ハワイ道中記2015 その1

このところ、法律問題に関する記事をほとんど書いていないままですが、今年も、夏の家族とのハワイ旅行の道中記と、いろいろ感じたことなどを書こうとしております。

この3年ほど、8月下旬に1週間ほどの休みをいただいております。 出発日も昼すぎまで事務所で仕事を片付けていたのですが(フライトが夜の出発ため)、そのとき、ワイキキビーチが大雨の影響で下水が海に流れ込み遊泳禁止になった、というネットニュースに接しました。 幸先の悪い話だなと思って、出発しました。

しかし、到着初日のワイキキの海は「言われてみればちょっと濁ってるかな」という程度で、普通に人が泳いでいました。私と息子も海に入りました。 滞在2日目に気づいたのですが、やはりワイキキ当局は遊泳を規制していたようで、ホテルからビーチに向かう通用門に、英語と日本語でそういう注意書きが書かれていました。

もっとも、誰かがビーチに出動して遊泳をやめさせるようなこともありませんでした。 当局として一応規制はするけど、泳ぐかどうかは自己責任、海の様子を見て各自判断せよ、という、アメリカ的な考え方なのでしょう。この規制、その後どうなったか知りませんが、3日目には貼り紙がなくなっていました。

今回の旅行では現地で合流した懇意の方(日本人の知人)がいて、車でオアフ島の北のノースショアに連れていってもらいました。その海岸に、ジャンプ・ロックという有名な大岩があり、そこから海に飛び込む人を眺めました。 これ、間違えると死んでもおかしくない断崖絶壁なのですが、人がどんどん飛び込んでいました(ちなみに私たちはその日はドライブが主目的だったので、遠くで眺めただけです)。

これも現地の人は皆、自己責任ということで飛び込んでいるのでしょう。 日本の海だと、何か事故があるときっと、海を管理する都道府県の責任だ、ということになって、そうならないよう危ないところは柵が張られ立入禁止になるでしょう。

ここで私は、かつて小沢一郎が政治家として注目されていたころに書いた「日本改造計画」(講談社、平成5年)を思い出します。 この本の出だしは(私は読んでないのですが)、小沢一郎がアメリカでグランドキャニオンを見て、柵などの安全措置を一切していないことに感動した、日本ではこうはいかない、という話から始まるのだそうです。 そして小沢一郎は、日本社会においてももっと、規制緩和、自己責任、自由競争という考え方を押し広げていくべきだ、という論理を展開します。

最近、この本は小沢一郎が書いたのではなく、複数の学者(小泉内閣のとき大臣だった竹中平蔵とか、政府の諮問委員をやってた伊藤元重とか)がゴーストライターとして書いたことが明らかにされましたが、これらの学者はその後、政界や学界でも主流の地位を占め続けたので、「日本改造計画」に書かれたことはそのまま、近年の日本の政策に反映しているはずです。

…いつもハワイと話がずれていきますが、この夏ハワイで見た光景を踏まえて、そういった話を続けます。

久々の投稿です。

久々の投稿になります。

ブログのシステム上の不具合などのため、なかなか更新できない時期が続きまして、しばらくして復旧したものの、「何か思いついたらブログに書き留めておく」という習慣がいったん止まってしまうと、なかなか書き始めることもできず、また本業も幸い多忙でもあり、かなり放置してしまいました。

8月は、「夏期休廷」と言いまして、裁判所の裁判官が交代で休みを取るため、法廷があまり開かれません。そのため少し余裕が出てきまして、こうして記事を書いているところです。

今日は8月14日(金)で世間はお盆モードであり、事務所の電話もほとんど鳴りませんが、お盆期間中も土日を除いて事務所は開いております。

ご相談ご希望の方はお問合せください。…ただ今日はさすがに早じまいしたいので、できれば17日(月)以降でお願いします。

8月の最終週は、私(山内)が研修のためホノルルに行きます。研修の成果は、例年どおり、ここで記事にさせていただくつもりです。

また、少しずつ何か書いていきますので、たまに思い出したときにでも、のぞきに来てください。

では皆さま良い夏休みを。

「入れ墨訴訟」での大阪地裁の論理

先週の水曜日(12月17日)、大阪地裁での弁論の帰りに、地裁の正門前で人だかりができて報道陣も来ていたので、何かと思って覗いてみました。人ごみの中心で「勝訴」って書いた紙を持った弁護士らしき人が何人か、笑顔を浮かべていました。

