小沢一郎はついに「被告」となった

小沢一郎が「強制起訴」されたと、各紙一面に大きく見出しが載りました。

 
起訴されて小沢一郎は「被告人」となり、刑事裁判で裁かれる身分となりました。
今後、各メディアは、小沢一郎・元民主党代表を「小沢被告」と表現するのか、またはSMAPの稲垣吾郎が逮捕された際の「稲垣メンバー」みたいな、ことさらに慎重な表現をとるのか、注目したいところです。
 
それにしても、単なる起訴ではなく、「強制起訴」と表現されると、い
かにもキツイ印象を受けまして、あたかも小沢被告が、政治資金の帳簿処理について国会で明らかにせず、ジタバタしているために無理やり起訴されたのか、と
いう感じを受けますが、強制起訴とはもちろん、そういう意味ではありません。
 
起訴されるのは小沢被告に限らず誰でもイヤなので、起訴される側からすれば、起訴とは常に強制的に行なわれるものです。
ここで言う「強制」とは、検察官が起訴する意向がないのに、検察官に有無を言わさず起訴が行なわれるという意味でして、その強制は被告人ではなく、検察側に向けられています。
 
なぜそういうことになるかというと、検察審査会が「起訴せよ」という議決をしたからです。
検察審査会制度については、ここでも何度か書いてきたので(こちらなど)、それ以上には
触れません。
 
強制起訴というのは、法律上はそのような用語はなく、マスコミ用語であると思われます。検察審査会法の条文や、刑事訴訟法の教科書の上では「起訴議決に基づく公訴提起」などと表現されていて、強制起訴という言葉は出てきません。
 
通常、法律用語で「強制」という言葉は、法律や判決で命ぜられたことに国民が従わないとき、国家が国民にそれを強制して実現する場面で使われます(たとえば税金を払わない人の財産を国が差し押さえることを「強制徴収」と言ったりします)。
 
これに対し強制起訴は、国家機関である検察官が「起訴しない」と決め
たことについて、国民から選ばれた検察審査会員が起訴を強制するという制度であり、従来とは正反対に「国民が国家に強制する」ことを意味します。法律上の
通常の「強制」とは逆なので、条文上は「強制起訴」という表現は使われないのかも知れません。
 
用語はともかく、この制度は、検察が一手に握っていた起訴・不起訴の判断権限の一端を国民に委ね、場合によっては国民の判断のほうを重視するという、画期的なものではあります。
ただ、すでにここでも書いたように、起訴する・しないを審査会の多数決で決めていいのかという点には、不安を感じなくはないです。
 
もっとも、民主党は「国民目線」という言葉が好きなようですから、今回の強制起訴に限っては、私としても賛成であり、小沢被告にはぜひとも法廷で、国民目線で語ってほしいと思います。

こんどは競馬予想詐欺グループが逮捕

またまた、インチキ会社の話を書こうとしています。

昨日の新聞各紙に「競馬予想詐欺」で大阪・兵庫で逮捕者が出たという記事がありました。

典型的な手口は、インターネットやスパムメールで、競馬の勝ち馬を教えるという広告をし、問合せをしてきた人には「八百長レースが仕組まれていて、勝ち馬が決まっている」と言い、情報料などの名目で多額の金銭をだまし取るというものです。

うちの事務所にもこの手の被害に遭った人からの相談が来るのですが、最初から詐欺をやろうという連中のことですから、訴えようにも、所在不明のことが多いです。

うちで相談を受けたのは、今回逮捕者が出た会社とは違うようですが、社名を「株式会社的中」と言います。ここ何回か取り上げた英語の名前ではないですが、それにしても直截的すぎて品のない名前です。

私はこの的中という会社のホームページに記載のある電話番号にかけてみました。
社員らしい人が出てきたので、「Aさん(依頼者の名前)の件で電話した」と告げると、その社員は「Aさんからは色々クレームを言われていて、業務にも支障が出てるんで、こちらとしても何らかの対処をさせてもらいます」と、開き直ったように言いました。

