「コンプガチャ」 返金請求は認められるか 3(完)

続き。

景品表示法に違反するだけで、直ちにコンプガチャにつぎ込んだお金を返してもらえるわけではありません。ただ、極めて限定的ながら、返金を求める理屈はあります。

 

まず、未成年が親の同意なく、コンプガチャを含む携帯ゲームの利用契約を結んだ場合が考えられます。未成年者が親の同意なくした契約は、あとから取り消せるからです(民法5条)。ただし、契約の際に成年者だと偽ったような場合は取消しできません(同21条)。

 

また、表示に明らかなウソがあった場合、たとえば「こんなアイテムが当たる」と言っていながら、そのアイテムが決して出てこないような設定になっていた場合は、詐欺(民法96条)などを理由に、利用契約を取り消す余地もあるかと思います。しかし、業者としてもそこまでひどいことはしていないでしょう。

 

さらに、コンプガチャのシステムが、あまりに人々の射幸心(しゃこうしん。偶然の儲けを得ようとする心情)をあおるようなものであれば、公序良俗違反(民法90条)で無効と主張する余地もあります。たとえば、賭博は公序良俗に反するとされており、お金をかけてバクチをして負けても、法的には相手にお金を払う義務はありません。

行政上の取締規定への違反があまりにひどい場合は、民法上も公序良俗違反となる、ということは、判例上も認められています。

しかし、コンプガチャ程度のものが公序良俗に違反すると言えるかどうかは、極めて疑問です。もしそうだとするなら、パチンコや夜店の「あてもん」など、偶然の要素が入る取引はすべて無効で、お金を返してもらえることになりそうですが、さすがにそれはないでしょう。

 

このように、景品表示法に違反するというだけで、イコール契約無効、カネ返せ、と言えるわけではなく、民法などにある効力規定に違反するとまで言える必要があるわけです。そして、そこまで言える可能性は、上記のとおり、ずいぶん低いと思います。

 

あともう一つ、業者側が自主的に返金する、という可能性は、なくはないかも知れません。

例として、東京電力は、東日本大震災による原発被害について、「異常に巨大な天災」で生じた事故の責任は負わないという条文(原子力損害の賠償に関する法律3条)で免責される可能性があるのに、賠償に応じるスタンスを取っています。これは被害の大きさや、公共性の高い電力会社としての社会的責任を考えてのことでしょう。

グリーやDeNAが、「社会的責任に鑑みてお金を返します」と言ってくれるかというと、さすがにそこまでは期待できないかと考えています。

 

以上でひとまず、コンプガチャの返金問題に関する検討を終わります。あくまで私(山内)の個人的見解です。そして繰り返しますが個人的希望としては、お金を返してくれるとなったら弁護士としてはありがたいなあと思っております。

「コンプガチャ」 返金請求は認められるか 2

コンプガチャの利用者が、これまで払った利用料の返金を請求できるかというと、おそらく無理であろうと書きましたが、その続き。

 

たとえば、サラ金業者に対して過払い金の返還請求が認められるのは、利息制限法という法律の第1条に、所定の利率(貸金の額に応じ15~20%)を超える利息の定めは「無効とする」と明確に書かれているからです。

無効の契約に基づいて利息を払う義務などないから、その利率を越えて支払った利息は返してもらうことができると、最高裁も認めたわけです。

 

これに対して、景品表示法にはどのようなことが書かれてあるかというと、事業者(グリーなど)は、不当に顧客を誘引するような表示を「してはならない」などと書いてあるだけです(4条)。

それに違反して不当な表示等をしてしまったらどうなるかというと、内閣総理大臣がそのような行為をやめるように命ずることができる(6条)とか、事業者に対し懲役や罰金などの刑を科する(15条以下)などと規定されています。

しかし、不当な誘引に乗せられて商品を買ったり、コンプガチャを利用したりした場合、その契約(商品を買うという契約、利用料を払ってコンプガチャを利用するという契約)はどうなるかというと、何も書かれていません。「無効とする」という規定はない。

 

教科書的にいうと、こうした観点から、法律は2種類に分けることができます。

一つは、利息制限法のように、それに違反した契約は無効とされる規定。これを効力規定と言います。

もう一つは、景品表示法など、行政が各種の業者に対して、健全な経済活動を行なうよう取り締まることを目的とする規定。これを取締規定と言います。取締規定に違反すると、行政からその業者に対しておとがめがあるけど、契約自体は直ちに無効になるわけではないとされています。

 

