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夜の山内 憲之

■ 夜の山内 憲之3【酒場における弁護士の哀しみ】
1.相談される
2.質問される
3.説教される


酒場における弁護士の哀しみ

緒 言
 東海林さだおさんが、エッセイで、「ボウリングでストライクをとって後方のみんなが拍手してくれたとき、振り向いてどんな顔をしたらいいのか、なかなか難しい」ということを書いておられた(東海林さだお,昭和62年,「むずかしい顔」,『ショージ君の「ナンデカ?」の発想』,平凡社,所収。平成2年,文春文庫版に再録)。
 私も、いきつけのバーや居酒屋なんかで飲んでると、マスターやおかみが別の常連さんに私のことを「こちら、弁護士さん」と紹介してくれるときがあって、そんなとき、どういう顔をするのがいいか、未だにわからない。「や、どーも」だと何だかエラそうな気もするし、「はいどうもー弁護士の山内でーす」だとバカみたいだ。
 まあ、そういうのはまだいいとして、その他にもいろいろ、弁護士だと紹介されることによって、困ることもある。それを以下に述べて(というか、グチって)みたい。


1.相談される

 私が弁護士であると知った相手方から、法律問題について相談されることがある。ごく一般論的な簡単な事柄ならいいけど(たとえば、「六法」にいうところの6つの法律とは何を指すか、とか)、具体的かつ深刻な相談になると困る。楽しく飲んでるのにあまり深刻な話をされること自体が興ざめだし、とは言え悩んでるみたいなのである程度きちんと聞いてあげざるをえない。でも、法律問題というのは直ちに答えることができないものが多いんです。事案の微妙な差異で、全然話すべきことが違ってくる。そのへんを適当に答えて後々問題が起こっても困るし、きちんと答えようと思うと、じっくり話を聞いてあげて、その上でちゃんと調査した上でないと答えが出せないんです。そうなると、酒場で話せるような事柄じゃなくなってくるんです。
 酒場で弁護士に法律問題を聞くのは、酒場で医者に「胃が痛いから治してほしい、薬がほしい」というのと同じ、プロの歌手に「一曲歌ってほしい」というのと同じことなんです。法律については弁護士はプロなんで、いい加減な答えをすることができない。きちんと責任をもった答えを出すには、酒場での雑談じゃムリなんです。
2.質問される

 具体的な身の上相談以外にも、法律や裁判のことを質問されることも多い。社会的耳目を集めている裁判なんかについてはよく聞かれます。
 たとえば、「林ますみは死刑になるんですか?」とかいう質問。私はその件を担当していないので知りません、と言わざるをえない。きちんとその事件の証拠も見ずにマスコミの報道だけで有罪だ無罪だなどと言うのはナンセンスだ、と司法研修所の教官も言ってた。弁護士としての立場からは、実際に担当してもいない事件について無責任なことは言いたくないんです。
 それから、裁判制度、特に刑事弁護制度に対する質問もよくある。「裁判ってどうしてあんなに長いのですか?」、もっと具体的には、「麻原はなぜもっと早く死刑にならないのですか?」「麻原を弁護してるヤツって、本当に麻原はやってないと思ってるのですか」との問い。
 率直な気持ちとして、誰しもこういう疑問をお持ちなのは充分にわかる。私なりに、こういう問いに対する答えは用意してある。でもきちんと答えようとすると、かなり長い、かつ堅い話にならざるをえなくて、何もお酒飲んでるときにそんな議論しなくても、と思ってしまう。
 こないだも、中堅会社の中堅サラリーマン2人組にこういう質問を受けたので、彼らのいうことに耳を傾けながら、それに対して、場が白けない程度に真摯にかつ手短に答えようと、自分なりに考えて言葉を選んで、さあ答えようとしたら、そのサラリーマン2人組、「それで〇課の誰々ちゃんが・・」と別の話題に移ってしまっていた。真剣に話す気がないならそんな話振るなよ、と思ってしまった。
3.説教される

 でも、上記1および2ならまだマシとも言い得る。さらにひどくなると、説教されることもある。
 たとえば、店のマスターや女将の中には、私のことを「先生」と呼んでくれる人もいる(ホントはイヤなんだけど、店にも店なりの礼儀のつくし方というものがあるのだろうから、やめてくれとも言いにくい)。で、店に行くと、「先生いらっしゃい」と声をかけられることがある。
 ある客がそういう光景を見ていて、「わしも若いころは君みたいにもてはやされていい気になってたけどなあ、それじゃあいかんのやぞ」と説教されたことがある。いや、もてはやされてるかどうかは私の関知するところじゃないけど、私別にいい気になってませんやん、そもそも初対面ですやん、と思った。
 それから、私のことを、こちら弁護士さんです、と紹介されたある人が、開口一番「私は弁護士なんて屁とも思ってないんや」と私に言った、なんてこともありました。いや別に何もいきなりそんな喧嘩腰にならなくても。
 こういう客というのは、何とも困るものだ。若造の弁護士をやり込めてやった、という顔でいられるのも癪だし、かといって言い返すのも大人気ないし・・・。

 もっとも、こんな彼らの気持ちもわからないではない。たとえば新地のクラブでおじさんが1人でホステスのお姉さん6人に囲まれて飲んでたとする。そこに僕が客として行く。ホステスのお姉さんは「あーら先生いらっしゃーい」と、そろって猫なで声を出す。で、お姉さん6人のうち3人は私のほうに来る。客への対応として当然のことなのだが、おじさんとしてはお姉さんが半減して面白くない。で、その新しい客が私のような若造だともっと面白くない。で、その若造が、眉目秀麗で、お洒落で、スマートだったりしたらなおのこと面白くない。で、自分の周りに座ってるお姉さんよりも、私の周りに座ってるお姉さんたちのほうが楽しそうに目を輝かせていたりしたら、 さらに一層面白くない。それで、やっかみ半分で先みたいな言葉が出るのかも知れない。
 そんな彼らの心情も察した上で、私は酒場における弁護士としての哀しみを、グラスのウイスキーと共に今夜も飲み干してゆこうと思う。
・・・なんだかグチっぽくなってしまいました?
      でも僕はこういう出来事も含めて、酒場が好きだし、
               酒場における人との出会いというものが好きです。


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