至ります。

政治の世界に入ってしまった以上は、今後より一層、お会いする機会もないだろうと思っています。

 もう一度だけ続く。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA