DNAだけで親子の縁は切れない 2(完)

前回の続き。

もう少し法律解釈的な点を掘り下げますと、前回紹介した民法772条1項に「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と定められています。

前回書いたとおり、世の中の大半の父子関係はその推定どおりで問題はない(むしろ、推定されないほうが大変なことになる)。しかし、ごく例外的にそうじゃないケースはあり、その場合は、「推定」をくつがえすに足りる証拠を出せば、父子関係を否定することができることになります。

 

問題は、どういう証拠を出せば、推定をひっくり返せるかです。

古くから典型的にあったケースとしては、夫が戦争で外国に赴任しており、妻と性交渉が全くなかったはずであるのに、妻が子供を身ごもったというものです。

この場合、父子関係を否定したい夫側は、入出国の記録を取り寄せたりして、「この期間は日本にいなかった、だから妻との交渉はなかった」との証拠を出せば、父子関係の推定を否定してもらえる余地がある。

妻側が父子関係を否定されたくなかったら、反対の証拠(たとえば、夫が提出した入出国記録が偽造であるという証拠とか、実は赴任中にもちょっとだけ帰国していたことが分かるような入出国記録とか)を探して提出することになる。

裁判の勝ち負けがどう決まるかというと、考え方は極めてシンプルでして、上記のように具体的な証拠を重ね、誰もが「こういう事実があるなら、たしかにこの結論になる(たとえば父子関係が存在しない、またはする)んだな」と納得できるか否かが重要なのです。

 

最近は、科学技術の発達によって、DNA鑑定はじめ、いろんな科学的証拠が出てくるようになりました。ではDNA鑑定結果が、推定をくつがえす証拠になるか。

DNA鑑定の報告書には、その人のDNA型というものが、アルファベットとか数字とかで羅列されていて、それをつきあわせた結果、この夫とこの子が父子である確率は何%、と書かれているのですが、それですべてを決してよいかというと、多くの方は不安を感じるのではないでしょうか。

DNA鑑定がどこまで正確で信用できるかというと、ブラックボックスみたいなものです。「科学的にはこうなるんだ」と言われると検証の余地もない。上記のような「外国に行ってたんだから性交渉はなかったはずだ」という誰でも分かる議論が成り立たない。

また、鑑定業者には失礼ながら、すべての業者の調査を信用できるのか、悪意はなくとも検体の取り違えなどないのかと、疑いうる余地はいくらでもある。もちろん、最高裁としても人間の遺伝子のことなど専門外なので、どの鑑定、どの業者なら信用できるとお墨付きを与える能力もない。

 

そういった理由で、最高裁は今回、DNA鑑定だけを証拠として父子関係をひっくり返すことを否定したのだと思っています。

では、どうすれば良いのかというと、最高裁は判決文で「立法の問題」と言っています。つまり、どういう場合にどういう手続きを取るべきかは、国会で決めなさいということです。

それがない以上は、婚姻中の子は原則どおり夫の子と推定する、法律にそう書いてあるからそう解するほかないというわけです。子供の地位の安定のためにも、この結論で良いのではないかと考えています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA