為替デリバティブ被害相談4(完) ADRによる解決例

全国銀行協会のADR(調停)期日にて。

 

山内「調停委員からの提案は、お聞きいただいたとおり、本件の通貨オプション契約を解約する、その解約金については、銀行側の負担を6割とし、あなたの負担を4割とする、といった内容でした」

小島「6対4で、私の落ち度は4ですか。先日の先物の裁判と同じですね。先物取引よりは今回の通貨オプションのほうがずいぶん複雑な仕組みだったと思うのですが、私の落ち度が同じとは、ちょっと不本意な気もします」

山内「お気持ちはわかりますが、ADRは話し合いによる合意を前提とする手続きですから、あまりに銀行の落ち度を大きく見積もることは困難でしょうね」

小島「で、調停案をのむとすれば、具体的にはどうなりますか」

山内「株式会社康楽がUSB銀行と結んだ契約を解除しようとしたら、約1500万円の解約金を要することになります。そのうち6割は銀行が持つとして、康楽は4割の600万円だけ支払うということです」

小島「まだ払うことになるんですか…」

山内「もしこのまま契約を続けるとしたら、以前お聞きしたとおり、月々60万円程度の損が出ます。今後約3年間、為替相場が大きく変わらないとしたら、トータルでは2000万円近いお金を支払わされる勘定になる。それを、一部だけ負担して、きれいさっぱり終わらせるわけですから、決して悪い話ではないと思います」

小島「調停案を拒否すれば、どうなりますか」

山内「長い裁判になるでしょうね」

小島「うーん、裁判に持ち込んでも、どうせまた私の落ち度って言われるでしょうし、正直なところ、こんな契約は早めに切ってしまいたいのです。でも、もうこれ以上に出せるお金がねえ…」

山内「その点は、USB銀行から融資を受ければよいです」

小島「訴えた相手がお金を貸してくれるんですか?」

山内「繰り返しますがADRは訴訟でなくて話し合いの場です。デリバティブでの損失で康楽が倒産することは、銀行だって望んでいません。この問題に話さえつけば、解約金については融資を受けて、あとはそれを少しずつ返していけばいいんです」

小島「USB銀行は納得してくれますかねえ」

山内「もちろん私が交渉します。康楽は本業では好調なのだから、銀行として融資を断る理由はないと思いますよ」

 


後日、「康楽」にて、ある日の午後に

 

山内「すいません、天津飯ひとつお願いします」

小島「あらっ、先生、いらっしゃいませ。遅いお昼ご飯ですね」

山内「しばらくです、小島さん。顔色がよくなりましたね」

小島「ええ、調停案どおりにまとめていただいて、融資もきちんとおりましたしね。私もようやく、商品相場とか為替相場で毎日眠れない思いをすることもなくなって、感謝しています」

山内「お店も順調なようですね。お昼どきに伺おうと思っていたのですが、いつも満員で行列ができていました」

小島「ありがたいことに最近は盛況でして。それで私、近々、銀座に2号店を出すことになったんですよ」

山内「ええっ、銀座にですか! それはすごいですねえ」

小島「まあ、銀座と言っても『堺銀座』ですけどね」

山内「ああ、堺東の駅前商店街ね…。いやでも大したものじゃないですか。ぜひ堅実にがんばっていってください」

小島「はい。天津飯はもうすぐできあがりますから、しばらくお待ちください」

 

(了)

 

(注:今回も、為替デリバティブの仕組みや調停手続きについて、平易に紹介することを主眼に、ずいぶん単純化して書いておりますことをご了承ください)

 

為替デリバティブ被害相談3 デリバティブが含む問題点

小島「その後、準備は進んでいますか」

山内「ええ。ADR手続きの申立てをして、早期に解決したいと思ってます」

小島「どれくらい早く解決できますでしょか? あと1週間くらいで何とかなりますか?」

山内「いや、ADRは裁判よりは早いですが、さすがに1週間というの無理です。4か月から半年は見ておいてください」

小島「やっぱりそうか…。いや、1週間後にね、今月もまたUSB銀行に300万円を払わないといけないんですよ。ドルを買わされるので…」

山内「その支払いは、ストップしてしまって良いと思います」

小島「え、銀行への支払いを止めるんですか?」

山内「ええ、銀行に申し入れてください。弁護士を立ててADRの場で決着させたいから、それまで支払いをストップさせていただきますと。銀行側が何かややこしいことを言ってきたら、私が出ます」

小島「大丈夫でしょうか。そんなことして融資を引き揚げるって言われたら、借りた資本金もまだ全部返せていない状況だし…」

山内「多くの場合、銀行はたいてい、話し合いに応じてくれます。もし仮に融資を引き揚げるとか言い出したら、それこそ、銀行協会に苦情申立てをしますよ。銀行はそこまでモメることは望まないですから

