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秘密の小箱

秘密の小箱
■ 秘密の小箱2【僕とお酒】
1.ガリアーノから始まった
2.クルボアジェ・ルージュの想い出
3.マッカランと出会う
4.そして今夜も


僕とお酒

 仕事帰りには、よくお酒を飲みに行ってます。事務所が難波なんで、大阪ミナミのバーが多いです。最近は、オーセンティックなバーで、スコッチ、特にシングルモルトを飲むというのがほぼお決まりのスタイルになってきました。ここに至るまでにも、いろんな酒場でいろんなお酒を飲んできましたが。今日に至るいろんなお酒の話を、私小説風に書いてみました(恥)。


1.ガリアーノから始まった

 バーのカウンターでお酒を飲むのに憧れてた。司法修習生としてすごした時期(平成11年4月から平成12年10月)のころは、僕にとっては、お酒の入門の入門の時期だった。

 大阪地裁で修習していた平成11年の夏のころ――。ろくに勉強もしないで、女の子を誘ってよくバーに行った。地裁が大阪市北区にあるので、キタで飲むことが多かった。
最初は、堅苦しくなくて、音楽やかましめの、カジュアルで気軽なバーが多かった。阪急東通りなんかはよく行った。
 そういう気軽な店ではたいてい、きれいな色のリキュールのボトルをバックバーの目立つところに配置してある。
 そんな店でひときわ目をひいたのが、円錐の形をした、黄色いお酒の入ってる、他のボトルより2倍くらい背の高いお酒。一緒にお酒を飲んでいた女の子たちからも、「わあ、あれなに?」とよく聞かれた。
 で、僕は、今度同じことを聞かれたらカッコよくその問いに答えようと思って、お酒の本を買って読んでちょっと勉強してみた。果たしてそのお酒は
「ガリアーノ」という名前の、バニラ系のリキュールだった。
 僕はそれ以後、女の子からその問いがきたら、ここぞとばかりに薀蓄を語った。「あれはガリアーノっていう甘いリキュールでね、名前の由来は10世紀末のイタリア陸軍少佐ガリアーノの・・・。」この話を僕は10人前後の女の子にしたと思う。
せっかく本を買ったので、ガリアーノを手始めにいろいろ勉強してみた。いっときリキュールに凝った。種類は豊富だし、ボトルは洒落てるし、カクテルにすると無数の飲み方ができるので、このころは溺れるようにリキュールベースのカクテルを飲んだり、リキュールをロックで飲んだりした。
 今でもちょくちょく飲んでいるのは、
イエガーマイスター(薬草系)、アドヴォカート(卵黄系)、ジェット(ミント系)くらいだろうか。リキュール熱も少しすると落ち着いてきた。もうちょっと背伸びするようになって、ブランデーやウイスキーを飲むようになった。
2.クルボアジェ・ルージュの想い出

 ブランデーを飲みだしたきっかけの一つは、平成11年の末ころ付き合いはじめた商社OLのルリちゃんの影響だ。ルリちゃんはお酒が強かった。ルリちゃんとは、「会社の人とよくいくのよ」と連れて行ってもらった北新地の
バー「K」で、よくブランデーを一緒に飲んだ。ルリちゃんは当時僕より一つ年上の29歳で、これまで一緒にカクテルを飲みに行ってた若い女の子たちよりは「大人の女性」だった。ルリちゃんからは、いろんなバー、いろんなお酒を教えてもらった。同じ阪急東通りに行くにしても、ちょっとわき道にそれたところにある静かめのバー(「シャカラ」「酒朱」など)に連れていってもらった。
 当時の僕は、ブランデーやウイスキーの原料の違いとかも何もわからずに、ただなんとなく「高級感」「大人の酒」「ルリちゃんが飲むから」というだけで飲んでいた。

 ルリちゃんには、翌平成12年が明けてほどなくフラれた。別れ話をしたのも「K」だった。ルリちゃんは別れ話を切り出したときも、ブランデーを飲んでいた。どうして振られたんだろう。僕は努めて平静を装って、ルリちゃんの手元のグラスを取って、そのブランデーを飲んでみた。甘くておいしかった。さらに平静を装ってルリちゃんに尋ねてみた。
 「質問が2つあるから、今後の参考のために聞かせてほしいんだ。1つは、俺に何が足りなかったのかということ。もう一つは、今飲んでるブランデーの銘柄。」
 ルリちゃんはちょっと考えてから、微笑みを含んだ顔で答えた。
 「1つ目の質問ね。私はね、いくつになっても、彼氏には甘えたいのよ。ノリくん(←僕のこと)はね、私のこと、お姉さんとしか見てくれてなかった気がするの。それが私には寂しくて。それから、もう1つの質問ね、このブランデーは、
クルボアジェ・ルージュっていうのよ。」