その日の報道で、大阪市が、入れ墨調査を拒否した職員を処分した事件で、裁判所が処分の無効と賠償金の支払いを命じた判決が出たのだと知りました。

この判決、弁護士の私でも新聞記事を何度か読まないと、その論理が理解できませんでした。大阪市民としても興味ある事件ですし、少し解説します。

 

大阪市の橋下市長が、市職員に入れ墨をしている職員がいるとのことで、職員に対し、入れ墨の有無をアンケート調査しました。その上で、入れ墨をしている職員は、消すように指導し、消せない場合は市民と接しない職場(つまり裏方)に配転させました。

これは理解できる話です。私自身、日本の社会で入れ墨なんかをしている人は、ヤクザか、社会への適合性のない人と感じざるを得ない。個人の信条としてするのは勝手だけど、市職員が市民の目に触れるような形で入れ墨をするのは、高い市民税を支払っている者としては理解できません。

 

この事件の原告となった職員は、窓口業務でなくバスの運転手で、実際には入れ墨はしていません。しかし、入れ墨を調査するのはプライバシー侵害で、思想信条の自由を侵害し違憲だ、と考え、調査への回答を拒否しました。多くの市職員はアンケートに応じたようですが、この原告の方は、きっと橋下市長が嫌いだったのでしょう。その気持ちもよくわかります。

大阪市は、この職員を、調査拒否を理由に、戒告処分(注意を与えること)しました。

そしてこの職員が処分取消しを求めて提訴した直後、大阪市はこの職員をバスの運転手から外して、内勤に回しました。

17日の判決は、これらの処分が無効だとして、運転手の仕事に戻すとともに、110万円の賠償金を払うよう命じました。

 

「入れ墨訴訟」で大阪市が敗訴したと聞くと、「何や、大阪市は公務員が入れ墨いれほうだいなんか?」と憤る人もいるかも知れませんが、大阪地裁はそうは言っていません。

判決によると、入れ墨というのは他者に対し不安感や威圧感を与えるものなので、市の窓口に立つ人が入れ墨をしていないかどうかを調査することには、合理性があるとされました。したがって、調査自体が憲法違反だという原告の主張は退けています。

一方、大阪市には個人情報保護条例というものがあり、プライバシー情報を収集することは原則として禁じられているため、今回のアンケート調査は条例に違反するものであると指摘しました。

条例違反の調査に従わなかったことを理由に戒告したのは処分として行き過ぎであり、さらに、裁判を起こした途端に配転させたというのは、裁判を受ける権利を侵害する不当な意図によるものだったと解さざるを得ない。

 

これが大阪地裁の論理です。もっと大ざっぱにいうと、入れ墨が好ましいものでないのは裁判所も認めるけど、職員に処分を下すには手続きがずさん過ぎた、ということです。

大阪市は橋下市長の意地でおそらく控訴するでしょうから、高裁、最高裁はどんな論理を出すのか、注目したいと思います。

公立女子大学に男性は入学できないのか

安楽死の話の続きを書こうと思っていたら、興味あるニュースに接したのでそちらを先に触れます。

ある男性が、公立福岡女子大学の入試を受けようと願書を出したら受理されなかった、ということを不服として「性差別」を理由に大学を訴えようとしているとのことです(15日、産経朝刊)。

 

国や公的機関は、性別によって国民を差別してはいけないと、憲法14条にも書かれています。私立の場合はその点自由なので、男子校・女子校はたくさんありますが、国公立でそれが許されるのかは、いちおう憲法上の問題となります。