小島「そうですか、わかりました。支払いがストップすれば、うちの資金繰りもずいぶん楽になるし、また宗右衛門町で…いやいや冗談です。で、先生、ADRの手続きは、いつごろ始まりますか」

山内「いま、申立書を作成していて、今月中には、全銀協へ提出できます。いま、この手の申立てが増えていて、割と待たされるみたいなので、調停の場が持たれるのは、2、3か月後くらいですかね。支払いはストップしていいのですから、気長に待っていてください」

小島「ADRのときには、どんなことが聞かれるんでしょうかね。私が商品先物に手を出したときの裁判みたいに、証言を聞いてもらって、お互いの落ち度を考えて痛み分けになるんでしょうかねえ」

山内「極めて大ざっぱに言えば、そうです。しかし、通貨オプションなどの為替デリバティブのADR手続きでは、独特の重点があります」

小島「と、言いますと?」

山内「商品先物取引は、多くの人にとって、明らかに投資なんですよ。もっと言えばギャンブルなんです。相場の上下を利用して儲けるために行なわれる」

小島「ええ、確かに」

山内「でも、為替デリバティブはそうじゃない、という建前になっています。銀行は先物業者と違って、相場を利用して顧客にギャンブルをさせる商品など、販売してはいけないんです。それが銀行としてのプライドでもある。だから銀行としては、お客様の為替リスクのヘッジのために必要な商品ですよ、という触れ込みで勧誘してくることになります」

小島「そういえば、そういう勧誘をされましたなあ」

山内「そこでお聞きしますが、小島さんが『康楽』の仕入れのために必要なドルは、いくらくらいでしょうか」

小島「年に2、3回ほど、中国やアメリカで食材とか調味料を買ってくる程度でして、日本円で年間せいぜい2~300万円、ドルだと3~4万ドルくらいですかねえ」

山内「であるのに、USB銀行との契約では、少なくとも毎月1万ドル、多いと3万ドルも買わされることになる。年間にして12万ドルから36万ドルです。あきらかに、小島さんの会社の取引量を無視した、過大な取引をさせているんです」

小島「冷静に計算するとそのとおりですね、先生。最初は儲かっていたので、あまりその点を考えていませんでした」

山内「リスクヘッジのために必要だと言いつつ、実は不要なまでのドルを買わせた、そこがこの手の契約に含まれる重要な問題です。ADR手続きの中でも、そのあたりが主要な争点になります」

小島「なるほど、そういうところを突いていくわけですね。先生、ADR手続きに向けてがんばって準備を進めてください」

山内「わかりました」

 

(続く)

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為替デリバティブ被害相談2 為替デリバティブとは(後編)

小島「先生、今朝の新聞で、デリバティブのことが出てましたよ」

山内「ええ、野村証券は大阪産業大学に2億5000万円を払えと、大阪地裁が判決しましたね」

小島「これは、うちがやっていた取引と同じようなものなんですか」

山内「新聞にはそこまで詳しく出ていないですが、為替相場次第では多額の損失が発生する取引だったようですね。小島さんのように長期契約をさせられ、途中で解約するために13億円近い解約金を払わされた。その返済を求めていた裁判だったようです」

小島「13億円近く損をして、返してもらえたのは2億5000万円だけですか」

山内「デリバティブ取引に応じた大学側にも落ち度があるってことですね。過失相殺です。小島さんも、先物取引のときに言われたでしょ。今回、大学側の落ち度は8割で、2割だけの賠償が認められたようですね」

小島「投資顧問会社が、企業年金の運用に失敗したとかいうニュースもありました」

山内「オプション取引で失敗したようですね」

小島「おそろしいですなあ。しかしこの、デリバティブとかオプションとかっていうのは何なんですか」

山内「デリバティブというのは、金融派生商品とも言われますけどね、もともとは、相場の変動などのリスクをヘッジ、つまり回避するために開発された商品です。小島さんが先日裁判をされた商品先物取引も、商品相場の高騰に備えて、一定の商品を一定の値段で先に買い付けておく仕組みなんです」

小島「はあ、なるほど。で、私が今回、銀行と契約した通貨オプション取引とはどういうものですか?」

山内「為替相場の変動を回避する、為替デリバティブの一種で、海外の通貨を一定の値段で売ったり買ったりする予約をしておくんです」

小島「ああ、じゃあ私は今回、ドルの先物買いをしていたようなものですね」

山内「そうです。オプションとは『権利』を意味します。今回の契約では、株式会社康楽と、USB銀行の間に、2つのオプションが設定されています。1つめは、康楽がUSBからドルを安く買う権利。2つめは、USB銀行が康楽にドルを高く売る権利で、つまり康楽側から見れば、高値で買わされる義務を意味します」

