ハワイ道中記2016 その3

毎年、ハワイに行くたびに、今度はもっと上手に英語でコミュニケーションができるようにしよう、と思うのですが、結局、きちっとまとまった勉強もできないままになっています。
それでも今回の旅行では、現地のいろんな店(主にバーですが)で極力会話に心がけました。そのおかげか、こちらの用件を伝えるだけでなく、向こうの言っていることも少しずつわかるようになりました。

「その1」で書いたハパスピザは2回利用し、2回目はピザでなく「ベイクドパスタ」というメニュー(パスタの入ったグラタンのようなものでした)と、それからシーザーサラダをオーダーしました。
ホテルの部屋に帰って紙袋を開けると、パスタだけ入っていて、シーザーサラダがありません。そのためエレベーターで1階に戻り、カイ・マーケット前に並んでいる人をかきわけてハパスピザまで行き、店員にレシートを見せつつ「シーザーサラダ、ノット インクルード」と伝えました。ノット インクルードは「not include」で、含まれていない、入っていないということを伝えたつもりですが、文法的に合っているかは今でもわかりません。
店員は、正確には記憶していませんが「ごめん、そこにあるから持って行って。うん大丈夫」という趣旨のことを言いました。「大丈夫」というのは、私が証拠としてレシートを示していたのに対し、覚えているからレシートは見せてくれなくてもいいよ、ということを言ったのだと思います。

このとき私の頭は、「ハワイの人はどんくさいな」という思いと、「早く部屋に戻って熱々のベイクドパスタを食べたいな」という思いでいっぱいで、「シーザーサラダが入ってない、って英語でどういうのかな」などとは全く考えてませんでした。ただただ、店先に着いて出た言葉でした。
まあそんな感じで、頭の中で「日本語→英語」という変換なしに咄嗟に出た言葉で会話が成立した経験を何度かしました。

最終日に、ホテルからホノルル空港までタクシーに乗りましたが、運転手は日本出身でハワイに30年ほど在住している初老の男性でした。
妻が運転手に「英語が上手になるにはどうしたら良いですか」と聞きました。その回答は、私の予想と全く同じでして、「英語を使わざるを得ない状況に飛び込むことでしょう」ということでした。
私も何度かのハワイ旅行を通じて、結局はそういう状況に身を置いて真剣にやらないことにはモノにならないだろう、と思っていました。

さて話は変わりますが、日本人は英語をしゃべれない、中学高校と6年も英語を習っているのに、英会話もできない、これは日本の英語教育が間違っているからだ、と言う人がよくいます。
私は、全くそうは思っていません。4年前に初めてハワイに行くにあたって、特別な準備や訓練をしなくとも、看板に書いてあることは概ね読めたし、最低限のこちらの用件を伝えることができたのは、やはりこれまで受けた英語教育の下地があるからだと思います。

私は過去に、NHKの「イタリア語会話」のテレビを1年ほど見ていたことがあります。イタリア語を学ぶつもりでなく、進行役の板谷由夏とパンツェッタ・ジローラモのかけあいが面白かったからです。板谷由夏はその後、女優として有名になり、ジローラモは「LEON」のグラビアで「ちょい悪オヤジ」として有名になっていくのですが、それ以前の話です。
もっとも、私がいま覚えているイタリア語は「イオ ソノ」(「私は…」、英語の「アイアム」に相当)と「ブオノ」(おいしい)だけです。これはNHKのせいでもなく、もちろん板谷由夏とジローラモのせいでもなく、私がきちんと学ぼうとしていなかったからです。
それに比べると、中高6年間の系統だった英語教育は、大げさな言い方ですが、今でも私の血肉となっていると思います。

中高6年も英語を習っていてアメリカ人と会話もできないのはおかしい、という人もいますが、それを言うなら、国語は小学校を含め12年間もやっているはずなのに、日本語での「読む・書く・話す」すら満足にできない人だって多数いるわけで、結局は各人がその学ぶ機会をどう生かすか、という心がけ次第だと思っています。

タクシーの運転手は空港への道すがら「ここがオバマさんが通っていた高校」などといろいろ教えてくれて、息子にも「ボクもハワイの大学に来るかい? 言ってごらん、I will study English very very hard!」などと話しかけてくれていました。

私は英語の早期教育は必要ないと思っており、息子に今から英会話などをさせるつもりもありません。ただ、この旅行を機会として、世の中には違う言語や思考を有する人間がたくさんいること、言葉を学ぶことでそれらの人ともコミュニケーションができることを知ってもらい、いずれ英語を学ぶ時期になれば、このときのことを思い出して、ベリーベリーハードに勉強してくれたらと思っています。

ハワイ道中記2016 その1

たまに依頼者や知人から「ブログは再開しないのですか?」と聞かれますが、私としてはブログを停止したわけではなく、さぼりさぼり継続していたつもりです。
(ごく)一部のご要望もあり、今年もハワイに行ってきましたので、何回かに分けてその話を書きます。

今や外国のお店でも「食べログ」などで検索できるので、ネット情報を多少の参考にさせてもらいました。私も他の旅行者の参考になればと思い、初回はそういう話を書きます。
いつも泊まっているホテルがシェラトンワイキキなので、その周辺の話ばかりですが…

なお以下、英語表記の部分をクリックすると、そこの公式サイト(日本語)にリンクしてます。

ウェットアンドワイルド(Wet and Wild)

ワイキキから車で30分くらいのところにある、大型遊泳施設です。普通のプールから、巨大なウォータースライダーまであって、大人から子供まで楽しめます。
JTBのツアーのオプションとして半日遊んだのですが、1日でも遊べるかなと思いました。
それにしてもウェットアンドワイルドってどう訳すんでしょうか。濡れた野生、濡れて荒々しく、濡れて激しく…って何だか艶めかしい感じ。

カハラモール(Kahala mall)

ワイキキからバスで20分くらいのところにあるショッピングセンター。カハラというのは高級住宅街だそうです。ワイキキ周辺と違って日本語は通じない感じです。
買物が目的で行くところなので、旅行者は主に女性が行きます。買物目的でない男性と、子供はそう楽しくないと思うので、何か食べるか、ゲームセンターへ行きましょう。
ゲームセンターでの遊び方を店員に尋ねたら、カードを買ってスワイプ!っていう返事でした。最初に何ドルか払ってカードを買い(払った金額がカードにチャージされる。無くなったら機械にお金を入れてチャージする)、ゲーム機に差し込むところがあるからそこでシュッとやって遊べます。

ハパスピザ(Hapas Pizza)

シェラトンワイキキの1階にあるピザ屋です。店のすぐ奥のオーブンで焼き立てのピザが出てきます。店員はハワイの現地人ぽい方ばかりですが、日本語メニューが置いてあるので、注文するのは簡単です。
大きいピザ1枚で20ドルくらい(在庫の材料にもよるみたいですが、ハーフアンドハーフも可)。私の家族(妻と小2の息子)3人で食べるには1枚で充分、ディナーになります。
すぐ横のカイ・マーケット(Kai Market)でバイキングのディナーに行く日本人が多いですが、カイ・マーケットに入るため並んでいる人たちを横目に、ハパスピザをテイクアウトして、部屋でしみじみ食べるのも良いです。安上がりだし。

ルースズ・クリス・ステーキハウス(Ruth’s Chris Steak House)

ワイキキ・ビーチウォークの2階にあるステーキハウス。客がひっきりなしに来ているようなので、予約してないと入れないです。予約はJTBの現地デスクにお願いしてます。
予算は1人6000~8000円くらいか。子供1人だと、大人2人のディナーコースをシェアすれば充分です。
スコッチアンドソーダ(ハイボール)が美味しかったので、ボーイさんに「ウイスキーの銘柄は何か」と聞いたら、「シーバス」(シーバスリーガル)と答えました。ステーキハウスでも肉より酒が気になるのが酒飲みの性です。もちろんステーキも美味しいです。

アロハテーブル(Aloha Table)

テイクアウトで利用。普通に日本語をしゃべれるスタッフがおられました。ロコモコが美味しいらしいですが、メニューの写真を見て「神戸牛カレー」を選択。ハワイで神戸牛を食べることもなかったかとも思いましたが、牛肉がごろごろ入っていて美味しかったです。

ラムファイア(Rum Fire)

シェラトンワイキキの1階にあるので、子供が寝たらよく1人で行くバー。昼から開いているので、夕暮れ時に入るとサンセットを横目に飲める。
ラムファイアと名乗ってるだけにラムが揃ってるのだと思うけど、飲むのはたいてい、スコッチアンドソーダとマティーニです。

マイタイバー(Mai Tai Bar)

シェラトンの隣のロイヤルハワイアンホテルの1階。ラムファイアより静かで少し上品な感じ。
西洋人が何杯くらい飲むのかなと思って観察していたら、意外に1杯だけ頼んでずっと話し込んでいる人が大半でした。私は今回の旅行中に3回行って、いつも3杯くらい飲むので、バーテンダーが顔を覚えてくれたのか、3回めに行ったときに「ハッハー(笑い声)、マティーニ?」と言われました。またこのあとマティーニ飲むの? というニュアンスでしょうか。

情報量少なめですみません。ハワイでの見聞録は次回以降に。

民法772条と親子関係不存在について(大澤樹生の事件にからんで)

元・光GENJIの大沢樹生が、息子との間の父子関係が不存在であることの確認を求めた裁判で、東京家裁はその訴えを認めました(11月19日)。判決文をちゃんと見たわけではないのですが、テレビなどを見る限りでは、そのポイントは2つです。それらについて簡単に触れます。 

一つは、DNA鑑定の結果、両者は血縁上の父子である可能性は0%であるとされたこと。もう一つは、息子が生まれたのが、大澤と元妻・喜多嶋舞とが結婚してから200日目であったからです。

民法772条で、婚姻から200日を経過した後(つまり201日目から)に生まれた子は、夫婦が婚姻中に懐妊した子であり、その子は夫の子と推定される、という規定があり、この息子にはその既定が適用されない、ということです。 

一つめ、DNA鑑定の結果が0%であれば、親子関係を否定してしまってよいか。これは当ブログでも過去書きました。(こちら) 

もう一つ、今回のケースでは、息子は民法772条の規定する期間外に生まれたから父子関係が否定されたとの点。テレビなんかを見ていますと、「1日違うだけで結論が全く異なるのは子供がかわいそう」などというコメントもありましたが、果たしてそうか。 

婚姻から201目以後に生まれた子供は、民法772条により、夫婦の子(嫡出子)とされ、夫婦の戸籍に記載されます。最近多い、いわゆる「デキ婚」の場合は、妊娠してから入籍すると、婚姻から200日以内に子供が生まれることもありますが、この場合はというと、役所での運用上、同様に夫婦の子として戸籍に載ります。 

では、この2つのケースで、何か実際の違いが出てくるのか。その違いは、父親が、「この子は俺の子じゃない」と争おうとしたときに現れます。

前者の場合、父が「俺の子じゃない」と主張するためには、その出生を知ってから1年以内に「嫡出否認の訴え」という裁判を起こす必要があります(民法776条)。1年を過ぎると、もはや親子関係は否定できない建前です。法律が、この子はこの父親の子供だと推定している以上、それを否定することはずいぶん限定されるわけです。一方、後者の場合は、その限定はありません。いつでも「親子関係不存在の訴え」を起こすことができる。 

そう書くと、たしかに1日違いで結論に極端な差があるように見えます。しかし実際の家庭裁判所の審判例を見ますと、前者(772条の期間内に生まれた子)であっても、「自分の子でないという事情があとから判明した場合は、そこから1年以内であれば、嫡出否認の訴えを提起できる」という判断が見られています。 

ですから、今回の大澤の息子のケースでも、彼が201日目に生まれていた(そのため大澤の子との推定を受ける)としても、大澤が、DNA鑑定の結果として父子である確率が0%と知ったのが最近のことなので、そこから1年以内であれば嫡出否認の訴えを起こして、同様に親子関係を否定することはありえたと思います。

