新年のとりとめのない雑感 4(完)

日本の政治の劣化について書こうとして、昨今の弁護士事情に話がそれてしまいました。

弁護士に関して言うと、数が増えたせいで弁護士自身が劣化したのかも知れないし、タチの悪い依頼が増えたせいでそれにあわせざるをえなくなったのかも知れない。どちらが主な原因かと言われると、弁護士である私でもわかりにくく、おそらく、その両方が相関しあっているのでしょう。

 

政治家については、国会議員の数が増えたということはないですが、ある程度は人気商売であることは弁護士と同じです。国会議員は国から給料が出るから、弁護士みたいに依頼を増やして売上をあげないといけないという事情はないですが、でも、次の選挙で落選すると議員でなくなるのです。これは、よほどの不祥事や犯罪でもしない限り一生弁護士でいられる我々とは大きく異なるところです。

したがって国会議員は、選挙で落ちないよう、地元選挙区の有権者に対して、弁護士以上に熱心に、人気取りをしなければならなくなる。

 

これまた私自身の経験談になってしまって恐縮ですが、私が勤務弁護士をやっていたころ、事務所の所長弁護士は国会議員や地方議員にも顔が広く、そのため、議員に紹介されて事務所に相談に来た依頼者も多くいました。事件の内容は、借金とか離婚とか、息子が覚せい剤で捕まったとか、ありがちな相談ばかりでした。

議員の事務所へは「市政相談」などという名目で、地元の有権者が多数相談に訪れるのであろうと想像されますが、そこに来る相談とは、国や地方の政治のことでなく、おそらく多くはこのような、あくまで個人の問題でしかないのでしょう。

もちろん、これらの相談ごとも、当人にとっては大問題であるには違いない。ただそれらは、議員のところに駆け込んでいくようなことなのか、と私は常々疑問に思っていました。また、そういうルートでうちに相談に来た方が、不思議なことに共通して、ことあるごとに「私は議員の○○先生の紹介で来た」などと笠に着るのも、何だか鼻につきました。

 

議員の人たちは本来、国や地方の政治という「公益」のために仕事をやっているはずなのですが、こういった全く個人的な相談を聞かされて、それを無碍にもできないわけで、これは大変な仕事だなあと感じた記憶があります。

このように、議員は議員であり続けるために、こうした個人的な相談ごとに忙殺され、政治家本来の仕事がなかなか手につかなくなる、という側面はあると思います。

昔は、政治などはその土地の名士がやるもので、したがって議員でなくなっても食うには困らない、という人が多かったと思います。かといって現代では、名家のおぼっちゃんに政治をやらせるのがよいかというと、鳩山元総理の例で日本国民みな懲りたはずです。

 

結局、日本の政治が劣化しているとしたら、政治家自身が劣化しているのかも知れないが、一方で、どこまでも個人的な問題でしかないことについて、政治家を利用すればうまくやってくれるだろうと期待する有権者が、政治家のやることを矮小化させているという側面もあると思います。その両方が原因である、と結論をぼやかして逃げておきます。

 

最後に、公益とか何とか言われても、何が公益で何が個人の問題かわからないから、どこに相談に行けばいいのかわからない、という方は、まずは政治家でなく弁護士に相談に行ってください。

心ある弁護士なら、政治や行政に相談すべきことであるのか、弁護士で事足りることであるのか、弁護士にすら相談すべきでないことなのか、きちんと理由をつけて説明してくれるはずです。

新年のとりとめのない雑感 3

前回の続きで、あくまで私個人の見解ながら、弁護士にとってタチの悪い、質の低い事件とはどういうものか、について。いろんな例を挙げることはできると思いますが、単純化のため、とりあえず4つの類型に分けます。

 

1つめの類型は、依頼の内容自体が違法なケースです。

例として、明らかに脅迫にあたるような文書を、弁護士の名前で紛争の相手方に送り付けてほしいという相談があります。この類型は論外であって、弁護士である以上、受けてはいけない事件です。

 

