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秘密の小箱

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■ 秘密の小箱4【合コンにおける理屈と人情】
1.合コンの定義について
2.合コンにおける行動のあり方
3.互いの素養が必要
4.全人格的な修業の場としての合コン
5.合コンによる人格形成


合コンにおける理屈と人情

 本日は、法科大学院における夜の特別講演ということで、「合コンにおける理屈と人情」というテーマで話したいと思います。開かれた司法を目指して、合コンにおける振る舞いのあり方を学んでいこうとされることは極めて有意義なことであると思われます。私もまだまだ浅学非才の身ではありますが、これまでの研究の一端をお話しできればと思います。


1.合コンの定義について

 そもそも合コンとは何かということですが、合コンをいかに定義するかについては、学会でも争いがあるところです。私は、合コンの定義としては、「(1)男女が同数またはそれに近い人数でグループを形成した上で(2)日時を示し合わせて寄り集まり(3)酒食を共にする会合であって(4)参加男女のうち少なくとも一組は初対面の者を含むこと」であると考えています。これは、客観的な状況から合コンを定義づけるもので、
「客観説」と呼ばれています。
 この(1)から(4)に、さらに「(5)参加者が異性の交際相手を発見することを目的としていること」という主観的要件を付け加える
「主観説」も有力ですが、私は客観説が妥当であると解します。
 たしかに、合コン参加者の大多数の方の主要な目的は(5)にあるであろうことは否定しないのですが、私は、必ずしもそれのみを目的とせず、場を共にすること自体を楽しむという合コンもあっていい、それも合コンのひとつのあり方として承認してよいと思っています。したがって、(5)の要件は、合コンの重要な一側面ではあるけれども、必須の要件ではなく、合コンの定義を最大公約数的に挙げるとすれば(1)ないし(4)であると捉える客観説が妥当だと考えています。
2.合コンにおける行動のあり方

 さて、合コンにおける行動のあり方に関して、最も激しく争われている論点は、同席した相手方の異性全員と友達になることを目指すべきか、それとも、ある特定の異性と深く知り合うこと(彼氏または彼女を作ること)を目指すべきか、ということです。
 いずれを目標とするかにより、合コンにおける行動原理は全く異なってくる。全員と友達になることを目指す人は、合コン開始後、早期の段階から、相手方の異性全員に電話番号を聞いたりする。特定の人狙いの人はそうはしないで、これと定めた人にだんだん近づいていって、合コン終了近くになって、おもむろに、その人だけに電話番号を聞こうとする。
 合コンにおけるセオリーとしては、後者を取るべきであると考える人が多いでしょう。合コンとは特定の彼氏彼女を見つけることを目的とするものおだという主観説の立場からは、当然そういう帰結になる。
 しかし、私は、いずれのあり方もあってよいと思います。私自身は、とりあえず、
相手方全員と仲良しになりたいタイプでした。相手方女性が5人いれば、その5人全員と友達になりたいと。ですから、私は、合コン開始後すぐに、自分の名刺を配って、相手方女性陣に名刺交換を求めたり、電話番号を聞いたりしていました。
3.互いの素養が必要

 もちろん、そのようなやり方を疑問視する声もある。そのような方法をとっていては結局、全員から嫌われることになる、そうでなくても、相手方から警戒されるかも知れないし、全員に電話番号を聞くなんて軽い人、と思われるかも知れない、と。
 そう思われないようにするためには、こちらにもそれなりの素養が必要です。これらの行動を陽気にさわやかに、いい意味でバカっぽく、しかしいい意味で計算ずくでやってみせることが必要で、いやらしそうに、もの欲しそうにやってはいけない。
 そうすれば、たいていの相手は理解してくれます。ああこの人は、場を盛り上げるために、会話の口火を切るための手段としてやってくれてるんだなと理解してもらえるわけです。私はだいたいこの方法で、合コンの始まりの段階で、相互の自己紹介も兼ねて、名刺交換と、それから電話番号、最近ならメールアドレスの交換を済ませて、「あとは各自ご歓談」という流れにつなげていきました。それにより、初対面同士の者の緊張をほぐして、あとの会話にうまくつなげることができたように思います。
 もっとも、そういった方法でうまくいってきた理由の一つとしては、自分でいうのはおこがましいですが、おそらく、私が司法修習生または弁護士というそれなりの「堅い」身分であったために、こういった一見「軽い」行動をとったとしても、相手方から信頼されていたということもありましょう。それに加えて、相手方女性陣も、司法修習生や弁護士と合コンするわけですから、幸いなことに、それなりに素養のある聡明な女性が来てくれていたように思います。だから、こちらが、ある程度バカなことをやっていても、この人は盛り上げようとしてやってくれているんだとわかってもらえていたと思います。
 
