「キモい」発言と名誉毀損の成否について

お盆休みの気分をやや引きずって、どうでもいいような事件について書きます。

山本景という、大阪府交野市選出の府議(維新の会所属)の話題です。みなさんご存じでしょうけど、山本府議が女子中学生からLINEを通じて「キモい」と言われ腹を立てて恫喝的なメールを送り、テレビで「こいつキモい」と批判したコメンテーターに噛みついているそうで、お盆のヒマな時期のニュースとしては恰好の話題でした。

山本府議は、この一件をマスコミに公開した一部報道機関と、「キモい」と発言したテリー伊藤について、BPO(放送倫理・番組向上機構)に対し、名誉毀損にあたるなどとして人権救済申立てをしたそうです。

 

BPOのことはよく知らないので、ひとまず、刑法上の意味において、テリー伊藤の発言が山本府議に対する名誉毀損になるかについて書きます。

名誉毀損とは、具体的事実を指摘して他人の名誉をおとしめる行為を言います。前回、まんだらけの記事で、窃盗犯であってもその事実をさらす行為は名誉毀損になると指摘しましたが、同様に「女子中学生にLINEで無視されて逆ギレしている」などという事実は、誰に聞かれても恥ずかしい(つまりその人の名誉をおとしめる)ということで、いちおう名誉毀損にあたります(刑法230条、3年以下の懲役または50万円以下の罰金)。

 

しかし、そうした言動が、公の利害に関することであって、真実である(またはそう信じるに足る証拠がある)場合は、罪になりません(刑法230条の2)。「真実性の証明」と言われるもので、正当な報道その他の言論・表現活動を守るための特則です。

山本府議の一件は、「こんな人が府議やってていいの?」という公の利害に関わることだし、LINEのやり取りはほぼ事実のようなので、「真実性の証明」は成立するでしょう。

(なお、まんだらけの一件は、盗品のフィギュアを返してほしいという個人的な利益に関することなので、真実性の証明は成立しません)

 

では「キモい」という発言はどうか。

キモいという表現は、「具体的事実」とはいえません。具体的でないけど人をおとしめる発言は、侮辱罪にあたります(刑法231条、30日未満の拘留または1万円未満の過料)。

侮辱罪には、真実性の証明による免責はありません。「キモい」かどうかは多分に個々人の主観によるものなので、真実と証明するのが困難だからです。いや、「見たらわかるじゃないか」という方もいるかも知れませんが、それは法的な議論でなくなってきますので。

ですので、テリー伊藤の発言は、侮辱罪にあたるといえる。とはいえ実際には、その程度で警察に告訴したとしても、取り合わないとは思いますが。

(ただ個人的には、いい歳した大人が、女子中学生の発言を受けてであれ「キモい」などとテレビで発言するのは、下品であるのは間違いなく、こういう人がコメンテーターとしてエラそうにしているから、日本人の言葉がどんどんおかしくなるのだと思います。)

 

一方で山本府議ですが、自身の一連の行為について「大人げなかったと思う」などと言って丸刈りになって謝罪しましたが、それで済む問題ではありません。

女子中学生に大人が、それも権力者である府会議員が「ただでは済まさない」などとメールしたのだから、脅迫罪にあたるでしょう(刑法222条、2年以下の懲役または30万円以下の罰金)。

だから、山本府議がテリー伊藤に対し、侮辱的言動についての何らかの責任を問うのであれば、山本府議自身、脅迫についての責任を負わねばなりません。

 

以上、私は山本府議もテリー伊藤も、どっちも見た感じ好きではないので、公平に論じたつもりです。

「まんだらけ」問題と法秩序について

久々のリクエストでもあり、「まんだらけ」の問題を取り上げてみます。

まんだらけという古本・古物の店で、鉄人28号のフィギュアが盗まれ、まんだらけ側がその「犯人」に対し「8月12日までに返しに来ないと、防犯カメラに映っていた顔をさらす」とネットで呼びかけました。

結局、警視庁からの指導もあり、まんだらけ側としては、8月12日をすぎても素顔をさらすということにはならなかったようです。

 

まんだらけ(…ってしかし、何を思ってこんなシマリのない名前にしたんでしょうかね、パソコンでまんだらけと入力するたびに脱力する思いです)が今回やったことは、個人的には、万引き対応として大いに同情しうるところです。しかし法律家としては、この行為を正当化する気には全くなりません。

すでに新聞やネットで識者が指摘しているとおりですが、窃盗の真犯人であったとしても、その素顔を「犯人」として不特定多数の人にさらす行為は、刑法上の名誉毀損罪にあたるし、盗品を取り返す目的であったとしても「顔をさらすぞ」などと言う行為は脅迫罪にあたりえます。そうした行為で相手に心理的苦痛を与えれば、民事上の問題としても慰謝料を支払う義務が生じます。

実際には、警視庁は、まんだらけが指導に従ったことで刑事処分は行わないでしょうし、「犯人」がわざわざ身分を明らかにして慰謝料請求をしてくることもないでしょう。そういう意味では、まんだらけは今回の件で民事上・刑事上の責任追及をされることは実際にはないと思われます。

 

しかし、それでも、まんだらけの行為は、たまたま「お咎めなし」の結果となるだけであって、法的には正当化しえないものであることは、明言したいと思います。

もちろん、きっかけは、まんだらけがフィギュアの窃盗という被害にあったことです。しかし、それはそれ、別問題でして、その窃盗犯人は当然、警察→検察→裁判所というルートで国家権力によって裁かれないといけない。

法治国家では親の仇討ちさえ許されていないのであって、いかにフィギュア窃盗犯の悪質性を強調するとしても、また警察が窃盗犯をなかなか取り締まってくれないという事情を付け加えるとしても、それらを理由として、まんだらけの行為が法的に正しいとされるわけではないのです。


まんだらけがした行為を正当と解する考え方は、結局、自分の都合と解釈だけで法秩序を破ってよいという考え方につながります。

殴られたから殴り返しに行くとか、国がケシカランから税金を払わないとか、そういう考え方と同じで、聞こえは勇ましいけど、そういう人が増えれば法秩序は崩壊します。

(もちろん、まんだらけ自身はおそらく、窮余の一策としてしたことであって、正当と思ってやっていたわけではないと信じますが)

個人の趣味の範囲として、まんだらけのやった行為に義侠心を感じて応援するのは自由ですが(実は私もちょっとだけそういう気持ちがある)、法治国家としては本来、許される性質の行為でないことは、繰り返し述べておきたいと思います。

ハーグ条約と「子の奪取」 2(完)

前回、国内で妻が子供を連れて実家に帰る行為はざらにあるけど、国際的にはそれが違法とされると書きました。

もちろん、妻には妻の言い分があるでしょう(夫のDVとか)。その点は、もちろんハーグ条約に基づく裁判でも審査されるし、今回のケースで言えば、今後は日本の家裁で双方の言い分を聞くことになります。

それをせずして、夫婦の一方が子供を取り込んでどこかへ行ってしまうのは違法なのだと、英国の裁判所はハッキリ言ったわけです。今後、日本もハーグ条約の締結国として、従来の家裁実務に再検討が加えられることになると思います。

 

そもそも、日本の家庭裁判所が、妻が子供を連れ去ることに寛容だったのはなぜかというと、おそらくこういう考え方によるものです。

子供は父母両方そろって育てるのが望ましいけど、親の事情で父母が離れるとなったら、どちらかが預からざるをえない。その場合、子供にとっては母親の愛情のほうが大切である。そこに別居している父親がやたら出てきたら、判断能力の未熟な子供はどうしていいか混乱するから、父親としては身を引くべきだ、と。

しかし、近年の欧米流の主流的な考え方はそうではありません。

親の事情で夫婦離ればなれになるとしても、子供は両親と接し続けるのが望ましい。子供は一つの独立した人格であり、父・母それぞれと対等に接することによってこそ、その発達が遂げられるのである、と、そう考えます。

