大阪府労働委員会が、橋下市長が進めようとした職員アンケートを行なわないよう、大阪市に対し勧告した、と朝刊各紙に出ています。この問題、弁護士として、また一市民としても興味あるので、どちらが正しいかといった評価は加えずに、いまの状況を整理してみたいと思います。

 

労働者は、労働組合を結成して、賃金などの労働条件について、使用者側と交渉したりする権利があります(公務員の場合、職種によって労働者としての権利の内容が制限されているのですが、ややこしいのでその解説は省略)。

橋下市長も当然、法的に認められた範囲で市職員が組合活動をするのは認めています。

問題視しているのは、勤務時間中に組合活動をしているとか、組合活動の名目で実は政治活動をしている、という点です。

たしかに、選挙の際に特定の候補を応援するとか、憲法改正反対とか原発なくせなどとデモ行進をするとか、それを個々の職員が休みの日にやるなら自由ですが、勤務時間中にやられると、市民としては「ちゃんと仕事してくれ」と言いたくなる。

で、橋下市長は、そういう活動をしてませんか、というアンケートを実施しようとしたわけですが、設問の中には、政治活動や労働組合に対する考え方について、思想調査とも取れるような内容のものがあったようです。

 

労働組合側は反発しました。その法的根拠は大まかに言って2つです。

1つは、憲法19条は思想良心の自由を保障していて、これには自分の思想信条を無理やり言わされないということも含まれる。思想調査はそれを侵害するということです。もう一つは労働組合法7条で、使用者(この場合は橋下市長)が労働組合の活動に介入したり弱体化を図ったりすることは「不当労働行為」として禁じられており、アンケートはこれに該当する、ということです。

それで、市労働組合連合会という市職員の組合の団体があり、そこが大阪府労働委員会に対し、不当労働行為が行なわれているから救済してください、と申立てをしたようです。


労働委員会とは、労使問題が発生したときに調停などに乗り出す機関で、各都道府県にあります。

大阪では、北浜と天満橋の中間あたり、フランス料理の「ル・ポンドシェル」の斜め向かいの「エルおおさか」という建物の中にあります。イソ弁(勤務弁護士)のころは、使用者側・労働者側を問わず、労働事件が多かったので、私も一時はよくここに行きました。すぐ東側の路地を入ったところに「カドボール」といういい感じのバーがありますが、それはともかく。

 

橋下市長のやったことが不当労働行為に該当するか否かについては、今後、大阪府労働委員会で審査が行なわれ、該当すると判断されれば「そんなことやめなさい」という救済命令が出ます。しかし、労働委員会の審査は裁判手続きと似た部分もあり、けっこう時間がかかる。その間、アンケートが強行されると、あとから救済命令を出しても間に合わないことになる。

それまでの間、労働委員会は、救済命令の効果を確保するために適切な措置を講じることができる、と労働委員会規則40条に定められてあり、今回の「勧告」はその規則に基づく措置です。

 

いずれにせよ、橋下市長と市職員の紛争は、労働法上の興味ある問題を多く含んでいます。極めて大ざっぱに解説しましたが、もし事実関係や法令解釈の誤りがあれば、ご指摘ください。

相談者 前回に続き、小島さん(50代、男性)。中華料理店「康楽」店主。


山内「こんにちは、小島さん。改めてのご相談とは、また何かあったんですか?」

小島「ええ、私個人の先物の件は、先生のおかげで片付いたのですが、今度は、うちの会社のほうが...」

山内「え、会社って」

小島「先生にはお伝えしていなかったのですが、うちの店、3年前に法人化して『株式会社康楽』になったんですよ」

山内「そうだったんですか。ずっと個人事業主として中華料理屋をやっているかと思っていました」

小島「多角化経営をと思いましてね。親族に手伝わせて、餃子をインターネットで通販したりして、いろいろやり始めたんですよ」

山内「たいしたものですね。では、多角化経営に行き詰ったとか...?」

小島「いえ、幸い、お店も通販も、業績はいいんですよ。でも、銀行への支払いがね...。言いにくいですけど、デリバティブとかいうやつですよ」

山内「ああ、もしかしたら、為替デリバティブですか。通貨オプションとかかな」

小島「そう! それです。さすが、先生もご存じなんですね」

山内「最近、その手の相談が増えてますよ。円安に備えましょうとか言われて契約したら、逆に最近は円高になって、大変な状況になっているんでしょう?」

小島「そうなんです。3年前に、お店を会社にして通販を始めるときに、USB銀行から資本金を借りたんです。餃子はよく売れて、借入れは少しずつですが順調に返済していたんです。で、2年前、銀行の担当者が店に来て、通貨オプションとかいうのを勧めてきたんです」

山内「担当者は何と?」

小島「会社として、海外に目を向けてやっていくには、外貨の準備が必要になるし、円安になると外貨が高くなるから、そのリスクに備える必要があるとか言ってきました」

山内「しかし失礼ながら、商品先物取引のことも分かっておられなかった小島さんが、海外通貨でオプション取引をするとか言われても、いっそう分からなかったのでは」

小島「全くそのとおりです。今日は契約書を持ってきているんですが、先生、わかりますか?」

山内「なるほど...。ええと、ざっと解説しますね。今から2年前、1ドルがだいたい90円くらいだったでしょうか、そのときに、あなたの会社は毎月、1ドルあたり80円で、1万ドル手に入れる権利を得ています」

小島「それはどういうことですか」

山内「1万ドルを手に入れようとしたら、当時の相場で、1ドル90円ですから、90万円が必要となるはずです。ところが小島さんは、80万円で手に入れることができた」

小島「なるほど、ドルが安く買えるわけですね」

山内「そうです。安く手に入れた1万ドルで、海外のモノを買うこともできるし、買うモノがなければ、国内でドルを円に換えると90万円もらえるわけだから、差額の10万円が儲かるわけです」

小島「ああ、そうそう、2年前は、月々ちょっと小遣いが稼げてましたなあ」

山内「で、稼いだ小遣いはどうしたんですか?」

小島「宗右衛門町のキャバクラで...って、まあその話はいいじゃないですか。いやでもねえ、最初は儲かっていたのに、円高が進んだあたりから、逆にこっちがお金を払わないといけないって言われたんですよ」

山内「ええ、そういう契約内容になっています。1ドル80円以上の円高になると、今度は銀行が、あなたの会社に対して、3万ドルを売りつける権利を得ることになります。しかも1ドル100円という高値で、です」

小島「と、いうことは...」

山内「あなたは3万ドルを月々手に入れますが、代わりに1ドルあたり100円でその代金を払うわけですから、毎月300万円、銀行に支払わなければならなくなります」

小島「うちの今の状態がそれです。ドルをそんなに持ってても仕方ないので円に換えるんですけどね」

山内「今の相場は1ドル79円くらいだから、国内で3万ドルを円に換えると237万円が入りますよね。300万円で買ったものを237万円で売るわけだから、差し引き63万円、毎月損をしているわけですね」

小島「そんな大変な契約だったのかあ。先生、いつまでこれが続くのですか?」

山内「契約書には、5年契約って書いてあるので、あと3年続きます」

小島「え!円高が続く限り、あと3年も、毎月多額のお金が出ていくわけですか? 何とかなりませんか?」

山内「この問題は最近、訴訟や調停の申立てが増えています。この件も、任せていただければ代理人として手続きを進めさせていただきますよ」

 

(続く)

民主党の小沢一郎被告人に対する裁判について。

今週報道されたところでは、「小沢先生の了承のもとでウソの記載をした」と述べる石井秘書の供述調書が、証拠として採用されないことになったとのことです。この話、刑事訴訟の手続を知らないと理解しにくいので、専門的にならない程度に述べてみます。

 

小沢被告は、ご存じのとおり、何億もの政治資金を受け取りながら帳簿にちゃんと記載しなかったという政治資金規正法違反の容疑で裁判を受けています。

それに対し小沢被告は「私は知らない、秘書が勝手にやったことだ」と、容疑を否認しています。その弁解自体、政治家としてはどうかと思いますが、刑事事件としては「小沢被告の指示や了承のもとに秘書がウソを書いた」という証拠がない限りは、有罪にできない。

 

その有力な証拠が、検察が秘書を取り調べて作成した供述調書であったわけです。

しかし弁護側は、検察が密室で取調べをして作った調書など、裁判官の前に提出すべきでない、と申し入れることができる。その場合は、秘書を証人として法廷に呼んで、裁判官の前で一から証言させることになります。

 

検察が作った調書には「小沢先生に指示されました」と書いてあり、裁判官の前では「私が勝手にやりました」と証言することになる。

このように、調書と証言が食い違うときには、どちらを採用するかが問題となりますが、本来は、法廷での証言がいちばん重要なはずです。例外的に調書のほうを採用してよいのは、「調書のほうが特に信用できる状況のもとで作成された場合に限る」と刑事訴訟法に書いてあります。

