尖閣問題備忘録 補遺1

前回の記事を書いたあと、尖閣諸島に今度は日本人の地方議員らが上陸し、軽犯罪法違反の容疑がかかったということで、それと絡んで少し書き足します。

 

まずは前回の補足です。

入国管理法違反で警察に逮捕された中国人らは、検察に送致されることなく、入国管理局に身柄を渡され、中国に帰ったのはご存じのとおりです。

検察に送致されずにすむのは本屋の万引きみたいな微罪処分に限られるはずなのに、国境の侵犯という重大犯罪(と私は思う)について送致されなかったのは、何か条文上の根拠があるのかということが、職業上、気になっていました。

ちなみに、微罪なら警察でお叱りを受けて終わり、ということには、きちんと条文上の根拠があります。刑事訴訟法246条に「警察は犯罪の捜査をしたら速やかに事件を検察に送致しないといけない、但し、検察官が指定した事件はこの限りではない」(要約)、とあります。この「指定」ということで、検事総長が「犯情の極めて軽微なものは警察の判断で許してよい」という通達を出しているのが、その根拠にあたります。

 

日本における刑事事件はすべて、検察が刑事裁判にかけるか否かを決める建前になっています。本屋の万引きですら、警察レベルで終わらせるためには、条文上の根拠と、検事総長のお墨付きが必要なわけです。ならば、国境侵犯が許される根拠は何か。

弁護士といっても、さすがに日本国内のあらゆる法律のすべての条文を知っているわけではありませんので、私は前回の記事を書いた時点では恥ずかしながら、直接の根拠を存じませんでした。

その後、同業者の指摘で知りましたが、それは入国管理法65条であるようです。

そこには、「警察が密入国者を逮捕した場合、その者が他に罪を犯した容疑のないときに限り、その者を(検察ではなくて)入国警備官に引き渡すことができる」(要約)とあります。

 

公務執行妨害罪という犯罪が成立しているじゃないか、と誰しも考えるはずですが、日本政府はそうは考えず、他に犯罪は成立しない、だから入国管理局に渡した、と述べたのは前回書いたとおりです。

このことについて、政府が、「大人の対応」として事を荒立てないためにまずは中国人にお帰り願った、と正直に言うのであれば、まだマシなのです。そうではなくて、刑事訴訟法や入国管理法を厳正に適用した結果こうなりました、というのであれば、それは明らかに間違った法律解釈であって国民に対するペテンである、と私は思うのです。

 

日本人に対する軽犯罪法の適用について論じようと思っていたのですが、長くなってしまったので次回に続く。

阪神・金本、恐喝容疑で告訴 2(完)

金本氏を告訴した告訴状が警察にまだ受理されていないということについて、もう少し書きます。

そもそも一般論として、警察が告訴状を受理せずにつき返すということが認められてよいのか。このことについて、少し条文を参照してみます。


刑事訴訟法242条では、警察が告訴を受けたときは、速やかに関係書類や証拠物を検察に送付しないといけない(要約)、とあります。警察は告訴を「受けたとき」にそうした仕事をしないといけなくなるので、それを避けるために、そもそも告訴を受けないでおく、という態度を取りがちになります。


それでも、犯罪捜査規範63条には、告訴があったら受理しなければならない(要約)と明確に定められています。

犯罪捜査規範とは、国家公安委員会が作った規則です。国家公安委員会とは内閣府に属する機関であり、警察の上部組織のようなものだと理解しておいてください。警察官は犯罪捜査にあたっては、法律と同様に、この規則を順守することが求められます。

ただ、犯罪捜査規範を続けて見てみますと、67条に、告訴があった事件は、特に速やかに捜査を行なうよう努める、とあります。「努める」であって、捜査「しなければならない」わけではありません。努力規定というもので、警察に「努力はしてますけど捜査はまだです」という弁解の余地を与えることになる。

加えて、67条には引き続き、誣告(ぶこく、ウソの申告)や中傷を目的とした虚偽や誇張による告訴ではないか注意しなければならない、とあります。だから「注意して慎重にやってます」と言われれば文句は言えないわけです。

 

これとの対比で、一般的な役所への書類の提出(たとえば、飲食店を開業したいから保健所に許可申請をした場合など)であれば、役所は申請書が到達したら遅滞なく審査を開始しなければならず(行政手続法7条)、役所が何もしてくれなければ、然るべき処理をせよ、と役所を訴えることもできる(行政事件訴訟法37条、37条の2)。

本来、警察も行政(役所)の一部なのですが、刑事事件を扱うという特殊性から、書類の提出を受けたときの扱いがずいぶん違うわけです。


たしかに、警察がすべての告訴に対して直ちに捜査を行なうとなれば、明らかに人手不足になるし、嫌がらせ目的での告訴が行なわれる(たとえば痴漢冤罪事件などで悪用される)可能性があることから、慎重になるのはやむをえないと思います。

今回の金本氏に対する告訴も、警察は、虚偽や誇張による告訴でないか、それを見極めた上で動くことになるのだと思われます。

そういうことで、告訴状の「預かり状態」がしばらく続くのでしょう。