普段から、何か苦情が寄せられたときには、このように逆ギレ的なことを言って、煙に巻いているのだろうなと思いました。
私としてはもちろん、正々堂々と「対処」をしてもらうのは望むところなので、「何か主張があるのなら、代理人である私に言ってください」と伝えましたが、その後、何の連絡もありません。

後日、こちらから改めて電話しました。本社所在地のビル名はホームページでわかるのですが、ビルの何階かが不明で、訴状や郵便物が届かないためです。
以下、電話での会話です。

私「あなたがたの会社は○○ビルの何階、何号室にあるんですか」
社員「えーと…わかりません」
私「あなたは、いま自分がいる会社が何階にあるのか分からないのですか」
社員「…2階か、3階です」
私「2階か3階か分からないのですか」
社員「えーと、中2階みたいなところになってるんですよ」

後日、私は新宿にあるそのビルに行ってみましたが、もちろんビルに中2階などなく、どの階にもその会社はありませんでした。

その後のことは、現在進行中の事件ということで、これ以上に書くのは差し控えますが、詐欺グループというのはこのように、悪いことをして多少稼いだらまた姿をくらまして、ということを繰り返しています。まさに日陰に生きる蛇蠍のような連中です。

そして残念ながら、警察も忙しいので、殺人事件でも起きない限りはすぐには動いてくれず、この手の金銭的被害は滅多に警察沙汰にはなりません。弁護士に依頼するにも費用がかかります。当然のことですが、何より詐欺にあわないのが一番です。

確実な勝ち馬予想など、ちょっと考えてみればありえない話です。馬が八百長できるとは思えません。
ちょっとした儲け話に手を出してしまいたくなる気持ちはよくわかりますが、どうぞ健全な常識を働かせて、詐欺にかからないようにしてください。

投資詐欺や競馬予想詐欺が摘発された話を書きましたが、これらの連中は間違いなく、手を変えて次の詐欺の機会を伺っていますから。

インチキ会社名の考察

前回、インチキの会社はたいてい、社名に長く複雑なカタカナを使ったり、アルファベットを使ったりしている、という話を書きました。もちろん、そういう社名でも真っ当に仕事している会社はたくさんある、ということをお断りしつつ、続けます。

前回の記事をかいたのは一昨日ですが、ちょうど昨日、日経朝刊に「先物詐欺、被害20億円か」という見出しが乗りました。

「海外商品先物オプション取引」への投資を名目に客からお金を受け取り、実際は投資に回さず、役員報酬などにあてていたなどの疑いで、会社の専務らが逮捕されたそうです。

そしてこの会社の社名は「株式会社トレイダーズ・エクストリム・カンパニー」といい、いかにも長いカタカナ社名です。それに「カンパニー」は会社のことだから、社名に「会社」が2回出てくることになります。

この社名を日経で見て、どこかで見たことあるような、と思ってパソコンを叩いてみると、うちの事務所で3年ほど前に訴えたことがありました。このときは幸いにも、依頼者が預けたお金の多くが返ってきました。

儲けるだけ儲けて、頃合いを見て会社を潰して逃げるというのが、投資詐欺の会社の典型的やり方です。

ついでにもう一つ、会社の実名を挙げますと、いま東京地裁で破産手続きが進んでいる会社で「PRIMORIS INVESTMENTS株式会社」というのがあります。

うちでも訴訟になっていますが、会社の役員の大半は所在不明です。末端の社員は知りませんが、少なくとも役員らは意図的に詐欺を行なっていたと思っています。

この「PRIMORIS INVESTMENTS」などというのは、客も、それから社員すらも、会社の名前を正式にはどう読むのか、わかっていなかったでしょう。私も知りません。

私が司法書士事務所に勤務していた15年前ころは、確か、会社名をアルファベットで登記することは実務上、認められていませんでした。

それがいつの間にかできるようになり、そこらあたりから、変なカタカナやアルファベットの社名の会社が増えてきたように思っています。これからも増えるでしょう。

自分の子供に、当て字の変わった名前をつける親が、たまに取り沙汰されたりしますが、会社名というのも、もっと注意されて然るべきです。

さらについでに言うと、じゃあNTTJRはどうなんだ、と思う方もいるかも知れませんが、あれは社名ではなくて通称です。
NTTは「日本電信電話株式会社」ですし、JR西日本は「西日本旅客鉄道株式会社」です。まさに名は体を表す、です。

話があちこち行きましたが、聞いてよくわからない名前の会社は、営業の電話などがあっても、取りあえずお付き合いしないほうが良いのではないか、ということを言いたくて、長々と書きました。以上です。

合理的なものは単純なものである

このところ、雑感的な話が続いていますが、今回もそうです。

昔からそのエッセイが好きでよく読んでいる曽野綾子さんが、今も産経新聞でコラムを書いておられます。

今朝書いておられたのは、最近、社名にカタカナやアルファベット3文字を使う会社が増えたが、あれはその会社が何をやっているのか、外部の人間にはよくわからないという話でした。
曽野さんの夫(作家の三浦朱門さん)は、そういう会社から営業電話がかかってきたら「カタカナの名前の会社なんてインチキだ」と説教しているとも書いておられました。

もちろん、カタカナ社名であればすべてインチキだ、ということはないのですが、おそらく、その逆は言えます。
つまり、インチキの会社はたいてい、カタカナの名前であるということです。

私の事務所でも事件として多数扱っていますが、投資詐欺(未公開株とか、海外の金や原油の先物を買うとか)でお金を儲けて、裁判になったころには会社を潰
して、関係者が逃げてしまうような会社は、ことごとくと言っていいほど、長く複雑なカタカナを使ったり、アルファベット3文字を使ったりしています。

先週の新聞で、大阪市内の投資業者の経営者グループが逮捕されたというニュースがありました。その社名は「国際リード投資」といい、これはまだ社名の一部が漢字ではありますが、扱っていた商品は「CFD取引」と言いまして、アルファベット3文字です。

CFD
取引とは何かというと、商品相場などを指標として行なう差金決済取引のことです、と新聞などには書かれていますが、たいていの人にはわからないと思います。
(このへんの問題はいちおう私の得意分野でありますので、いずれシリーズで解説したいと思いますが、今回はCFD取引の意味については立ち入りません)

そして、聞いてすぐ理解できないようなものには、決して手を出してはいけないのです。
合理的なものは本来、単純で、誰にでもわかりやすいものであるはずだからです。

社名であれ商品名であれ、複雑なカタカナや外国語を使ったり、説明の際に理解しがたい用語を使ったりするというのは、それに携わる人がその合理性を説明しようという態度を放棄しているか、またはもともと合理的なものでない(つまりインチキ)かのいずれかなのです。

ついでに、こういうことを言うと同業者に怒られるかも知れませんが、最近の法律事務所の名称にも、意味がよくわからない外国語を使うところが増えつつあるように思います。
法律事務所に依頼するのであれば、人名や地名を使った事務所のほうが安心感があるように思えます、と暗に宣伝もしておきます。

不倫するとなぜ慰謝料を払わなければならないのか

こでは芸能ネタは扱いません。と言いつつ、昨年末から海老蔵事件などについて縷々のべておりますが、ことのついでに、これまた週刊誌から拾った不倫の話について。

大桃美代子さんというタレントは、かつて山路徹氏というカメラマンと夫婦であったが、この2人の離婚後、山路氏は麻木久仁子さんというタレントと結婚した。
しかし、大桃さんの主張によると、大桃・山路の婚姻期間中に、すでに麻木・山路が不倫関係にあったということです。まあ、ありがちな話ではあります。

ご存じのとおり、不倫すると慰謝料を請求されます。この例でいくと、大桃さんは、麻木さんに慰謝料を請求できる。
の法的根拠は、法律上の婚姻をしている夫婦は、互いに貞操を守る義務を負うのであり、不倫はそれを侵害する行為である、という点にあります。