小島「1つめだけなら、小遣い稼ぎができたのに、どうして2つめの余計なオプションまでくっつけてくるんでしょうねえ」

山内「1つめのオプションだけだと、康楽が得をして銀行が損をするだけですからね。銀行はそんな商品を売るはずがない。それにしても、この手の通貨オプションの問題点は、顧客である企業が利益を得る可能性より、銀行が得をする可能性のほうがはるかに大きい、ということです」

小島「どういうことですか」

山内「今回の契約を見ても明らかでしょう。1ドル80円より円安のときは、康楽は1万ドルを1ドルあたり80円で買える。ドルが安値で手に入るということです。でも、1ドル80円より円高になると、とたんに、銀行は康楽に3万ドルを1ドル100円で売ることになる。円高ドル安なのに、ドルを高く買わされるわけです。しかも、3万ドルも」

小島「こちらが買わされるときに限って、3倍の量のドルを買わされるんですね。うちにとって全然、リスクヘッジになっていない」

山内「しかも、何年もの長期に渡ってです。途中で解約しようとすると、今朝の新聞に出てたように、多額の解約金を払わないといけない契約になっています」

小島「契約書の中身がわかってくると、腹が立ってきました。今朝の新聞記事みたいに、裁判に訴えることはできますか」

山内「もちろん、それも考えられます。あとは、銀行相手だから、金融ADRって方法もあります」

小島「また何か難しい言葉が出てきましたね」

山内「ADRというのは、裁判外での紛争解決手続のことです。具体的には、全銀協、つまり全国銀行協会の調停手続きの場で話合いをすることです。裁判よりは早い解決が望めます」

小島「手段の選択は先生にお任せしますよ。私としては何をすればよいですか」

山内「とにかく、これまでの事実関係と、取引内容を把握したいので、契約書類とかパンフレットとかを全部持ってきてください」

小島「わかりました」


(続く)

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為替デリバティブ被害相談1 為替デリバティブとは(前編)

相談者 前回に続き、小島さん(50代、男性)。中華料理店「康楽」店主。


山内「こんにちは、小島さん。改めてのご相談とは、また何かあったんですか?」

小島「ええ、私個人の先物の件は、先生のおかげで片付いたのですが、今度は、うちの会社のほうが…」

山内「え、会社って」

小島「先生にはお伝えしていなかったのですが、うちの店、3年前に法人化して『株式会社康楽』になったんですよ」

山内「そうだったんですか。ずっと個人事業主として中華料理屋をやっているかと思っていました」

小島「多角化経営をと思いましてね。親族に手伝わせて、餃子をインターネットで通販したりして、いろいろやり始めたんですよ」

山内「たいしたものですね。では、多角化経営に行き詰ったとか…?」

小島「いえ、幸い、お店も通販も、業績はいいんですよ。でも、銀行への支払いがね…。言いにくいですけど、デリバティブとかいうやつですよ」

山内「ああ、もしかしたら、為替デリバティブですか。通貨オプションとかかな」

小島「そう! それです。さすが、先生もご存じなんですね」

山内「最近、その手の相談が増えてますよ。円安に備えましょうとか言われて契約したら、逆に最近は円高になって、大変な状況になっているんでしょう?」

小島「そうなんです。3年前に、お店を会社にして通販を始めるときに、USB銀行から資本金を借りたんです。餃子はよく売れて、借入れは少しずつですが順調に返済していたんです。で、2年前、銀行の担当者が店に来て、通貨オプションとかいうのを勧めてきたんです」

山内「担当者は何と?」

小島「会社として、海外に目を向けてやっていくには、外貨の準備が必要になるし、円安になると外貨が高くなるから、そのリスクに備える必要があるとか言ってきました」

山内「しかし失礼ながら、商品先物取引のことも分かっておられなかった小島さんが、海外通貨でオプション取引をするとか言われても、いっそう分からなかったのでは」

小島「全くそのとおりです。今日は契約書を持ってきているんですが、先生、わかりますか?」

山内「なるほど…。ええと、ざっと解説しますね。今から2年前、1ドルがだいたい90円くらいだったでしょうか、そのときに、あなたの会社は毎月、1ドルあたり80円で、1万ドル手に入れる権利を得ています」

小島「それはどういうことですか」

山内「1万ドルを手に入れようとしたら、当時の相場で、1ドル90円ですから、90万円が必要となるはずです。ところが小島さんは、80万円で手に入れることができた」

小島「なるほど、ドルが安く買えるわけですね」

山内「そうです。安く手に入れた1万ドルで、海外のモノを買うこともできるし、買うモノがなければ、国内でドルを円に換えると90万円もらえるわけだから、差額の10万円が儲かるわけです」