私も学生のとき、憲法の講義で内野正幸教授(現・中央大教授)が「お茶の水女子大学は憲法違反ではないか」という問題提起をされていたのを覚えています。

もっとも、「税金を使って女子だけが入れる大学を作るのはけしからん」というだけで裁判を起こすことはできず、実際に入試を受けようとして拒否された、という不利益処分を受けて初めて提訴できるので、理論的にはともかく「そんな裁判、起こすヤツはおらんやろー」と学生当時は思っていました。

それが今回、実際に起こりそうな状況になりました。

 

いちおう理屈を付け加えると、国公立の女子大学の存在は、旧来あまり教育を受ける機会に恵まれなかった女性に対し、公費を使ってでも優先的に教育の機会を与える、ということで正当化されています。

立場の弱い人、差別されてきた人たちを優遇することで、真の平等を確保するということで、積極的差別是正措置、あちゃら語(浜村淳ふう)ではアファーマティブ・アクションと言います。

もっとも、それも行き過ぎると「逆差別」の問題が生じます。たとえば鶴橋駅あたりでヘイトスピーチしている連中は「在日韓国朝鮮人を優遇しすぎだ」などと訴えていますが、本題とそれるのでこれ以上は触れません。

 

福岡女子大を提訴しようという男性に話を戻しますが、新聞によると、この人は別に女子大生に囲まれてウハウハしたいと思って願書を出したわけではなく、栄養士になりたいのだそうで、福岡県の公立大学で栄養士の資格を取れるのはこの大学だけだったそうです。

代理人の弁護士は「女性を優遇する意味は失われている」とコメントしています。たしかに、今や男女を問わず、望めばたいていどこかの大学には入れるでしょう。

こんな時代に税金で運営する女子大学を残す意味はあるのか、時代の変遷により積極的差別是正措置がむしろ逆差別になっていないか、この事件はそういう問題を提起しています。

さらに付け加えると、栄養士の資格を取るための公立の女子大学、という存在自体、女性の仕事の固定化を招くものではないか、という問題も含むように思えます。

 

私個人は、古い考え方かも知れませんが、女性はある程度は庇護されて当然、と思うので、国公立の女子大学の存在は問題ないと捉えていますが、この問題について、男女同権論者はどう考えるのか、聞いてみたいところです。

安楽死は合法化されるべきか

アメリカで脳腫瘍の女性が、自らの予告通りに安楽死したというニュースがありました。この問題について、日本での法的解釈と、私見について、少し触れます。

この女性は、医師の処方した薬を使って死んだそうです。

報道されているとおりですが、日本の刑法では、死にたいと言っている人に対し致死量の薬品を渡すなどして死なせると、自殺幇助罪が成立します(刑法202条、7年以下の懲役)。また、家族などの要請で、病人に致死量の薬品を注射したりすると、殺人罪になります(刑法199条、最高刑は死刑)。

裁判例では、死期が迫っていて、耐え難い苦痛が生じているような場合、医師が一定の条件のもとで安楽死させるのは合法と解するものもありますが、結論としては「その条件にあてはまらないから有罪」としたものばかりです。最高裁の統一見解のようなものも出ていません。

 

聞くところでは、欧州の一部の国や、アメリカの一部の州では、安楽死が合法化されているそうです。日本は今後、欧米以上の高齢化社会となり、医療費もどんどん増えていくでしょうから、今回のニュースを受けて「本人がいいって言うなら安楽死を合法化していいんじゃないか」と感じた人もいるかも知れません。

しかし、私の考えとしては、明確に反対です。長い将来的にはともかく、現状の日本で安楽死を合法化してしまうと、かなりおかしなことになってしまうと思います。

 

アメリカで安楽死した女性の状況はよく知りませんが、まだ体も比較的元気であり、献身的に支えてくれる夫がいたようです。健康保険のない自由診療の国アメリカで、医師から楽に死ねる薬を入手できたというのですから、おそらく経済的にも裕福な方だったのでしょう。そういう状況であれば、生きるか死ぬかの問題について、熟慮の上で自己決定することも可能でしょう。