 

ただ従来は、法廷での証言よりは、調書が重視される傾向がありました。それは、検察官は法律の専門家だから、証人に対して無茶な取調べなどするはずがない、一方、法廷では証人は被告人に遠慮して本当のことを言いにくい、と信じられてきたためです。

しかし最近は、冤罪事件が次々明るみに出たり、検察官が無茶な取調べどころか、証拠を偽造したりする(郵便不正事件)ケースも出てきて、検察官の取調べにも相当に注意の目が向けられるようになったのです。

そして今回、検察側の調書は採用しないと、裁判長は決定しました。圧力や利益誘導があったとのことです。つまり取調べの検察官が秘書に「指示されたと認めないといつまでも釈放されないぞ」とか「認めればお前の罪は軽くしてやる」などと言ったと推認され、そんな状況で自白したと言っても信用できないというわけです。

検察側が、いかに「取調室では小沢被告に指示されたと言ってましたよ」と主張したとしても、正式に採用されていない証拠に基づいて有罪判決を書くわけにはいきません。

 

今後、検察側としては(注:検察審査会の議決に基づいて、弁護士が検察官として起訴したので、検察側も弁護士です。ややこしい話ですが)、秘書の供述調書がなくても、「秘書が勝手に何億ものウソの記載をするはずがないでしょ、あなたも知っていたのでしょ」という状況証拠で立証を行うことになります。

小沢被告が「全く知らなかった」というのも常識的に考えて充分あやしいのですが、グレーゾーンなだけでは有罪にできないのが刑事訴訟の大原則です。状況証拠でクロに持ち込めるか、今後の裁判に注目したいと思います。

オセロ中島のことについて軽く触れます。

ネットニュースで見たところでは、東京にある個人事務所の賃料を半年以上も滞納し、明渡しを求める裁判を起こされたそうです。14日にその裁判の口頭弁論が開かれたのですが、オセロ中島は出廷しないまま審理は終結し、2週間後の2月28日に判決が出される予定とのこと。

弁護士から見ればよくある裁判ですが、これを題材に、いくつか解説を加えます。

 

まず、賃貸借の賃料については、いかに借主の立場が法的に保護されているとはいえ、3か月も滞納すれば、賃貸借契約を解除されます。オセロ中島は、昨年6月から滞納し、3か月経った9月に契約解除の通知を受けたようです。3か月滞納しているから、解除は有効といえるでしょう。

 

それでも出て行かなければ、家主側が原告となって、「立ち退け」という裁判を起こされる。それに対し、被告側がまともな対応をするのであれば、以下の3つの出方が考えられます。

① 何か正当な言い分があるなら、法廷に出て、書面または口頭で主張する。

② 話し合いによる解決を求めるというのであれば、その意向を裁判所に伝えておく。そうすれば、裁判官が仲裁の役目を果たしてくれます。

③ 第1回口頭弁論の日時がどうしても都合が悪くて法廷に行けないなら「詳細は次回までに主張します」という簡単な答弁書だけ提出しておけば、第2回は事前に時間を調整してくれます。

自分自身が法廷に出るのでなく、弁護士に依頼することもできます。そうなれば、弁護士が代わりに法廷に立つことになります。

 

オセロ中島はこのどれをも行わず、訴えられたことに対して無視したわけです。するとどうなるかというと、原告側の主張に対し何も争いはないと見なされて、審理は終結し、すぐに判決が出ることになります。原告の主張を争わないわけですから、基本的には原告側の求めるとおりの判決が出ます。

本件で、すぐに審理が終結して2週間後に判決が出るというのは、こういう理由です。

 

書面一本出しておけば良いものを、何の対応もしないという被告の対応は異常です。被告側がこういう対応を取るのは、以下の2つのいずれかの理由であることが大半です。

A 原告の主張に対して被告には何も反論がないので、争っても仕方ないと考えている場合か、または、B 前回書いた未公開株詐欺や先物詐欺のように、被告が、判決が出るまでに資産を隠して雲隠れしようとしている場合です。

いずれも、被告としてのまともな対応ではありません。普通の人にとって裁判を起こされるということは人生の一大事であり、いずれの理由にせよ、その一大事に何の対応もしないというのは、人生を半ばあきらめている人だろうと感じます。

 

オセロ中島だって、然るべき人に相談すれば、きちんと対応してくれたはずです。それを勧める人もいたでしょう。オセロ中島は、それも聞き入れないくらいに、人の意見に耳を貸さなくなったのかも知れません。

週刊誌などによればオセロ中島は自称占い師みたいな人に入れあげているようですが、こういう人も、前回書いたとおり、話をややこしくする人々の一例といえます。

今後は、オセロ中島に立ち退きを命ずる判決が出て、それでも立ち退かないなら強制執行で無理やりにでも出させることになります。それは占いよりももっと確実に予想しうることです。目を覚まして今からでも弁護士に相談に行ってほしいものです。

昨年末ころから、ブログのテーマとして法律相談シリーズが増えておりまして、時事問題ネタを期待いただいている方がおられましたら、そっちのほうは怠りがちですみません。もしリクエストがありましたら、極力書きますのでお寄せください。

今後も、当事務所の業務案内も兼ねて、私(山内)の得意分野の法律相談をシリーズ化して書いていくつもりです。中には、読者の方々になじみのないテーマもあるかと思いますが、ご了承願います。

 

今さらながらの話ですが、正しい法律知識は本当に必要なことであると、常々思います。

たとえば、最近、未公開株や社債を買えば儲かる、といった類いの話に騙されて高額のお金を預けてしまったという話が、新聞などでも報道されています。

この手の詐欺が増えた理由の一つは、前回のテーマに書いた先物取引と関連しています。もちろん健全な業者も少なくないと思いますが、違法すれすれ(または違法そのもの)の先物業者は最近の法改正で淘汰され、あぶれた社員らが、その手の詐欺に関わっていることが推測されるのです。

 

それから、インターネットの普及によって、法律問題に言及するサイトも増えて、それはそれで望ましいとは思うのですが、内容的には玉石混淆です。無責任なことを書き散らしているだけとしか思えないものも散見される。

 

無責任に「相談」を請け負って話をややこしくする人も多い。

当事務所の依頼者にもいますが、たとえば、多額の負債を抱えて、その整理のために弁護士を代理人につけて破産や民事再生を申し立てることが考えられる場合に、その人の「ブレイン」を自称する人が「俺に任せておけば債権者とうまく話をつけてやる」などと言って出てきて、余計にこじらせてしまったということも、何度か経験しました。

あと、離婚問題などで、離婚カウンセラーとか自称する人がいますが、その手の知識が豊富だと自認する人が、当事者にあれこれ誤った知識をふきこんで、事態をややこしくさせるということも経験しています。

 

私に限らず、弁護士は、破産でも離婚でも未公開株詐欺でも、出るところに出て、一緒に最後まで戦うことができる、という存在です。他にそういう業種は存在しません。

債務整理の自称ブレインや離婚カウンセラーなどは、自分たちは決して表に出てきません。裏であれこれ言うだけです。

でも弁護士は自分の顔も名前も所在もさらして、紛争当事者の身代わりになります。預かった事件に最後まで責任を持っています。たまに紛争の相手方に殺される弁護士もいます。大げさな言い方ですが、弁護士として事件を預かった以上は命がけです。

 

そんなふうにして、依頼者とともに悩んだり戦ったりしてきた話を、今後も思いつき次第、ちょくちょく書くと思います。ご興味のある範囲でお付き合いください。

大阪地裁 第420号法廷。ゴールド物産の男性社員の証人尋問。

 

山内「あなたが小島さんの先物取引の担当者だったのですね」

社員「はい」

山内「あなたが担当されているときに、金のデイトレード、つまり1日のうちに買ったり売ったりが繰り返されているのですが、これはなぜですか」

社員「ええ、買ってすぐに金相場が上がることもあるので、その日のうちに売って、利益を確定させたいと、小島さんがおっしゃったのです」

山内「小島さんは毎日、中華料理店の仕込みで忙しいのだから、相場の動きを見て頻繁にあなたに電話するのは困難だったはずです。あなたが取引を主導したんでしょう」

社員「私から携帯に電話することもありましたけどね。そのときは出られなくても、後からかけなおしてくれました。デイトレードのことはきちんと説明して、小島さんにも納得してもらっていました」