2つめの類型は、弁護士を「代書」としか考えていないようなケースです。依頼者が思うとおりの内容を一言一句、訴状や内容証明に書いてほしいというものです。

弁護士が文書を書く以上は、ふさわしい法律構成や表現を慎重に吟味するのですが、弁護士としてとうてい書けない表現(法的に不正確であるとか、品位に欠けるなど)ばかり書いてくれという人はたまにいます。

 

3つめの類型は、依頼者がおよそ現実的でない「戦略」を立てているケースです。

例としては、以前も触れましたが、金を貸した相手がお金を返してくれないとき、貸金返還の民事裁判を起こすのではなく、警察に詐欺で告訴してほしい、という相談がそれです。

警察に告訴する→警察が速やかに捜査に乗り出す→相手が驚いてすぐにお金を返してくる、という「戦略」なのですが、これがまず実現不可能であるのは、以前書いたとおりです(右の「2011年8月アーカイブ」にて「告訴を受理させる50の方法」を参照ください)。

 

4つめの類型は、法律問題でもないことについて、とにかく交渉してほしいというケースです。例としては、彼女と別れたいからキレイに別れられるよう交渉してほしい、というものです。

 

1の類型は、上記のとおり、間違っても受けてはいけない相談です。2から4の類型でも、一昔前の弁護士なら、そんなの弁護士に頼むことじゃない、と断ったでしょう。

ただ注意していただきたいのは、弁護士がこうしたケースを断るのは、多くの場合、弁護士としての矜持と良心に基づくものです。

もしこれが悪徳弁護士であれば、高い着手金だけ取っておいて、「あなたの言うとおりやってみましたがダメでした」「がんばって交渉しましたがダメでした」で終わりでしょう。

 

弁護士の数が増えて、アクセスがよくなることで、この手の相談はきっと今後増えると思います。私ならたぶん断りますが、これからどんどん弁護士の数が増えてくれば、食っていくためにはやむをえず、疑問を感じつつもこうした案件を受ける弁護士も増えていくでしょう。

すべての弁護士がそうだとは思えませんが、相当程度の数の弁護士において、その仕事は、法律の専門家ではなく、依頼者の手駒みたいになっていくことが予想されるのです。

新年のとりとめのない雑感 2

日本のトップに立つ政治家は劣化しているとよく言われますが、それは政治家が劣化しているということなのか、国民全体が劣化しているのか、という話に触れようとしております。

もっとも、私には政治のことはよくわかりませんので、自分に身近なところから説き起こす他なく、そのため、まずは弁護士を題材にとってみます。

 

弁護士といってももちろん、ピンからキリまであり、極めて優秀な人もいれば、依頼者のお金を着服してしまう人もいます。それでも、全体の平均というものをとってみれば、おそらくここ最近、弁護士は劣化していると思います。

その理由は何かというと、一つには、司法試験の合格者数が、一昔前は500人程度だったのが現在は2000人になったということです。とはいえ、試験の成績が下のほうの人でも合格するようになったということが直接の原因ではなく、ただ結果として弁護士の数が増えたことで、競争を強いられるようになったということが挙げられると思います。

加えて、今となっては信じがたいことですが、一昔前は弁護士が広告をすることが禁じられていたのが解禁されたことと、近年のインターネットの普及ということが、それに拍車をかけています。

これらの要因によって、一般市民の弁護士へのアクセスは、間違いなく良くなりました。

本当に、一昔前は弁護士事務所なんて紹介がなければ行けなかったところです。それが今では、テレビやラジオでも宣伝が流れ、インターネットを見れば、食べ物屋さんを探すかのように弁護士も選び放題といった感があります。

 

私はこのようにして、弁護士へのアクセスが従来に比べれば良くなったこと自体は良かったと思っています。昔は、大した仕事もしていないのにエラそうにしている弁護士も多かったはずで、それでも数が少ないから弁護士というだけで有難がられたはずです。そういう弁護士が淘汰されることは、望ましいことです。

このようにして弁護士へのアクセスが容易になることで、本当に法的救済が必要な人々の多くが救われたであろうことは容易に想像されるからです(一例として、サラ金各社への過払い金返還請求を弁護士が広く行うことで、借金苦から倒産、失踪、自殺といった行動を取ることを免れた人は多数いたはずです)。

 

ただその一方で、弁護士へのアクセスが容易になりすぎた結果、一昔前ならわざわざ弁護士に相談しなかったような相談、仮に相談されても弁護士は受けなかったであろうと思わせる相談が増えている、とも感じます。

そして、そういういわば「くだらない事件」でも、最近の若手弁護士は人数も増えて競争過多であるため、自身が食っていくために、受任せざるをえない。

くだらない事件とはどういうものか、それは次回にもう少し書きますが、こうして、委任される事件の質の低下が、それを代理人として引き受ける弁護士の仕事の質を低下させる状況となっているわけです。


(なお注。こういうことを書くと、当事務所にご依頼・ご相談いただいている方々の中でブログを見てくださっていて、くだらない事件とは自分の依頼のことではないか、と気遣われる方もおられるかも知れませんが、幸いにも私にはくだらない事件は受任を拒否する程度の余裕はありますので、私が受任している事件について云々しようとしているものではありませんことをあらかじめ述べさせていただきます)

 

新年のとりとめのない雑感 1

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

年末にあれこれ書こうと思ってるうちに、年を越して三が日を過ぎてしまいました。正月気分を引きずったまま、雑感を書きはじめようと思います。

 

平成21年の元日に生まれた息子は、この正月に3歳になりました。休み期間中に、南港ATCで行われた「プラレール博」へ、妻子とともに行ってきました。

アトラクション(小さい列車に乗ったり、ゲームをしたりする)待ちの行列では、どこの子供もじっとしていませんでしたが、でも、どこの親も順番だけはきっちり守っていました。

それで思い出したのですが、昨年、行列を守らない人を、二度だけみました。ひとつは新幹線に乗るとき、もう一つはビックカメラのレジのときでした。いずれも、中国語らしき言葉を話す人たちでした。

ちょうど、尖閣諸島の問題で対中感情が悪化している時節柄でもあり、いずれのケースも日本人が、ちゃんと列に並べと、その中国人らしき人をたしなめました。ビックカメラでたしなめたのは私なのですが、その話はさておくとします。

 

かように、いかなる事態にあっても順序や秩序を守るというのは、間違いなく日本人の美徳です。昨年の東日本大震災でも、そのことは明らかだったと思われます。配給物資をもらうために列を抜かした日本人は、きちんと調べてはいませんが、いなかったのではないかと思います。

一方、震災対応をめぐって、政治はゴタゴタし続けました。菅前総理は統治能力もなく現場を怒鳴りつけて混乱させているだけ、というのは多くの方が共通して感じておられたでしょう(より具体的には、当ブログの右端の「月別アーカイブ」の「2011年3月」をクリックして当時の記事を参照ください)。

 

どんな問題や災害に直面しても、現場に立つ一人ひとりの国民は優秀であるが、トップに立つ人々は、統治能力もなく愚かである――日本ではよく言われることです。昨年の震災だけでなく、たとえば第二次大戦を振り返って言われることでもあります。

一方で、一国の国民は自分たちのレベル以上の政治家を持てない、ということもよく言われます。つまりトップに立つ政治家が愚かだとしたら、それは国民全体が愚かだということです。

さて、実際にはどちらが真実に近いのだろうということを、昨年の震災後、とりとめもなく考えたりしました。前置きが長かったですが、今年の最初のネタにこのことを書こうとしておりました。今後、休み休みこのことを書きます。

今年もお世話になりました。

はやいもので、平成23年も暮れようとしております。

当事務所は、本日28日をもって仕事納めとさせていただきます。

 

当ブログは、特に年末あたり、私(山内)の多忙等の理由により、なかなか時事問題に関する記事を書くことができず、以前から温めていた「法律相談シリーズ」でお茶をにごさせていただきました。時事ネタをご期待の方(もしおられるとしたら、ですが)には、更新頻度が鈍ってしまい、申し訳ありません。

 

今年もまだ3日と半日ありますので、当ブログにおいても、今年を振り返ってとか、新年の展望とか、その他諸々の雑感を書くつもりではあるのですが、もし年が明けるまで更新がなかったとしたら、家の掃除と、子供の遊び相手と、やり残した仕事とで忙殺されているとご理解願います。

 

なお、事務所の新年の業務は1月6日からです。

休みの期間中は、基本的に事務所へは連絡が取れない状態になっていますが、もしこの間に緊急のアポイントをご希望される方は、ブログのコメント欄に書いていただければ、私のほうで確認できますのでご利用ください。

 

もっとも、皆さまにおかれても、弁護士に緊急連絡を取らなければならないことのないよう、平穏な正月を迎えられることをお祈りしております。

商標権侵害とパロディのはざま

昔から、ポール・サイモンの歌が好きで、事務所でたまにBGMに流したりするのですが、私の好きな歌の一つに「僕のコダクローム」というのがあります。

CDジャケットを見ると、この曲名の右肩あたりに、丸の中に「R」と書かれたマークがついています。このRは「register」、つまり登記や登録を表します。歌詞カードの隅っこを見ると、英語で「コダクロームはコダック社のカラーフィルムの登録商標です」と書かれています。

 

この歌は、写真を撮るのが好きな少年を描いているのですが、ポール・サイモンがこの歌を発表したとき、アメリカのコダック社が、「うちの商品名を使うんなら、ちゃんと『R』マークを入れてくれないと困る」と言ったそうです。

ポール・サイモンが歌詞にしてくれるなら「宣伝になるから是非使ってください」と感謝してもいいくらいなのに、「うちの登録商標だと明記してくれ」だとは、なんと無粋なことをするものだと、誰かがCDのライナーノーツか何かで書いていたと記憶しています。

ちなみに、この歌の歌詞に「僕はニコンのカメラを持っている」というくだりがあるのですが、日本のニコン社はRマークを入れてくれとは言っていません。

 

これとはずいぶん異なる話かも知れませんが、大阪の吉本が土産用の菓子に「面白い恋人」というのを販売していたら、北海道で「白い恋人」を販売している本家本元の製菓会社(石屋製菓)が、吉本に対し「商標権の侵害だ」と提訴したそうです。

商標法によると、特許庁に登録された商標については、同種の商品において、他者が類似の商標を使う場合に、その差止めを求めることができるとされています。「白い恋人」は登録商標で、菓子に「面白い恋人」などと名付けるのは類似商標にあたる、というわけです。

 

こうした商標法の趣旨は、おわかりだと思いますが、長年の営業努力によって培われてきた登録商標に対する信用を、関係のない他者が、それと紛らわしいネーミングを利用することで顧客を横取りするのを防ぐという点にあります。

 

ただ、「面白い恋人」に関していえば、それを「白い恋人」と勘違いして買う人がそうそういるとは思えず、多くの人は、本家本元の「白い恋人」とは別物だと分かった上で、「また大阪の吉本がアホなことしてよるで」くらいにしか思わないのではないかと感じます。

果たしてこれを、許される範囲のパロディだと見るか、便乗商法だとみるか。今回の提訴を、無粋な行為とみるか、商標を守るための当然の行為とみるか。この点はそれぞれの考え方があるかと思います。

 

ただいずれにせよ、本家本元の石屋製菓は、「面白い恋人」について、「悪ふざけが過ぎて、ちっとも面白くない」とコメントしたそうです。

パロディというのは、他者を不快にしない程度であってこそ、面白いものだと思います。

「白い恋人」と「面白い恋人」が類似商標だといえるか否かという司法の判断は非常に興味あるのですが、吉本側も、自主的に販売をやめるということでよいのではないかと思います。何より、大阪の人にとって「面白くない」と言われるのは最も不名誉なことなのですから。