しかし、そんなケースはむしろ例外です。

たとえば、一家の中で高齢のおじいさん(おばあさんでもよいですが)がいて、足腰も立たないけど老人ホームに入るほどのお金もないとか、病気で長期入院しているとかで、家族が長年介護しているような状況はザラにあると思います。

そのとき、おじいさんが家族に気をつかって、「もうワシは安楽死する」といった場合、これは本当の自己決定といえるのか。

さらに極端な話をすれば、家族のほうだって介護に疲れてきて、「隣のおじいちゃんは安楽死したんだって」などと言いだし、自分の親に安楽死の決断をさせようとすることも考えうる。これでは、自己決定での安楽死という体裁をとった、単なる殺人です。

 

前回の話の続きみたいになっていますが、日本人は自分自身の合理的な判断に基づいて自己決定を下すということが不得意な人が多いと思えます。

周囲に気をつかって、周囲の空気を読んで、それに合わせるべく自分の行動を考える。それは日本人の美徳でもあると思うのですが、そんな日本において「生き死にを自分で決める」ということを正面から認めてしまうと、実は不本意だけど死なざるをえない、という人がたくさん現れるでしょう。

そういうことで、現状では安楽死の合法化には反対です。余力があれば、次回以降、さらに詳しく述べます。

ハワイにて思ったことなど 2014夏 その5(完)

HISという旅行会社のCMで、親子3人ハワイへ行って、CMの最後に女の子が「まだ帰りたくないなあ」とつぶやくのがありますね。

うちの息子がどう思ったかは知りませんが、私は旅行後半は正直「そろそろ帰りたいなあ」と思っていました。たまっている仕事も気になるし、トイレはどこへ行ってもウォシュレットじゃないですし。私はやはり日本で住むのが一番だと、帰ってきて改めて思いました。

 

その帰りの飛行機の中、持参していた文庫本をあれこれ読んでいて、織田作之助の作品集(ちくま日本文学シリーズ)なんかを読み直したりしていました。

織田作之助といえば、「夫婦善哉」の作者であり、太宰治や坂口安吾と並んで「無頼派」と呼ばれた作家であり、私の高校の先輩でもあります(旧制高津中学、現在の府立高津高校)。

その中に「猿飛佐助」という作品があります。おなじみの忍者の話です。

ストーリーは、佐助というアバタ面の大男の前に仙人が現れて忍術を授け、その後の佐助の修行と諸国漫遊の旅が書かれます。

 

話の中で、仙人が修行を終えて世間に出てゆく佐助に対し、人々と接するにあたっては「人しばしばその長所を喜ばず、その短所を喜ぶものと心得べし」と諭します。得意になって忍術を人前で披露してはいけない、ということです。

佐助は、真田幸村の配下となって信州上田城に出入りし始めますが、忍術を習得していることを決して表に出さず、自分のあばた面をネタにして笑いを取りながら、城内の人々に愛される存在となっていきます。

それで佐助は、仙人の教えは正しかったと痛感するわけですが、同時に「佐助にひそかに恃(たの)む術がなかったとすれば、あるいはその短所のために卑屈になったかも知れず、その時は短所を喜ばれることもなかったであろう」ことも感じます。

つまり、自分は忍術を習得した強い男であるという内に秘めた自信があるからこそ、普段はあばた面をさらしてヘラヘラしている余裕ができたというわけです。

 

私は、そういう態度が日本における理想的な姿勢なのではないかと思っています。

忍術でなくとも、学問やスポーツであれ、また人と議論する論理力であれ、何がしかの能力やスキルは、しっかり持っている。しかしそれらは生きていく上での「ツール」に過ぎないものであって、やたらひけらかすようなものではない。

もっとも、自分の能力に裏打ちされた自分なりの考えというものを全く持たずに、ただ単に他人に気遣ったり迎合したりしているだけでは、本当に中身のない人間になってしまって、日本社会ですら生きていくのが困難かも知れない。

そういうことで、私自身は、アメリカ流の合理主義の良さを理解しつつ、普段は日本人らしい謙虚さや奥ゆかしさ、そして他人への配慮のほうを、まずは重視する人間でありたいと思いますし、息子にもそうなってほしいと思います。