場を盛り上げるためにバカやってみせるにも素養がいるし、それを受け止めるのにも素養がいるということです。
 しかし、特に若い男性には多いと思うのですが、自分に自信のない人、中身のない人というのは、おうおうにして、自分を高くみせようとする。いかに自分がバカになって場を盛り上げるかを考えるのでなく、どうすれば自分がかっこよく見えるか、どうすれば相手女性をうまくひっかけることができるか、ということばかり考える。そして、若い女性にも似たような人はいる。中身のない女性が自己の価値を高く見せるために唯一なしうる方法は、自身のガードを固めること、相手を遠ざけることによって、自身に「もったい」をつけることです。かくて、中身のない人同士の合コンは、打算と下心だけがぶつかりあう、空虚なものとなってしまう。
4.全人格的な修業の場としての合コン

 ここから見るに、合コンとは、いかにモテるかということのみが問題となるものなのではない。その場を共有する人と一緒に、いかに楽しむことができるかを追求していくことが必要で、そのためには、自己と相手の素養を必要とするのです。大げさかも知れませんが、これはまさに
互いの全人格のぶつかりあいの場であると理解できるわけです。
 もう少し踏み込んでいうと、合コンとは
人生の修業の場のようなものです。人と人が接する場をいかに楽しむかを追求することを通じて、誰とでも会話のできる社交性を磨き、人と接するときのわきまえを身につける。その結果として、もてるとか、特定の彼氏彼女ができるという結果がついてくるかもしれませんが、それは本来的な問題ではないと考えます。
 ですから、いかにすればもてるかとか、特定の相手をつかまえるにはどうしたらいいかとかいう合コンにおけるセオリーなどは、些細な問題にすぎない。合コンに参加しても彼氏彼女ができないと嘆く人もいますが、私は彼らに、そんなけちくさい考えは捨てなさいといいたい。
 ここで私は司法修習生のころを思い出すわけです。司法研修所時代は毎日のように合コンの話が入ってきました。私の修習時代は、修習期間が2年から1年半に短縮された最初の期でした。期間が短縮された分、カリキュラムは詰まっていたし、寮生活で栄養面もよくなかったせいか、体調を崩してカゼをひく人もたくさんいた。私も、クラスの合コン仲間もみんなカゼをひいていましたが、合コンの予定は毎日のように詰まっている。しんどいからとキャンセルするのも相手に悪い。で、クラスの合コン仲間とともに、授業が終わったらみんな揃って司法研修所から東武線の和光駅まで歩き、駅前の薬局でドリンク剤を買って、薬局のカウンターでみんな並んでドリンクを飲んで、よし今夜もがんばろう、と気を振るい起こして東京に向かったものでした。
 修習時代の終わりころに数えてみたのですが、私が司法修習生時代の合コンで出会った女性の数は、約200人でした。数えてみる私もヒマだなあと思いますがまあそれはともかく、私は、その200人の女性に対して、その日の会合を楽しんでもらおうと、日々全力投球していました。体が疲れていても、風邪をひいていても、合コンの約束があれば必ず出席していました。疲れているのに合コンに出て、酔っ払って帰ってきて、俺ってどうして毎日こんなことしてるんだろう、とふと思うこともありましたが、このころの
無意味な元気さというのは今思うと懐かしいです。
 この、無意味な元気さというのは、実は人生に非常に重要なものであると考えています。今では、仕事柄、どんなに疲れていても、依頼者が前にいればそんな疲れは出してはいけない。悩みを抱えて相談にくる依頼者には、こちらが元気に、朗らかに接しないといけない。そう考えてみると、しんどくても力を振りしぼって合コンに行っていたあのころのがんばりが、今の日々の仕事に生きていると思います。
5.合コンによる人格形成

 つまるところ、私が、皆さん方に申し上げたいのは、まず合コンには参加してみよ、場を盛り上げようとがんばってみよ、異性にもてようとがんばってみよ、ということです。しかしその際、決して忘れてはならない一事がある。それは、こうして合コンに参加し異性と出会うのは第一次のことである。合コンを通じて、彼氏彼女を見つけるなり、人と話すことに場慣れするなり、各人の目的を達成したら、今後は、
人生のあらゆる場を通じて、人間として、円満な素養と人格に基づく行動ができるように日々の生活の中でふるまってみる。そのことができるために、第一歩の手段として、合コンに参加するのだということを、寸時も忘れてはならないということであります。
 合コンの場では、彼氏彼女を見つけるという小さな目標にとらわれないこと、これを人生の修業の一場面とみて、その一場面ごとにがんばってみること、それによって、自分を磨き、自分の人生を豊かにすることが大切です。
 合コンにおける理屈と人情の調和という遠い理想に向かっての人類の歩みは、かくして、大きくその歩を進めることになりましょう。ご静聴ありがとうございました。(拍手)


注 この文章は、私が法科大学院(ロースクール)で合コン学についての講義をすることになったら(ありえないけど)、こんな感じになるだろうなということを想定して書いたものです。
で、タイトルと文章の一部は、民法学の泰斗、
我妻栄大先生の講演録「法律における理窟と人情」(日本評論社)をパクってます。すみません。







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