強制わいせつ罪の判例変更について 1

強制わいせつ罪の成否に関して、最高裁の判例が変更されました。

「世の中、興奮することはいっぱいあるけど、一番興奮するのは最高裁での判例変更だな」と、皆さんの周りに弁護士とか法律関係者がいたら言ってみてください。きっとサンドウィッチマンの漫才みたいに「間違いないね」という回答が返ってきます。

私も、この判例変更に興奮して、というわけではありませんが、さぼっていたブログを1年ぶりに書こうとしています。

強制わいせつ罪は、刑法176条に規定があり、他人にわいせつな行為をしたら6月以上10年以下の懲役、とされています。なお、平成16年の改正前は、6月以上「7年以下」の懲役とされていましたが、近時の性犯罪の厳罰化の潮流の中で、刑の上限が重くなりました。

わいせつな行為の定義は、今回の本題ではないので省きますが、典型的には、痴漢など、女性の体を無理やり触る行為がこれにあたると、常識的にご理解ください。

今回、問題になったのは、強制わいせつ罪の成立要件として、犯人の内心に「わいせつな意図」、言い換えると「自分の性欲を満足させようとする意図」、さらに平たく言うと「スケベ心」が必要であるか否か、という点です。以下、スケベ心と書くのも何なので、用語の統一上、最近の判例に沿って「性的意図」と書きます。

従来の最高裁判例は、性的意図を必要とするという見解に立っており、学説上もそれが通説的なものとされていました。

その理由は、わいせつ行為にあたるかどうかは、外部的な行為からは判別しえない、ということで、たとえば、性的意図がなくても有罪になるとしたら、医師が女性の患者を診察するため裸にして体を見たり触ったりする行為が犯罪になってしまう、ということなどが言われていました。

こういう見解のもとに、最高裁にて強制わいせつ罪にあたらないとされた、有名なケースがあります。

事件は、昭和42年1月のある夜、釧路市内の被告人A(男性)のアパートの部屋で起こります。Aはこの日、被害者となった女性B(当時23歳)を部屋に呼びつけました。

Aには内縁の妻がいましたが、女性Bがこの内妻を東京に逃がす手配をした、と疑って、女性Bを問い詰めようとしたのです。

被告人AはBに対し「よくも俺を騙したな。(中略)硫酸もある。お前の顔に硫酸をかければ醜くなる」(1審の判決文より抜粋)などと言い、2時間に渡って脅しました。さらにBに対し「5分間、裸で立っておれ」と指示し、恐怖のためそれに従い裸になったBの写真を撮影しました。

なお、このとき部屋の中には、被告人の内妻もおり、当の内妻が暴力団員に電話をかけるなどして、Bを脅迫することに加担しており、内妻と女性Bの関係はよくわからないのですが、判決文にはこれ以上のことが出ていません。

被告人Aは、この事案で、性的意図があってBを裸にしたわけではない、Bの裸が見たかったのではなくて、内妻を逃がす手引きをしたことに対する報復のために、辱めてやろうとしたんだ、と主張しました。確かに、被告人AはBの体には一貫して全く触れていないし、内妻が同じ部屋に居て見ているから、変な気を起こすことも困難だったでしょう。

1審・釧路地裁、2審・札幌高裁は、被告人を強制わいせつ罪で有罪とします(懲役1年の実刑)。

しかし最高裁は、昭和45年(1970年)1月29日の判決で、強制わいせつ罪の成立には犯人の内心に性的意図を要し、本件ではそれがあったかどうかわからないと述べ、有罪判決を破棄した上で札幌高裁に差し戻して審理のやり直しを命じました。

その後、札幌高裁でどう裁かれたのか、手元の資料には出ていないのですが、強制わいせつ罪は不成立となったはずです。

もっとも、全くの無罪でなく、強いて衣服を脱がせる行為は強要罪にあたるので、これで処罰されたと想像しますが、強要罪だと「3年以下の懲役」(刑法223条)ですから、上限がずいぶん軽くなり、懲役期間も短くされた可能性はあります。

なお、最高裁の判決は、5人の裁判官のうち、評決は3対2に分かれました。2人の裁判官は性的意図などなくても強制わいせつ罪で処罰してよい、と考えたのです。

この評決が分かれた判決でも、判事の多数決で決まった以上、最高裁の判例として、その後長らく生き続けることになります。

そして、今回、この判例が47年の時を経て変更されたわけです。では今回はどんな事案であったか。その点は次回に続く。

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