区民まつりの会場で大阪都構想について考えた

私ごとですが、11月6日の日曜日、大阪市西区の区民まつりに息子と行ってきました。

会場の公園では、地元の消防署から消防車が来たり、町内会や地域のサークルが模擬店を出していたりして、2歳の息子もそれなりに楽しんでいました。区民ホールに入ると、ビンゴゲーム大会が行なわれていて、広い会場はビンゴカードを手にした小学生でぎっしり埋まっていました。

冷静に考えると、そう凝った催しが行なわれているわけではないのですが、この手作り感がいかにも地域の祭りという感じで、この日のために、町内会などで熱心に準備が行なわれてきたのだろうなと思いました。

 

7日の産経朝刊によりますと、この区民まつりの会場に、大阪市長の平松氏と、前大阪府知事の橋下氏が、別々の時間に現れたそうです。私はいずれともニアミスだったようで、お会いしませんでした。

新聞によると橋下さんは、会場で区民に囲まれて、「区民まつりはなくしません」と宣言したとのことです。記事の中では「区民まつりは本当にだいじょうぶか」と不安に思う区民の声も紹介されていましたが、橋下氏そして維新の会の「大阪都構想」に多くの方が不安を感じるのは、まさにその点なのでしょう。

 

構想によれば、大阪市と堺市は解体され、両市内にある区は統合されることになる。大阪市西区で言えば、隣接の港区や大正区と一体化され、「湾岸区」とでもなるかも知れない。名前は「踊る大捜査線」みたいでちょっとカッコいいけど、今のような形での西区の区民まつりや、それを核とした地域のコミュニティはなくなるでしょう。

橋下氏が公園で「区民まつりはなくしません」と発言したからといって、正式な公約でも何でもなく、区の統合のあかつきには、きっとなくされてしまうでしょう。

区民まつりの運営費用がどうなっているのかはよく存じませんが、ボランティアの働きと1回100円の模擬店の収益だけで賄えているとは思われず、おそらく、公的なお金から援助が出ていると思います。そうすると「西区や港区や大正区で別々に区民まつりをするのは行政の無駄だ、やりたければ湾岸区で1回だけやれば良い」という判断になると思われます。

現に、大阪市では20年ほど前に東区と南区が合併して中央区ができました。私も2年半ほど中央区(昔の東区にあたる部分)に住んでいたことがありますが、東区の区民まつりというのは聞いたことがなく、あるのは中央区の区民まつりだけでした。

 

私たちの地域の区民まつりが、将来、行政の無駄、住民エゴだと切り捨てられるときが来るのかなと、まつり会場で考えてしまいました。もちろん、区民まつりなど無駄だ、という意見はあっていいと思うのですが、そうは思わない人々がたくさんいるはずなのです。

個々人の利害や欲望を調整して折り合いをつけるのが政治の役割です。地域の規模を大きくして重複するものは切り捨てる、とだけ単純に考えるのは、およそ地方政治のあり方とはかけ離れているように思えます。

記者会見での質問のレベルについて考える

かなり以前のことですが、ある地方の簡易裁判所の受付窓口で、男性(弁護士でなく一般の来庁者)が激昂しているのを見ました。男性が提出しようとしている書類について、何らかの不備があって裁判所の事務官が受理しないことに憤っているようでした。

男性は事務官に対し、「何条や!」と怒鳴りました。つまり、この自分の書類を受理しない根拠は、どの法律の第何条に書いてあるんだ、ということでしょう。事務官は、ため息まじりで奥に引っ込みました。おそらく、六法全書を参照して、該当する条文を見せてあげようとしたのでしょう。


私も法廷での仕事があるので、そのやり取りをそれ以上みていることはできませんでした。

でもその後、この男性は事務官から「民事訴訟法の第何条でございます」と根拠条文を見せられたところで、決して納得はしなかったでしょう。

条文を見せられたら次は、「そんな法律、誰がいつ決めたんや」とでも言っていたでしょう。事務官が「平成7年の通常国会で現行の民事訴訟法が可決成立し、平成8年6月26日に施行されたのでございます」と答えても依然納得しなかったでしょう。もしかしたら小学生みたいに、「何時何分何秒や」とでも言っていたかも知れません。

 

そんなことを思いだしたのは、今朝の新聞記事を見たからです。

内閣府の政務官が記者会見で、福島の原発から出た低濃度汚染水を処理した水の安全性について説明した際、とあるフリーの記者が、「安全というなら飲めますか」と聞いたのに対し、政務官は実際にその水を飲んでみせたそうです。

それを受けてその記者が納得して、「おお、行政のトップである内閣府の人が飲んでみせたんだから、処理水は安全だ」と記事にしたかというと、そんなことは今日の時点で聞かないし、今後もそうでしょう。

その後のやり取りを私は知りませんが、記者は「そんなのパフォーマンスだ」「安全というなら科学的な数値で示してほしい」とでも言ったのかもしれない。もちろん、内閣府としても、飲んだから安全が立証されたというわけではなく、今後きちんと数値で示していく、という見解のようです。

 

とすれば結局、処理水を飲めますか、と聞いた記者の問いは、全く意味のないものだったということになります。飲んだところで納得しないのなら、裁判所の窓口で「何条や!」と怒鳴っていた男性と同じレベルだと思うのです。

安全なら飲んでみろ、という問いは、素人の感情としてなら分かるのですが、記者会見における記者の質問としては、かなり次元の低いものだと思います。

そんな次元の低い問いを発して「したり顔」をしているくらいなら、たとえば小沢一郎被告みたいに会見で恫喝まがいの詭弁を弄する人をやり込めるくらいの質問を発してほしいなと、今回のような報道を見るたびに思ってしまうのです。

弁護士の「負け方」を考える

誰だったか、プロ棋士のエッセイで読んだことがあるのですが、プロは負けるとわかったら、あとは「きれいな負け方」をするような手を指してから投了するのだそうです。

たしかに、プロの将棋の試合は、棋譜がずっと残されるし、投了図(勝負がついたときの盤面)は新聞や雑誌の観戦記事に掲載される。あまりに無様な負け方はできないということです。

 

どんな勝負ごとにも、負けるときの作法みたいなものがあると思います。

弁護士なら、裁判がある程度すすんでくれば、この事件は「勝ち筋」か「負け筋」か、だいたいわかります。負けが見えてきたら、弁護士の取るべき態度としては次の3種類が考えられます。

最も望ましいのは、当然ながら、主張や証拠を補足して、何とか逆転勝訴に持っていくことです。

それが無理なら、争う姿勢だけは示しておいて、一方で相手と話しあいを進め、和解に持ち込むことです。

この2つが不可能であれば、あとは、必要な主張はすべてしたということが、依頼者にも裁判官にも相手の弁護士にもわかる程度に手を尽くした上で、敗訴の判決を聞くことになります。これが弁護士なりの「きれいな負け方」ということになります。

 

しかし、これら3つのどの方針を取るにしても、依頼者の協力は必須条件です。弁護士の口先だけで裁判の流れが変わるものではないので、主張を尽くすにも話しあいをするにも、依頼者の理解と協力がなくてはできません。

残念ながら、そこが理解いただけていないことが、しばしばあります。特に、最初は裁判に乗り気だったけど、敗色濃厚となるにつれて、打合せにも来ない、必要な資料も用意してくれない、電話しても出ない、という態度を取る方が、たまにいます。

そうなると弁護士は法廷で「依頼者と連絡が取れないため、今回は何も主張の準備ができてません」と言わざるをえなくなります。そんな状態が続くと、それ以上争う意思なしと見なされて、そのまま敗訴となるでしょう。プロとしてはかなり恥ずかしい負け方です。

 

恥ずかしい負け方といえば、最近の報道で、民主党の横峯議員が、週刊新潮の「賭けゴルフ」の記事が事実無根で名誉毀損だと訴えていた事件で、自ら「請求放棄」した、というのがありました。