小島「ああ、そうそう、2年前は、月々ちょっと小遣いが稼げてましたなあ」

山内「で、稼いだ小遣いはどうしたんですか?」

小島「宗右衛門町のキャバクラで…って、まあその話はいいじゃないですか。いやでもねえ、最初は儲かっていたのに、円高が進んだあたりから、逆にこっちがお金を払わないといけないって言われたんですよ」

山内「ええ、そういう契約内容になっています。1ドル80円以上の円高になると、今度は銀行が、あなたの会社に対して、3万ドルを売りつける権利を得ることになります。しかも1ドル100円という高値で、です」

小島「と、いうことは…」

山内「あなたは3万ドルを月々手に入れますが、代わりに1ドルあたり100円でその代金を払うわけですから、毎月300万円、銀行に支払わなければならなくなります」

小島「うちの今の状態がそれです。ドルをそんなに持ってても仕方ないので円に換えるんですけどね」

山内「今の相場は1ドル79円くらいだから、国内で3万ドルを円に換えると237万円が入りますよね。300万円で買ったものを237万円で売るわけだから、差し引き63万円、毎月損をしているわけですね」

小島「そんな大変な契約だったのかあ。先生、いつまでこれが続くのですか?」

山内「契約書には、5年契約って書いてあるので、あと3年続きます」

小島「え!円高が続く限り、あと3年も、毎月多額のお金が出ていくわけですか? 何とかなりませんか?」

山内「この問題は最近、訴訟や調停の申立てが増えています。この件も、任せていただければ代理人として手続きを進めさせていただきますよ」

 

(続く)

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先物取引被害相談4 証人尋問から事件終了まで

大阪地裁 第420号法廷。ゴールド物産の男性社員の証人尋問。

 

山内「あなたが小島さんの先物取引の担当者だったのですね」

社員「はい」

山内「あなたが担当されているときに、金のデイトレード、つまり1日のうちに買ったり売ったりが繰り返されているのですが、これはなぜですか」

社員「ええ、買ってすぐに金相場が上がることもあるので、その日のうちに売って、利益を確定させたいと、小島さんがおっしゃったのです」

山内「小島さんは毎日、中華料理店の仕込みで忙しいのだから、相場の動きを見て頻繁にあなたに電話するのは困難だったはずです。あなたが取引を主導したんでしょう」

社員「私から携帯に電話することもありましたけどね。そのときは出られなくても、後からかけなおしてくれました。デイトレードのことはきちんと説明して、小島さんにも納得してもらっていました」

山内「では、金相場が下落しているときにまでデイトレードをしているのはなぜですか。そんな状況で売れば損をしてしまうでしょう」

社員「いえ、相場がこれから大きく下がりそうなときは、下げ幅が少ないうちに売ったほうが、損失は少なくて済むので」

山内「それから、最初は金の取引を勧めておりながら、途中から、とうもろこしや大豆の先物にも取引が拡大しているのはなぜですか」

社員「これも、金だけの一点張りよりは、複数の銘柄で取引をしたほうが、リスクも分散できるということで、私と小島さんでよく相談して決めたことです」

山内「しかし、とうもろこしと大豆の買いを入れた3月○日の午後といえば、小島さんは上海に食材の買付けに行った帰りで、飛行機の中におられたと思うのですが、よく相談したって、どうやって連絡を取り合ったのですか」

社員「えー、ですから、小島さんが関西空港に着いたときに、電話連絡をしたんですよ」

山内「海外帰りで慌しいのに、小島さんが冷静に判断できる状況であったと思いますか」

社員「いや、小島さんの状況は知りませんけど、とにかく連絡して、納得してもらって買いを入れたんですよ」

(後略)

 

同日、証人尋問終了後、裁判官室にて。

 

裁判官「たしかに、小島さんのような先物取引の素人に、1か月で500万円も出させたのは、やりすぎの感があります。小島さんが落ち着いて判断できない状況下で取引が拡大させられた部分はあるでしょう。それにゴールド物産がデイトレードで多額の手数料を得たことも否定できない」

小島「ええ、そのとおりですよ」

裁判官「しかし、50代の分別ざかりの男性で、しかも自身で料理店を経営しているほどの方が、先物取引のことは何もわからなかったとか、損失を負うリスクが理解できなかったとか言っても、頷けないところもあります。軽い考えで先物に手を出した小島さんにも、落ち度はある」

小島「は、はあ、そうですなあ…」

裁判官「これは私の考えですが、双方の落ち度にかんがみて、ゴールド物産側は小島さんに、損失額の6割を返還するということで、和解するのはいかがでしょうか」

ゴールド物産の代理人弁護士「6割かあ…。ちょっと厳しいなあ。まあ、会社に連絡を取ってみましょう」

 

