「豊かな言葉」について弁護士が考えたこと 2

前回、プラトンの「ソクラテスの弁明」にもとづいて、ソクラテスに死刑判決が下ったところまでお話ししました。その続きを、同じプラトンの著書「クリトン」「パイドン」に沿って書きます。

 

ソクラテスは牢屋に入れられ、死刑を待つ身となりました。しかし、いまだソクラテスを支持してくれる有力者もいて、彼らは、牢屋の番人にワイロ(裏金)を渡してソクラテスを脱走させる準備をします。

そして、ソクラテスの弟子のひとり、クリトンが牢屋にやってきて、「あんなデタラメな裁判にしたがう必要はない」と、ソクラテスに脱獄するよう言ったのですが、ソクラテスはきっぱりと断ります。

有名な「悪法もまた法なり」の話です。ソクラテスは言いました。

「私はこれまで、アテナイの住民として、アテナイの国と法律に守られながら、平穏に暮らしてきた。いま、国が法にのっとって決めたことが、たまたま私に都合の悪いことだからと言って、それを破ることはできない」と。

そして死刑執行の日、ソクラテスはたくさんの弟子に囲まれながら、アテナイの役人から渡された毒いりの杯を静かに飲みほし、死んだのです。

 

何とまあ、ソクラテスはガンコで変わった人のようでした。それでも、自分の信じるところに従って、最後まで自分の言葉を曲げずに、堂々と死を受け入れた、そのあたりに、一種の爽快さを感じます。

私はいま弁護士となって、言葉や論理を武器に仕事をしているわけですが、もしかしたら、中学生のときにソクラテスから受けた強烈な印象が、弁護士を目指した原因の一つになっているのかも知れません。

 

豊かな言葉について書くと言いつつ、ぜんぜんそんな話になってない、ですって?

まあ、それが大人の社会というものです。そもそも、ネットの見出しに大きな期待を寄せてはいけません。ネットに書かれてあることは、このブログも含めて、ろくでもないことばかりです。ネットで豊かな言葉を探すヒマがあったら、今すぐパソコンの電源をオフにして、プラトンでも何でも読んでみましょう。

 

「何か言葉を拾わないと課題が完成しない」という人に、最後に一つの言葉を紹介します。

ソクラテスが毒を飲んで横になり、それが全身に回って、もうすぐ死ぬというとき、ソクラテスはふと顔をあげてクリトンに言います。

「アスクレピオスに鶏を捧げておいておくれ」と。これが最後の言葉になりました。

アスクレピオスとは、古代ギリシアの医学の神様で、当時の人々は、病気が治ったとき、この神様に鶏をお供えする習慣があったそうです。ソクラテスは、死んで魂が肉体から解放されることを、病気から回復することのように考えていたのでしょう。

みなさんもこの冬、風邪などひいて学校を休んでしまったりしたら、風邪が治って学校に復帰したとき、「ふ、アスクレピオスに鶏を捧げてきたぜ」とでも友達のみんなに言ってみてください。カッコいいかどうかは責任持ちませんが。

おわり。

弁護士が教える「相手を説得する魔法の言葉」

安っぽいハウツー本みたいなタイトルですが、ここ何回かお読み下さった方には「また看板倒れのタイトルだな」とお察しのことと思います。その通りです。このシリーズはこれで最後にしますのでお付き合いください。「弁護士の説得させる言葉」という検索ワードも結構見られるので、それについて少々。

もちろん、ドラクエの呪文でもあるまいし、こういう場面でこう言えば問題が解決する、などという便利な言葉はありません。これは私個人の考えですが、そもそも人は言葉で動くものではないと思っています。


それで思いだすのは、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の一節です。薩摩藩と長州藩を同盟させ、倒幕の原動力を作ったのが土佐藩の坂本龍馬と言われているわけですが、当時、犬猿の仲だった2つの藩の手を握らせた決定的な一言は、坂本龍馬が西郷隆盛に言った「長州が、かわいそうではないか!」であったとのことです。

史実かどうかは知りませんが、これで薩長同盟が成立しました。もちろん、その時代背景や、同盟を組むことの利害得失、龍馬と西郷さんの信頼関係など、いろんな要素が前提としてあって、最後にこの一言で西郷さんを動かしたわけです。それらを抜きにして、口先だけで西郷さんや長州の木戸孝允をいくら口説いたって、同盟は成立しなかったでしょう。

たとえば、誰かが高嶋政伸に対して「美元が、かわいそうではないか!」と言ったところで、この2人が仲のよい夫婦に戻るとは思えません。口だけでは人を動かせないのです。

 

私の浅い経験の中から一つだけ紹介します。

それも泥沼的な離婚裁判で、私は奥さん側の代理人でした。もちろん詳細は書けませんが、長い調停と裁判を経て、ようやく裁判上の和解により離婚条件がまとまりかけました。私は奥さん側の意向を踏まえて、考えうる最高に近い和解案にしましたが、一点だけ、ある財産の所有権をめぐって夫婦が合意できなかった。

裁判を続けていけばその財産を取れないことはないと思いましたが、私には、そこまでこだわる合理性があるとは思えませんでした。

裁判所で当事者が熱くなっているのを、双方の弁護士が割って入り、私はちょっと離れたところでその奥さんの目を見て言いました。「もう、これくらいでいいんじゃないですか」と。奥さんは大きく息を吐いたあと、「わかりました」とのみ言い、離婚条件がまとまりました。

最後、私の一言でまとまったわけですが、それには当然、私がそれまでがんばって奥さん側の意向を離婚条件に反映させてきたこと、そのため奥さんが私を信頼してくれていたこと、長々と離婚裁判を続けることの非合理性を理解する聡明さがその奥さんにあったことなど、いろんな前提条件があります。

それなくして、依頼者にいきなり「これくらいでいいじゃないですか」と言ったら、誰だって弁護士が手抜きしていると思うでしょう。

 

このように、相手を説得させた言葉のみを色々拾い集めてみたところで、それ自体に意味はないのです。

前提であるところの、目の前にいる相手(弁護士の場合は依頼者)のために努力すること、そしてその相手から信頼を得ること、素養(弁護士なら法律知識)を広く持つよう心掛けて、この人が言うなら間違いないだろうと相手に思わしめること、それが肝心なのだと思います。

弁護士の説得の仕方 2

「弁護士の説得の仕方」ということで、引き続き書きます。

私の結論は前回書いたとおりです。弁護士は証拠によって事実を明らかにし、それによって自身の立場の正当性を主張するのであって、それを抜きにして口先だけ、物の言い方だけで事件を解決することはない、ということです。

すでにこのブログやホームページで度々書いたのですが、それでもやはり、「相手を説得してほしい」という相談や依頼は多いです。

前回書いた立退き料のほか、契約上のトラブルとか交通事故とかの際の損害賠償や、離婚や不倫の慰謝料など、金額が問題となる場面で弁護士に頼めば「相手とうまく交渉してくれる」と思う人は多いのでしょう。

 

では、そういう依頼に際して弁護士はどう動くか。前回、刑事事件を例に書きましたが、今回は交通事故を例にあげてみます。

交通事故の被害者からの依頼で、賠償問題を交渉することになれば、弁護士としてはまず、どういう状況で事故が起こったのか、どれだけのケガを負ったのかということを、証拠(警察の実況見分調書とか、医師のカルテなど)によって確認します。

あとは被害者のケガに応じて、賠償額の算定基準というものがあるので、それに当てはめて計算し、加害者(またはその保険会社や、その代理人の弁護士)に提示します。

仮に、基準をあてはめてみたら、400~500万円くらいの賠償金が取れそうだというときに、被害者側の代理人は基準の範囲内で目いっぱいのところ、つまり500万円くらいを請求することが多いです。

加害者にも弁護士がついたら、弁護士同士、裁判になったら賠償基準に照らしてどれくらいの判決が出るか予想がつくので、加害者側としては、基準の範囲内で下のほう、つまり400万円くらいで交渉してくるでしょう。

では、400万か500万か、どうやって決めるかというと、「口のうまいほうが勝つ」わけではありません。双方の当事者の落ち度やケガの度合いなどの事実関係について、証拠に照らして、有利な材料をどれだけ出せるかで決まります。

 

弁護士の交渉のやり方として、特に最近、誤解されているなあと感じるのは、弁護士は「とにかく最初は大きくふっかける」と思われている点です。橋下弁護士が知事になり市長になって、政策決定過程でそのような手法を用いたことから、それが弁護士一般のやり方みたいに思われているフシはあります。