山内「では、金相場が下落しているときにまでデイトレードをしているのはなぜですか。そんな状況で売れば損をしてしまうでしょう」

社員「いえ、相場がこれから大きく下がりそうなときは、下げ幅が少ないうちに売ったほうが、損失は少なくて済むので」

山内「それから、最初は金の取引を勧めておりながら、途中から、とうもろこしや大豆の先物にも取引が拡大しているのはなぜですか」

社員「これも、金だけの一点張りよりは、複数の銘柄で取引をしたほうが、リスクも分散できるということで、私と小島さんでよく相談して決めたことです」

山内「しかし、とうもろこしと大豆の買いを入れた3月○日の午後といえば、小島さんは上海に食材の買付けに行った帰りで、飛行機の中におられたと思うのですが、よく相談したって、どうやって連絡を取り合ったのですか」

社員「えー、ですから、小島さんが関西空港に着いたときに、電話連絡をしたんですよ」

山内「海外帰りで慌しいのに、小島さんが冷静に判断できる状況であったと思いますか」

社員「いや、小島さんの状況は知りませんけど、とにかく連絡して、納得してもらって買いを入れたんですよ」

(後略)

 

同日、証人尋問終了後、裁判官室にて。

 

裁判官「たしかに、小島さんのような先物取引の素人に、1か月で500万円も出させたのは、やりすぎの感があります。小島さんが落ち着いて判断できない状況下で取引が拡大させられた部分はあるでしょう。それにゴールド物産がデイトレードで多額の手数料を得たことも否定できない」

小島「ええ、そのとおりですよ」

裁判官「しかし、50代の分別ざかりの男性で、しかも自身で料理店を経営しているほどの方が、先物取引のことは何もわからなかったとか、損失を負うリスクが理解できなかったとか言っても、頷けないところもあります。軽い考えで先物に手を出した小島さんにも、落ち度はある」

小島「は、はあ、そうですなあ...」

裁判官「これは私の考えですが、双方の落ち度にかんがみて、ゴールド物産側は小島さんに、損失額の6割を返還するということで、和解するのはいかがでしょうか」

ゴールド物産の代理人弁護士「6割かあ...。ちょっと厳しいなあ。まあ、会社に連絡を取ってみましょう」

 

同日、南堀江法律事務所にて。

 

小島「いやあ、まあ何とか、首はくくらずにすみました」

山内「ゴールド物産が6割の返金に応じてくれてよかったですね。和解金の300万円は、今月末までに振り込まれるようです」

小島「残りの200万円は損しましたけど、これも勉強代と思えば我慢できます」

山内「そうですね、本業でがんばるのが、何より手堅く儲かるものです」

小島「ありがとうございました。また明日から『康楽』でコツコツやっていきます」


こうして、「康楽」にひとときの平和が訪れました。しかしこのときすでに、次なる波乱が幕を開けようとしていたのでした。


(注:先物取引を行なっている方に限らず、誰にでも平易に読めることを主眼に書いておりますので、先物取引の仕組みや、裁判でのポイントなどは、ずいぶん単純化して書いております。ご了承ください)

前回の続き。

小島「先生、私も覚悟して、ゴールド物産の金の先物取引は終了しましたよ。投資した500万円は丸損しましたが、もう金相場に一喜一憂しなくてすむかと思うと、せいせいしました」

山内「それは良かったですね。私も先日、ゴールド物産に、私が小島さんの代理人になったという通知を送りました」

小島「ほう、宣戦布告みたいなものですね」

山内「いや、そんな大げさなものでもなくて、あいさつ状ですよ。あわせて、あなたの取引履歴の一覧がわかるように、元帳を取り寄せておきました」

小島「何か分かりましたか」

山内「元帳を見れば、いつ、どんな取引が行われていたかが一覧できるのです。これで、いろんなことが分かりましたよ」

小島「へえ。どんなことが?」

山内「最初のうちは、金を少しずつ買って、相場が上がってきたところで売る、と堅実に取引をしているのですが、次第に取引が激しくなっていますね。1日のうちに、買い付けた金をすぐ売る、ということが繰り返されています」

小島「はあ。相場のことはわからないんで、そのへんは任せきりだったんですけどね、確かに、途中で担当が男性社員に変わったあたりから、えらく頻繁に電話がかかってきて、買いましょうとか売りましょうと、うるさかったですね」

山内「買ったものを同じ日のうちに売る、これをいわゆるデイトレードと言います。プロの投資家は、1日じゅう相場を見ていて、買っては相場が上がるとすぐ売る、ということを繰り返します。これらの人をデイトレーダーと言います」