取締規定の例をもう一つ挙げます。

先日、高速バスの運転手が居眠り運転して、多数の死傷者を出すという事件がありました。バス会社は、道路運送法という法律に違反し、日雇いで運転手を雇っていたという報道がありました。

このとき、事故を起こしたバスに乗っていて、ケガをした人や、亡くなってしまった方の遺族は、損害賠償ということで、バス会社に賠償金を請求できます。

では、事故のとき以前に、このバス会社のバスに乗って、幸い事故なくバス旅行を終えた人たちは、「バス代を返せ」と言えるか、というと、ちょっと違和感を覚えるのではないでしょうか。バス会社に法令違反があったとはいえ、旅行は無事終わり、バスで運んでもらうという約束も果たされているからです。

バス会社は今後、運送事業者としての免許を取り消されるでしょうけど、バス利用者との間での契約(バス代を払って目的地まで連れていってもらうという契約)は無効にならない、ということです。

 

ただし、取締法規への違反があまりに甚だしい場合は、契約の効力自体が否定されることもあるとされているのですが、その点は次回に続きます。

「コンプガチャ」 返金請求は認められるか 1

「コンプガチャ」という見慣れない用語が各紙の見出しに出ています。

これはたぶん「コンプリート・ガチャガチャ」の略です。コンプリートは完成させるという意味で、ガチャはガチャガチャ(またはガチャポン。昔からある、お金を入れて取っ手を回すとカプセルに入ったオモチャが出てくるもの)です。

携帯サイトで遊ぶゲームで、ガチャガチャを回すようにして有料のクジを引くとアイテムがもらえる、そして所定のアイテムが揃うと、より強力でレアなアイテムが完成する、というのがコンプガチャです。アイテムほしさに多額のお金をつぎ込んでしまうことが少し前から問題になっていました。

 

消費者庁は、コンプガチャの仕組みが景品表示法に違反する疑いがあるということで、近くその見解を公表する予定である、などと言っているようです(日経8日、9日ほか)。

景品表示法(正式名称は「不当景品及び不当表示防止法)とは、不当な方法で顧客を誘引するような表示をすることを禁じる法律です。

典型的には、養殖のウナギなのにパックに「天然」と表示して売るとか、もともと1万円で販売しているものに「2万円のところを半額の1万円!」などと広告を出すとか、そうした行為が禁じられています。

コンプガチャが、景品表示法のどの条文にどのように違反しているかという点について、現時点で消費者庁の見解は明らかにされていないようですが、滅多に揃わないアイテムで利用者をあおるというのが、一種の「不当な顧客の誘引」にあたるということなのでしょう。

 

さて、もし消費者庁が明確に「コンプガチャのシステムは景品表示法に反し、違法である」と言ったら、すでにコンプガチャで多額のお金を使った人は、そのお金を返してもらえることになるのでしょうか?

違法なことをして稼いだカネは、当然、もとの人に返せと言えるはずだ、と思う方もおられるかも知れません。もしそうだとすれば、私も嬉しいです。私自身はコンプガチャにお金を使ったことはありませんが、それで損をした人の代理人として返金の請求を行なうことになりそうです。

かつて一部の弁護士や司法書士が、サラ金に対する過払い金の返還請求を勧めるテレビCMを派手に出していましたが、今回はウチも「コンプガチャの返金請求は南堀江法律事務所へ!」などと広告を打ってみようかと思っています。CMのイメージキャラクターには吉本新喜劇のやなぎ浩二さんに出ていただき、「カネを返すとか返さんとか、そら芸者のときに言うことやがな」と言ってもらいたいです。

というのは冗談ですが、私としては、コンプガチャが違法だと宣言されても、カネを返せという請求は認められないと考えています。

その点の説明は次回に続く。

(再録)ダルビッシュの離婚と養育費

ダルビッシュの離婚がようやく決まったということで、この検索ワードで当ブログを見に来てくださる方が多いようなので、過去(おととし11月)に書いたものを再掲載します。ちょうど、旧ブログからの移行期にこの話を書いていたので、旧ブログの記事もここで閲覧できるようにしておきます。

以下長いですが、以前、5回にわけて書いたものを、多少だけ補足しながら切り貼りします。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・
離婚慰謝料について(平成22年11月16日記)

離婚慰謝料とは、離婚の原因を作った側が、婚姻を破綻させたことのお詫びの意味で払うもので、法的に言えば、相手の精神的苦痛に対する損害賠償にあたります。



損害賠償の金額は、たとえば交通事故や暴行など肉体的苦痛に対するものであれば、ケガの程度に応じてだいたいの基準が決まっています。他人にケガをさせたときの賠償金が、支払う側が金持ちかどうかで変わらないのと同じで、離婚慰謝料もだいたいの相場は決まっていると思ってもらって良いです。

