ハーグ条約に基づいて、英国の裁判所が母親に対して「子供を連れて日本に帰りなさい」と命じたというニュースがありました。子を持つ親としても興味ある判断ですので、少し解説します。
前提となった事案ですが、この親子は3人とも日本人で、夫・妻・その間の子供(7歳)の3人で日本に在住していたところ、妻が子供を連れて英国に引っ越したらしい。夫と約束した期間を過ぎても帰ってこないので、夫が英国の裁判所に、条約に基づいて裁判を求めたようです。
この条約の正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」と言いまして、日本も最近になってこの条約を各国間で締結し、今年4月から適用されるようになっています。
この条約が典型的に想定しているのは国際結婚した夫婦が離婚や親権でもめたようなケースです。
たとえば、アメリカで日本人女性がアメリカ人男性と結婚し、子供が生まれたとする。その後、この夫婦が不和となって、女性が子供を連れて日本に帰ってきたとします。奥さんが子供を連れて「実家に帰ります」というのは、国際結婚でなくてもよく聞く話です。
しかし、欧米流の考えでいうと、一方の親が子供を連れて居住地を離れるのは望ましいことではない、夫婦間の問題が解決するまで、子供をもとの環境に置いておくべきだ、ということになります。
その考え方自体、従来の日本人的な感覚からすると、違和感をおぼえる向きもあると思うのですが、日本はその考え方に基づくハーグ条約を締結しました。
それが適用された最初のケースが今回の事案です。妻は従来住んでいた日本に、子供を連れて戻ってきなさい、ということです。戻ってきてその上でどうするかというと、あとは日本の家庭裁判所で、どちらが子供を養育するのか、家事調停や審判を通じて決められることになります。
繰り返しますが、妻が子供を連れてどこかへ行ってしまうということは、国内でもよくありました。その場合、これまで日本の家庭裁判所の実務では、言い方は悪いですが「連れていったモン勝ち」でした(正確には、連れて行ったモン勝ちになるのは妻だけで、夫が連れて行くと犯罪扱いになる)。
日本の民法上、夫婦は同居する義務があるけど、家裁はそれを強制できないとされています。夫が子供との面会を求めても、妻が子供を取り込んでしまえば面会不可能で、夫としてはせいぜい、家庭裁判所の調停・審判を通じて、月1回くらいの面会を認めてもらうほかない。離婚することになって、せめて夫が親権を取りたいと思っても、「子供と離れてしまっている以上、今さら父親に親権は認められない」と判断される。
日本国内ではこうしたことも「当たり前」と見過ごされてきたのが、国際間でやると「違法」と判断されることになったのは、かなり大きな変化だと思います。
この条約の正式名称をもう一度言いますと「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」です。英国の裁判所は、今回、妻がやった行為は「国際的な子の奪取」であって、それは違法行為だと明確に言ったわけです。
次回、もう少し続く。