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弁護士を目指す方たちへ

弁護士を目指す方たちへ
■ その1【私が弁護士になるまで】
1.司法書士の仕事をしていたころ
2.司法試験受験生だったころ
3.司法試験について
4.司法修習生だったころ
5.弁護士になる


その1 私が弁護士になるまで
 ・・司法試験制度・司法修習制度の紹介も兼ねて


まずはざっと年表・・
平成 6年 筑波大学第一学群社会学類卒業
 同  年 行政書士、司法書士、宅地建物取引主任者の各試験に合格
平成 7年 司法書士事務所に勤務
 同  年 社会保険労務士試験合格
平成10年 司法試験合格
平成11年 司法研修所入所 司法修習生に
平成12年 司法研修所卒業 弁護士登録


1.司法書士の仕事をしていたころ

 年表を見ていただくとわかるとおり、私は 
司法書士 の資格をまず取って、司法書士事務所に勤務し始めました。弁護士とか司法書士とか、法律系の専門職にはいろいろあって、なかなか一般の方にわかりにくいかも知れません。司法書士は法務局や裁判所に提出する書類の作成の代行をする仕事で、不動産登記や商業登記の手続代行が仕事の中心でした。私は当初、弁護士じゃなくてこの司法書士の仕事でやっていくつもりでして、司法書士と並行して行政書士とか他の資格も取っておいたら何かの役に立つかなあと思っていろいろ取っておきました。これは、司法書士の仕事をしていく上で、関連する業務をこなす必要上から、その必要に応じ増えていったのであって、別に私、「資格マニア」なわけではありません。
 ただ、司法書士とか行政書士とか、書類作成中心の仕事だけだと、どうしてもちょっと物足りなくなって、じゃあこの際、ついでに、ってこともないんですけど、弁護士資格も取っておこうかな、と思いました。当初は、司法試験なんてすごく大変だろうなあ、と思っていたのですが、若いうちに挑戦したくなって。
 で、司法試験のため本格的に勉強するには事務所勤務をいったんやめて、勉強に集中したほうがいい、と思った私は、平成7年の年末、司法書士事務所のボスに相談しました。
「先生、僕、司法試験受けたいので、この事務所やめたいんですけど」
・・・どれくらい引き止められるだろうか、引き止められたら3か月くらいはいてもいいかな、とか思っていたんですが、
「じゃあ、今日でやめてもらおか。」
とアッサリ言われました。
 かくて私は、唐突に「司法浪人」となってしまいました。24歳の冬のことでした。30歳までに受からなければ、きっぱりあきらめようと思っていました。
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2.司法試験受験生だったころ

 その後は、自宅近くのスーパーマーケットでアルバイトなんかもしながら、平成8年4月から、司法試験予備校の 
早稲田セミナー 大阪校 に入りました。親のスネかじりで勉強する以上、早く受かろうとの思いで、この時期の私はかなりがんばってましたよ。バイトもそのうちやめて、1日10時間は勉強をしてました。
 早稲田セミナーでの1年間の「基礎講座」の講義は無遅刻・無欠勤で、毎回、最前列の席を取ってました。これまで予備校とか行ったことがなくて、教室で他の受験生と講義を受けるというのがちょっと新鮮な気分だったこともあり、周りの席の受講生に積極的に声をかけて、わからないところを教えあったり、たまには、講義のあと梅田に繰り出して飲み会をしたりもしました。受験生生活をする以上、せっかくならこの状況を楽しんでいこうと思ってましたね。勉強がもちろん最重要なんですけど、そればっかりでなくて、友達も増やしていこうと心掛けてました。この時期の友達は、ある人は所期の目的どおり司法試験に合格され、ある人は公務員等の道に転向され、ある人は司法試験の勉強を続けておられますが、みんな今も良い仲間として、たまに顔を合わせて飲み会をしたりしてます。
 1年間の「基礎講座」の講義を終えたら、その次は、「答案練習会」略して
「答練」に通いつつ、勉強を続けました。大阪・中津の予備校まで自転車で30分かけて通って(体力維持のため)、答練を受けて、家に帰って法律の本を読む、そんな日々でした。
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3.司法試験について

 司法試験は、(1)単答式試験、(2)論文式試験、(3)口述式試験の3部構成です(大学の教養課程を出ていないと、その前に英語とか数学とかの一般教養の試験があります)。
 (1)は、毎年5月に行われる、マークシート式試験です。
憲法、民法、刑法の3教科です。問題は、正しいものはどれか、というオーソドックスなものから、文章の並べ替えとか、文章の空白部分に入る語句を選ぶとか、ほとんどパズルみたいなものとか、いろいろです。3時間半で60問の問題を解くには、かなりのスピードで問題を処理しないといけません。
 (2)は、毎年7月下旬に3日間かけて行われるもので、上記3科目に加え
商法、民事訴訟法、刑事訴訟法の6科目につき論述式問題が出ます(私の時代――平成10年の試験まで――は、民事訴訟法・刑事訴訟法はどちらか一つでいいけど、そのかわりに破産法とか労働法とかの選択科目がありました)。1科目につき2時間、問題は各科目2問出るので、1問あたり1時間で書くことになります。夏の暑い盛りに、みんな必死で3日間(現在は2日間のようです)、答案を書き抜きます。
 6科目の全分野、どこをどんな風に聞かれても、論理的に説明できるようにしておかなければなりません。そのために押さえておくべき知識は膨大で、司法試験中の最難関、天王山と言われているところです。私もさすがに平成9年の初受験のときはここで落っこちました。悔しくて平成9年の秋冬は1日15時間くらい勉強していた時期もありました。そのおかげかどうか、平成10年、再起を期しての受験で、この論文試験を突破しました。
 (3)は、論文試験に受かった人が10月に千葉・浦安の試験会場(法務省の研修施設の建物らしい)に集められ、そこで3日間かけて試験が行われます。試験委員と向かい合い、その質問に口頭で答える試験です。とっさの機転と、対話能力が要求されます。遠方の人は試験期間中、ホテル住まいを余儀なくされます。今は3日間で終わりますが、私のころ(平成10年の試験まで)は
1日1科目、合計6日間かけてやってました。中休みがあるため、きっちり6日間で終わるわけではありません。私は、5科目を終えたあと中4日の休みがあり、そのため東京のホテルで10日間ほどカンヅメになりました。
 とにかく私は、平成10年、2回目の受験で、この試験を幸運にも乗り切って、合格しました。27歳の秋のことでした。
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4.司法修習生だったころ