同日、南堀江法律事務所にて。

 

小島「いやあ、まあ何とか、首はくくらずにすみました」

山内「ゴールド物産が6割の返金に応じてくれてよかったですね。和解金の300万円は、今月末までに振り込まれるようです」

小島「残りの200万円は損しましたけど、これも勉強代と思えば我慢できます」

山内「そうですね、本業でがんばるのが、何より手堅く儲かるものです」

小島「ありがとうございました。また明日から『康楽』でコツコツやっていきます」


こうして、「康楽」にひとときの平和が訪れました。しかしこのときすでに、次なる波乱が幕を開けようとしていたのでした。


(注:先物取引を行なっている方に限らず、誰にでも平易に読めることを主眼に書いておりますので、先物取引の仕組みや、裁判でのポイントなどは、ずいぶん単純化して書いております。ご了承ください)

先物取引被害相談3 裁判で争うべきポイントは

前回の続き。

小島「先生、私も覚悟して、ゴールド物産の金の先物取引は終了しましたよ。投資した500万円は丸損しましたが、もう金相場に一喜一憂しなくてすむかと思うと、せいせいしました」

山内「それは良かったですね。私も先日、ゴールド物産に、私が小島さんの代理人になったという通知を送りました」

小島「ほう、宣戦布告みたいなものですね」

山内「いや、そんな大げさなものでもなくて、あいさつ状ですよ。あわせて、あなたの取引履歴の一覧がわかるように、元帳を取り寄せておきました」

小島「何か分かりましたか」

山内「元帳を見れば、いつ、どんな取引が行われていたかが一覧できるのです。これで、いろんなことが分かりましたよ」

小島「へえ。どんなことが?」

山内「最初のうちは、金を少しずつ買って、相場が上がってきたところで売る、と堅実に取引をしているのですが、次第に取引が激しくなっていますね。1日のうちに、買い付けた金をすぐ売る、ということが繰り返されています」

小島「はあ。相場のことはわからないんで、そのへんは任せきりだったんですけどね、確かに、途中で担当が男性社員に変わったあたりから、えらく頻繁に電話がかかってきて、買いましょうとか売りましょうと、うるさかったですね」

山内「買ったものを同じ日のうちに売る、これをいわゆるデイトレードと言います。プロの投資家は、1日じゅう相場を見ていて、買っては相場が上がるとすぐ売る、ということを繰り返します。これらの人をデイトレーダーと言います」

小島「デイトレーダーかあ。言葉だけは聞いたことがありますけどね、そんなプロみたいなことをしてくれなくても良かったのに」

山内「それに、相場が動いていないのにデイトレードしていることが多々あるんです。朝に買ったものが昼に値上がりしたから、すぐに売って利ざやを稼ぐ、というなら分かるんですけど、値段が変わっていいないとか、逆に下がっているときにまでデイトレードしているときがあるんです」

小島「どうしてまた、そんなことをしたんでしょう」

山内「考えられるのは手数料稼ぎです」

小島「手数料?」

山内「それも知らずに取引してたんですか? 先物業者だって、お客さんの注文をタダで商品取引所に取り次ぐわけじゃなくて、その都度、手数料を取っているんです。ですから、デイトレードで頻繁に取引してると、それだけ手数料が増えるんです」

小島「そうかあ。してやられたってわけですねえ」

山内「それから、金を買っているはずなのに、途中から、とうもろこしや大豆の先物も買わされてますよ」

小島「ああ、金だけに投資するのでなく、リスクを分散させるために買っときましょう、って言われたんです。これからはバイオエネルギーの利用がさかんになるから、穀物の相場が上がるとか言われて」

山内「穀物の相場を張るために、新たに証拠金を積まされてますよね。そうやって投資額が膨らんでいったんでしょう。典型的な、泥沼にはまるタイプの取引ですね」

小島「今思えば、うかつでしたねえ。冷静に考えると悔しくなってきました。これから、どうしたら良いのでしょうか」

山内「裁判で、損したお金を返すよう求めます。いわゆる損失補填は認められていませんが、違法な取引をさせられたことで損害を受けた、つまり正当な損害賠償を求めるのだ、という裁判を起こすわけです」

小島「わかりました。よろしくお願いします」

 

(続く)

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先物取引被害相談2 投資の引き際

小島さんの相談、前回の相談の翌日、資料を見ながら。

 

山内「なるほど、こういう取引状況でしたか。で、元はと言えば、なぜ小島さんが先物取引など始めることになったのですか」

小島「それがまあ、ゴールド物産の営業の女の子がかわいかったもので…」

山内「ああ、飛び込み営業は女性社員だったのですか。先物業者がよく使う手ですね。どんなふうに勧誘されたのですか」

小島「これから金の価格は絶対あがりますよ、って彼女が言ったんですよ。これって詐欺ですよねえ」

山内「はい。『絶対に儲かりますよ』なんていうセールストークは、『断定的判断の提供』と言って、商品先物取引法でも明確に禁じられています。でもそのへんは、後から『そんなこと言ってない』と言われたら、それでおしまいですね」