私が依頼者に、予想される賠償額はこれくらいだと伝えると、その2倍くらいでふっかけてください、という人も多いですが、それは政治家やヤクザならともかく、弁護士の交渉のやり方ではありません。多めに請求するとしても上記のように基準に照らして限度があります。

基準に照らして400万~500万くらいが落としどころであるケースで、被害者側の弁護士がいきなり「1000万円払え」と言ったとしたら、加害者側の弁護士は、冷静に話し合う意思がないとみて、「だったら裁判でも何でもどうぞ」と交渉を打ち切るでしょう。

それで裁判をやったところで、証拠も何もないのに1000万円の賠償が認められることなどありえない。弁護士間の交渉でふっかけても放置され自滅するだけなのです。

 

当ブログへの検索ワードを見ていて、どんな話し方をし、どんな言葉を使えば交渉や説得で有利になるのか、という情報を求めている方が多いのだなという印象を受けましたが、弁護士としては、交渉の材料(つまり自分側に有利な事実や証拠)がどれだけ出せるかがすべてであるということを、重ねてお伝えしたいと思います。

弁護士の説得の仕方

「弁護士 話し方」という検索ワードで当ブログに来られる方が多いので、あざといようですが前回、「弁護士の話し方」というタイトルの記事を書いたら、アクセス数がずいぶん伸びました。さらにあざとく「弁護士の説得の仕方」ということで書いてみます。

このテーマ、けっこう誤解されている方も多いのですが、弁護士の話し方に特殊な方法がないのと同様、説得の仕方についても、弁護士に特段のスキルやテクニックがあるわけではありません。

 

私の過去の経験で雑多に書いてみます。私が弁護士になった当初、上坂明弁護士のもとでイソ弁(雇われ弁護士)をやっていたころの、ある相談者の話です。

大先生が出るまでもないということで私が担当しましたが、見るからにチンピラのような風貌の人で、相談内容は、借家の立退きにからんで立退き料がほしい、といったことでした。

事案からして、立退き料はゼロか、よくてせいぜい100万円くらいと私は考えたのですが、チンピラがいうには「最低でも500万円は取ってほしい」と。私が「それは明らかに無理ですよ」と答えると、チンピラは「上坂先生は殺人罪を無罪にしたことがあるんでしょう? それを見こんで来たんですよ」と言いました。

 

たしかに上坂先生は、過去に2、3件ほど、殺人罪で起訴された被告人を無罪にしたことがあります。このチンピラはたぶん、上坂先生が、検事や裁判官を言い負かしたり、被害者の遺族を恫喝したりして、黒を白と言いくるめたとでも理解しているのでしょう。それなら、ゼロ円の立退き料を500万円にすることはわけもないと。

ヤクザならともかく、弁護士はもちろん、そのような解決方法を取りません。上坂先生がどのようにして無罪を取ったかというと、例えば以下のような話を聞いています。

ある被告人が、夜間、A地点で被害者を殺害し、B地点まで運んで遺棄したと疑われている。上坂先生は、知り合いの弁護士に「死体」の役を頼んで、同じ場所で同じ時間に、それを再現してみたわけです。結果、A地点とB地点の間の距離や地形からして、被告人が遺体を運ぶのは物理的にほぼ不可能であることがわかった。そうしたあたりから、検察側の主張を突き崩していったとのことです。

弁護士はこのように、事実と異なる主張に対し、それはおかしいでしょうという証拠を出すことによって、自らの主張の正当性を明らかにしていくわけです。事実や証拠を抜きにして、口先だけで相手を丸めこむようなことはしません。

 

ちなみに、上記のチンピラですが、私がこのことを話しても理解しませんでした。

「だったら他の弁護士を探してください」と私はイソ弁の分際で言いましたが、温厚な上坂先生の意向もあって、引き続き私がその人の訴訟を担当することになりました。結果としては、調停やら裁判やらの末に、相手の譲歩もあり、100万円くらいの立退き料を払ってもらい、それでチンピラも満足しました。

言って分からない人には、「ではあなたの言うとおりにやってみましょう」ということで長い裁判をして、その人が疲れてきたころに「このへんで手を打っときませんか」と当初予定のとおりに話をまとめる。これは私がたまに使うやり方です。「説得の仕方」といえるかどうかはわかりません。