小島「デイトレーダーかあ。言葉だけは聞いたことがありますけどね、そんなプロみたいなことをしてくれなくても良かったのに」

山内「それに、相場が動いていないのにデイトレードしていることが多々あるんです。朝に買ったものが昼に値上がりしたから、すぐに売って利ざやを稼ぐ、というなら分かるんですけど、値段が変わっていいないとか、逆に下がっているときにまでデイトレードしているときがあるんです」

小島「どうしてまた、そんなことをしたんでしょう」

山内「考えられるのは手数料稼ぎです」

小島「手数料?」

山内「それも知らずに取引してたんですか? 先物業者だって、お客さんの注文をタダで商品取引所に取り次ぐわけじゃなくて、その都度、手数料を取っているんです。ですから、デイトレードで頻繁に取引してると、それだけ手数料が増えるんです」

小島「そうかあ。してやられたってわけですねえ」

山内「それから、金を買っているはずなのに、途中から、とうもろこしや大豆の先物も買わされてますよ」

小島「ああ、金だけに投資するのでなく、リスクを分散させるために買っときましょう、って言われたんです。これからはバイオエネルギーの利用がさかんになるから、穀物の相場が上がるとか言われて」

山内「穀物の相場を張るために、新たに証拠金を積まされてますよね。そうやって投資額が膨らんでいったんでしょう。典型的な、泥沼にはまるタイプの取引ですね」

小島「今思えば、うかつでしたねえ。冷静に考えると悔しくなってきました。これから、どうしたら良いのでしょうか」

山内「裁判で、損したお金を返すよう求めます。いわゆる損失補填は認められていませんが、違法な取引をさせられたことで損害を受けた、つまり正当な損害賠償を求めるのだ、という裁判を起こすわけです」

小島「わかりました。よろしくお願いします」

 

(続く)

先物取引被害相談4 へ

小島さんの相談、前回の相談の翌日、資料を見ながら。

 

山内「なるほど、こういう取引状況でしたか。で、元はと言えば、なぜ小島さんが先物取引など始めることになったのですか」

小島「それがまあ、ゴールド物産の営業の女の子がかわいかったもので...」

山内「ああ、飛び込み営業は女性社員だったのですか。先物業者がよく使う手ですね。どんなふうに勧誘されたのですか」

小島「これから金の価格は絶対あがりますよ、って彼女が言ったんですよ。これって詐欺ですよねえ」

山内「はい。『絶対に儲かりますよ』なんていうセールストークは、『断定的判断の提供』と言って、商品先物取引法でも明確に禁じられています。でもそのへんは、後から『そんなこと言ってない』と言われたら、それでおしまいですね」

小島「でもそれだけじゃなくて、そもそも先物取引の仕組みなんて、山内先生にお聞きするまで何もわかっていなかったですのに」

山内「まあ、でも、契約書を見ると、損失が生じるリスクはひととおり書いてあります。だから、全く説明がなかったというのも、通りにくいでしょうね」

小島「そうですか...。じゃあ、どんなところから攻めていけばいいんでしょう」

山内「言った言わないの話ではなくて、客観的な事実から追及すべきでしょうね。小島さんは、最初は50万円だけの取引だったのが、次第に取引金額が増えて、最終的には500万円にもなった。どうしてこんなに取引が増えたのか、そこがポイントの一つです」

小島「最初は儲かっていたので、営業の女の子に乗せられて、金を買い続けたんです。でも相場が下がると、担当が変わったとか言って、上司の男性社員が追証を払えって、やかましく言ってきたんです」

山内「担当者がころころ変わるのも、よくある話ですね。最初は若くて親しみやすい社員が出てきて、調子のいいこと言って投資額を膨らませる。相場が悪くなったら担当が変わる。前の担当の子が調子いいこと言ってたのとは打って変わって、追証を入れろときつく言ってくる」

小島「まさにそうでしたよ。本当に、ゴールド物産の連中は鬼ばかりですよ。私もお店の仕込みで毎日忙しいし、中国に行って食材の買い付けもしてるんです。そんな状況でも、担当者が入れかわり立ちかわり電話してきて、冷静な判断のしようがなかったんです」

山内「そうして熟考するひまもなく、取引が膨らんでいったのですね」

小島「それにしても、300万円も追証を払えとは...」

山内「昨日言いましたように、500万円の証拠金はあくまで手付けみたいなもので、実際は5000万円相当の金を買う契約をしているわけです。相場が上がれば利益も大きいですが、逆に、ちょっと下がっただけでも大きな損失が出るんです」