男の浮気が原因であれば、結婚年数、子供がいるかどうか、浮気相手は何人で、どこまでのことをしたのか、などによって金額が決まります。私が経験した裁判では、200万円から500万円くらいです。ダルビッシュが本当に浮気しているかどうかは知りませんが、そうだとしても、裁判で認められる慰謝料はせいぜい500万円くらいがいいところでしょう。

しかし、実際には、特に芸能人やスポーツ選手などが離婚する際には、もっと多額の、たとえば億単位のお金が支払われることも多いと聞きます。これは何かと言いますと、「協議離婚」だからそういうことができるのです。

裁判離婚ではなくて協議離婚なら、裁判所が介入するわけではないので、慰謝料の相場は関係なくなり、夫婦が合意しさえすれば、慰謝料はゼロでも億でも、いくらでも良い。

お金のある男性なら、長い裁判をするよりは、多少高くても、さっさとお金を払って別れるという選択を取る人が多いのだと思います。この場合、協議が整わなければ裁判、ということになりますが、そうすると上述のような相場が適用され、安くなるでしょう。経済的見地からのみ言えば、受け取る側は、いいところで手を打つことが必要になります。

たまにテレビなどで、あの女優は離婚に際していくら慰謝料を取ったかという、極めて下世話なランキングが発表されたりして、アメリカなどでは何十億ドルの慰謝料をもらっている人もいるようです。

それをうらやましいと見る向きもあるのかもしれませんが、あれは考えてみれば、夫側が、何十億ドルのお金を失う苦痛よりも、その女性と夫婦でいることの苦痛の方が大きいと考えている証左なわけでして、女性にとってみれば非常に不名誉なことなのです。

平成24年1月追記。ダルビッシュは慰謝料を払わなかったようです。養育費が充分もらえるし、大した金額も出ないのに慰謝料のことで争うのも実益がない、とサエコ側が判断したのでしょうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

財産分与について(平成22年11月19日記)

離婚の際の金銭給付には、慰謝料とは別に「財産分与」というものがあります。これは、結婚後、二人で築いてきた「共有財産」を、離婚に際して二人でわけるというものです。

共有財産の簡単な計算方法としては、結婚後、夫婦二人で働いて増えた預金額を足してもらえば良いです。それを2で割ったものが、妻の受け取る財産分与です。専業主婦で夫だけが働いている場合は、夫の預金増加分を2で割って分与します。妻に所得がなくても、「内助の功」を評価するわけです。

マイホームを買った場合は、その不動産を時価に換算して共有財産に算入します。ですから、夫が家を取るのであれば、それに見合うだけのお金を妻に分与する必要があります。

やっかいなのはマイホーム購入時にローンを組んでいる場合です。夫婦の住む家として買ったものだから、ローンが夫名義でも、その残額分は共有財産から差し引かれる。

ローンがたくさん残っている場合は、差し引くと赤字になることもあります。この場合、理論上は、赤字の半分を妻が背負わないといけないことになるのですが、実際には、夫が銀行に「離婚したからローンの半分は妻から取ってくれ」と言っても、銀行は了承しないでしょう。

ですから、共有財産はゼロとして、妻にローンまでは負わせないかわりに、財産分与はナシとなり、家は夫が取るかわりにローンも払い続ける、となることが多いでしょう。私が扱った事件ではそうなっています。

 

ダルビッシュのサエコに対する財産分与を検討しようとして、一般論に流れてしまいましたが、ダルビッシュの場合は年に何億も稼いでいるから、相当の財産分与になるのは間違いない。

しかしここで疑問を感じる向きもあるでしょう。

ダルビッシュは、サエコの内助の功のおかげでプロ野球選手になったわけではない。もともと運動能力が高く、結婚前からプロとして稼いでいた。彼の稼ぎは、サエコが心の支えになっていたことはあるでしょうけど、どちらかといえば彼自身の能力に負うところが大きい。そういう場合にまで、妻の取り分を当然に「稼ぎの半分」と評価すべきかどうか。

裁判例などを見ると、財産分与は必ず半分、とされているわけでもないようで、事案により、2割~5割くらいの幅で決められているようです。夫の収入の中で、何割が妻の寄与によるのか、夫の職業や収入や、妻の果たしてきた役割に応じて判断されるのでしょう。

だからダルビッシュの場合も、裁判になれば財産分与は半分でなく20%くらいに下がる可能性もあるでしょうが、それでも相当な金額になるとは思います。

平成24年1月追記。財産分与については目立って報道されませんが、どうなったのでしょうか。これも、養育費で充分だから別途求めないということでしょうか。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

養育費について(平成22年12月1日記)


妻が夫に生活費をよこせと言える法的根拠は、民法752条に「夫婦は互いに協力しあわないといけない」とあるからです。離婚が成立すると、夫婦関係は終了するので、妻に生活費を払う必要はなくなる。しかし、夫婦が離婚しても、親子の血縁関係は一生残ります。

ダルビッシュとサエコが離婚して、親権をサエコに渡したとしても、父親であるという事実は変わらない。父親である以上は、その子供を養育する義務を負います(民法877条)。それが養育費支払いの法的根拠です。

ですから養育費はあくまで子供に払うものですが、実際には親権者である母親が管理することになるので、その使い道には基本的に父親は口出しできないことになります。


その養育費の金額は、協議離婚の際に合意で決めることもできますが、協議がまとまらなければ家庭裁判所で調停を行なうことになります。

なお、子供が何歳になるまで払うかについても、協議で決まらなければ調停となります。だいたい、20歳までと決まる場合が多いでしょう。

 養育費の金額の決め方としては、家裁に養育費の算定基準があって、夫婦それぞれの収入や、子供の年齢や人数によって、公式にあてはめて計算します。

その算定基準はここでは省略しますが、具体的に算定してみたい方は、弁護士会や市役所の法律相談に行くか、街なかでやってる弁護士事務所を訪ねてください。たいていの弁護士は算定基準表みたいなものを持っているので、すぐ計算してくれます。

 

たとえば、ダルビッシュ夫婦みたいに、5歳くらいと0歳くらいの小さい子供が2人いるとして、夫の年収が1000万円、妻は専業主婦で収入なしだとすると、夫が払うべき養育費の月額は合計16万円前後(子供1人あたり8万円前後)です。

年収500万~600万の夫なら、単純に考えてこの半分前後です。多いと思うか少ないと思うかは人それぞれでしょう。

妻が子供2人を抱えて、月に8万円もらえるかどうか、という程度なら、女性なら少ないと思う方が多いでしょう。しかし、夫と離婚して子供を引き取ったからには、母親として自立して子供を育てる義務を負うので、不足分は自分で働くなどするしかありません。

さて、算定基準にダルビッシュの実際の年収をあてはめると、すごい数字になるでしょう。

彼がいくら稼いでいるかは知りませんが、仮に年収3億とでもします。サエコはタレント活動などでそれなりに収入があるはずですが、単純化のため収入ゼロとします。これで計算すると、養育費の月額は400万円前後となります。

平成24年1月追記。月500万円とか200万円弱とか言われていましたが、週刊誌等の報道では、月約200万円のほか、入学準備金とかいう名目のお金を支払うようです。ダルビッシュの稼ぎからすれば、不当に高いとも思えません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

養育費について、続き(平成22年12月6日記)

一般的に、調停で養育費が決められた場合、夫側から不満顔でよく尋ねられます。「不景気でいつ収入が下がるかもわからないのに、それでも決まった8万円を支払い続けないといけないのですか」と。

れに対する答えは「その通り」です。それは別に不当なこととは思えません。逆に、がんばって仕事して年収が倍になっても、決まった金額以上に払う必要はないのですから。

女性からよく聞く不満としては、「将来、子供に何があるかもわからないのに、月8万円程度では確実に安心させてやれない」、というものがあります。これは、前回書いたとおり、自助努力で何とかしてもらうほかないです。そもそも世の中、幸せな結婚生活を送っている夫婦だって、確実に安心な生活などありえない。

例えば私だって、いつ不祥事を起こして弁護士資格を失うか知れないし、酒の飲み過ぎで死ぬかも知れない、そうなれば自宅のローンも払えなくなるかも知れないのです。

離婚すると「家計」が2つになって、食費や住居費などの生活関連費用が増え、一緒に暮らしていたとき以上に夫婦とも過酷な状況に置かれることになります。それがイヤなら離婚をガマンするか、そもそも、結婚や出産自体をガマンすべきです。
どうしても経済的に裕福な離婚をしたい、という方は、サエコみたいにがんばってダルビッシュくらい稼ぎのある人を捕まえるしかないです。

さてそのダルビッシュ、養育費は相当な金額になるだろうと前回書きましたが、それでも、プロスポーツ選手の選手生命はそう長くないから、ダルビッシュの2人の子供が成人するまでプレーできるとは思えない。