小島「でもそれだけじゃなくて、そもそも先物取引の仕組みなんて、山内先生にお聞きするまで何もわかっていなかったですのに」

山内「まあ、でも、契約書を見ると、損失が生じるリスクはひととおり書いてあります。だから、全く説明がなかったというのも、通りにくいでしょうね」

小島「そうですか…。じゃあ、どんなところから攻めていけばいいんでしょう」

山内「言った言わないの話ではなくて、客観的な事実から追及すべきでしょうね。小島さんは、最初は50万円だけの取引だったのが、次第に取引金額が増えて、最終的には500万円にもなった。どうしてこんなに取引が増えたのか、そこがポイントの一つです」

小島「最初は儲かっていたので、営業の女の子に乗せられて、金を買い続けたんです。でも相場が下がると、担当が変わったとか言って、上司の男性社員が追証を払えって、やかましく言ってきたんです」

山内「担当者がころころ変わるのも、よくある話ですね。最初は若くて親しみやすい社員が出てきて、調子のいいこと言って投資額を膨らませる。相場が悪くなったら担当が変わる。前の担当の子が調子いいこと言ってたのとは打って変わって、追証を入れろときつく言ってくる」

小島「まさにそうでしたよ。本当に、ゴールド物産の連中は鬼ばかりですよ。私もお店の仕込みで毎日忙しいし、中国に行って食材の買い付けもしてるんです。そんな状況でも、担当者が入れかわり立ちかわり電話してきて、冷静な判断のしようがなかったんです」

山内「そうして熟考するひまもなく、取引が膨らんでいったのですね」

小島「それにしても、300万円も追証を払えとは…」

山内「昨日言いましたように、500万円の証拠金はあくまで手付けみたいなもので、実際は5000万円相当の金を買う契約をしているわけです。相場が上がれば利益も大きいですが、逆に、ちょっと下がっただけでも大きな損失が出るんです」

小島「私、どうしたものでしょうかねえ」

山内「これまで預けた500万円がパーになることを覚悟して、ここで取引から撤退するか、または、300万円の追証を上積みして、金相場の回復にかけてみるか、どちらかですよ」

小島「先生、どちらがいいのでしょうか…」

山内「いや、私は法律家ですから、法律のことなら何でも聞いていただいていいのですが、金相場のことは、全く判断のしようがありません。そこは、小島さんに決めていただかなくてはなりません」

小島「どうしようか、困ったなあ…」

山内「でもね、あえてどちらが良いかと聞かれたら、撤退することをお勧めしています。追証を積んで、回復できればいいけど、損が膨らむだけかも知れない。でも撤退すればこれ以上の損失は出ない。そうしておいて、あとは、先物業者との交渉や裁判を通じて、損した分を取り返すのです」

小島「なるほど、わかりました。このあと、ゴールド物産の担当者に連絡して、取引は終了すると伝えます。えらく損したから、うちのカアチャンには怒られるだろうけど、これから先生、弁護を頼みますよ」

山内「え、あなたの奥さんに弁解するのに私が立ち会うんですか? それはちょっと怖い…」

小島「いや、先物業者のほうですよ。少しでも損を取り返してください。正式に依頼いたしますので」

山内「ああ、そっちですか。わかりました。お引き受けします」

 

(続く)

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先物取引被害相談1 先物取引とは

登場人物:小島さん(50代、男性)。南堀江法律事務所の近くで中華料理店「康楽」を経営しており、何かにつけて相談に来られるお得意さまでもある。

 

山内「おはようございます小島さん。あれ、えらく顔色が悪いじゃないですか」

小島「そうなんですよ先生、私もう、首を吊らないといけないかも…」

山内「どういうことですか、何があったんです?」

小島「明日の正午までに300万円、用意しないといけないんですよ」

山内「ええ? 『康楽』は無借金経営だったでしょう? なぜ急にそんな…」

小島「実は先物取引に手を出してしまったんですよ。大損しました」

山内「ああ、先物ねえ…。その手の相談は多いですが、小島さんもやっておられたとは」

小島「えっ、弁護士さんに相談したら、何とかなるんですか?」

山内「状況をお聞きしないことには、何とも言えないんですけどね、良かったら聞かせてもらえませんか」

小島「1か月くらい前ですけどね、ゴールド物産っていう、金(きん)を扱っている業者の方が、飛び込みの営業に来たんです。これから金相場が上がりますから買いませんか、って勧められて、50万円ほど預けてしまったんです」