そういう意味で、1日違いで結論が正反対になる、という不都合は、実際には生じにくいと考えられますし、少なくとも私はそういった実例を知りません。

司法試験問題の漏洩事件 感想その2

司法試験の漏洩問題について、自分自身の受験時代を思い出しつつ、続き。
私は24歳のころから2年ほど、司法試験予備校に通いつつ受験勉強をしていましたが、早く受かる人は、月並みながら基本を大切にする人です。
より具体的には、自分の教科書を大切に読み込んで理解し、予備校での模擬試験に参加したら、必ず自分の教科書に戻って、その教科書の考え方に沿って、その問題を復習するような人が受かります。

予備校に長年いるのに合格しない人の典型として、たとえば、予備校を渡り歩いて模擬試験の「模範答案」を集めまわって、教科書をおろそかにして模範答案ばかり眺めていたり、「ここの予備校よりあそこの予備校の模範答案のほうが理由づけが詳しい」と論評したりする人がいます。そういうことを何年もやっているので、模範答案を集めたバインダーが、年々分厚くなっていくのです。

何でもブルース・リーを引き合いにだして恐縮ですが、ブルース・リーの著書に出てくる言葉として「日々の増加でなく、日々の減少である。すなわち、要らないものを叩き捨てることである」というのがあります。
武術の極意に達するための練習のあり方を言っているのです。ブルース・リーは、中国拳法を手始めに、東西の格闘技を広く学んで、その上で、難解な型を捨てていき、実戦向けのシンプルな技を抽出して、自分なりの武術の体系を作っていきました。

早く受かる受験生の勉強方法も、これと似ています。
たとえば、まずA教授の教科書をしっかり読んで、重要な最高裁判例と、通説的見解のA説を理解する。次に、有力説のB教授の教科書や、反対説のC教授の教科書も読んでみて、A説、B説、C説も理解する。
その上で、自分はやっぱりA説の立場に立って答案を書いて乗り切ろうと決める。いろんな学説を広く理解するけど、学者になるわけではないので、深入りせずにシンプルにA説に戻ってくるわけです。
本番の直前に見直すのは、そのA説の教科書か、そのエッセンスを自分でまとめたノート1冊で充分で、それ以上に資料が分厚くなることはない。

試験の本番では、教科書そのままの問題は決して出ないので、学んできたA説の理論をしっかり書いて、その上で、問題の事例にあてはめるとどういう結論になるかを、その場で考えて書く。
そして、試験委員は、①A説の論理がきちんと書けているかどうかということと、②そのA説を事例にあてはめて自分で考えた答えを出せているかを見ます。

①の部分は、A教授の教科書を読んだ受験生であれば、誰でもほぼ同じことを書きます。A教授の教科書という、いわば模範解答があるので、むしろその通りにきちんと書けていないとおかしい。

②の部分は、各受験生がその場で考えて書くことなので、書く内容にはバラつきが出るはずです。もしこの部分で一言一句同じことを書いている受験生が複数いて、受験のときに座席が近い者同士だとすると、カンニングが疑われます。
また、この部分の模範解答は一切公開されていないはずなので、試験委員だけが持っているはずの模範解答と同じことを書いてしまうと、「事前に模範解答をカンニングした」としか考えられない、ということになる。

前回も書いたとおり、問題の受験生はそういう次第で、バレるべくしてバレたわけです。
もう一度だけ続く。

司法試験問題の漏洩事件 感想その1

明治大学のロースクールの青柳教授という方が、学生に司法試験の問題と解答を事前に教えていた、という事件が報道されました。教授は大学を懲戒免職となり(だから報道では「元教授」と書かれている。さらに国家公務員法違反(守秘義務違反)で在宅起訴される見込みのようです(26日産経朝刊など)。
在宅起訴とは、逮捕されているわけではないけど起訴されて刑事裁判を受ける身になることで、要するに今後は「被告人」になる見通しということです。