彼がメジャーに行って収入がもっと増えるかも知れないし、ケガで引退して収入が激減するかも知れない。それでも冒頭に書いたように、ダルビッシュは決まった養育費を支払う義務を負います。また、仮にサエコがダルビッシュ以上のお金持ちと再婚しても同じです。

だ、ダルビッシュに限らず誰でも、養育費の支払い期間中に収入が大幅に下がることはあるし、妻が再婚して経済的に裕福になることもある。そういう場合は、夫側から再調停を申し立てて、養育費の金額を下げてもらうことはできます。からも、夫の収入が上がったときには、それを前提に養育費を上げてもらうよう、調停を申し立てることができます。

のような正式な手続きを踏まずに、養育費の額を一方の事情だけで勝手に上げ下げすることはできないということです。

平成24年1月追記。いかにダルビッシュがすごい選手でも、子供が成人するのは10数年先でしょうから、月200万円の養育費が妥当とされるほどの稼ぎをその間ずっと維持できるのかは、さすがにわかりません。お子さんのためにがんばっていただくほかありません。

再録終わりです。


なぜNHKと受信契約を結ばなければならないのか

NHKが、受信契約を締結しない世帯を相手に、契約を締結せよと求める裁判を起こしたそうです。これまで、受信契約を締結していた人に受信料の支払を求める裁判はありましたが、契約してない人に契約の締結を求める裁判は初めてのことだとか。

 

このように、NHKが受信契約を求める法的根拠は放送法の64条です。条文には、「協会(日本放送協会つまりNHK)の放送を受信することのできる受信設備(つまりテレビ)を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」とあります。

受信料の徴収係の人が自宅に来て、「テレビを置いてある家は受信料を払わないといけないと法律で決まっているんですよ」と言われたことがある人もいると思いますが(私も学生時代の下宿先で言われた)、実はこれはマヤカシで、法律には「払わないといけない」とは書かれていなくて、「契約を結ばなければならない」とあるだけなのです。

 

こういうまだるっこい条文の定め方になっているのは、以下の理由によります。

そもそも、なぜ私たちがNHKに受信料を支払うかといえば、「受信料を払うからNHK放送を見せてほしい」という「契約」が存在するからです。しかし契約というものは、当事者(この場合は個々の視聴者とNHK)の間での「合意」が必要です。でも我々が電器屋からテレビを買ってきて自宅に置いたところで、NHKとの合意は存在しない。合意もないところにいきなり受信料を請求するのは、「個人の意思の自由」を重視する近代法の大原則に反するのです。

だから、放送法の条文では、受信契約を締結しないといけない、という定め方にとどまっているのです。

 

しかしこれも考えてみればおかしなことです。個人の意思の自由からして、結びたくもない契約を強制的に結ばされるいわれはないはずです。

たとえば、結婚というのも一種の身分上の契約といえますが、男性が片思いの女性に対し、強制的に「私と結婚せよ」と裁判を通じて求めることができるか、というと、そんなことは認められるはずがありません。

ですから、契約することを強制されるというのは、かなり例外的な事態なのです。

例として他に思い浮かぶのは、少し前にここでも紹介した原子力損害賠償法の7条で、原子力事業を行おうとする者は事前に一定額(現在は1200億円)の保険をかけておかないといけない、というものです。これは、原子力災害が発生した場合に備えて、いやでも事前に保険契約を結んでおかないといけないという趣旨で、原発の危険性からして、例外的に契約を強制しているのです。

 

NHK放送が、契約強制という例外的な法制度に則ってまで存続を図られるべきなのか否か、と言う点は、人それぞれの考え方があると思います。

ただ私個人としては、「条文の仕組みがやや例外的である」という点に純粋に興味を惹かれただけでして、現行の制度に異存があるわけではありません。うちの息子もNHK教育放送が大好きですし(「Eテレ」とかに改称したのはあまりいただけない)、受信料もきちんと払っています。民放が無残なまでにつまらない昨今、我々が一定の負担をかぶってでも公共放送は存続させる必要があると思っています。

死刑は合憲か~土本教授の証言から

大阪地裁での裁判員裁判で、死刑制度の合憲性について議論されているそうです。大阪市此花区のパチンコ店での放火殺人事件に関してです。

最高裁は一貫して、死刑は合憲であり、憲法36条が禁じる「残虐な刑罰」にあたらない、としています。今回の裁判員裁判でも、死刑は違憲だから廃止すべきだという結論に至ることは、まず考えられません。ただ、この問題について主権者たる国民がじかに議論に加わることの意味は大きいでしょう。