 

結局、最後までまとまらないまま、ハワイの話もほとんど書けていなくてすみません。実はホテルのプールやビーチでぼんやりしていただけでして。それでも息子がプールで顔をつけて浮かべるようになったので、もうそれで充分でした。

終わり。

ハワイにて思ったことなど 2014夏 その4

アメリカ流の合理的な会話というのは、用件を伝えるにはたいへん便利なものです。

話があちこち行って恐縮ですが、私が去年、ハワイアン航空の飛行機でハワイに行ったとき、シャンパンのお代わりを何度も頼んだら、最後には「もうない」と言われました。たぶん私が飲み過ぎたせいです。

今年はスコッチのハイボール(スコッチ・アンド・ソーダと言えば通じるようです)をよく飲んでいたのですが、去年のこともあってお代わりを頼むときに遠慮してしまい、「すみませんが、スコッチはまだありますか」というのは英語でどう言えばいいのだろうと考えてしまいました。

でも、キャビンアテンダントの人たちは多分そんなことを気にしていないので、単に「スコッチ・アンド・ソーダ プリーズ」と言えばよいのだろうと、途中から考えを切り替えて、何度も注文しました。幸い、品切れにはなりませんでした(ちなみに、スコッチの銘柄はデュワーズのようでした)。

 

日本人のこの、何を言うにしてもまず「すみませんが」と相手をおもんばかる心が、自分の思考や認識を相手に伝達するに際して、不必要なワンクッションを置いてしまうのです。そういう社会で育ってきたものだから、日本人は議論が下手なのだと思います。

もっとも、前回書いたとおりで、これはどちらが優れているというものではなく、その国の歴史や風土によって、あるべき会話の態度は異なってくる、というだけの話です。

 

ただ、議論を通じて学問的な探究を突き詰めていくという場面においては、アメリカ流の合理主義というものはきっと強いのだろうなと思います。

今回、青色発光ダイオードの研究でノーベル物理学賞を受賞した中村教授は、かつて勤めていた日本の会社(日亜化学)を提訴し、思っていたほどの和解金を獲得できないと知るや、会社や日本社会に対する文句をさんざん言って、アメリカに飛び出していきました。

(ちなみに私が司法修習生だった約15年前、社会見学で徳島の日亜化学本社に行き、そこの研究者だったころの中村氏の話を聞いたことがあり、また、その後の日亜化学との訴訟では、私の同期の弁護士も中村氏の代理人の一人をやってたりしたこともあって、この件は当時から興味を持っていました)

中村教授の、研究者としての能力はもちろん、何ごとにも臆せず世界に飛び出して自分の能力を世に問うという姿勢は、とても素晴らしいものであり、息子にもそこは見習ってほしいと思います。

しかし一方で、無名のサラリーマン研究者であった中村氏に青色発光ダイオード開発のために巨額の予算を投じたのは、間違いなく日亜化学であり、その恩を忘れて後ろ足で砂をかけて飛び出すようなことをする人間に、うちの息子はなってほしくないとも感じています。

 

夏の終わりにハワイで1週間ほど過ごし、またこのたびのノーベル賞の受賞の報に接して、アメリカ的なものの考え方に対する複雑な思いを抱きました。

次回、話をすべてまとめて完結する予定です。

ハワイにて思ったことなど 2014夏 その3

ずいぶん間が空いてしまいましたが、続き。

前回書いたようなハワイで経験する会話は、アメリカ流の「合理主義」に基づくものなのでしょうが、私は嫌いではありません。事実を端的に伝える、わからないことはわからないとハッキリ言う。私が弁護士という商売をやっていることもあって、それは非常に重要なことだと思っています。

多くの日本人の日常会話は、そうではありません。飲食店なんかの軒先でも「申し訳ありませんが只今満席でして」と、まずは相手の意向に沿えないことを謝罪する文言から入り、「すぐにご用意いたしますので」と、相手の意向に沿うため最大限の誠意を示す言葉が続く。