大桃さんは、婚姻期間中は、夫である山路氏に、「私以外の女性と淫らなことをしてはダメ」という権利があり、山路氏はそれに従う義務を負う。
麻木さんがその期間中に山路氏と不倫関係(端的に言えば肉体関係)を持つと、大桃さんのこの権利を害したこととなり、それによって大桃さんは精神的苦痛を受ける、ということです。

ただ、婚姻状態であったとしても、夫婦関係が破綻していて、相手が不倫していようが精神的苦痛を受けないこともありうる。その場合は、慰謝料の支払義務が否定されることがあります。

大桃さんは山路氏とほどなく離婚しているので、麻木さんと関係を持った時点で、すでに大桃・山路の婚姻関係は破綻していたのだとすれば、麻木さんは慰謝料を払わなくてよい。

しかし、この点が裁判で争われることとなれば、麻木さんは、その時点で婚姻が破綻していたということを証明する必要があります。すでに別居していたような事情があれば比較的証明しやすいですが、そうでもなければ、その証明は極めて難しいでしょう。

山路氏が証人として「すでに家庭内別居だったよ」と証言するだけでは弱いです。それだけで慰謝料が否定されるのなら、大桃さん(それに限らず世の中の奥さん全般)がかわいそうであり、不倫のやり放題になってしまうからです。

法的に婚姻しているというのは、それだけ強い立場にあるということでして、不倫をするにはそれなりの覚悟が必要です。

ついでに言うと、大桃さんはこの不倫疑惑を自身のツイッターで書いたそうですが、それも問題ありです。不倫は違法行為ではありますが、それをことさらに大っぴらにすることは、麻木さんに対する名誉毀損となると考えられます。

この件が今後、訴訟合戦になったりしたら、ワイドショー的には面白いかも知れませんが、傍観者である私としては、どっちもどっちの話で、まさにどうでもいいと思っています。

示談しても起訴されることがある

年明けに週刊誌を見て知りましたが、海老蔵の顔面を骨折させたリオン容疑者が、昨年末に起訴されたそうです。ですから現在、リオンは「被告人」ということになります



年末のテレビなどによりますと、海老蔵とリオンの間には「示談」が成立し、互いに賠償金を請求しないという合意に達し、海老蔵もまたリオンの厳しい処罰を求めないとの「上申書」を警察・検察に提出したそうです。

だからリオンは、不起訴で釈放、または略式裁判(書類審査で罰金のみで終わる)になるのではないか、とも言われていたのですが、今後、法廷にて正式の刑事裁判を受けることとなりました。

海老蔵事件自体については、昨年ここでも書いたとおり、特段の興味はないのですが、今回書こうとしているのは、このように、示談になっても起訴されることは充分ありうる、ということです。

私も弁護士ですから、刑事弁護の依頼も引き受けます。リオンのように暴力沙汰を起こして逮捕され、その親などが駆け込んできて、被害者と早く話をつけてほしい、示談して、被害届や告訴状を取り下げさせてほしい、と懇願されることもあります。

もちろん、逮捕直後の刑事弁護人の仕事は、被害者と折衝し、示談をまとめるというのも重要な一つです(それは容疑者のためだけでなく、被害者の被害回復のためでもあります。警察・検察や裁判官は、被害者のために賠償金を取りたててくれるわけではありませんから)。

ただ、示談できれば必ず釈放される、と単純に信じている人も結構いるのですが、それは違います。

たとえば、大金持ちの人が誰かを殺害し、カネにモノを言わせて遺族に何億もの賠償金を渡して、遺族が「示談に応じます、厳しい処罰を求めません」と言ったら、その殺人者は刑事処罰を受けなくても良いのかと言われると、それは誰しも不正義だと感じるでしょう。

結局、示談できたかどうかは、起訴・不起訴を決める際の要素の一つにすぎず、その他、犯行の悪質さや、被害の大きさなどから総合的に判断されているわけです。

示談とはあくまで、被害者が加害者に「これ以上は賠償金を請求しません」というだけの話にすぎません(個人と個人の関係)。
これに対し起訴・不起訴というのは、刑法という国法に反した者に対し、国家が刑罰という制裁を加えるべきか否かの問題です(国家と個人の関係)。

だから両者は別次元の問題で、前者がクリアになったからといって後者の問題もなくなるというわけではないのです。

ということで、リオン被告人の刑事裁判には、多数の傍聴人と取材が来ることになるでしょう。

正月休みの雑談その弐

引き続き、正月気分を引きずって、どうでも良い話を続けます。



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月1日、息子の誕生日プレゼントに「スーパーオート・トミカビル」を買い与えました。電動のタワーパーキングのおもちゃで、トミカのミニカーがその中を行き来するのですが、ミニカー好きの息子は元日以降、すっかり気に入ってます。

さて最近のインターネットの発達は実に便利で、息子が1歳のころから、むずがったりしたときには(母親には「母乳」という最強アイテムがありますが父親にはないので)、トミカのサイトを開いて見せたりしています。

息子は特に「ハイパーブルーポリス」シリーズの宣伝用ムービーが好きでして、これはトミカタウンという街を守る特殊警察のようなものです。

犯人が車で逃走したりすると、ハイパーブルーポリスが出動し、煙幕弾を発射して犯人の車を横転させて逮捕したり、犯人がビルの中に立てこもると、パトカーが「装甲車モード」に変形し、ビルの壁を突き破っていきます。

これを行政法的に見ると、警察比例の原則(警察の実力行使は相手の力に見合わないといけない、つまり「やり過ぎ」はいけないという原則)に明らかに反して
おり、裁判の段階になったら弁護側が、「行きすぎた実力行使で違法逮捕だ」などと主張してくると思うのですが、息子はもちろんそんなことを考えず楽しそう
に見ています。

将来、息子に「お父さんの仕事は何?」と聞かれたときに、「ハイパーブルーポリスに捕まえられた人たちを護ってあげる仕事なんだよ」と言ったとしたら、息子は理解してくれるだろうか、と考えたりもします。

1月4日は伊勢神宮にお参りに行きました。

菅総理が参拝に来たせいで、交通規制があったりして迷惑でしたが、息子も総じてぐずることなく、長い道のりを耐えてくれました。

新聞か何かで、伊勢神宮の参拝人数が増加しているとの記事を見ました。理由の一つには、神社仏閣を「パワースポット」として紹介する情報誌の存在もあると
思います。そのこと自体は良いとしても、その一方で、パワーが得られるなどと称して、うさんくさい商品を売り付ける業者も出てきていると、これも何かの新
聞で読みました。

私は、即物的に言いますと、神社などにお参りすることのみで神様のご加護が得られるなどとは思っていません。それでも、伊勢神宮に限らず神社やお寺、そして墓参りなどに行くと、やはり何らかのパワーを得られた気がします。

それは、我々日本人が古くから大切にしてきた場所に訪れ、我々のきた歴史を思い敬うことによって、今を生きる我々にも、内省の機会と、これからを生きる活力が得られるからだと思います。

神様仏様や自分のご先祖を敬う気持ちを持つ人は、自然に、我々の歴史と、今を生きる人々を敬う気持ちを持つこととなり、それはその人の対人関係や、仕事へ
の接し方などに反映するでしょう。そういう人は、きっと色々なことが良い方に動いてゆくでしょう。「神様のご加護」というものがあるとすれば、つまりはそ
ういうことだと思っています。

当事務所は明日6日から通常営業です。

今日は息子とスーパーオートトミカビルと、ハイパーブルーポリスで遊んで、また明日から業務に邁進する所存です。
今年もよろしくお願いします。(正月の雑談おわり)