 

抽象的なレベルにおいては「人を殺したヤツは当然死刑でいいじゃないか」と、おそらく多くの人は考えるでしょう。

さらに、むごたらしい犯罪が行なわれたような場合、死刑でも生ぬるい、そいつがやったことと同じやり方(今回のケースなら火あぶり)で殺せ、という人もいる(これは感情論としてはともかく、近代国家では採用しえない暴論です。同じやり方で刑罰を与えるとなれば、たとえば交通事故を起こした人は保険金を払って償うということが許されず、同じように車でひかれることになります。それで良いと考える人はいないでしょう。被害者だって何の得にもなりません。長いカッコですみません)。

 

話を本筋に戻すと、今や誰もが裁判員になって、具体的事件において、目の前にいる被告人に対し、死刑の宣告に関わる可能性がある(しかも、その事件は冤罪で、その被告人は無実かも知れない)。その上でなお、私たち一人ひとりの選択として、死刑制度を残してよいと考えるか。死刑の実態を踏まえて、身近な問題として考えなおすことは意義深いと思うのです。

 

さて、この大阪地裁の公判において、元最高検察庁の検事であり、筑波大学名誉教授の土本武司氏が証人として出廷しました。私が筑波大学にいたころ、土本氏は現役の教授で、私は刑法総論と刑事訴訟法をこの人の講義で学びました。

刑法や刑事訴訟法の学者といえば、リベラル、反権力、人権重視な人が多い中、土本教授は検事出身なだけあって、どちらかといえば警察側・検察側の視点での論理を展開する方であったと思います。ですから、その土本教授が「弁護側の証人」として出廷すると知り、私は驚きました。

報道によれば、12日の法廷で土本教授は、検事時代に死刑執行に立ち会った経験などに基づいて、死刑は憲法の禁じる残虐な刑罰に限りなく近い、と証言したそうです。

日本での死刑(絞首刑)の方法については、ものの本には書いてありますし、私も学生時代に土本教授からその「立ち会った」ときの話を聞いたことがあります。いちいち書きませんが、興味があればネットで調べられるでしょう。土本教授は現行の死刑執行の様子を「正視にたえない」とも証言したとか。

 

かといって土本教授は「死刑廃止論者」でなく、明確に「死刑存置論者」であると自認しています。土本教授が書いた刑法の教科書(「刑法読本 総論」信山社、平成3年)にも、「これ(死刑)を全廃するには国民的コンセンサスが得られていない状況にあります」と述べられています。

しかし、抽象的レベルにおいて「悪いヤツは吊るせ、殺せ」ということと、死刑の実態や問題点をよくよく踏まえた上で「それでもなお死刑制度を支持する」ということの間には、大きな違いがあります。土本教授が証言したのも、国民個々人が死刑制度について「理解した上での選択」ができるよう、そのきっかけを作るためであると思われます。

告訴を受理させる50の方法 4(完)

このテーマは今回で最後です。読んでくださっている方は、告訴状を警察に受理させる実践的テクニックが50個でてくると期待されているかも知れませんけど、すみませんがそういうことではありません。


お気づきの方も多いと思いますが、今回のタイトルは、ポール・サイモンの「恋人と別れる50の方法」のパクリです。

弁護士になって間もない30歳前後のころでしたが、当時の私は非常にモテていて、多くの女性が寄りついてくるのが大変わずらわしく、どうすれば女性が離れていってくれるだろうかと悩んでいました(ここは冗談半分で読んでくださいね)。

それでポール・サイモンのCDを買ってきて、「恋人と別れる50の方法」を参考にしようと思い、歌詞を訳して見ました。しかし内容は、

裏口(back)から逃げなさい、ジャック、

新しい計画(plan)を作りなさい、スタン、

鍵(key)は捨ててしまいなさい、リー、

などと、韻を踏んで抽象的な言葉が並んでいるだけで、恋人と別れる実際の方法など触れられていませんでした。それでもポール・サイモンが虚偽広告で訴えられたという話も聞かないので、私もこのタイトルをパクらせていただくことにしました。

 

と、冗談はさておき、これまで書いてきたとおり、告訴というのは決して手軽で便利な制度でないということは、お分かりいただけたと思います。それでも、問題解決のためどうしても告訴という手段を取りたい方のために、50とまでは行きませんが「5の方法」をまとめてみます。

1 証拠をきちんと集める。

2 民事事件としてできることにまず手を尽くす。

3 相当の手間と時間がかかることを覚悟する。

 これは前回のポイントとして書いたとおりです。

 