相手に事実を正確に伝える、ということではなしに、相手が不快に思わないようにする、というのが日本流の会話の要諦です。会話における日本人のこうした態度は、やや大げさに言うと「思考経済」というものに悪影響を及ぼすと思っています。

思考や会話のすみずみに、まずは相手に配慮しないといけない、という考慮が働くため、事実を捉えてそれを相手に伝える、という姿勢が希薄になるのです。そのため日本人は、科学的または哲学的な会話が苦手であり、科学者や哲学者が生まれにくく、育ちにくいと思っています。

 

といっても、私は決して、日本流の思考や会話が、アメリカのそれに比べて劣っていると考えているわけではありません。それらは、それぞれの国の歴史や風土に結び付いて形成されたものであって、どちらが優れているとか論ずべき類のものではありません。

アメリカは、イギリスのはねっ返りの連中が作った国であり、アメリカインディアンやハワイの先住民を虐殺しながら国土を拡げてきました。気に入らないことがあったらどこかへ放浪して、行く先で土地を略奪してきた人たちです。相手を配慮することより、自らの思考を相手にぶつけることを優先する、それが染みついています。

日本人は、狭い国土に収まって、地震や台風に悩まされながら、何とかみんなで力を合わせてお米を作ったりして生きながらえてきました。有史以来、客観的事実とか合理的思考などというものより、みんなが気持ちよく協力して働けることを重んじてきました。

どちらが優れているとも思いません。私がたまたま弁護士だから、アメリカ流の合理主義は機能的には良いものだと思いますが、少なくとも、この日本で暮らしていくには、日本流のやり方のほうが互いに住みよいのでしょう。

 

そんなことを、先日のハワイ旅行を経て、改めて思っていたのですが、つい先日、青色発光ダイオードを発明した中村教授が、日本からアメリカに飛び出して、今年のノーベル物理学賞を取ったというニュースを聞きました。

まとまらないまま、次回へ続く。

ハワイにて思ったことなど 2014夏 その2

ハワイにて感じたことを、脈絡なく書き続けます。

滞在なかばのある日の夕食に、ステーキやらローストビーフばかりの食事にも少し飽きたので、家族でトンカツ屋にでも行こうということになりました(まだ私も若いつもりなので、あっさりしたものが食べたいなどとは思いません)。

それで、日本の資本が経営している、とあるトンカツ屋に、予約の問い合わせを入れると、「予約は取ってないから、とにかく店に来てください」とのことでしたので、午後6時すぎころ、その店に行きました。

かなり繁盛しており、空いているのは店の奥のテーブル一つでした。

 

その店の日本人らしいスタッフが出てきて言うには「奥のテーブルは午後7時から予約が入っているから、7時までならそのテーブルを使ってもらっていいです」とのことでした。

(こっちが問い合わせたときは予約を取ってないと言ってたじゃないか、とは言わないことにしています。一見の客の予約は受けないが、その店にお金をたくさん落としてくれる馴染みの上客なら予約を受け入れる、というのは、資本主義の世の中では当然のことだと思います。それがイヤならそういう店には寄りつかなければよいのです)

つまり1時間弱ならテーブルが空いているわけで、一人で食事するなら充分な時間なのですが、子連れでもあり、あまり慌ただしい食事もどうかと思いまして、私は店員に「料理が出てくるまでどれくらいの時間がかかりますか」と尋ねました。

その店員は「注文の状況にもよりますし、揚げ物のことですから、時間はわからないです」と、極めて明確に答えました。たしかに、店の案内係の店員が、店内の注文の状況やら揚げ物の調理の進行具合まで全て把握しているわけではないでしょうから、考えてみれば当然の回答でしょう。

結局私は「それでは結構です」と言い、店員は「そうですか」とだけ言って、私と家族は店を出ました。

 

私はその店員の言葉に、そのときは何と無愛想な、と感じつつも、改めて思えばずいぶん的確な対応だったと思っています。

これが日本国内なら、店員はまずは「申し訳ありませんが、ただいま満席でして」という言葉から入ると思います。

それでこちらが「どれくらいで空きますか」「どれくらいで料理が出てきますか」と尋ねたら、多くは「すぐにご用意できると思います」と言うでしょう。その結果、すぐに用意してもらえず延々待たされた経験をお持ちの人は多いでしょう。