正月休みの雑談その壱

あけましておめでとうございます。

正月気分を引きずって、たまには完全な私ごとのみを書きますので、正月休み中または休み明けでまだヒマな方のみお付き合いください。
 
1月1日は息子の誕生日で、この日で2歳になりました。
 
2年前の正月元旦、朝から妻がお腹が痛いと言い出し、ひとまず2人でテレビなど眺めながら様子を見て、夕方、やっぱりこれは陣痛だろうということになって、かかりつけの産科に行きました。その日のうちに産まれました。
 
私は、お産の瞬間には立ち会っていません。職業柄、いろいろな物事を見てきていますが、お産だけは男が見るべきものではないと思っています。これは全く私個人の考え方ですが、お産はどこまでも女性の、母親のものであると思います。
 
10か月もの間、母親は重たいお腹を抱えて、産む瞬間には壮絶な痛みを伴います。
痛みも伴わず、最後の瞬間を傍観しただけで、「父親もお産に協力しました」などと、言うのも言われるのも気恥ずかしいのです。 
だから私は看護婦さんに「私は部屋から出ますので、肝心なところになったら言ってください」とお願いしました。
 
そして、その肝心なところになって、分娩室前の廊下に出て、妻の状況が落ち着いた
ら近くのコンビニで缶ビールと夜食を買いに行こう、と不純なことを考えていると、赤ちゃんの泣き声が聞こえました。病院に着いてから2時間程度、私が分娩
室を出てからだとせいぜい半時間のことでした。
 
私は自分の息子を眺めつつ、この子は初日の出とともに破竹の勢いで母のお腹から出
てきたのだ、と思いました。妻と一緒に部屋の窓から眺めた日の出を忘れまいと思いました。この元旦のお日様が、この子の行く先をいつまでも照らし続けてく
れるだろうと、そんなことを考えました(このくだり完全に親バカの妄想ふうになっていてすみません)。
 
世の中には、こそこそ隠れてつまらぬ悪事を働いてコガネを稼いでいるような連中が大変多いです。仕事柄、そういう人たちがあまりにたくさん存在することを見てきています。そんな日陰の連中には、決して我が子はなってほしくないと思います。
 
私も、父親として、そして弁護士として、この子に恥じない存在たらんと思いました。私の仕事や振舞いが、太陽のもとに照らされても、この子の目に見られても、何ら恥ずることのないような生き方をしようと思いました。
 
それが、2年前の正月のことでした。その後、息子は幸いにもすくすくと育っています。
私のほうは、仕事は良くも悪くも大きく変わることなく、ただ家庭では、あれだけ子供に恥じぬようにと誓いながらも、たまに酔っ払って家に帰って子供をあぜんとさせ、妻を呆れさせています。
子供も知恵がついてきたので、改めて、気を引き締めようと思ったこの正月です。
 
いましばらく正月ボケ的な話が続くかも知れませんが、ヒマな方のみお付き合いください。

年の瀬に「お笑い」と「たこ焼き」を思う

当事務所の年内の業務は28日をもって終了させていただきました。


だから、ということでもないですが、今回は完全に雑談です。

大阪の人間は、誰もが「お笑い」と「たこ焼き」には一家言を有しています(たぶん)。

お笑いといえば、「M-1グランプリ」が本年で終了しました。出場した漫才師のなかで誰が面白いか、という議論は、大阪の人間に限らず、お笑い好きなら尽きない話題でしょう。

私も楽しんで見ていたほうですが、ただ、私個人の感想としては、お笑いというのは、あまり真剣にやられると、こっちが興ざめするように思います。演じる側の意気込みや熱意が伝わり過ぎると、見ているほうが緊張してしまい、肩の力を抜いて笑えなくなってしまうのです。

同じようなことが、たこ焼きにもあてはまると思えます。

今でこそ「大阪名物」などと言われていますが、私の子供時代のたこ焼きのイメージと言えば、夜店の屋台とか、銭湯に行った帰りに民家の軒先で焼いているの
を、親に買ってもらったという程度で、あれはおいしかったのかというと、子供が小腹を満たす程度のものでしかありません。