4 弁護士に依頼して告訴状を作成する。

告訴状の作成代行みたいな商売があるようですが、私はお勧めしません。

弁護士は司法修習の際に、起訴状や判決文の書き方の教育を受け、捜査や裁判の現場も見ているので、どうすれば警察や検察が動いてくれるのか、わかっています。告訴状の紙切れ一枚だけで警察が動くことはまずありません。その後のフォローを適切にできるのは、弁護士だけなのです。

5 刑事裁判で重要証人となることを覚悟する。

もし容疑者が容疑を「否認」すれば、法廷で証言しなければいけなくなる可能性もあります。また、相手が不当な告訴だということで、逆に「虚偽告訴罪」で告訴してくるという可能性もなくはないので、弁護士と相談して、よくよく慎重にすべきです。

 

告訴について長々と書いてしまいましたが、取りあえず以上で終わりです。

告訴を受理させる50の方法 3

(前回のあらすじ)明子さんから1000万円以上の借入れを受けていた正夫が、詐欺罪の容疑で逮捕された。

 

告訴から約1年、ずいぶん時間がかかりましたが、警察は少しずつ動いてくれていたようです。

ほどなく、正夫の刑事事件担当の弁護士から電話連絡が入りました。示談にしたいという申入れでした。逮捕(3日間)、勾留(10日~20日間)を経て、起訴されるまでの間に話をつけたいということです。もちろん、容疑者側の弁護人なら当然すべきことです。

「では、1000万円は返してくれるんですか?」と私は聞きました。

その弁護士が答えたのは「本人にはお金がなくて、親も裕福ではないので…」といったことでした。

やはりそうきたか、と思いました。逮捕されたところで、払うお金がないと言われればそれまでです。ならばケジメとして、正夫には刑務所に行ってもらおうという気持ちでした。しかしその弁護士は続けました。

「両親がかわりに月2万円ずつを返しますから、話はつきませんか」と。

それで1000万円を返すとなれば、何十年の分割弁済です。あまり現実的な話でないし、明子さんが了承するとも思えない。

 

念のため、明子さんの意向を確認しました。すると意外にも「示談します」と。最終的に明子さんは「告訴取り下げ書」まで書いてあげて、正夫は不起訴で釈放されました。

自分がした告訴のために相手が逮捕・勾留されていることが忍びないと感じたためか、他の理由があったのか、何にせよ男女の愛憎というのは、よくわからないものです。

ともかく、こうしてこの刑事事件は終結しました。

 

このケースで警察が動いてくれたのは、以下のポイントによると思います。

1 男が若い女性に結婚までちらつかせて繰り返し金銭をせびったという悪質性。

2 明子さんの通帳の記載から、いつ・いくらを正夫に貸したかという証拠が残っていること。正夫のような若い男性に何百万円もの借金を返せるあてがあったとも思えないので、「詐欺の故意」(最初から返すつもりはなかった)を証拠づけできたのだと思います。

3 先に民事事件としてできることはすべて手を尽くしていたこと。警察も、民事事件として処理できることをいきなり告訴されても、動こうとはしないでしょう。

 

しかしそれでも、警察が動いてくれたのは告訴から1年後です。民事裁判であれば、単純なお金の貸し借りのことなら1年もかかりません。さらに、警察が動いたところで、「返す金がない」と言われたら、どうしようもない。

このように、他人を告訴するのは、仮に警察が動いてくれたとしても、手間と時間は通常の民事裁判よりも大きく、経済的な成果が得られるかどうかも、やってみないとわからないという、極めて不安定なものでしかないのです。

だからお金の問題で相手を告訴するようなことは、お勧めしません。

 

もう少し続く。

告訴を受理させる50の方法 2

前回の続き。民事事件として解決すべきような事柄で告訴状を出しても警察はまず動かない、という話をしていますが、私の経験の中で、実際に警察が動いた数少ない事例を紹介します。

依頼者の明子さん(仮名)は若い女性で、仕事を通じて正夫(仮名)という同じ年ごろの男性と懇意になった。付き合っていく中で、正夫からは将来結婚しようという話も出ていた。そしていつごろからか、正夫は明子さんに「お金を貸して欲しい」と頼むようになり、明子さんは自分の預金から何万、何十万と貸すようになった。

正夫の要求は次第にエスカレートして、1回で何百万を借りることもあり、最終的に明子さんは合計で約1000万円を正夫に貸した。正夫は「必ず返す」と言いつつ1円も返さず、そのうち連絡が取れなくなった。