山内「それで、儲かったのですか?」

小島「最初は少し利益が出ていたので、追加で投資しました。そのうち、相場が下がりだして、昨日、オイショーで300万円入れてくれ、って言われたんですよ。先生、オイショーって何ですか?」

山内「え、それを知らずに先物取引をしておられたんですか?」

小島「はい、お恥ずかしい限りで…」

山内「じゃ、大ざっぱに先物取引の仕組みを説明しますね。えーと例えば、商品取引所に、3か月後に金2キログラムを500万円で買います、と注文を出すんです」

小島「いやーウチみたいな中華屋に、金2キロも要りませんけどねえ」

山内「もちろんそうでしょう。だから、3か月後が来る前に、それを売ってしまうんです。最近は金の相場が上がってるから、1か月後には金2キロが550万円になっているかも知れない。そのときに転売すれば、50万円の差益が儲かるわけです」

小島「なるほど、それはいい話ですね。でも元手の500万円を用意するのは大変ですなあ」

山内「いえ、3か月後に500万円で買う、と約束するだけですから、今すぐ500万円払うわけではない。ただ商品取引所に、いわば手付みたいに、1割程度のお金を入れておくわけです。ちゃんと取引しますよ、という証拠となるので、証拠金といいます」

小島「そうか、私が最初に預けた50万円は、その証拠金だったのですね」

山内「それも知らずに取引されていたのですか。まあ、続けます。さきのは金相場が高騰したときの話です。逆に相場が下落して、金2キロが450万円になったとしたら、50万円の損失になりますよね。そうすると、3か月後に、500万円を支払って、時価450万円相当の金塊を受け取る、ということになるかも知れない」

小島「いやー、500万円も払えませんし、金塊も要りません」

山内「そうでしょう。ですから、差損の50万円をさっさと支払って、金を安値で転売してしまうことになります」

小島「でも、一時的に相場が下がっても、3か月後が来るまでにまた上がるかも知れないから、金を持ち続けても良いのですよね」

山内「そうです。ただ、50万円だけ預けている状態で50万円の損を出しているわけだから、この時点で証拠金は底をついたことになる。その状況で取引を続けるのであれば、証拠金を追加しなければならないのです。これが、『追証拠金』(おいしょうこきん)、略して『追証』(おいしょう)です」

小島「なるほど、それがオイショーってやつですか、だいたい分かりました。で、私はどうすれば良いでしょうか」

山内「これまでの取引経過を把握したいので、契約書とか、ゴールド物産から送られてくる売買報告書などを見たいのですが」

小島「わかりました。今日はこれから『康楽』のランチの仕込みに入りますので、明日の朝一番に資料をそろえて出直します」

 

(続く)

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注:多くの方には先物取引にまつわる事件はなじみが薄いと思いますが、当事務所の業務内容の紹介も兼ねて掲載します。4回シリーズですが、興味ある方は続編もご覧ください。それから、小島さんはもちろん架空の人物です。

暴力被害相談4(完) 和解による解決

大阪簡裁法廷にて。第2回弁論。

 

裁判官「では、原告・市川さんと、被告・伊藤さんの間に成立した、和解条項を確認します。被告は原告に賠償金25万円を支払うこととし、今月末から5回に渡り、月5万円を原告指定の口座に振り込むこととする。本件についてはこれをもって清算されたこととし…(後略)。原告も被告も、これでよろしいですか。被告の伊藤さんは、条項どおりにきちんと支払ってくださいね」

伊藤「はい、わかりました。ご迷惑をおかけしました」

 

簡裁ロビーにて、市川夫妻と。

 

市川「早めに和解でカタがついて良かったです。最後には伊藤も謝ってくれたし」

真於「伊藤さんって、私、もっと争ってくると思ってたんですけど」

山内「刑事事件で有罪になってますからね。勝ち目はないと分かっていたんでしょう。それに、略式裁判を受ける前に、警察や検察にこってりしぼられて、少しは反省もしたんじゃないですか?」

真於「あのぉー先生、賠償金も値切られましたし、それに5回の分割払いだなんて、反省してくれたのかどうか、ちょっとわからないんですけど」

山内「いや、それでも相場の範囲内でしょう。伊藤さんは弁護士もつけずに一人で裁判所に出てきたんですから、金銭的に余裕がないんでしょう。余裕のない人に過大な賠償金を求めても、払えないと言われれば、取り立てようもないんです。それでも、払えそうなギリギリの条件であれば、何とか算段をつけて払おうとしますから」