そうすると、親の一方が子供を他方の親と引き離してしまうのは、子供もためにもよくないということになります。また日本の法律上は認められていませんが、欧米では離婚後も夫婦ともに「共同親権」を保持するという制度も多いそうです。

 

ですから「妻が夫から逃れるために子供を連れて出て行くのが許されないなんておかしい」と考える人は、国際的な潮流に反した古い考え方の持ち主ということになります。もっとグローバルでワールドワイドな観点に立ちなさい、と言われることになります。

ただ、正直なところを言いますと、私もどちらかといえば、従来の日本風の古い考え方を持っています。だからここでも以前、日本がハーグ条約を締結することについての疑問を書きました(こちらこちら)。ハーグ条約だって、果たして日本に根付くのかどうか、懸念しています。

それでも、実態として、日本では妻による子供の連れ去りが事実上許容されており、そのため子供との再会を切実に求めている父親が国内にもたくさんいる(私の依頼者にも複数いる)。

そんな現状に一石を投じるという意味では、今後のハーグ条約の運用に、少し期待している部分もあります。

 

ハーグ条約と「子の奪取」 1

ハーグ条約に基づいて、英国の裁判所が母親に対して「子供を連れて日本に帰りなさい」と命じたというニュースがありました。子を持つ親としても興味ある判断ですので、少し解説します。

前提となった事案ですが、この親子は3人とも日本人で、夫・妻・その間の子供(7歳)の3人で日本に在住していたところ、妻が子供を連れて英国に引っ越したらしい。夫と約束した期間を過ぎても帰ってこないので、夫が英国の裁判所に、条約に基づいて裁判を求めたようです。

 

この条約の正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」と言いまして、日本も最近になってこの条約を各国間で締結し、今年4月から適用されるようになっています。

この条約が典型的に想定しているのは国際結婚した夫婦が離婚や親権でもめたようなケースです。

たとえば、アメリカで日本人女性がアメリカ人男性と結婚し、子供が生まれたとする。その後、この夫婦が不和となって、女性が子供を連れて日本に帰ってきたとします。奥さんが子供を連れて「実家に帰ります」というのは、国際結婚でなくてもよく聞く話です。

しかし、欧米流の考えでいうと、一方の親が子供を連れて居住地を離れるのは望ましいことではない、夫婦間の問題が解決するまで、子供をもとの環境に置いておくべきだ、ということになります。

その考え方自体、従来の日本人的な感覚からすると、違和感をおぼえる向きもあると思うのですが、日本はその考え方に基づくハーグ条約を締結しました。

それが適用された最初のケースが今回の事案です。妻は従来住んでいた日本に、子供を連れて戻ってきなさい、ということです。戻ってきてその上でどうするかというと、あとは日本の家庭裁判所で、どちらが子供を養育するのか、家事調停や審判を通じて決められることになります。

 

繰り返しますが、妻が子供を連れてどこかへ行ってしまうということは、国内でもよくありました。その場合、これまで日本の家庭裁判所の実務では、言い方は悪いですが「連れていったモン勝ち」でした(正確には、連れて行ったモン勝ちになるのは妻だけで、夫が連れて行くと犯罪扱いになる)。

日本の民法上、夫婦は同居する義務があるけど、家裁はそれを強制できないとされています。夫が子供との面会を求めても、妻が子供を取り込んでしまえば面会不可能で、夫としてはせいぜい、家庭裁判所の調停・審判を通じて、月1回くらいの面会を認めてもらうほかない。離婚することになって、せめて夫が親権を取りたいと思っても、「子供と離れてしまっている以上、今さら父親に親権は認められない」と判断される。

日本国内ではこうしたことも「当たり前」と見過ごされてきたのが、国際間でやると「違法」と判断されることになったのは、かなり大きな変化だと思います。

この条約の正式名称をもう一度言いますと「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」です。英国の裁判所は、今回、妻がやった行為は「国際的な子の奪取」であって、それは違法行為だと明確に言ったわけです。