この事件、報道を通じて全貌が知れるにつれ、元教授と女子学生の不適切な関係は…と下世話な想像も浮かびますが、それよりも、私や同業者が思うのは、漏洩するにしても何でこんなヘタなやり方をしたんだろう、ということです。

この事件に関連して報道されご存じの方も多いかと思いますが、司法試験の論文試験は、100点満点中で50点くらい取れれば合格するとされています。私が受験した旧司法試験と、現在のロースクール時代の新司法試験とは、多少違うかも知れませんが、憲法とか民法とかの各科目で、大きなミスをすることなく、100点中55点くらいを安定して取れれば、悠々合格できます。
試験問題は多くは事例問題なので、その事例で法律上の問題点になることを見抜いて、それに関係する判例とか学説に触れて、だから本件はこういう結論になる、ということが書ければよい。

もちろん、限られた時間の中でそれをやるのは実際には難しく、だから私も一度は論文試験に落ちています。
受かるくらいのレベルの人は、六法の各科目の一般的な教科書に載っていることはおよそ理解できていて、この部分を試験で聞かれたら、この判例や学説に立場にたって、こういう論理を展開する、ということがきちんと固まっています。
採点する試験委員の側も、そこができているかを見ます。試験委員は、学者や判事など、それぞれ一流の人が就きますから、答案を見れば、こいつはあの最高裁の判例を理解しているなとか、こいつは誰々教授のあの教科書の学説に沿って書いたなとか、こいつは勉強せずに思いつきで自説を書いたな、というのが即座にわかる。

青柳元教授は、教え子に、問題だけでなく、模範解答まで教えていたそうです。公に出版された教科書にはそこまで触れられていないのに、学生レベルで模範解答に近い答案が書けるということは、まず考えられない。
漏洩するなら、問題だけ教えておくとか、せいぜい、答案上で触れるべきポイントだけ示しておいて(それだけでも圧倒的なアドバンテージになる)、あとは自分の知識で答案を準備しときなさい、としておけば、バレなかったかも知れない。

女子学生の側も、法務省の調査に対して、(模範解答でなく)「ある程度の点を取れる解答を教えてもらったと思っていた」と答えたそうです(同日朝刊)。
もちろん漏洩は司法試験制度自体を揺るがしかねない不正行為で、これが判明したのは幸いで、厳しい処分が下されるのは当然ではあります。しかしそれにしても、漏洩する側もしてもらう側も、かなりずさんなやり方だったのだな、と思うのは、私だけではなく、多くの同業者の共通の感想でしょう。
(この話、もう少し続く予定)

ハワイ道中記2015 その5(完)

今回でいちおう道中記も締めくくりです。
ハワイに出かける前は、ちょっとでも話せるよう英語を勉強していこうと心がけるのですが、実際にはきちんと勉強しないまま、最後は「度胸で何とかなる」と思って出かけるのが、通年のことになっています。今年もそうです。勉強としてはせいぜい、ブルース・リーの「燃えよドラゴン」を、英語音声、字幕なしで見直したくらいでした。

それでも今回は、極力、こちらから話しかけてみる、ということを心がけておりました。
行き帰りの飛行機の中では、息子と共に機体の先頭へ行き「Hello!Nice meet you」と言って操縦席に入っていきました(デルタ航空やハワイアン航空では、出発前のコックピットに入れてくれて、写真まで撮ってくれる。日本の航空会社はどうか知りません)。

で、帰りの飛行機の中で。
機内食の夕食が出てくる時間に息子は寝てしまっていて、食べそびれてしまいました。後から起きてきて「お腹が減った」というので、子供用の夕食メニューを残しておいてくれているだろうかと、クルーのところに行きました。機内には日本人のクルーもいたのですが、上記のとおり、極力英語で話しかける一貫として、西洋人の男性クルーに話しかけようとしました。
何と言ったらいいのかな、と一瞬思ったのですが、とっさに私の頭の中に、「Have some tea?」という台詞が浮かび上がりました。
これは「燃えよドラゴン」の冒頭で、ブルース・リーが少林寺にやってきたアメリカ人(諜報機関の役人で、ブルース・リーに潜入捜査を依頼しに来た)に対して言う台詞です。
私はそのクルーに「Have some meal, For my child? He awaked.」と言いました。
「私の子供に何か食事はありますか。彼は起きました」と言ったつもりです。クルーは、「Oh,OK!」と言って、おそらく取りおいてくれていた、子供用のメニューを出してくれました。

映画のおかげでとっさに台詞が出てきた、一瞬得意になりましたが、ちょっと考えてみればかなり間違っていると気付き、機内で一人恥じ入りました。
ブルース・リーが「Have some tea?」と言ったのは、客人に茶を勧めているのですから、訳すれば「お茶はいかがですか」になります。Haveという単語に引きずられて、meal(食事)はまだありますか?という意味で聞いたつもりが、実際には「私の子供に食事はいかがですか?」と聞いていたことになります。
しかもこの話を書こうと思っていま調べたら、awake(目覚める)の過去形はawakedではなくawokeでした。
かなり珍妙な英語を得意気な顔でクルーに話していたことになるのですが、クルーのほうでも他に意味の取りようもないし、理解してくれたのでしょう。

映画で英語を学ぶのも悪くないですが、きちんと系統だてた勉強ではないという限界か、似たような台詞があると意味は違うのにそれに飛びついてしまうことがある、というわけです。
食事を持ってきてもらう、という会話の目的はいちおう果たしたわけですが、来年はもっとスマートな会話ができるよう、この恥ずかしい経験を忘れず、一層精進しようと思いました。

そしてデルタ機が関西空港に無事着陸し、ハワイへの旅は終わりました。

ハワイ道中記2015 その2

続き。「日本改造計画」を書いた小沢一郎はその後、政界での影響力をすっかりなくしましたが、アメリカ流の規制緩和、自己責任、自由競争を重視するという考え方は、今でも日本の政策に反映され続けています。

私にとって身近なところでは「司法改革」がそれで、ちょうど私が弁護士になって以降、小泉内閣あたりで盛んに言われ始めたと記憶しています。
簡単に言うとこういうことです。
日本社会はこれまで、国民の経済活動に対し、官僚(公務員)が事前にいろんな規制をかけ指導してきた。それは望ましいことではないので、今後は事前の規制はどんどん緩和していく。もし何か問題が生じたら、その段階で裁判所が白黒つければ良い。だから今後は司法の役割が増加し、弁護士の数も大幅に増やさなければならない、と。

司法改革とその成果について語るのは本題でないので省きますが、結果として、現在、私が弁護士になった平成12年(2000年)に比べて、弁護士の数はずいぶん増えました。しかし、裁判の件数が増えたかというと、統計上、明らかに減少しているそうです。
「事前の規制はしない、何かあったら事後的に裁判で白黒つける」という社会には、明らかになっていないのです。

このことに絡んで最近の例を挙げると(ハワイの話とどんどん離れてますがすみません)、五輪エンブレムの問題があります。

ある日本のデザイナーが作ったエンブレムが、ベルギーのリエージュ劇場とかいうところのマークに似ていると言われ、そのベルギーのデザイナーが自国の裁判所にエンブレムの使用差止めを求めて提訴したそうです。
司法改革の考え方をここに押し広げると、事前のチェックはザルでも良い、誰かがイチャモンをつけてきたら、エンブレムを使ってよいかどうかは裁判所に白黒つけてもらったら良い、ということになりそうです。

ちなみにこの問題を裁判所が判断したらどうなるかというと、ベルギーの商標法は知りませんが、日本の裁判所はエンブレムの使用差止めなど認めないでしょう。
ものすごくざっくり説明しますと、リエージュ劇場のマークはそもそも、商標登録されているわけでもないそうです。知名度があるマークなら不正競争防止法違反なども成立しますが、あのマークに大して知名度があるわけでもない。
不正競争というのは、著明なブランドイメージを誰かがマネて、そのブランドイメージにただ乗りして商売しようとするときに生じます。リエージュ劇場と東京オリンピックは商売の内容が全く違うし、今回のエンブレムを見て、「リエージュ劇場のマークと似ている」という人はいるかも知れませんが、「ああ東京オリンピックはリエージュ劇場が主催しているのか、じゃあ信用できるから見に行こう」とまでいう人は皆無でしょう。その程度だと不正競争にあたらないのです。

だからこの件、事後的に裁判所で白黒つけるとしたら、何の問題もなかったはずです。
しかし実際には、日本の内部からも、事前のチェックはどうなってたんだ、日本の恥だ、などという声が多く聞かれました。そして最終的には、誰が判断したかは知りませんが、エンブレムの撤回に至ったのはご存じのとおりです。
かように日本人は、大多数の国民と、そしてオリンピック委員会あたりの偉い人も、事前規制を重視し、事後の裁判など望ましくないと考えるのであって、政府のかけ声だけでそこが変わるわけではないのです。

次回に続く。次回はもう少しハワイの話をおり交ぜます。

ハワイ道中記2015 その1

このところ、法律問題に関する記事をほとんど書いていないままですが、今年も、夏の家族とのハワイ旅行の道中記と、いろいろ感じたことなどを書こうとしております。

この3年ほど、8月下旬に1週間ほどの休みをいただいております。 出発日も昼すぎまで事務所で仕事を片付けていたのですが(フライトが夜の出発ため)、そのとき、ワイキキビーチが大雨の影響で下水が海に流れ込み遊泳禁止になった、というネットニュースに接しました。 幸先の悪い話だなと思って、出発しました。

しかし、到着初日のワイキキの海は「言われてみればちょっと濁ってるかな」という程度で、普通に人が泳いでいました。私と息子も海に入りました。 滞在2日目に気づいたのですが、やはりワイキキ当局は遊泳を規制していたようで、ホテルからビーチに向かう通用門に、英語と日本語でそういう注意書きが書かれていました。

もっとも、誰かがビーチに出動して遊泳をやめさせるようなこともありませんでした。 当局として一応規制はするけど、泳ぐかどうかは自己責任、海の様子を見て各自判断せよ、という、アメリカ的な考え方なのでしょう。この規制、その後どうなったか知りませんが、3日目には貼り紙がなくなっていました。

今回の旅行では現地で合流した懇意の方(日本人の知人)がいて、車でオアフ島の北のノースショアに連れていってもらいました。その海岸に、ジャンプ・ロックという有名な大岩があり、そこから海に飛び込む人を眺めました。 これ、間違えると死んでもおかしくない断崖絶壁なのですが、人がどんどん飛び込んでいました(ちなみに私たちはその日はドライブが主目的だったので、遠くで眺めただけです)。

これも現地の人は皆、自己責任ということで飛び込んでいるのでしょう。 日本の海だと、何か事故があるときっと、海を管理する都道府県の責任だ、ということになって、そうならないよう危ないところは柵が張られ立入禁止になるでしょう。

ここで私は、かつて小沢一郎が政治家として注目されていたころに書いた「日本改造計画」(講談社、平成5年)を思い出します。 この本の出だしは(私は読んでないのですが)、小沢一郎がアメリカでグランドキャニオンを見て、柵などの安全措置を一切していないことに感動した、日本ではこうはいかない、という話から始まるのだそうです。 そして小沢一郎は、日本社会においてももっと、規制緩和、自己責任、自由競争という考え方を押し広げていくべきだ、という論理を展開します。

最近、この本は小沢一郎が書いたのではなく、複数の学者(小泉内閣のとき大臣だった竹中平蔵とか、政府の諮問委員をやってた伊藤元重とか)がゴーストライターとして書いたことが明らかにされましたが、これらの学者はその後、政界や学界でも主流の地位を占め続けたので、「日本改造計画」に書かれたことはそのまま、近年の日本の政策に反映しているはずです。