弁護士の話し方

ここ最近、当事務所のホームページに、「弁護士 話し方」という検索キーワードで来られる方がたいへん多いです。

管理者用ページの情報によると、9月に入ってから今日まで、「弁護士 話し方」「弁護士の話し方」の検索ワードで計82件のアクセスがありました。また、「弁護士 話し方 気をつけていること」で20件、「弁護士 説得」「弁護士 説得の仕方」で計20件のアクセスがありました。

これで検索すると、当事務所の(旧)ホームページに私が約6年前に書いたコラムが出てくるみたいです。今でも見れますので興味のある方はどうぞ。

 

ついでに、全く関係ないですが、「難波 ゲイバー シカゴ」で5件くらいのアクセスがあります。これは私が9年前に若気のいたりで書いた、難波のゲイバーのママ(?)を紹介したコラムです。今となっては恥ずかしい内容なので人目につかないところに格納したつもりが、検索すると出てくるようです。

 

横道にそれましたが、なぜ「弁護士 話し方」という検索が増えているのか私にはわかりません。もしこの検索ワードで当ブログ記事に行きあたった方は、どういう情報を求めて検索されたのか、よろしければコメント、メールなど寄せてください(従来より、ブログネタのリクエストを歓迎しております)。

 

ひとまず、弁護士の話し方、説得の仕方や、その際に気をつけていることなどについて情報を求める方が多いようですので、簡単に書きます。

かといって、我々の業界内に特殊な秘伝があるわけではありません。

私が弁護士になりたてのころから意識してきたのは、当たり前のことですが、「相手の話をよく聞く」「一般の人が聞いてわからないような専門用語は使わない」「尊大にならない」ということです。これはどういう分野の人にでも求められることだと思います。

ただ、弁護士として12年やってきた今は、これも程度の問題であると思っています。

依頼者の話をよく聞くと言っても、全然関係のないことばかり話す人もいて、それをずっと聞いているのは互いに時間の無駄になるし、肝心なことが聞けないままに相談が終わってしまいかねない。

専門用語はつかわずに、尊大にならずに、と言っても、場合によっては、小難しい話も交えて上から「こうだ」と言ってやらないと納得しない人もいる。

結局、相談に来た人はどういう情報を求めているのか、そしてそれをどういう言い方で伝えれば納得をするのか、それを相手の顔を見ながら決めている、という部分も多いにあります。

 

また横道にそれますが、上記のゲイバーのママは、たぶん客の顔を見て、お酒を飲みたいのか、映画や音楽の話がしたいのか(ママは古い映画に詳しい)、ゲイの世界の濃い話が聞きたいのか、判断しているのだと思います。

人と接する仕事であるという点では、弁護士もゲイバーのママも同じであり、そこに決まった方法論やマニュアルがあるわけではありません。

余力があれば、次回は「弁護士の説得の仕方」について書きます。

為替デリバティブ被害相談4(完) ADRによる解決例

全国銀行協会のADR(調停)期日にて。

 

山内「調停委員からの提案は、お聞きいただいたとおり、本件の通貨オプション契約を解約する、その解約金については、銀行側の負担を6割とし、あなたの負担を4割とする、といった内容でした」

小島「6対4で、私の落ち度は4ですか。先日の先物の裁判と同じですね。先物取引よりは今回の通貨オプションのほうがずいぶん複雑な仕組みだったと思うのですが、私の落ち度が同じとは、ちょっと不本意な気もします」

山内「お気持ちはわかりますが、ADRは話し合いによる合意を前提とする手続きですから、あまりに銀行の落ち度を大きく見積もることは困難でしょうね」

小島「で、調停案をのむとすれば、具体的にはどうなりますか」

山内「株式会社康楽がUSB銀行と結んだ契約を解除しようとしたら、約1500万円の解約金を要することになります。そのうち6割は銀行が持つとして、康楽は4割の600万円だけ支払うということです」

小島「まだ払うことになるんですか…」

山内「もしこのまま契約を続けるとしたら、以前お聞きしたとおり、月々60万円程度の損が出ます。今後約3年間、為替相場が大きく変わらないとしたら、トータルでは2000万円近いお金を支払わされる勘定になる。それを、一部だけ負担して、きれいさっぱり終わらせるわけですから、決して悪い話ではないと思います」