小島「私、どうしたものでしょうかねえ」

山内「これまで預けた500万円がパーになることを覚悟して、ここで取引から撤退するか、または、300万円の追証を上積みして、金相場の回復にかけてみるか、どちらかですよ」

小島「先生、どちらがいいのでしょうか...」

山内「いや、私は法律家ですから、法律のことなら何でも聞いていただいていいのですが、金相場のことは、全く判断のしようがありません。そこは、小島さんに決めていただかなくてはなりません」

小島「どうしようか、困ったなあ...」

山内「でもね、あえてどちらが良いかと聞かれたら、撤退することをお勧めしています。追証を積んで、回復できればいいけど、損が膨らむだけかも知れない。でも撤退すればこれ以上の損失は出ない。そうしておいて、あとは、先物業者との交渉や裁判を通じて、損した分を取り返すのです」

小島「なるほど、わかりました。このあと、ゴールド物産の担当者に連絡して、取引は終了すると伝えます。えらく損したから、うちのカアチャンには怒られるだろうけど、これから先生、弁護を頼みますよ」

山内「え、あなたの奥さんに弁解するのに私が立ち会うんですか? それはちょっと怖い...」

小島「いや、先物業者のほうですよ。少しでも損を取り返してください。正式に依頼いたしますので」

山内「ああ、そっちですか。わかりました。お引き受けします」

 

(続く)

先物取引被害相談3 へ

登場人物:小島さん(50代、男性)。南堀江法律事務所の近くで中華料理店「康楽」を経営しており、何かにつけて相談に来られるお得意さまでもある。

 

山内「おはようございます小島さん。あれ、えらく顔色が悪いじゃないですか」

小島「そうなんですよ先生、私もう、首を吊らないといけないかも...」

山内「どういうことですか、何があったんです?」

小島「明日の正午までに300万円、用意しないといけないんですよ」

山内「ええ? 『康楽』は無借金経営だったでしょう? なぜ急にそんな...」

小島「実は先物取引に手を出してしまったんですよ。大損しました」

山内「ああ、先物ねえ...。その手の相談は多いですが、小島さんもやっておられたとは」

小島「えっ、弁護士さんに相談したら、何とかなるんですか?」

山内「状況をお聞きしないことには、何とも言えないんですけどね、良かったら聞かせてもらえませんか」

小島「1か月くらい前ですけどね、ゴールド物産っていう、金(きん)を扱っている業者の方が、飛び込みの営業に来たんです。これから金相場が上がりますから買いませんか、って勧められて、50万円ほど預けてしまったんです」

山内「それで、儲かったのですか?」

小島「最初は少し利益が出ていたので、追加で投資しました。そのうち、相場が下がりだして、昨日、オイショーで300万円入れてくれ、って言われたんですよ。先生、オイショーって何ですか?」

山内「え、それを知らずに先物取引をしておられたんですか?」

小島「はい、お恥ずかしい限りで...」

山内「じゃ、大ざっぱに先物取引の仕組みを説明しますね。えーと例えば、商品取引所に、3か月後に金2キログラムを500万円で買います、と注文を出すんです」

小島「いやーウチみたいな中華屋に、金2キロも要りませんけどねえ」

山内「もちろんそうでしょう。だから、3か月後が来る前に、それを売ってしまうんです。最近は金の相場が上がってるから、1か月後には金2キロが550万円になっているかも知れない。そのときに転売すれば、50万円の差益が儲かるわけです」

小島「なるほど、それはいい話ですね。でも元手の500万円を用意するのは大変ですなあ」

山内「いえ、3か月後に500万円で買う、と約束するだけですから、今すぐ500万円払うわけではない。ただ商品取引所に、いわば手付みたいに、1割程度のお金を入れておくわけです。ちゃんと取引しますよ、という証拠となるので、証拠金といいます」

小島「そうか、私が最初に預けた50万円は、その証拠金だったのですね」

山内「それも知らずに取引されていたのですか。まあ、続けます。さきのは金相場が高騰したときの話です。逆に相場が下落して、金2キロが450万円になったとしたら、50万円の損失になりますよね。そうすると、3か月後に、500万円を支払って、時価450万円相当の金塊を受け取る、ということになるかも知れない」