 この司法試験にうかると、
司法修習生 として 司法研修所 に入所する資格が与えられます。私は翌平成11年4月から司法修習生となり、埼玉県和光市の司法研修所に入所しました。
 4月上旬から7月上旬までの3か月間は
「前期修習」と呼ばれる研修期間です。全国の司法修習生が司法研修所に集まって、法曹となるための基本中の基本を学びます。私のときは同期の司法修習生は約800名で、60数名が1クラスになって、同じ教室で講義を受けました。
 もっとも、正直いうと私はこの期間やったことというのをあまり覚えていなくて、思い出すことといえば、授業が終わってから東武線で池袋あたりに繰り出して、東京の女の子たちとの合コンに明け暮れていたことばかりでしょうか。まあ、そのときの経験も、弁護士として仕事をしていく際に生きている(ように思う)ので、決して無為に過ごしていたわけではない、と考えております。
 続いて7月上旬から1年間、司法修習生たちは全国に散らばって、
「実務修習」を受けます。裁判所、検察庁、弁護士事務所に順々に配属され、法曹三者の仕事を見ます。私は、実家のある大阪に配属されました。実地で修習するとは言え、別に自分が責任もって仕事するわけではありません。このときも、あいかわらず梅田に飲みにいったり、指導担当の弁護士の先生方に北新地に連れてってもらったりしてばかりいたような気がします。幸いにも、比較的早い時期に、卒業後の勤務先となる法律事務所(現在勤務している 上坂合同法律事務所 です)から採用内定をもらい、あとはもう、気楽な修習生活でした。
 その1年間が過ぎるとまた司法研修所に戻り、平成12年7月上旬から10月上旬まで、
「後期修習」として、今までの総仕上げをするとともに、卒業試験を受けます。卒業試験は「二回試験」と呼ばれておりまして、司法試験が法曹になるための1回目の試験だとしたら、この卒業試験が2回目の試験という意味です。もちろん俗称ですが、正式名称はもう忘れました。総仕上げの試験と言っても、私の場合ほとんど知識の蓄積がないので、この時期はちょっとだけ、遊ぶのもガマンして、寮の部屋にこもってがんばりました。で、無事に合格できました。
 試験に合格すると、あとは卒業を残すのみです。平成12年10月6日、私たち第53期司法修習生は司法研修所を卒業しました。1年半の修習生時代、実に楽しかったなあ。別にこのころに戻りたいとは思わないけど(今は今で充実しているから)、これまでの人生の中では、このころがいちばん楽しい時期だったように思います。
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5.弁護士になる

 司法研修所を卒業すると、休む間もなく、まさに1日も空けずに、翌10月7日・8日と、東京・霞ヶ関の日本弁護士連合会(日弁連)で2日間の研修がありました。私は卒業後すぐに司法研修所の寮を引き払って、日弁連での研修中は銀座の安ホテルで泊まりました。研修1日目に日弁連に書類を提出して、弁護士登録をすませました。実感はないですけど、これで弁護士の肩書きを獲得したことになるみたいです。研修は、大講堂での講義とかでしたが、まあ、つまらなかったです。とにかく夕方までガマンして聞いて、それが終わったら銀座へ飲みに行きました。
 翌10月8日の研修2日目も銀座の安ホテルから日弁連に通ったわけですけど、このときの気分は晴れがましかったですよ。なんせ、
弁護士として迎える初めての朝、弁護士としての初めての出勤です。銀座の中央通りから晴海通り、そして日比谷公園を抜けて、意気揚々と日弁連まで歩きました。
 20代前半のころから、どんな仕事に就こうか、自分は何がしたいのか悩み悩んで、いろいろ資格を取ってみて、満足できなくて、やっぱり弁護士になりたいと憧れて、それを果たして今、こうして、弁護士・山内憲之として出勤しているわけです。このときの晴れがましさを、自分は一生わすれないだろうと思いました。29歳の秋のことでした。
 まあ、研修2日目の内容も、あいかわらずつまらなかったですけどね。やっぱり、講義が終わったら、銀座で飲んでました。さらば東京の夜、という感慨を込めて―――。

 ・・・そんなわけで、司法研修所を卒業し弁護士となった私は、再び大阪へ戻ってまいりました。
 かくて、平成12年10月より、弁護士 山内憲之は、大阪を舞台に活躍(←やや誇張)を開始するに至るわけです。
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