現代社会における「恐れ入れ」の刑について

昨年、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読み返していました。これで3度目です。
私が人生で「座右の書」と思っている、ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」も、10代、20代、30代に1回ずつ、3回読みましたが、「竜馬がゆく」は単純に面白いから読み返しました。

読書というのは、読み返すたびに、心に残る部分が微妙に違っていて、それは読者のその時々の関心を反映するものです。
今回「竜馬がゆく」を読んでいて心に残ったのは、大政奉還まであと一歩というところで起こった、長崎でのイギリス人の殺害事件です。

イギリス公使は当然、幕府に対して犯人の引渡しを要求し、幕府は最初、土佐藩の藩士がやったと疑った。当時、長崎には坂本龍馬ひきいる海援隊の気の荒い連中が多数いたし、事件当夜には海援隊の隊士が突然長崎から出港したという状況証拠もあった。
(実際の犯人は別の藩の人だったのですが、それは明治維新後にようやく判明します)

坂本龍馬は当時、藩の上層部や、下級役人の岩崎弥太郎(後の三菱財閥の創始者)にも根回しした上で、土佐藩の者は絶対やっていない、と幕府に対して強硬に主張します。
幕府も、決定的な証拠をつかめないまま、犯人の探索に疲れてしまう。
最終的に、土佐藩の容疑者たちに対して下されたのは、「恐れ入れ」という処分です。これは、容疑は晴れたものの、疑いを抱かれかねない行動を取ったことについて、幕府に対して恐れ入って頭を下げよ、ということです。

この光景は、幕府の末期の姿を象徴的に表しています。もはや国を統率する力は失われているのに、旧来の権威にすがり、体面だけは保ちたい、という態度です。
これに対して、岩崎弥太郎たち一部の人間は、意地を張っても意味がないと考え、ハハーッ恐れ入りました、と頭を下げますが、他の藩士たちは、誰が恐れ入るか、と撥ね付けてしまいます。

今の日本の刑法には、「恐れ入れ」などというバカげた刑罰は、もちろん存在しません。それでも、現代の日本においても、何かにつけて「恐れ入れ」と言いたがる人は多数います。今は幕府も存在しないので、一般大衆が「恐れ入れ」と言う主体となっています。

最近のわかりやすい例でいえば、ベッキーの一件が挙げられます。
ベッキーが、妻のいるミュージシャンの男性と交際していた。これは、その男性の妻からは、婚姻関係の侵害ということで民事上の責任は問われるだろうし、またベッキーをCMキャラとしてスポンサー料を払っている企業からは、契約違反の責任を問われる。

私がテレビをあまり見ないせいかも知れませんが、ベッキーの一件は、まあどうでもよく、その男性の奥さんやスポンサーとの間で賠償問題を片付ければよいだけの話と考えています。
それがなぜか、ベッキーは謝罪会見を要求され、テレビに出たらテレビ局に苦情の電話がかかる。
視聴者に関係のない話なのに、とにかく何だかケシカラン行動をしたことについて「恐れ入れ」と言う人が、多数存在するわけです。
日本国憲法上は、主権者は国民なので、一般大衆が何かにつけて「恐れ入れ」というのは、憲法上はおかしくないのかも知れませんが、個人的には、どうにもバカげた光景だと思っています。

ある消費者金融との会話より 3(完)

このテーマで3回目です。
前々回は、それなりに名の通った消費者金融でも、時効にかかった借金を「時効でない」と言いくるめて取り立てようとしてくることがあることを書き、前回は、時効にかかった債権を安く買いたたいてダメ元で取り立てにかかってくる債権回収業者の話を書きました。

今回は、もっとタチの悪い、闇金融(以下「ヤミ金」)のことを書きます。
昨年の暮れ、事務所の仕事納めの日、年内の業務を終えようとしていた私のもとに「今すぐ相談に行きたい」という女性からの電話がありました。何軒かの法律事務所に電話したものの、すでに年内の業務を終了していて、それでウチに電話をくださったそうです。

相談内容はこういった話です。
お金を借りようとして電話で申し込んだら、その業者から「携帯電話を作って、送ってほしい」と言われたと。「送れば20万円を振り込む」という話です。
その相談者の女性は、さすがにおかしな話だと思って、借りるのをキャンセルしたいと電話したら、「違約金が必要になるので20万円払ってください」と言われたそうです。
また、最初の申込みのときに、自宅や職場の連絡先も伝えてあるので、違約金を支払わなければ職場に連絡する、と言われたとのことです。

明らかに、ヤミ金のやり方です。
この女性が、言うままに携帯電話を契約して送っていたら、きっと、第三者に「使い放題の携帯」、いわゆるトバシの携帯として売却され、一定期間、誰かに利用されたでしょう。当然、携帯の端末料金と、解約されるまでの利用料は、その相談者に請求がいきます。
その他、借りた20万円の元金と高い利息も返せと言われたでしょう。
実際、携帯を作って借入れをし、その後えらいことになった人からの相談も、時にあります。この女性は幸い、行きつくところに行く前に、私のところに相談に来てくれました。

彼らヤミ金は、消費者金融のように店舗を構えず、携帯電話1本で仕事をしています。ですので、もっとも手っ取り早い対処法は、弁護士からその携帯に電話連絡を入れてもらうことです(もちろん、私も、たいていの弁護士も、タダではやりません。所定の費用は必要です)。
私はこのケースで、そのヤミ金に対し「ウチの依頼者が、やっぱり借入れはやめるとのことです。違約金なんて支払う法的義務はないから、払わないように指導しました。だから今後は電話してこないでください」と電話で淡々と伝えました。
ヤミ金はいちおう「わかりました」と言うので通話を終了しました。その後、その女性から相談の連絡はないので、ヤミ金からの違約金の請求も止まったのでしょう。

ヤミ金は貸金業者としての登録をせず、高利で貸し付けを行っているため、貸金業法や出資法に違反しています。あまりにひどい取立てをする場合は、警察がその気になれば割と簡単に摘発でき、彼らもそのことがわかっています。
ですから、ヤミ金に対しては、弁護士をたてるなりしてきちんと対応すれば、それ以上ひどいことにはなりません。

正しい知識を持っていないと付け込まれる、という話を3回に渡ってお伝えしました。
法律家でない方は、別に法律に詳しくなる必要はないのですが、健全な常識を働かせて、おかしいなと思った話は立ち止まること、そしてできれば早めに専門家の助言を求めることが、生きていく上で必要な態度であろうと思っています。