小島「いやー、500万円も払えませんし、金塊も要りません」

山内「そうでしょう。ですから、差損の50万円をさっさと支払って、金を安値で転売してしまうことになります」

小島「でも、一時的に相場が下がっても、3か月後が来るまでにまた上がるかも知れないから、金を持ち続けても良いのですよね」

山内「そうです。ただ、50万円だけ預けている状態で50万円の損を出しているわけだから、この時点で証拠金は底をついたことになる。その状況で取引を続けるのであれば、証拠金を追加しなければならないのです。これが、『追証拠金』(おいしょうこきん)、略して『追証』(おいしょう)です」

小島「なるほど、それがオイショーってやつですか、だいたい分かりました。で、私はどうすれば良いでしょうか」

山内「これまでの取引経過を把握したいので、契約書とか、ゴールド物産から送られてくる売買報告書などを見たいのですが」

小島「わかりました。今日はこれから『康楽』のランチの仕込みに入りますので、明日の朝一番に資料をそろえて出直します」

 

(続く)

先物取引被害相談2 へ

注:多くの方には先物取引にまつわる事件はなじみが薄いと思いますが、当事務所の業務内容の紹介も兼ねて掲載します。4回シリーズですが、興味ある方は続編もご覧ください。それから、小島さんはもちろん架空の人物です。

前回の続き。

兵庫県加西市で、月食を観に行った小学生の兄弟が、酔っ払い運転のトラックにはねられ死亡しました。神戸地検がこの運転手の男性を、自動車運転過失致死罪(7年以下の懲役)で起訴したところ、遺族の方が、より重罰の危険運転致死罪(20以下の懲役)の適用を求めて署名運動し、検察側はそれを受けて、危険運転致死罪に訴因変更(起訴した罪名を変える手続き)をしたそうです。

危険運転致死罪と自動車運転過失致死罪の境目は微妙で、福岡の3児死亡事故で最高裁は危険運転致死罪の適用を認めたことは記憶に新しいと思います。それについては過去の記事を参照。

私だって、息子が酔っ払いのおっさんの車にひかれて死んだら、その運転を重罰に処してほしいと考えるでしょう。しかし、今回の経緯については、2つの疑問を禁じえません。

 

一つは、署名をした人たちが、どこまで本気であったのかということです。

前回、私は自分自身で考えた文書でない限り、自分の名前を署名する気にはなれないと書きました。それは、文書に署名するということは、その内容について責任を負うことを意味するからです。

今回、危険運転致死罪の重罰を積極的に適用せよ、という声明書に署名した人は、それが自分自身にはねかえってくる可能性についてきちんと考慮したのでしょうか。

危険運転致死罪は、酔っ払い運転でなくても、速度を上げた際や、車線変更をした際に事故を起こしたときにも適用される可能性があります(詳細は上記の過去の記事へ)。

自分自身がそういう状況で事故を起こしたとき、警察や検察から「あなたはかつて危険運転致死罪の適用を広く求める署名をしたではないか、だからあなたも重罰に処されても文句はないでしょ」と言われかねないことをしているわけなのですが、そこまでの覚悟をして署名した人が、果たしてどれだけいたのか。

 

もう一つは、検察が何罪で起訴するかという判断が、署名活動によって決められることへの疑問です。今回の訴因変更の理由は、署名活動がすべてではなかったと思いますが、それでも重要な要素の一つにはなったはずです。少なくとも世間はそうみたでしょう。

もちろん検察は、起訴するかどうか、どの条文を適用するかという判断において、被害者の感情を充分にくみ取ることが求められます。しかし今回の件で、署名活動は被害感情の表現の有力な手段となるという先例を作ったわけです。

私の知る限り、多くの被害者は「犯人は憎いけど、その裁きは検察官や裁判官に委ねて、裁判の動きを静かに見守ります」という態度を取ります。そういう方々に「私たちも署名活動をしなければ軽く扱われてしまうのか」という、不必要なプレッシャーを与えることになるのではないかと懸念します。

また、署名活動で検察の判断が変わるのなら、容疑者側の身内は「あいつは本当はいいやつだから罪は軽くしてやってくれ」という減刑嘆願の署名を集めることになり、署名合戦に発展するかも知れない。このようにして、署名の多い少ないで罪の軽重が決まるとなれば、誰でもおかしいと感じるでしょう。

 

私は、今回の事故は悪質だし、このケースでは危険運転致死罪の適用でも良いと思っています。しかし、今回のような運用を一般化するのは非常に疑問であると感じます。

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