市川「うん、そんなもんだよ真於。多少の無理ならがんばれるけど、全く無理なことなら、開き直って、煮るなり焼くなりしてくれ、ってなるだろうからね」

山内「そうですね。それに、そう言われても、相手を煮たり焼いたりできないですからね」

市川「まあ、もとはと言えば、私が酔って不用意なことをしたのが原因ですから、請求額の半分でも相手が認めてくれたのであれば、充分だと思っています」

山内「鯛蔵さん、失礼ながら、今日はえらく理解がありますねえ」

市川「ええ、私も今回の一件で、自分の振舞いをいろいろ考えさせられました。あの事件の日に戻れるとしたら、自分に『行くのをやめなさい』と言ってやりたい気持ちです。過去には戻れないんで、これから自分自身を律していきたいと思います」

山内「ええ、そういう気持ちがあれば、きっと今後トラブルに巻き込まれることもないでしょう。真於さんも、鯛蔵さんを支えていってあげてください」

真於「はい、わかりました。ありがとうございます」

山内「では私はこれで…」

真於「あ、そうそう、あなた、あのこと、先生に報告しなくちゃ」

市川「あ、そうだ、先生、今度の舞台で、ついに大きな役をもらえることになったんですよ」

山内「それはおめでとうございます。やはり時代劇ですか?」

市川「ええ、詳しくは知らないんですが、『切腹』とかいう映画を大衆演劇でリメイクするらしいんです」

山内「ほお、『切腹』ですか。仲代達矢演じる主人公が、かつて身内を切腹に追いやった相手に敵討ちをして、最後に自身も切腹して果てるんです。私も観ましたが、なかなか壮絶な映画でしたよ。じゃ、市川さんは仲代達矢の主人公役ですか?」

市川「いえ、主人公の身内に切腹させる人の役だそうです」

山内「ああ、悪役ですか…。いや、それでも重要な役どころですよ。いずれにせよおめでとうございます。がんばってくださいね」

市川「ありがとうございます。お世話になりました」

 

暴力被害相談3 民事裁判

大阪簡裁の法廷にて、市川鯛蔵の民事裁判、第1回口頭弁論。

 

裁判官「原告の市川さんの訴状を陳述します。暴力を振るわれたことの損害賠償として、50万円を払え、ということですね」

山内「はい」

裁判官「被告の伊藤さんは来ていませんが、答弁書が出ていますので。殴ったことは認めますが、お金がないので話し合いの上で、分割で賠償金を支払いたいとのことです」

山内「はい」

裁判官「では、次回は話し合いを試みてみましょうか。次回期日は…」

 

その後、大阪簡裁の控室にて、市川鯛蔵・真於夫妻と。


市川「今日の手続きはあれで終わりなんですか?」

真於「私たち夫婦もいつ発言を求められるかと緊張して見てたのですけど、あっさりしたものですね」

山内「はい。民事裁判の第1回目はあんなものです。ですから傍聴に来ても面白くはないって言ったでしょ」

市川「被告の伊藤は出てこなかったですよね、こんなの認められるんですか?」

山内「民事裁判の第1回は、被告の都合を聞かずに日時が決められるので、第1回目は答弁書だけ出しておけば良いという扱いになっているんです」

市川「で、伊藤はなんて言ってるんですか」

山内「法廷で聞いてもらったとおりです。殴ったことは認めると。ただ、何十万も支払えるお金がないので、話し合って、分割払いにしてほしいということです」

市川「私としては、払うべきものはきっちり一括で払ってほしいので、話し合いなど応じたくはありません」

山内「まあ、そこは現実的に考えてください。裁判に勝っても、賠償金を支払う財力が相手にないなら、取立てはできないですよ」

市川「私が鶴橋のホルモン焼き屋で見かけたときは、高そうな肉を注文してましたけどねえ。賠償金を払う余裕もないとは思えないんですが」

山内「そこがまさに肝心なところなのですが、お金を持っているはずだというのであれば、どこの銀行に預金があるとか、どこの会社から給料をもらっているとか、そういったことをあなたが特定しない限り、取立てはできないんです」

市川「え、そういうのは、裁判所や弁護士さんが調べてくれるわけじゃないんですか」

山内「残念ながら、裁判所や弁護士にそんな能力や権限はありません」

真於「あのぉー、そしたら、せっかく裁判で勝ったのに、実際に被告から回収できるお金は、ゼーロー、ってこともあるんですか?」

山内「ええ、可能性としてはありますね。ですからその、ゼーロー、って何なんですか」

市川「いいから真於は黙ってなさい。わかりました。実際お金が取れるか取れないかわからない判決をもらうくらいだったら、少しずつでも返してもらったほうが賢い、ってことですね」

山内「そういうことです」

市川「わかりました。次回の裁判も出席しますので、よろしくお願いします」

山内「はい。相手の出方を見て、落としどころを考えていきましょう」


続く 暴力被害相談4