時間がかかるなら最初からそう言ってくれれば良いのにと思うことが、日本国内ではよくあります。最初からハッキリ言ってくれれば、こちらも対処の仕方を考えることができるのに、と。

ハワイのトンカツ屋の店員は明らかに日本人でしたが、ハワイ暮らしが長いのか、そういう日本的風習は持ち合わせていませんでした。「申し訳ありませんが」とか「すぐにご用意を」などという日本的な言辞は使いませんでした。

おかげで私は、店に入ってからイライラする時間を過ごすことなく、違う店に移ることができたのです。実に合理的な対応というべきです。

 

この話、まだ続く。

ハワイにて思ったことなど 2014夏 その1

1か月以上、更新がないままになってしまってました。この間、私は家族と恒例の(といっても2回目ですが)のハワイ旅行に行ってました。今年も多少、そのときのことに触れてみます。

 

去年は、来年もハワイに行けるのならもっと英語で話せるようになろうと思って、多少は英会話も独学しました。

と言っても、市販の英会話のテキストをかじったのと、ブルース・リーの映画を英語音声・英語字幕で観ていた程度なのですが。しかもブルース・リーの映画の後半は「アチャーッ!」とか言ってるばかりで、たいしてセリフが頭に入りませんでした。

それでも去年に比べると、少しはこちらの用件が伝えられるようになりました。しかし、多くの方が同じ経験をしていると思いますが、向こうの言っていることを聞きとるのは、まだまだ困難でした。

 

去年、当ブログで、シェラトンワイキキのバーに一人で入って、何度か聞き直しながら、何とかマティーニをオーダーできた話を書きました。だから今年はもうだいじょうぶだろうと、早めの時間に息子と二人で同じバーに行きました。

で、やってきた女性店員に「マティーニ」というと、向こうはジンかウォッカかを聞いてきて、ジンと答えたら次はタンカレーとかボンベイサファイアとか、ジンの銘柄を聞いてくる、ここまでは去年経験したとおりにオーダーしました。

息子にはジュースをと思って、「Any juice?  To him」(英語として合ってるかどうかは知らない)と店員に聞くと、それに早口で答えてきた内容が理解できず、「Pardon?」(これも合ってるかどうか知らない)と聞き返してしまいました。

その店員は「グァバ、オレンジ、パインアップル」と、やはりジュースの銘柄を聞いていたのです。わかってみればごく簡単な英語です。

結局、現地の人の英語が聞き取れるかどうかは、こちらが話したことに対して、どんな答えが返ってくるかが予想できているかどうかによるところが多いのでしょう。だからおそらく、日本国内で英語のCDなどを聞いているだけでは限界があるのでしょう。

 

同じような話は、国をまたがず日本国内でもよくあることだと思います。

たとえば私は以前、東京地裁への出張帰りに銀座の居酒屋に一人で飲みにいき、「ビールください」と頼みました。居酒屋の大将は何か早口で言ったのですが、私には聞き取れず語尾の「……サシ」だけが聞こえました。

ふつう居酒屋でビールと言ったら次は「生ですか、瓶ですか?」という言葉が来ると思っていたので、ややとまどって聞き返すと、大将は「サッポロ、キリン、アサシ」と言ったのです。瓶ビールの銘柄を聞いていたわけです。「アサヒ」が「アサシ」になるのは大将が江戸っ子だからでしょう。生ビールは置いてないというのも潔くて良かったです。

 

と、まあ、ワイキキのバーでも銀座の居酒屋でも、そこでの言葉のやり取りを体験しないことには、身につかないことも多いのだなと思います。

語学であれ何の勉強であれ、また酒の飲み方であれ、息子には何でも飛び込んでみて体験して学んでほしいものだと思いましたが、たぶん息子は何も考えておらず、ただ夕暮れ時のワイキキの風にふかれつつパインジュースを飲んでいました。