請求放棄とは、簡単にいうと、裁判を起こした当の原告が、私の請求はすべて間違いでしたとして、負けを認めるものです。

昨年5月にも、旧ブログで、民主党の山岡議員の請求放棄に関して書きました。請求放棄についてはこちらをあわせてご参照ください。

これなど、弁護士としては最も恥ずかしい負け方でしょう。もちろん、請求放棄するのはあくまで原告である横峯議員や山岡議員の意思ではあります。しかし弁護士なら、裁判を起こす前の段階で、最後まで争っていけるだけの材料があるかどうか確認していなかった、つまり見通しが甘かった、と言われても仕方ないのです。

 

負けるときにはきれいに負けたい、そのためにも依頼者と強固な信頼関係を結ぶ必要がある、請求放棄の記事を見て、自戒を込めてそう思った次第です。

チーム・ドラゴンが国を滅ぼす

松本龍とかいう人が菅内閣の「復興担当大臣」となって以降、この人がいろいろ批判を受けているという話を聞きました。

たしかに、この人が被災者支援のための部局を自ら「チーム・ドラゴン」と呼んだのは極めておこがましいと思います。70年・80年代に少年の時期を過ごした者にとって、「ドラゴン」と名乗ることを許せるのは、ブルース・リーと倉田保昭だけです。

また、民主党政権の目玉として作った「国家戦略局」という部局も、平時ですら全く機能しなかったのに、今またなぜ「復興担当大臣」というポストをわざわざ作るのか(これは民主党政権が国交省など既存の役所とポストを使いこなせないことを意味する)、といった批判もあてはまるでしょう。

最近は節電のためもあってあまりテレビを見ません。見たい番組といえば、CSで再放送中の「秘密戦隊ゴレンジャー」と「スーパーロボット マッハバロン」だけで、今のテレビがいかに面白くないかは、この稿の本題ではないのでさておきますが、さきほど、しばらくぶりにテレビのニュースを見ました。

松本大臣が、東北地方のある知事に、「知恵を出さないところは助けない」といったことは、(政府がそれ以上の知恵を出すという条件つきなら)まだ容認する余地があるとして、別の知事には、数分遅れてきたことをあげつらって「自分(知事)が入ってから呼べ」と、数分待たせたことを叱責したという映像を見て、批判されているのはこれらのことかと知りました。

私が思い出したのは、これまた私ごとながら、うちの先祖のことです。

史実かどうかは知りませんが、司馬遼太郎の「功名が辻」によると、山内一豊の妻の千代(大河ドラマでは仲間由紀恵が演じた)は、太閤・秀吉の側室である淀殿から大阪城に来るよう呼び出されましたが、淀殿を待っているうちにトイレに行きたくなり、行って戻ってくると、淀殿がすでに面会の間に現れて、千代を待っていた。
後から、淀殿の女官が、淀殿を待たせたことで千代を叱責すると、千代は女官に「鬼婆あ」と言い放って帰ったそうです。

淀殿とその取り巻きの高圧的な態度が、その後の関ヶ原の戦いや大阪の陣で豊臣家を滅ぼすきっかけを作ったとも言われるように、それになぞらえると、松本大臣が菅政権を滅ぼすかも知れません。

しかも、松本大臣が、この件についての釈明を求められて、「九州の人間じゃけん、語気が荒いこともあって…」と、ことさらに九州弁を使って弁明したのは、九州の方に対する侮辱にあたるでしょう。

たとえば松本大臣が大阪出身であったとして、「わて大阪の人間でっさかいにギャグで言うたんでんがな、堪忍したっとくんなはれ」と言ったとしたら、誰も許す気にならないでしょうし、何より大阪の人間が怒るでしょう。

このような人に、国難とも言うべき東日本大震災の復興を委ねるとは、やはり菅内閣と民主党政権は早晩滅びる、と言うより、すでに滅びているのでしょう。

ということで、久々にテレビでイヤなものを見せられたので雑多な感想を書き連ねてしまいました。このあとCSで「スーパーロボット マッハバロン」を見て寝ます。


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7月6日追記。
上記の話を5日深夜、shinobiブログ(http://minamihorie.blog.shinobi.jp/)のほうに書いたら、翌6日にはこの大臣、辞任してしまいました。とりあえずそのままここにも掲載します。