次回、もう少し続く。

PTAと地域活動への「ただ乗り」について

PTA問題については、引き続き、ちらほらとご意見メールをいただいております。

もっとも、「これ読んでください」って感じでリンクをたくさんはったり、一気にたくさんのメールをお送りいただいたりすると、私のアウトルックが「迷惑メール」と判断してしまいますので、ご注意ください。

また、「PTAが抱える問題をわかってください」的なメールをいただいても、どこの誰が(名乗ってくる人はいない)、具体的にどんな問題に直面しているのかについて、何ら言及がないので、この問題に興味を持つ私としても残念ながら論評のしようがありません。

私自身は、繰り返しになりますが、PTA活動は重要で、私も今後その中で求められる役割を果たしていくつもりです。結社の自由だから加入を強制はできませんが、PTAには加入しないけどその成果(教師や地域との意思疎通、行事運営の円滑化など)にただ乗りするような生き方は、他人がするのは勝手だけど、私自身は恥ずかしいからしたくないと思います。

 

その延長上で、似たような話をします。

例年この季節は、地元の夏祭りや盆踊りやらで、私もPTA役員の一人として運営に関わり、町内会の中堅や長老さんたちとお話しする機会が多いです。

私が居住する大阪市西区は、近時、マンションがどんどん新築されており、私の地域の幼稚園・小学校の園児・生徒数は増加の一途をたどっています(私自身も4年前に東成区から引っ越してきた新しい住民なのですが)。

町内会としては、新築マンションが建つと、そこの管理会社か自治会長と話に行き、マンション住民が町内会に所属してくれるようお願いするらしいのですが、最近は、断ってくる人も多いとのこと。月々の管理費が数百円あがる程度ですが、権利意識の強い住民は「よくわからない活動に数百円でも出すのはイヤ」と言ってくるのだそうです。

 

町内会の長老はなげきます。

うちの地域がなぜ、公立の学校も幼稚園も伝統がある人気校とされるのか、小学校には全国有数の広い運動場と大きいプールがあるか、西区の中でもとりわけ街並みもきれいとされるのか(この地域にマンションがどんどん建って、しかも売れるのは、そういった地域としての評判も大いにあるはずです)。

それは明治のころから、地域の人たちが町内会を結成して、公のインフラ整備のために寄付をしたり募ったりして協力してきたからだと。

これから地域に入ってくる人が、町内会には入らない、でも町の公共設備は使うというのも、まさに「ただ乗り」ということになります。

 

町内会も任意団体ですから加入を強制できず、この手のただ乗りは「違法」ということはできません。でも私は上記のとおり、そのような生き方は恥ずかしいと思っています。

それを恥ずかしいと思わない人が増えれば、共同体というものが崩壊していくことになります。その先にあるのは、ずいぶん異質な社会でしょう。それが果たして、良いものであるかどうかはわかりません。

やや抽象的な締めくくりになりましたが、ひとまずこのへんで。

DNAだけで親子の縁は切れない 2(完)

前回の続き。

もう少し法律解釈的な点を掘り下げますと、前回紹介した民法772条1項に「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と定められています。

前回書いたとおり、世の中の大半の父子関係はその推定どおりで問題はない(むしろ、推定されないほうが大変なことになる)。しかし、ごく例外的にそうじゃないケースはあり、その場合は、「推定」をくつがえすに足りる証拠を出せば、父子関係を否定することができることになります。

 

問題は、どういう証拠を出せば、推定をひっくり返せるかです。

古くから典型的にあったケースとしては、夫が戦争で外国に赴任しており、妻と性交渉が全くなかったはずであるのに、妻が子供を身ごもったというものです。

この場合、父子関係を否定したい夫側は、入出国の記録を取り寄せたりして、「この期間は日本にいなかった、だから妻との交渉はなかった」との証拠を出せば、父子関係の推定を否定してもらえる余地がある。

妻側が父子関係を否定されたくなかったら、反対の証拠(たとえば、夫が提出した入出国記録が偽造であるという証拠とか、実は赴任中にもちょっとだけ帰国していたことが分かるような入出国記録とか)を探して提出することになる。

