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連載小説「熱弁飛龍」

連載小説 [熱弁飛龍]
■【熱弁飛龍 大団円・青雲の轍】 その4


6月に入ってもカラリと暑い日が続き、今年は空梅雨かも知れないと思わせていた。

今日の相談客は、今年の春先から飛垣のもとに訪れていた、40半ばの母親・光藤景子(みつどう けいこ)と、その息子の高校生、15歳の章(あきら)である。
今年の3月ころから続いていた少年たちの集団窃盗・強盗事件の捜査もほぼ終了し、いよいよ章の少年審判の日が近づいてきている。
飛垣はこの日の打合せに、先月から彼の事務所に居座っている司法修習生・佐藤を立ち会わせた。

この佐藤修習生はインターネット上で飛垣の評判を聞いたと言って押しかけてきた。そういえばこの光藤親子も最初、飛垣の熱弁ぶりを評判で聞いて相談に来たと言っていたのだが、それもインターネットの影響であろうか。

「審判に向けて心配なことがあるんですが、先生」
応接室で母親の景子は飛垣に打ち明けた。
「グループの仲間で逮捕されていない子たちが、今でも章に声をかけてくるんですよ」
「そういう仲間とは、この際キッパリ縁を切らないと、情状が悪くなりますよ」
「うちの家にまでやってくるんです」
「決して取り合わないでください。家に上がりこんでくるようなことがあれば、場合によっては警察に連絡する。毅然とした態度が必要です」

ちょうどそういった話をしているときに、事務所の扉が開いた。依頼者とは思えない、10代の少年が4人、そこに立っていた。
「あら、何でしょうか」
事務用のスペースにいた令子が顔をあげた。一緒にいた夏恵は嫌な予感を感じて、とっさに電話の受話器に手を伸ばした。
「章くんが来てますよねえ」
少年たちの声を聞いて、壁を隔てた応接室にいた章少年はアッと声をあげた。「仲間」が迎えにきたのだ。
佐藤はとっさに立ち上がり、応接から出て少年を制止しようとした。
「おい、お前ら…」
彼はとっさに令子たちのそばへ寄って立ちはだかった。飛垣以上に若くて血気もある佐藤であるが、司法修習生の身分でこの事件に立ち入るわけにもいかず、拳を握って少年たちを睨んでいる。

飛垣が悠然と応接室から出てきた。
「章くんはうちの依頼者だ。君らには会わせない。帰りなさい」
「少しでも話をさせろや」
少年は事務所の中へ踏み込み、応接室へ乱入しようとする。
佐藤は飛垣のほうを見ると、彼は夏恵に手で何やら合図を送っており、それを受けて彼女が電話を取り上げた。
「もしもし、心斎橋の飛垣法律事務所です」
少年たちがギョッとした目を夏恵に向ける。
「はい、4人なんです。至急来てください、お願いします」
夏恵が取り澄ました顔で受話器を置いた。
「君らも知ってるだろうけど、ここは南署がすぐ近くなんだ。すぐにやってくるよ」
夏恵は受話器に向かって話を続けている。
「何かあったらすぐに『ポリ』を呼ぶんか」
少年たちは毒づきながら事務所から出ていった。

「帰りは気をつけてくださいね」
飛垣との打合せが終わって光藤母子は事務所をあとにした。
入れ替わりに、岡持ちを持った男性が一人、入ってきた。
「毎度ありがとうございます。天津飯を4人前でしたよね」
中華の出前であった。
「じゃ、みんなで昼ごはんにしよう」
飛垣は快活に言う。
「先生、今の夏恵さんの電話って…?」
佐藤は目を見開いていた。
「ああ、これだよ。あの程度のことで警察に電話するのも気がひけてね」
佐藤は、飛垣の度胸と、それを受けた夏恵の機転に感心していた。

お昼どきを過ぎて、また事務所の電話がやかましく鳴りはじめた。
夏恵は、渥美の一件があって以来、ここ数か月間は電話に神経質になっているのだが、その彼女が久々に電話口で明るい声をあげた。
「あら、お久しぶりですね! どうしていらっしゃったんですか? 飛垣ですね、はい、ただ今代わります」
飛垣が顔をあげて夏恵を見た。
「飛垣先生、久しぶりにあのお友達の方ですよ。ホンコン・ジョーさん!」
ホンコン・ジョー。かつて飛垣がこの心斎橋で事務所を開いてほどないころ、中国のマフィアが絡む事件に巻き込まれたことがあった。そのときいわば生死を共にして闘った「仲間」であるが、自身は中国からやってきた「殺し屋」であると自称している。

「久しぶりだな、シャンハイ…いやホンコン・ジョー。中国からか?」
「いや、今、山口の湯田温泉に来ている」
「は、日本? 温泉? 何でそんなところにいるんだ」
ホンコン・ジョーの説明によると、上海の日本料理レストランで「マグロ解体ショー」が流行りだした。ホンコン・ジョーはある時そのずば抜けた身体能力によって素手でマグロを解体してみせたら、上海で評判になり、最近は「逆輸入」で日本にも来ているらしい。
「マグロをさばくのは殺し屋稼業よりは楽だしな。稼ぎも悪くない。ところでお前のほうはどうだ」
「ああ、かつてはヒマだったが、最近何だか依頼も増えているよ。何だか、今やインターネット上でも、俺の弁護は一流だと評判は流れているらしいぜ」
ホンコン・ジョーに対して、彼は見栄もあってやや誇張して答えた。それに対してホンコン・ジョーは意外な反応をした。
「ハハハ、そうか、なるほど。そんなに効果があったのか」
「効果? 何のことだ、ホンコン・ジョー」
「前の大阪滞在中は貴様に世話になったからな。日本の掲示板サイトのいくつかにアクセスして、お前の名前と、いい弁護士だって書き込んでやったのさ」
「お、お前だったのか…」
飛垣は受話器を持ったまま、言葉を失っていた。
「おい、何だ、そんなに感激されるほどのことじゃないぜ」
「いやそうじゃない、国際的な殺し屋のわりに、やることの規模が小さいなあと思っただけだ」
「……」
今度はホンコン・ジョーが言葉を失ったが、しばしの沈黙のあと気を取り直した彼が言った。
「そんなことより本題だ。お前に重要な連絡がある。動揺せずに聞ける自信があるなら、話を続ける」
「何だ。言え」
「お前の事務所に夏恵とかいう女性秘書がいたな。最近、彼女を狙っている男性がいるだろう」
「なぜそれを知ってる」
「俺の知ってる中国の『裏サイト』にアクセスがあった。そいつはカネで夏恵を拉致してくれる実行犯を探しているらしいぞ。気をつけろ」

事態はそこまで進行していたのか。飛垣は受話器を握ったまま体が硬直するのを感じた。
続く ...







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