…いつもハワイと話がずれていきますが、この夏ハワイで見た光景を踏まえて、そういった話を続けます。

久々の投稿です。

久々の投稿になります。

ブログのシステム上の不具合などのため、なかなか更新できない時期が続きまして、しばらくして復旧したものの、「何か思いついたらブログに書き留めておく」という習慣がいったん止まってしまうと、なかなか書き始めることもできず、また本業も幸い多忙でもあり、かなり放置してしまいました。

8月は、「夏期休廷」と言いまして、裁判所の裁判官が交代で休みを取るため、法廷があまり開かれません。そのため少し余裕が出てきまして、こうして記事を書いているところです。

今日は8月14日(金)で世間はお盆モードであり、事務所の電話もほとんど鳴りませんが、お盆期間中も土日を除いて事務所は開いております。

ご相談ご希望の方はお問合せください。…ただ今日はさすがに早じまいしたいので、できれば17日(月)以降でお願いします。

8月の最終週は、私(山内)が研修のためホノルルに行きます。研修の成果は、例年どおり、ここで記事にさせていただくつもりです。

また、少しずつ何か書いていきますので、たまに思い出したときにでも、のぞきに来てください。

では皆さま良い夏休みを。

ハワイにて思ったことなど 2014夏 その4

アメリカ流の合理的な会話というのは、用件を伝えるにはたいへん便利なものです。

話があちこち行って恐縮ですが、私が去年、ハワイアン航空の飛行機でハワイに行ったとき、シャンパンのお代わりを何度も頼んだら、最後には「もうない」と言われました。たぶん私が飲み過ぎたせいです。

今年はスコッチのハイボール(スコッチ・アンド・ソーダと言えば通じるようです)をよく飲んでいたのですが、去年のこともあってお代わりを頼むときに遠慮してしまい、「すみませんが、スコッチはまだありますか」というのは英語でどう言えばいいのだろうと考えてしまいました。

でも、キャビンアテンダントの人たちは多分そんなことを気にしていないので、単に「スコッチ・アンド・ソーダ プリーズ」と言えばよいのだろうと、途中から考えを切り替えて、何度も注文しました。幸い、品切れにはなりませんでした(ちなみに、スコッチの銘柄はデュワーズのようでした)。

 

日本人のこの、何を言うにしてもまず「すみませんが」と相手をおもんばかる心が、自分の思考や認識を相手に伝達するに際して、不必要なワンクッションを置いてしまうのです。そういう社会で育ってきたものだから、日本人は議論が下手なのだと思います。

もっとも、前回書いたとおりで、これはどちらが優れているというものではなく、その国の歴史や風土によって、あるべき会話の態度は異なってくる、というだけの話です。

 

ただ、議論を通じて学問的な探究を突き詰めていくという場面においては、アメリカ流の合理主義というものはきっと強いのだろうなと思います。

今回、青色発光ダイオードの研究でノーベル物理学賞を受賞した中村教授は、かつて勤めていた日本の会社(日亜化学)を提訴し、思っていたほどの和解金を獲得できないと知るや、会社や日本社会に対する文句をさんざん言って、アメリカに飛び出していきました。

(ちなみに私が司法修習生だった約15年前、社会見学で徳島の日亜化学本社に行き、そこの研究者だったころの中村氏の話を聞いたことがあり、また、その後の日亜化学との訴訟では、私の同期の弁護士も中村氏の代理人の一人をやってたりしたこともあって、この件は当時から興味を持っていました)

中村教授の、研究者としての能力はもちろん、何ごとにも臆せず世界に飛び出して自分の能力を世に問うという姿勢は、とても素晴らしいものであり、息子にもそこは見習ってほしいと思います。

しかし一方で、無名のサラリーマン研究者であった中村氏に青色発光ダイオード開発のために巨額の予算を投じたのは、間違いなく日亜化学であり、その恩を忘れて後ろ足で砂をかけて飛び出すようなことをする人間に、うちの息子はなってほしくないとも感じています。

 

夏の終わりにハワイで1週間ほど過ごし、またこのたびのノーベル賞の受賞の報に接して、アメリカ的なものの考え方に対する複雑な思いを抱きました。

次回、話をすべてまとめて完結する予定です。