為替デリバティブ被害相談4(完) ADRによる解決例

全国銀行協会のADR(調停)期日にて。

 

山内「調停委員からの提案は、お聞きいただいたとおり、本件の通貨オプション契約を解約する、その解約金については、銀行側の負担を6割とし、あなたの負担を4割とする、といった内容でした」

小島「6対4で、私の落ち度は4ですか。先日の先物の裁判と同じですね。先物取引よりは今回の通貨オプションのほうがずいぶん複雑な仕組みだったと思うのですが、私の落ち度が同じとは、ちょっと不本意な気もします」

山内「お気持ちはわかりますが、ADRは話し合いによる合意を前提とする手続きですから、あまりに銀行の落ち度を大きく見積もることは困難でしょうね」

小島「で、調停案をのむとすれば、具体的にはどうなりますか」

山内「株式会社康楽がUSB銀行と結んだ契約を解除しようとしたら、約1500万円の解約金を要することになります。そのうち6割は銀行が持つとして、康楽は4割の600万円だけ支払うということです」

小島「まだ払うことになるんですか…」

山内「もしこのまま契約を続けるとしたら、以前お聞きしたとおり、月々60万円程度の損が出ます。今後約3年間、為替相場が大きく変わらないとしたら、トータルでは2000万円近いお金を支払わされる勘定になる。それを、一部だけ負担して、きれいさっぱり終わらせるわけですから、決して悪い話ではないと思います」

小島「調停案を拒否すれば、どうなりますか」

山内「長い裁判になるでしょうね」

小島「うーん、裁判に持ち込んでも、どうせまた私の落ち度って言われるでしょうし、正直なところ、こんな契約は早めに切ってしまいたいのです。でも、もうこれ以上に出せるお金がねえ…」

山内「その点は、USB銀行から融資を受ければよいです」

小島「訴えた相手がお金を貸してくれるんですか?」

山内「繰り返しますがADRは訴訟でなくて話し合いの場です。デリバティブでの損失で康楽が倒産することは、銀行だって望んでいません。この問題に話さえつけば、解約金については融資を受けて、あとはそれを少しずつ返していけばいいんです」

小島「USB銀行は納得してくれますかねえ」

山内「もちろん私が交渉します。康楽は本業では好調なのだから、銀行として融資を断る理由はないと思いますよ」

 


後日、「康楽」にて、ある日の午後に

 

山内「すいません、天津飯ひとつお願いします」

小島「あらっ、先生、いらっしゃいませ。遅いお昼ご飯ですね」

山内「しばらくです、小島さん。顔色がよくなりましたね」

小島「ええ、調停案どおりにまとめていただいて、融資もきちんとおりましたしね。私もようやく、商品相場とか為替相場で毎日眠れない思いをすることもなくなって、感謝しています」

山内「お店も順調なようですね。お昼どきに伺おうと思っていたのですが、いつも満員で行列ができていました」

小島「ありがたいことに最近は盛況でして。それで私、近々、銀座に2号店を出すことになったんですよ」

山内「ええっ、銀座にですか! それはすごいですねえ」

小島「まあ、銀座と言っても『堺銀座』ですけどね」

山内「ああ、堺東の駅前商店街ね…。いやでも大したものじゃないですか。ぜひ堅実にがんばっていってください」

小島「はい。天津飯はもうすぐできあがりますから、しばらくお待ちください」

 

(了)

 

(注:今回も、為替デリバティブの仕組みや調停手続きについて、平易に紹介することを主眼に、ずいぶん単純化して書いておりますことをご了承ください)

 

為替デリバティブ被害相談3 デリバティブが含む問題点

小島「その後、準備は進んでいますか」

山内「ええ。ADR手続きの申立てをして、早期に解決したいと思ってます」

小島「どれくらい早く解決できますでしょか? あと1週間くらいで何とかなりますか?」

山内「いや、ADRは裁判よりは早いですが、さすがに1週間というの無理です。4か月から半年は見ておいてください」

小島「やっぱりそうか…。いや、1週間後にね、今月もまたUSB銀行に300万円を払わないといけないんですよ。ドルを買わされるので…」

山内「その支払いは、ストップしてしまって良いと思います」

小島「え、銀行への支払いを止めるんですか?」

山内「ええ、銀行に申し入れてください。弁護士を立ててADRの場で決着させたいから、それまで支払いをストップさせていただきますと。銀行側が何かややこしいことを言ってきたら、私が出ます」

小島「大丈夫でしょうか。そんなことして融資を引き揚げるって言われたら、借りた資本金もまだ全部返せていない状況だし…」

山内「多くの場合、銀行はたいてい、話し合いに応じてくれます。もし仮に融資を引き揚げるとか言い出したら、それこそ、銀行協会に苦情申立てをしますよ。銀行はそこまでモメることは望まないですから

小島「そうですか、わかりました。支払いがストップすれば、うちの資金繰りもずいぶん楽になるし、また宗右衛門町で…いやいや冗談です。で、先生、ADRの手続きは、いつごろ始まりますか」

山内「いま、申立書を作成していて、今月中には、全銀協へ提出できます。いま、この手の申立てが増えていて、割と待たされるみたいなので、調停の場が持たれるのは、2、3か月後くらいですかね。支払いはストップしていいのですから、気長に待っていてください」

小島「ADRのときには、どんなことが聞かれるんでしょうかね。私が商品先物に手を出したときの裁判みたいに、証言を聞いてもらって、お互いの落ち度を考えて痛み分けになるんでしょうかねえ」