裁判の勝ち負けがどう決まるかというと、考え方は極めてシンプルでして、上記のように具体的な証拠を重ね、誰もが「こういう事実があるなら、たしかにこの結論になる(たとえば父子関係が存在しない、またはする)んだな」と納得できるか否かが重要なのです。

 

最近は、科学技術の発達によって、DNA鑑定はじめ、いろんな科学的証拠が出てくるようになりました。ではDNA鑑定結果が、推定をくつがえす証拠になるか。

DNA鑑定の報告書には、その人のDNA型というものが、アルファベットとか数字とかで羅列されていて、それをつきあわせた結果、この夫とこの子が父子である確率は何%、と書かれているのですが、それですべてを決してよいかというと、多くの方は不安を感じるのではないでしょうか。

DNA鑑定がどこまで正確で信用できるかというと、ブラックボックスみたいなものです。「科学的にはこうなるんだ」と言われると検証の余地もない。上記のような「外国に行ってたんだから性交渉はなかったはずだ」という誰でも分かる議論が成り立たない。

また、鑑定業者には失礼ながら、すべての業者の調査を信用できるのか、悪意はなくとも検体の取り違えなどないのかと、疑いうる余地はいくらでもある。もちろん、最高裁としても人間の遺伝子のことなど専門外なので、どの鑑定、どの業者なら信用できるとお墨付きを与える能力もない。

 

そういった理由で、最高裁は今回、DNA鑑定だけを証拠として父子関係をひっくり返すことを否定したのだと思っています。

では、どうすれば良いのかというと、最高裁は判決文で「立法の問題」と言っています。つまり、どういう場合にどういう手続きを取るべきかは、国会で決めなさいということです。

それがない以上は、婚姻中の子は原則どおり夫の子と推定する、法律にそう書いてあるからそう解するほかないというわけです。子供の地位の安定のためにも、この結論で良いのではないかと考えています。

DNAだけで親子の縁は切れない 1

前回、PTAのことについて書いたら、意外な反響があって驚いています。反響と言っても、ご意見・ご感想・参考情報のご教示などのメールが2件と電話が1件だけなのですが、普段、ブログの内容に関してメールや電話いただくことなど滅多にないものですから。

で、その話はいずれ書かせていただくとして、今回は昨日の最高裁判決を取り上げます。

DNA鑑定の結果として実の父と子でないと判明したとき、戸籍上の親子であることを取り消せるか否かの点について、最高裁は「取り消せない」と言いました。

 

この問題は昨年の末に、大澤樹生と喜多嶋舞の間で、その子が実は大澤と血がつながっていなかったという話のときに紹介したと思います(こちら)。

この2人がどうなったかは知りませんが、実際、「親子関係不存在」を訴えて、最高裁まで争っていた夫婦がいたわけです。

 

法律上は何が問題かというと、民法772条1項で、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」とあります。最高裁で争われていた事案は、妻が婚姻中に他の男性の子供を身ごもったようなのですが、この規定のために、血のつながった父親でなく、戸籍上の夫の子とされたわけです。

もっとも、この規定が合理性ある条文であることは、争う余地がないと思われます。この規定がないと、とんでもないことになります。

たとえば子供が産まれたとき、父親が喜び勇んで役所に出生届を出しに行く。母と子の関係は、出産に立ち会った医師が出生証明書を書いてくれるから問題なく証明できる。しかし父と子の関係についての証明書はない。

役所の戸籍課で「この赤ちゃんの父親があなたであることの証拠はあるんですか。なければ出生届は受付できませんよ」と言われたら、怒り出さない父親はいないでしょう。

世の中の大半の夫婦において、妻が婚姻中に懐胎すれば、その夫が父親といえるでしょう。その事実(難しく言えば「経験則」)を制度にしたのがこの規定です。

 

婚姻中に他の男性の子を身ごもるというのがどういう状況の下で行われたのかは、特に詮索しません。ただ、DNA鑑定の結果として血がつながっていなかったら父子関係を否定することができるとすると、明らかに不合理なことが生じるでしょう。

一つは、妻の側が愛人の男を作って、その男性の子を産み、夫の子供であると偽って育てさせておいて、あとから「あなたは父親じゃないから縁を切ってくれ」などと言いだすことが可能となる。

もう一つは、夫の側でも、妻が別の男性との間に作った子がかわいくて、「俺の子供として育てよう」と言って戸籍にいれておきながら、「やっぱりやめた、籍から出てくれ」などという身勝手が可能になる。

(本件事案がそうであったということではありません。あくまで極端な例として考えうるケースを書いております)

 

上記の過去のブログ記事の中でも、DNA鑑定だけで親子関係不存在を認めて良いかどうかについては慎重に考えている法律家が多い、という話をしましたが、結論としては今回の最高裁の判決で妥当だと考えています。

もう少しだけ次回に続く。

コメント送信に不具合が生じています(お詫び)

コメント欄関係で、またお詫びすべきことが生じました。

以前、スパムコメントが多すぎて、それらを削除しようとして、誤って通常のコメントも一緒にすべて削除してしまったことがありましたが、その後、当ブログにはコメントいただくこともなく、さみしく思っておりました。

 

今回、見知らぬ読者の方から当事務所に電話連絡いただき、先日来のPTA関係のブログ記事についての感想やご質問をいただきました。

その方がおっしゃるには、コメント欄にそういった質問を寄せようとしたら、コメント欄にコメントを書いた上で「投稿」ボタンを押すと、事務所ホームページのトップに戻ってしまい、コメントできないとのことでした。

私もやってみましたが、確かに、「確認」や「投稿」ボタンを押しても、コメントの送信はできず、トップページに戻ってしまいます。

 

これは私、長らく気づきませんでしたが、ブログを載せている「MT4 MOVABLE TYPE」(これ自体、私も何だかよくわかってない)の仕様変更か何かのせいで、以前は送信できていたコメントが送信できなくなっているのだと思います。

当ブログでは、私(山内)一人の作業で、記事の作成からアップロード、送信されたコメントの承認などができるのですが、この「MT4 MOVABLE TYPE」自体をいじれるのは当事務所ホームページのWEBデザイナーの方だけですので、私だけでは対応できません。相談しておきます。

この間、もしかしたら、読者の方がコメントを書いていただいたのに、送信できないまま終わってしまったということが多々あるのかも知れないと思うと、これまた大変申し訳なく思います。

 

事務所ホームページの「お問い合わせ」http://www.yama-nori.com/contact/ からはメールいただくことができ、これは現在でも正常に送信できますので、当面、ご意見・ご感想・ご質問などあれば、そちらに寄せていただければと思います。

不具合を重ねてお詫びします。

PTAへの加入は「義務」か 3(完)

前回の続き。たとえばある保護者、便宜上「Aさん」としますが、子供の小学校入学の時点で、PTAへの加入を拒否したらどうなるか。

次回に続くと勿体つけましたけど、結論はすでに出ています。結社の自由という大原則があり、PTAが任意団体である以上、AさんをPTAに加入させることはできない。

 

その結果どうなるかというと、いろいろなことが想像されます。

たとえば、どこの学校にも、PTAが主体となって開催する行事があると思います。地域参加の運動会や、バザー、夏祭りなど、PTA会員が準備・運営し、必要経費はPTA会費から出たりもするでしょう。

これらはPTAの行事である以上、会員でないAさん家族は参加できないことになります。そのことに法的問題は全くありません。小学校の義務は義務教育を教えることであり、PTA関係の行事に全生徒を参加させるような法的義務はないからです。

 

それから、たとえば子供同士や保護者間でトラブルがあったとか、子供が地域でちょっとした問題を起こしたということがあったとします。その場合にはPTAの役員が間を取り持ったり、町内会長など地域の協力を取り付けたりして、丸く収めにかかることもあるでしょう。

その場合でも、Aさん一家に関しては、そんな労は取らない、自分で解決しろ、と言うべきことになりそうです。

 