私はまず、貸した金を返せという民事裁判を起こしました。幸い、明子さんが正夫の実家を知っていたので、訴状を送りつけることができました。

それに対して正夫は、弁護士を通じて、「個人再生の申立て」をしてきました。つまり、お金を返せないから負債をカットしてください、という手続きです。いま武富士が会社更生法のもとで会社再建を目指していますが、その個人版みたいなものです。

しかし、裁判所は正夫の申立てを却下しました。正夫の負債の大半は明子さんからの借金であり、明子さんからの借金を踏み倒すためだけに個人再生手続きを利用することは認めない、ということです。そして、正夫に対して1000万円の返済を命じる判決が出ました。

それでも正夫はお金を返してこないので、私が正夫の勤務先をつきとめ(個人再生手続きの資料を閲覧して、勤務先が判明した)、給料の一部を差し押さえました。しかし、差し押えた給料から取り立てができたのは1か月分だけで、正夫はその後すぐ、会社を辞めてしまいました。そうなれば給料の取立てもできません。

さすがに私も、この正夫の対応があまりにひどいと思い、明子さんの了承も得て、詐欺罪で警察署に告訴しました。返すと言いつつ、1円も返さず繰り返し借入れをしているんだから、本当は返すつもりもなく借りていたはずだ、という理屈です。

私と明子さんで、3回ほど、所轄の警察署に事情を話しに行ったり、証拠書類を持っていったりしました。そして担当の警察官が「わかりました。告訴を受理させてもらいます」と言いました。

その後、明子さん単独で、何度も警察署に呼び出されたはずです。明子さんは被害者であって最も重要な証人ですから、たびたび事情聴取を受ける必要があるからです。

このようにして、あとは警察に任せたような形になって約1年が経ち、私がこの事件を忘れかかったころ、明子さんから私の事務所に電話がありました。

「正夫くんが警察に逮捕された」という連絡でした。

何だかドラマ仕立てになってきましたが、このあたりで「次回に続く」とさせていただきます。

告訴を受理させる50の方法 1

阪神の金本氏のことで告訴について少し書いたついでに、もう少し付け加えます。以下、金本氏の一件とは離れて、あくまで一般的な話としてお読みください。

警察が告訴を受理するのに慎重になりがちであり、私もそれはやむをえないと思うと書きました。

私自身、弁護士として実感しているのは、告訴は乱用されがちであるということです。旧ブログでも書きましたが、「民事崩れ」といって、本来は民事事件として解決されるべきことであるのに、相手を警察に告訴しておけば自分が有利になると考えて、告訴状を出そうとするケースはかなり多いです。

私が弁護士になって間もないころですが、ある会社の経営者(Aとします)が、知人(Bとします)の会社に資金を融通したが、返金を求めても応じない、どうしたらいいか、と相談してきました。以下、私とAさんの会話。

山内「貸金返還請求の裁判を起こすことになるでしょうね」

A「いや、誠意のない相手ですから、民事裁判じゃなくて、詐欺罪で告訴して刑事事件のほうに持ち込みたんですわ」

山内「単にお金を返してくれないというだけでは詐欺罪にはなりませんから、警察は告訴を受理しないと思いますよ」

詐欺罪というのは、最初から騙し取るつもりで金品を受け取った場合に成立します。返すつもりだったけど資金繰りが苦しくなって返せなくなったという場合は詐欺にあたらない。あとは債務不履行(契約違反)の問題として、「約束どおりお金を返せ」という民事裁判の問題となる。

もちろん、このAさんは会社を経営するくらいですから、その程度のことは知っています。引き続いて、けろっとした顔で言いました。

A「ええ、ですからそこは、先生にねじ込んでほしいんです」

私は何だかがっかりしました。このAさんは、とうてい刑事事件にならないものを、弁護士を利用して告訴状をうまく警察に「ねじ込んで」刑事事件にしてしまおう、と考えているのです。私はAさんの依頼を断りました。

しかし、このAさんほどあからさまに言わないにしても、同じことを考える相談者は大変多いです。これら相談者の思考はこうです。

1 民事裁判を起こしても、手間と費用と時間がかかるし、訴えた相手がきちんとお金を返してくれるかどうかわからない。

2 弁護士に依頼して警察に告訴すれば、警察が動いてくれる。

3 警察が動き出せば、相手は驚いてすぐにお金を返してくる。

と考えるわけです。

上記の1は確かにその通りで、2・3に期待する気持ちがわからなくもないですが、諸葛孔明の戦略でもあるまいし、そんな期待どおりにことが進む可能性は極めて低いのです。

次回以降、具体例を紹介しつつ、このことに触れます。