山内「極めて大ざっぱに言えば、そうです。しかし、通貨オプションなどの為替デリバティブのADR手続きでは、独特の重点があります」

小島「と、言いますと?」

山内「商品先物取引は、多くの人にとって、明らかに投資なんですよ。もっと言えばギャンブルなんです。相場の上下を利用して儲けるために行なわれる」

小島「ええ、確かに」

山内「でも、為替デリバティブはそうじゃない、という建前になっています。銀行は先物業者と違って、相場を利用して顧客にギャンブルをさせる商品など、販売してはいけないんです。それが銀行としてのプライドでもある。だから銀行としては、お客様の為替リスクのヘッジのために必要な商品ですよ、という触れ込みで勧誘してくることになります」

小島「そういえば、そういう勧誘をされましたなあ」

山内「そこでお聞きしますが、小島さんが『康楽』の仕入れのために必要なドルは、いくらくらいでしょうか」

小島「年に2、3回ほど、中国やアメリカで食材とか調味料を買ってくる程度でして、日本円で年間せいぜい2~300万円、ドルだと3~4万ドルくらいですかねえ」

山内「であるのに、USB銀行との契約では、少なくとも毎月1万ドル、多いと3万ドルも買わされることになる。年間にして12万ドルから36万ドルです。あきらかに、小島さんの会社の取引量を無視した、過大な取引をさせているんです」

小島「冷静に計算するとそのとおりですね、先生。最初は儲かっていたので、あまりその点を考えていませんでした」

山内「リスクヘッジのために必要だと言いつつ、実は不要なまでのドルを買わせた、そこがこの手の契約に含まれる重要な問題です。ADR手続きの中でも、そのあたりが主要な争点になります」

小島「なるほど、そういうところを突いていくわけですね。先生、ADR手続きに向けてがんばって準備を進めてください」

山内「わかりました」

 

(続く)

為替デリバティブ被害相談4へ

為替デリバティブ被害相談2 為替デリバティブとは(後編)

小島「先生、今朝の新聞で、デリバティブのことが出てましたよ」

山内「ええ、野村証券は大阪産業大学に2億5000万円を払えと、大阪地裁が判決しましたね」

小島「これは、うちがやっていた取引と同じようなものなんですか」

山内「新聞にはそこまで詳しく出ていないですが、為替相場次第では多額の損失が発生する取引だったようですね。小島さんのように長期契約をさせられ、途中で解約するために13億円近い解約金を払わされた。その返済を求めていた裁判だったようです」

小島「13億円近く損をして、返してもらえたのは2億5000万円だけですか」

山内「デリバティブ取引に応じた大学側にも落ち度があるってことですね。過失相殺です。小島さんも、先物取引のときに言われたでしょ。今回、大学側の落ち度は8割で、2割だけの賠償が認められたようですね」

小島「投資顧問会社が、企業年金の運用に失敗したとかいうニュースもありました」

山内「オプション取引で失敗したようですね」

小島「おそろしいですなあ。しかしこの、デリバティブとかオプションとかっていうのは何なんですか」

山内「デリバティブというのは、金融派生商品とも言われますけどね、もともとは、相場の変動などのリスクをヘッジ、つまり回避するために開発された商品です。小島さんが先日裁判をされた商品先物取引も、商品相場の高騰に備えて、一定の商品を一定の値段で先に買い付けておく仕組みなんです」

小島「はあ、なるほど。で、私が今回、銀行と契約した通貨オプション取引とはどういうものですか?」

山内「為替相場の変動を回避する、為替デリバティブの一種で、海外の通貨を一定の値段で売ったり買ったりする予約をしておくんです」

小島「ああ、じゃあ私は今回、ドルの先物買いをしていたようなものですね」

山内「そうです。オプションとは『権利』を意味します。今回の契約では、株式会社康楽と、USB銀行の間に、2つのオプションが設定されています。1つめは、康楽がUSBからドルを安く買う権利。2つめは、USB銀行が康楽にドルを高く売る権利で、つまり康楽側から見れば、高値で買わされる義務を意味します」

小島「1つめだけなら、小遣い稼ぎができたのに、どうして2つめの余計なオプションまでくっつけてくるんでしょうねえ」

山内「1つめのオプションだけだと、康楽が得をして銀行が損をするだけですからね。銀行はそんな商品を売るはずがない。それにしても、この手の通貨オプションの問題点は、顧客である企業が利益を得る可能性より、銀行が得をする可能性のほうがはるかに大きい、ということです」

小島「どういうことですか」

山内「今回の契約を見ても明らかでしょう。1ドル80円より円安のときは、康楽は1万ドルを1ドルあたり80円で買える。ドルが安値で手に入るということです。でも、1ドル80円より円高になると、とたんに、銀行は康楽に3万ドルを1ドル100円で売ることになる。円高ドル安なのに、ドルを高く買わされるわけです。しかも、3万ドルも」

小島「こちらが買わされるときに限って、3倍の量のドルを買わされるんですね。うちにとって全然、リスクヘッジになっていない」

山内「しかも、何年もの長期に渡ってです。途中で解約しようとすると、今朝の新聞に出てたように、多額の解約金を払わないといけない契約になっています」

小島「契約書の中身がわかってくると、腹が立ってきました。今朝の新聞記事みたいに、裁判に訴えることはできますか」

山内「もちろん、それも考えられます。あとは、銀行相手だから、金融ADRって方法もあります」

小島「また何か難しい言葉が出てきましたね」

山内「ADRというのは、裁判外での紛争解決手続のことです。具体的には、全銀協、つまり全国銀行協会の調停手続きの場で話合いをすることです。裁判よりは早い解決が望めます」

小島「手段の選択は先生にお任せしますよ。私としては何をすればよいですか」

山内「とにかく、これまでの事実関係と、取引内容を把握したいので、契約書類とかパンフレットとかを全部持ってきてください」

小島「わかりました」


(続く)

為替デリバティブ被害相談3へ