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今年の8月もまた、真夏日が連続している。
ここしばらく飛垣の事務所に身を寄せていた佐藤修習生は、大阪での実地研修を終えて、埼玉・和光の司法研修所に戻っていた。
彼がいる間、よく一緒に行動していた令子は、やや手持ちぶさたな様子でこのところの日々を過ごしているようだ。
その日は飛垣の事務所に、光藤景子・章の母子が来ていた。
先月行われた章少年の審判の結果は「保護観察処分」で、少年院には行かなくて済んだが、月に1回、保護司のもとに通うこととなっている。
「まだ、グループの子たちからの連絡があるようなんです」
母の景子が言う。
「え、でも、グループの主だった少年たちは少年院に行ったんでしょ?」
「今回の件で逮捕されなかった子がまだいるんですよ。『裏のボス』みたいな子が」
「章君は、そういうのに付き合わないようにしてるかい?」
飛垣は母親の隣りに座る少年に話しを振った。
「最近でも、付きまとわれてるみたいなんだ」
「そういう連中との付き合いはやめる。先月の少年審判のとき、そう言っただろ?」
「うん、でも…」
章は何とも、心もとない様子であった。
似たようなケースを、飛垣はいくらでも見てきた。他人から見れば「足を洗えばすむだけ」と感じる問題でも、渦中にいる当人にすれば、そこから抜け出すにはかなりのエネルギーを要する。
裁判官の前では神妙に反省してみせても、少年たちには少年たちなりの規範とコミュニティがあり、それは大人の意識の及ばないところで、彼らに絡みついてしまっているのだ。
「章君、付きまとわれているって、どういうふうにだい?」
「うん、今日、ここに向かってる途中にも…」
「え…?」
飛垣に悪い予感が走った、そのとき、事務所の扉が開いた。
彼が応接室から出てみると、入ってきたのは少年が5人。先々月に事務所にやってきて追い返した少年が4人と、その中心に金髪の少年。顔つきにあどけなさを残しながらも、一回り大柄な体格の男子である。
「何なの君たち!」
令子が立ちあがって彼らを睨んでいる。
夏恵も彼らを追い返そうとしつつ、あくまで冷静に対応を始めた。
「アポのない方は、受け付けしていませんから…」
そう言って彼らを制しようとした彼女の肩を、その大柄な少年が乱暴に払いのけ、夏恵が床にくずおれた。飛垣の顔が凍りつく。
「おいお前ら…」
応接室から出てきた章が、明らかに狼狽している。
「あ、田宮君…」
「おい章、保護司とか弁護士とか、もうほっとけや。俺らとつるんでたらええねん」
夏恵が機転を利かせて、先々月と同様に受話器を取った。飛垣がそれを止める。
「警察に連絡する振りはもういいよ、夏恵ちゃん」
飛垣がその田宮と呼ばれた少年に向き直った。
「お前ら何のつもりだ。章君にまたちょっかいかけるつもりか」
「もう少年審判は終わったんやろ。弁護士さんこそ関係ないわ。そやろ、章」
飛垣が章を見つめた。
「僕、どうしていいんだか…」
「章君!」
飛垣が章の肩に手を置く。
「俺らのところに戻って来い、章!」
しばしの沈黙。そして章が口を開いた。
「うん…、やっぱり僕、田宮君たちと一緒にいたほうが楽しいし…」
飛垣は目の前が暗くなるのを感じた。
先月、監禁されていた夏恵を助け出して、遅刻ぎりぎりになって彼の待つ家裁の少年審判廷に駆けつけた。章は不良連中との関係を断ち切ることを誓い、飛垣は彼の更生を信じて弁護した。
それから1か月も経たない今日、彼は元の仲間グループに戻りたいと言いだしている。
「このバカ野郎っ!」飛垣は章の肩に置いていた手を突き放して怒鳴っていた。
「こんな連中とつるんでいて、それがカッコいいと思ってるのか!
かつて君たちのやったことは何だ、『親父狩り』? あれは立派な集団強盗だ!
君は今一歩、留まることができた。君の仲間は少年院に行ったが、きっと真面目になって帰ってくるだろう。
しかし、今、君の目の前にいる連中は何だ? たまたま今回逮捕されなかったのをいいことに、のうのうとして君の足をさらに引っ張ろうとしてる。
こんなヤツらと一緒にいて、また同じことをやりたいのか! 次はもう俺は君を弁護しないぞ。救いのないところまで行ってしまうつもりなのか!」
景子が章を後ろから抱きしめた。章は身動きしなかった。
「弁護士さん、それはひどい言い方やなあ」
田宮が章に歩み寄ろうとする。飛垣が割って入る。
「おい、これ以上近づくな」
「近づいたらどうするの?」
「俺は弁護士だ。君の理解を求める。君に手出しをするつもりはないが…」
説得的な口調になった飛垣を見て図に乗ったのか、田宮は飛垣の言葉の終わらぬうちから、さらに近づいてきた。その飛垣と田宮の距離が1メートル以内に迫った、その一瞬のことであった。
飛垣の右脚が宙に舞い、そのつま先が田宮のみぞおちを突いて、もとの場所に戻っていた。
「ぐっ…! こいつ!」
田宮はうずくまった。
「話は最後まで聞け。手出しはしないけど足は出すかも知れないから、冷静になれって言おうとしたんだ」
素人なりに拳法を学んできただけでなく、何度かの「実戦」経験を経て、飛垣にはチンピラ少年の及ばぬ凄みが備わりはじめていたようであった。
田宮はさすがに、彼我の力の差がわかるのか、いたずらにそれ以上の虚勢を張ろうとしない。ようやく立ち上がると、他の4人の少年たちを振り返った。
「おい、お前ら帰るぞ」
事務所には光藤母子が残された。
「飛垣先生、僕、目が覚めました。大丈夫です。あの子たちとは手を切ります。保護司さんのところにちゃんと通います」
母の景子が再び、息子を強く抱きしめた。
来客が帰ってから、飛垣は一気に疲れを感じて、自分の椅子に沈むように座り込んだ。
夏恵が冷たい麦茶を差し出す。
「夏恵ちゃん。さっきは大丈夫だった?」
「ええ、何ともないですよ。でも飛垣先生、少年に対して暴力はどうかしらね。弁護士のくせに、最近、いつも最後はケンカしてるじゃない」
「ああ、気はつけているつもりだよ。でも、君に手を出したヤツが許せなかったんだ」
夏恵に向かって抜けぬけとそう言い放つ飛垣を、令子は事務所の片隅で目をむいて見ているのであった。
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続く ...
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