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連載小説「熱弁飛龍」

連載小説 [熱弁飛龍]
■【熱弁飛龍 大団円・青雲の轍】 その1


数年ぶりの寒かった冬も、3月に入って少しは和らいできたようで、心斎橋界隈にはコートを着ずに歩く人の姿も増えてきた。
飛垣の事務所も開業以来2年を迎えようとしている。少しずつ依頼も増えてきて、新規開業からずっと厳しかった事務所の財政も、徐々に好転しつつあった。

その日の最初の相談客は、少年を連れた母親であった。
「どんな小さな事件でも、熱弁を振るって弁護してくれるって、知人の知人から評判を聞きましてねえ」
どこからそんな噂を聞いたのか。飛垣よりは15歳は年長であろう、40歳なかばの母親が言うのを、飛垣は気恥ずかしい思いで聞いている。
その横で座っている少年は15歳。ニキビ面の気弱そうな少年であるが、彼がやったのは集団での窃盗・強盗事件である。

彼を含む10数名の少年グループが、3・4名の「小部隊」に分かれ、大阪市内でひったくりや「親父狩り」を繰り返していた件で、一斉に検挙された。
グループの主犯格となった少年たちは強盗致傷容疑で少年鑑別所に送られたが、彼が所属していた「部隊」はせいぜい万引き程度しかしておらず、鑑別所に行くことは免れて「在宅」のまま家庭裁判所の少年審判を待つ身となった。

弁護士4年目を迎えた飛垣だ。少年事件なら何度か手がけている。
しかも、在宅扱いであれば、心斎橋の事務所から堺市の少年鑑別所までたびたび面会に行く手間もない。飛垣は少年の弁護を引き受けることにした。

午後は来客予定がなく、飛垣は翌日締切りの書面作成に集中する予定であったところに、事務所に訪ねてきた人があった。
入り口近くのデスクにいた夏恵が「あっ」と声をあげたような気がしたので、飛垣は奥から顔を上げてみたが、知っている相手ではない。
「アポなしですみません、法律相談をお願いしたいのですが」
30歳後半ころと思われる、無精ひげのはえたさえない男性であった。
「はあ、そ、そうですか…」
夏恵がとまどっている。

これまで、アポなしでの法律相談は何度かあった。
飛垣もたいていヒマな身だったので、事務所にいる限りはそれを受けてきたし、飛垣の不在時や手が離せないようなときであれば、夏恵がうまくさばいていた。
しかし今回の客に対しては、なぜか夏恵はぎこちない。理由はわからないが、動揺している様子だけは、鈍感な飛垣にも見て取れた。
「相談室に入れてくれて構わないよ」
飛垣は言う。

相談室に通されたその男は、相談者シートに「渥美洋行 38歳」と記入した。住所は「京都市中京区」とある。
相談内容は、単純な男女関係である。婚約を破棄されたという。
「僕はその彼女を愛していたのですが、どうも最近冷たいのです。結婚してくれるんでしょ、と問い詰めたら、そんなことを言った覚えはないと言われて…」
「ああそうですか。で、結婚の約束はあったんですか?」
「はい、僕はそう信じてます」
飛垣は首をひねった。
「いや、あなたが信じるだけじゃ婚約は成立しないですから。結婚しようという合意は、いつ行われたんでしょうか」
「明確にいつ、と言われても困るんですけど。僕はそう信じていましたから…」
要領を得ない相手である。
「婚約が成立していたのかどうか、そもそもその点が問題になると思いますよ。今後のことは、まずは相手ときっちり話し合ってください」
飛び入りの相談によくある、単なる感情のもつれを持ちこんできただけのもので、事件にはならなさそうだなと飛垣は思った。
彼はその客の去り際に尋ねてみた。
「ところで、京都からウチにまで来てくれたのは、何か理由があったのですか」
「ああ、いえ、まあ特に深い意味は…」

相談を終えると、夏恵が飛垣に心配そうな顔で尋ねた。
「あの、どんな内容だったのですか」
普段、事務所で扱っている事件については、常にあつかましく口を差し挟む令子とは違って、夏恵が尋ねてくることはほとんどない。自ら相談内容を尋ねてくるとは珍しいことであった。
「どうってことない、単純な男女関係の相談だったけど」
夏恵の心配そうな表情を見て、飛垣は尋ねた。
「そういえば、何か気まずそうにしてたね。生理的にああいうタイプは嫌いとか?」
「うん…」
夏恵は答えにくそうな顔をしていたが、意を決したかのように飛垣を見据えて、言った。
「あの人、私が以前、『京都三条』にいたときから相談に来ていた人なの。私、過去にあの人に付きまとわれたことがあるのよ」

夏恵は以前、京都隋一の法律事務所である「京都三条法律事務所」に勤めていた。それを京都で「イソ弁」をしていたころの飛垣がヘッドハンティングしてきた経緯がある。
今日現れた渥美という男は、夏恵を追いかけてわざわざ飛垣の事務所まで相談にやってきたのか?
飛垣は夏恵の不安げな顔を見ながら、これまで抱えたことのない厄介な問題に直面することになったかも知れないと思った。
続く ...







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