 ルリちゃんと別れてからも、しばらくはブランデーをよく飲んだ。たいていはクルボアジェ・ルージュだった。
 でもほどなく、ブランデーも飲まなくなった。別にルリちゃんのことを思い出すのが辛いとかいうわけじゃ決してないけど、ルリちゃん抜きで飲むブランデーが何となく味気なく感じられてきたのだ。
3.マッカランと出会う

 平成12年の春をすぎ、修習生活も後半となった。ルリちゃんと別れてからもいろんな女の子と、別に付き合うでもなく、ただちょっと誘っては、お酒を飲みに行った。バーのカウンターで、女の子と2人並んでお酒を飲んでる、そんな自分の姿が好きだったのかも知れない。
 その夜も大阪地裁での司法修習を終えて、午後5時になったらさっさと裁判所を出て、午後6時の待ち合わせでOLのユカちゃんと落ち合った。ルリちゃんと別れて以降は、1つ年下のユカちゃんとちょくちょく飲みに行くようになっていた。
 北新地にもそんなに高くないダイニングバーが少しずつできてきたので、そういう店で夕食をとって、バーに行く、というのがいつものパターンだった。その夜もいつもどおり、適当に食事を済ませて、バーに行った。その日行ったのは北新地の
「酒司にむら」だった。
 そのころは、ウイスキーを飲みだしていた。ブランデーを飲まなくなって、大人を演じるとしたら残ったのはウイスキーだけだ、と思っていた。最初は、「バランタイン・ファイネスト」や「ティーチャーズ・ハイランドクリーム」などのブレンデッドの安めのものが多かったけど、その日は
マッカラン12年 のロックを頼んだ。
 そのとき、なぜマッカランにしたか、今は覚えていない。何かでその名を見て知っていて注文したのか、バーテンダーさんに「飲みやすいウイスキーを」と頼んだからなのか、どちらかだと思う。
 ともかく僕はそこでマッカランと出会った。そして一口飲んで、その複雑な甘さに、僕は一瞬で魅せられたのだった。口に含んだ瞬間、口中に色んな花が何層にも咲き拡がっていくような、そんな錯覚が脳裏に浮かんだ。僕はカウンターで一人眼をつむって、しばらく沈黙した。
 「それでうちの課長が・・・ねェ山内クン聞いてる?」とユカちゃんがけげんな顔で僕を見ていた。

 その日以来、僕は、ウイスキー、それもスコッチ、それも
シングルモルトにはまることになった。酒好きはいつかシングルモルトに行き着く、と気取るつもりはないし、そんなありがちなパターン――シングルモルト業者の宣伝文句のようなパターン――に、まんまと乗っけられてしまったというのも癪な気がするが、僕は見事にそのパターンにはまってしまったわけだ。

 ユカちゃんとは数か月、よく飲みに行ったが、ほどなく会わなくなった。僕はユカちゃんに本気になりかけたけど、ユカちゃんは前の彼のことが忘れられないのだそうだ。
数か月たって平成12年の夏、大阪地裁での修習が終わって、東京の研修所に戻るとき、ユカちゃんに電話した。ユカちゃんの気持ちを確かめておきたいということもあったのかも知れない。
 「しばらく研修所に戻るよ。いろいろ楽しかった。ありがとう。ユカちゃんには報告してから行こうと思ってね。」
 「そう、がんばってね。弁護士になって大阪に戻ってきてね。ああそれから、私からも一つ報告があるの。私、彼と結婚するの。」
かくて、ユカちゃんは僕の前から去っていった。
 でも今回は、僕のお酒の嗜好は変わらなかった。ユカちゃんが去ってしまっても、ウイスキーはずっと飲み続けた。
 僕は研修所の卒業後、大阪で弁護士となった。
4.そして今夜も

 今も、バーによく行く。最近は一人で行くことが多い。一人でカウンターに座って飲むのが至福のときだ。一人で行くことが多くなったのは、やはりシングルモルトが原因だ。シングルモルトの味わいは、一人黙って、じっくりと楽しみたいのだ。
 一口、口に含むと、次々に、いろんな味と香りが、現れては消えていく。
 今夜のこの一杯にたどり着くまで、いろんなお酒を、いろんな人と飲んできた。いろんな女の子の前で背伸びして、カッコつけてきたけど、今はとりあえず、自分の好きな飲み方がわかってきた気がする。
 ルリちゃんはどうしているだろう、ユカちゃんは、それからあのコは・・・シングルモルトの味わいと香りが、そんな想い出と一緒に、今夜も、現れては消えていく・・・。
(文中の登場人物の一部は仮名です。)

● 註 釈
シングルモルト・・・ 単一の蒸留所で生産されたもののみからなるウイスキーで、日本酒でいうと地酒のようなもの。それぞれのウイスキーの個性が強い。
ブレンデッド・・・・ 複数のモルトウイスキー及びグレーンウイスキーをブレンドしたもの。飲みやすいものが多い。







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