小島「調停案を拒否すれば、どうなりますか」

山内「長い裁判になるでしょうね」

小島「うーん、裁判に持ち込んでも、どうせまた私の落ち度って言われるでしょうし、正直なところ、こんな契約は早めに切ってしまいたいのです。でも、もうこれ以上に出せるお金がねえ…」

山内「その点は、USB銀行から融資を受ければよいです」

小島「訴えた相手がお金を貸してくれるんですか?」

山内「繰り返しますがADRは訴訟でなくて話し合いの場です。デリバティブでの損失で康楽が倒産することは、銀行だって望んでいません。この問題に話さえつけば、解約金については融資を受けて、あとはそれを少しずつ返していけばいいんです」

小島「USB銀行は納得してくれますかねえ」

山内「もちろん私が交渉します。康楽は本業では好調なのだから、銀行として融資を断る理由はないと思いますよ」

 


後日、「康楽」にて、ある日の午後に

 

山内「すいません、天津飯ひとつお願いします」

小島「あらっ、先生、いらっしゃいませ。遅いお昼ご飯ですね」

山内「しばらくです、小島さん。顔色がよくなりましたね」

小島「ええ、調停案どおりにまとめていただいて、融資もきちんとおりましたしね。私もようやく、商品相場とか為替相場で毎日眠れない思いをすることもなくなって、感謝しています」

山内「お店も順調なようですね。お昼どきに伺おうと思っていたのですが、いつも満員で行列ができていました」

小島「ありがたいことに最近は盛況でして。それで私、近々、銀座に2号店を出すことになったんですよ」

山内「ええっ、銀座にですか! それはすごいですねえ」

小島「まあ、銀座と言っても『堺銀座』ですけどね」

山内「ああ、堺東の駅前商店街ね…。いやでも大したものじゃないですか。ぜひ堅実にがんばっていってください」

小島「はい。天津飯はもうすぐできあがりますから、しばらくお待ちください」

 

(了)

 

(注:今回も、為替デリバティブの仕組みや調停手続きについて、平易に紹介することを主眼に、ずいぶん単純化して書いておりますことをご了承ください)

 

為替デリバティブ被害相談3 デリバティブが含む問題点

小島「その後、準備は進んでいますか」

山内「ええ。ADR手続きの申立てをして、早期に解決したいと思ってます」

小島「どれくらい早く解決できますでしょか? あと1週間くらいで何とかなりますか?」

山内「いや、ADRは裁判よりは早いですが、さすがに1週間というの無理です。4か月から半年は見ておいてください」

小島「やっぱりそうか…。いや、1週間後にね、今月もまたUSB銀行に300万円を払わないといけないんですよ。ドルを買わされるので…」

山内「その支払いは、ストップしてしまって良いと思います」

小島「え、銀行への支払いを止めるんですか?」

山内「ええ、銀行に申し入れてください。弁護士を立ててADRの場で決着させたいから、それまで支払いをストップさせていただきますと。銀行側が何かややこしいことを言ってきたら、私が出ます」

小島「大丈夫でしょうか。そんなことして融資を引き揚げるって言われたら、借りた資本金もまだ全部返せていない状況だし…」

山内「多くの場合、銀行はたいてい、話し合いに応じてくれます。もし仮に融資を引き揚げるとか言い出したら、それこそ、銀行協会に苦情申立てをしますよ。銀行はそこまでモメることは望まないですから

小島「そうですか、わかりました。支払いがストップすれば、うちの資金繰りもずいぶん楽になるし、また宗右衛門町で…いやいや冗談です。で、先生、ADRの手続きは、いつごろ始まりますか」

山内「いま、申立書を作成していて、今月中には、全銀協へ提出できます。いま、この手の申立てが増えていて、割と待たされるみたいなので、調停の場が持たれるのは、2、3か月後くらいですかね。支払いはストップしていいのですから、気長に待っていてください」

小島「ADRのときには、どんなことが聞かれるんでしょうかね。私が商品先物に手を出したときの裁判みたいに、証言を聞いてもらって、お互いの落ち度を考えて痛み分けになるんでしょうかねえ」