PTA会員でない人は、行事にも参加できない、何かのトラブルに巻き込まれても手助けしない、だってPTAにはそんな義務はないんだから、というのが法的な帰結ということになります。

しかし、そんなことは、小理屈の好きな弁護士なら平気で言えるかも知れませんが、普通の心ある保護者一般はとても言えないでしょう。Aさんはともかく、その子供がかわいそうだからです。

そうすると、周りのPTA会員の人たちは「まあAさんもお子さんと一緒にどうぞ」と行事に参加することを認めてあげることになる。結果、Aさん一家は、PTA会員が苦労して費用も出して開催する各種行事に「ただ乗り」することになるわけです。

Aさんなら「いや、うちはそんなただ乗りはしない」と言うかも知れません。それならAさんは自分の子供に対し、「うちはPTAの行事に参加してはいけないんだよ」ということを語って聞かせてやらないといけない。それはどう考えても子供に良い影響を及ぼすとは考えられない。

 

以上、私の考え方を整理しますと、保護者はPTAに加入する法的義務などない。しかし、教育現場においてはPTAの存在は子供の育成や諸々の問題解決のために不可欠であって、そこに加入するのは親としての当然の義務であると考えています。

PTAに限らず、人の世には、多数の人のちょっとずつの善意や協力の集まりによって、いろんなことがうまく回っているということが、多々あると思います。そこに法的観点を持ち込んで、それに参加する法的義務のあるなしを問題にすること自体がナンセンスであるというのが、私の結論です。

PTAへの加入は「義務」か 2

前回の続き。

PTAというのは法的に言えば「社会教育関係団体」という団体の一種であることがわかりました。私も昨日知りました。

そして、われわれ国民は、ある団体を作ったり、団体に加入したりしなかったりするのは自由で、入りたくもない団体への加入を強制されることはありません。

結社の自由というもので、憲法21条1項には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めてあります。

 

もっとも、例外は多々あります。

たとえば私たち弁護士は、司法試験に受かって司法研修所を卒業しても、それだけでは弁護士としての業務ができません。各都道府県の弁護士会を通して日本弁護士連合会(日弁連)に加入し、その名簿に登録する必要があります(弁護士法8条・9条)。つまり、弁護士会と日弁連に加入することが強制されています。

私は、日弁連が出してる意見書(特定秘密保護法を廃止せよとか、死刑制度を見直せとか、取調べを可視化せよとか)には、たいてい反対の立場なのですが、だからといって日弁連の登録をはずしたり、弁護士会費を納めなかったりすると、弁護士として活動できなくなります。

その理由はいろいろありますが、カッコよくいうと、我々弁護士は時として国家権力を敵に回して戦わないといけないこともあるので、国や省庁の監督下に置かれると、国家権力にとって好ましくない弁護士が資格剥奪されるかも知れない。だから弁護士の統制や監督は弁護士会と日弁連が行う必要があり、弁護士はそこに所属しなければならない、ということです。

 

そういう例外を認める理由がない限りは、団体への加入・非加入は自由です。

学校や幼稚園のPTAにも、特に強制加入を認めさせるべき理由が見当たらず、そのため、公立学校や幼稚園が保護者にPTAへの加入を強制すると、憲法違反ということになります。

この点は、私が改めて述べるまでもなく、多くの方は気づいていると思います。

それでも、入学説明会のときに何となくPTA活動や会費の説明があって「よろしくお願いします」と言われて、そんなものかと聞き流しておいて、知らない間に加入していたことになっていた、というのが、多くの方にとっても実情だと思います。

説明があって特に断らず、文句も言わずに会費を支払っていたのだとすれば「黙示の承諾」があったと言えそうです。

ですから、前回紹介したPTA会費を返せという裁判では、PTAに入る義務がないのはその通りだけど、特に拒否もせず会費を払ってきたのだから、今さら返せというのは認められませんよ、ということになるのではないかと思っています。

 

では、さらにさかのぼって、入学説明会の時点である保護者が「うちは入会しませんよ」と明言したとしたらどうなるのか、この点は次回検討します。