たこ焼きはどこまでいっても所詮たこ焼きで、小麦粉とソースの味でしかなく、あれをおいしいと思って食べたことはないです。だから、たこ焼きの店に行列ができるというのが、私には今でも理解ができません。

ここでも何度か触れた、道頓堀のたこ焼き「大たこ」は、ついに大阪市の指導に従い、不法占拠であった店を自主的に撤去し、近くのビルで再開したらしいです。

撤去したのは当然で、「遅すぎた」という感想しかないのですが、もう一つ、不法占拠中の賃料相当額をきちんと大阪市に払ったのかどうかは気になります。もしまだだったら、市はきちんと取りたてるべきでしょう。

ともかく、お笑いもたこ焼きも、相当な修練が必要な技術であることはわかるのですが、それを表には出さず、所詮はお笑い、所詮はたこ焼き、くらいのスタンスでやってくれるほうが、私は好きです。

ここ数年は、M-1はじめお笑いが熱くなり過ぎたように思えます。不法占拠のたこ焼き屋も、何の意地だか法廷闘争などして、ずいぶん興ざめしました。

この年でM-1も橋の上の「大たこ」も終わったということで、私の気持ちに一区切りついた思いがしています。

灰皿にテキーラを入れる行為の法的考察


海老蔵事件に触れたついでに、さらにどうでもよい話を続けます。



週刊誌などの報道では、リオン容疑者の知人(暴走族の元リーダーとかいう人)の「証言」が紹介されていて、最も有名なものは、「灰皿にテキーラを入れて飲ませようとした」というものでしょう。

私は、テキーラよりはスコッチが好きなのですが、どっちであれ酒好きの私としては、灰皿にテキーラを入れるなどというのは、酒に対する侮辱であり、もし本当なら殴られても仕方がないと、感情としては思います。

個人的感情はさておき、ここでは灰皿にテキーラを入れる行為の違法性について検討したいと思います。

まず、灰皿にテキーラを入れること自体は、刑法上の犯罪には何ら触れないでしょう(もちろん店の人には怒られるでしょう)。

昔の有名な判例として、料理屋で皿に放尿した行為が器物損壊罪(刑法261条、3年以下の懲役または30万円以下の罰金)にあたるとされたケースがありま
すが、これはおしっこをかけられた料理皿など心理的に使えなくなるためです。テキーラを入れられた灰皿は、洗えばまた使えます。

また、相手を脅すなどして灰皿のテキーラを無理に飲ませると、強要罪(刑法223条、3年以下の懲役)になります。実際に飲まなくても無理に飲ませようとすると、強要罪の未遂になります。

灰皿テキーラを強要して飲ませて、相手がお腹をこわしたりすると、傷害罪(刑法204条、15年以下の懲役または50万円以下の罰金)にもなるでしょう。

また、他の客がいる店内で「俺の灰皿テキーラが飲めねえのか!」などと大声で凄むと、威力業務妨害罪(刑法234条、3年以下の懲役または50万円以下の
罰金)になりますし、「お前のようなヤツには灰皿テキーラがお似合いだ!」などと侮辱すると、侮辱罪(刑法231条、30日未満の拘留または1万円未満の
科料)にもなりうるでしょう。

では、海老蔵の灰皿テキーラが上記いずれかの犯罪に該当するのだとたら、リオン容疑者がそれに激昂して海老蔵を殴った行為は正当防衛になるのかというと、それはまず無理でしょう。

仲間に侮辱を加えられたから殴ってやり返す、というのは、任侠ものや香港のカンフー映画ならよくある話でしょうけど、現実には許されません。

正当防衛(刑法36条で無罪)が認められるのは、あくまで自分または他人に危害が加えられているときに限ります。

たとえば海老蔵が暴走族元リーダーの口を押さえつけて灰皿テキーラを流し込もうとしていて、そこにリオン容疑者が割って入って海老蔵を突き飛ばした、というようなケースであれば、正当防衛となる余地もあるでしょうが、さすがに海老蔵はそこまでしていないと思います。

ということで、「海老蔵事件を追う」シリーズは以上2回で終了します。