山内「極めて大ざっぱに言えば、そうです。しかし、通貨オプションなどの為替デリバティブのADR手続きでは、独特の重点があります」

小島「と、言いますと?」

山内「商品先物取引は、多くの人にとって、明らかに投資なんですよ。もっと言えばギャンブルなんです。相場の上下を利用して儲けるために行なわれる」

小島「ええ、確かに」

山内「でも、為替デリバティブはそうじゃない、という建前になっています。銀行は先物業者と違って、相場を利用して顧客にギャンブルをさせる商品など、販売してはいけないんです。それが銀行としてのプライドでもある。だから銀行としては、お客様の為替リスクのヘッジのために必要な商品ですよ、という触れ込みで勧誘してくることになります」

小島「そういえば、そういう勧誘をされましたなあ」

山内「そこでお聞きしますが、小島さんが『康楽』の仕入れのために必要なドルは、いくらくらいでしょうか」

小島「年に2、3回ほど、中国やアメリカで食材とか調味料を買ってくる程度でして、日本円で年間せいぜい2~300万円、ドルだと3~4万ドルくらいですかねえ」

山内「であるのに、USB銀行との契約では、少なくとも毎月1万ドル、多いと3万ドルも買わされることになる。年間にして12万ドルから36万ドルです。あきらかに、小島さんの会社の取引量を無視した、過大な取引をさせているんです」

小島「冷静に計算するとそのとおりですね、先生。最初は儲かっていたので、あまりその点を考えていませんでした」

山内「リスクヘッジのために必要だと言いつつ、実は不要なまでのドルを買わせた、そこがこの手の契約に含まれる重要な問題です。ADR手続きの中でも、そのあたりが主要な争点になります」

小島「なるほど、そういうところを突いていくわけですね。先生、ADR手続きに向けてがんばって準備を進めてください」

山内「わかりました」

 

(続く)

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新年のとりとめのない雑感 3

前回の続きで、あくまで私個人の見解ながら、弁護士にとってタチの悪い、質の低い事件とはどういうものか、について。いろんな例を挙げることはできると思いますが、単純化のため、とりあえず4つの類型に分けます。

 

1つめの類型は、依頼の内容自体が違法なケースです。

例として、明らかに脅迫にあたるような文書を、弁護士の名前で紛争の相手方に送り付けてほしいという相談があります。この類型は論外であって、弁護士である以上、受けてはいけない事件です。

 

2つめの類型は、弁護士を「代書」としか考えていないようなケースです。依頼者が思うとおりの内容を一言一句、訴状や内容証明に書いてほしいというものです。

弁護士が文書を書く以上は、ふさわしい法律構成や表現を慎重に吟味するのですが、弁護士としてとうてい書けない表現(法的に不正確であるとか、品位に欠けるなど)ばかり書いてくれという人はたまにいます。

 

3つめの類型は、依頼者がおよそ現実的でない「戦略」を立てているケースです。

例としては、以前も触れましたが、金を貸した相手がお金を返してくれないとき、貸金返還の民事裁判を起こすのではなく、警察に詐欺で告訴してほしい、という相談がそれです。

警察に告訴する→警察が速やかに捜査に乗り出す→相手が驚いてすぐにお金を返してくる、という「戦略」なのですが、これがまず実現不可能であるのは、以前書いたとおりです(右の「2011年8月アーカイブ」にて「告訴を受理させる50の方法」を参照ください)。

 

4つめの類型は、法律問題でもないことについて、とにかく交渉してほしいというケースです。例としては、彼女と別れたいからキレイに別れられるよう交渉してほしい、というものです。

 

1の類型は、上記のとおり、間違っても受けてはいけない相談です。2から4の類型でも、一昔前の弁護士なら、そんなの弁護士に頼むことじゃない、と断ったでしょう。

ただ注意していただきたいのは、弁護士がこうしたケースを断るのは、多くの場合、弁護士としての矜持と良心に基づくものです。

もしこれが悪徳弁護士であれば、高い着手金だけ取っておいて、「あなたの言うとおりやってみましたがダメでした」「がんばって交渉しましたがダメでした」で終わりでしょう。

 

弁護士の数が増えて、アクセスがよくなることで、この手の相談はきっと今後増えると思います。私ならたぶん断りますが、これからどんどん弁護士の数が増えてくれば、食っていくためにはやむをえず、疑問を感じつつもこうした案件を受ける弁護士も増えていくでしょう。

すべての弁護士がそうだとは思えませんが、相当程度の数の弁護士において、その仕事は、法律の専門家ではなく、依頼者の手駒みたいになっていくことが予想されるのです。