安楽死は合法化されるべきか

アメリカで脳腫瘍の女性が、自らの予告通りに安楽死したというニュースがありました。この問題について、日本での法的解釈と、私見について、少し触れます。

この女性は、医師の処方した薬を使って死んだそうです。

報道されているとおりですが、日本の刑法では、死にたいと言っている人に対し致死量の薬品を渡すなどして死なせると、自殺幇助罪が成立します(刑法202条、7年以下の懲役)。また、家族などの要請で、病人に致死量の薬品を注射したりすると、殺人罪になります(刑法199条、最高刑は死刑)。

裁判例では、死期が迫っていて、耐え難い苦痛が生じているような場合、医師が一定の条件のもとで安楽死させるのは合法と解するものもありますが、結論としては「その条件にあてはまらないから有罪」としたものばかりです。最高裁の統一見解のようなものも出ていません。

 

聞くところでは、欧州の一部の国や、アメリカの一部の州では、安楽死が合法化されているそうです。日本は今後、欧米以上の高齢化社会となり、医療費もどんどん増えていくでしょうから、今回のニュースを受けて「本人がいいって言うなら安楽死を合法化していいんじゃないか」と感じた人もいるかも知れません。

しかし、私の考えとしては、明確に反対です。長い将来的にはともかく、現状の日本で安楽死を合法化してしまうと、かなりおかしなことになってしまうと思います。

 

アメリカで安楽死した女性の状況はよく知りませんが、まだ体も比較的元気であり、献身的に支えてくれる夫がいたようです。健康保険のない自由診療の国アメリカで、医師から楽に死ねる薬を入手できたというのですから、おそらく経済的にも裕福な方だったのでしょう。そういう状況であれば、生きるか死ぬかの問題について、熟慮の上で自己決定することも可能でしょう。

しかし、そんなケースはむしろ例外です。

たとえば、一家の中で高齢のおじいさん(おばあさんでもよいですが)がいて、足腰も立たないけど老人ホームに入るほどのお金もないとか、病気で長期入院しているとかで、家族が長年介護しているような状況はザラにあると思います。

そのとき、おじいさんが家族に気をつかって、「もうワシは安楽死する」といった場合、これは本当の自己決定といえるのか。

さらに極端な話をすれば、家族のほうだって介護に疲れてきて、「隣のおじいちゃんは安楽死したんだって」などと言いだし、自分の親に安楽死の決断をさせようとすることも考えうる。これでは、自己決定での安楽死という体裁をとった、単なる殺人です。

 

前回の話の続きみたいになっていますが、日本人は自分自身の合理的な判断に基づいて自己決定を下すということが不得意な人が多いと思えます。

周囲に気をつかって、周囲の空気を読んで、それに合わせるべく自分の行動を考える。それは日本人の美徳でもあると思うのですが、そんな日本において「生き死にを自分で決める」ということを正面から認めてしまうと、実は不本意だけど死なざるをえない、という人がたくさん現れるでしょう。

そういうことで、現状では安楽死の合法化には反対です。余力があれば、次回以降、さらに詳しく述べます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA