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連載小説「熱弁飛龍」

連載小説 [熱弁飛龍]
■【熱弁飛龍 血涙法廷】 その8


12月、色づいていた御堂筋の銀杏も枯れ果てて、そのあとの街なかの風景をクリスマスのイルミネーションが飾っていた。
飛垣はこの日もまた、和歌山まで来ていた。串本は大阪市内よりは2度ほど暖かかった。

彼は、執行猶予の身となった梅野梢と共に、串本市内の海が見える霊園へ、富井優の墓参りに来たのだ。その傍らには、富井優の両親がいた。
「息子が迷惑をかけましたねえ。これからは、どうか強く生きていってください」
富井の父親が言った。両親とも、梅野に対する何の恨みも持っていないようであった。「加害者」の梅野が被害者の親から逆に励まされ、彼女は涙ぐんでいた。
そして両親が帰った後も、墓前にたたずむ梅野を、飛垣は見守っていた。
「飛垣先生、ごめんなさい。すべては私のいっときの感情のせいで、色んな人に災いを呼んでしまっていました。こんな私が生きていてはいけないんだって、手首を切ったりしたんですけど、ほんと、私ってバカでしたよね」
「い、いや、そんなことは……」
「いえ、いいんですよ。こんなつまらない私でも、法廷で全力を尽くして、あれだけ熱弁を振るって弁護してくれた、そんな飛垣先生に、救われた気がします」

今回の刑事事件、飛垣にとっては弁護も何もあったものではなかった。事件の全容がつかめぬままに、法廷で右往左往していただけのことなのだ。
「まあ、寛大な判決が出たのは、私の力じゃなくって、亡くなった富井さんと、そのご両親の優しさのゆえですよ。さて、日も沈んで寒くなりそうだから、大阪へ帰りましょうか」

いよいよ年の瀬も迫ったある日。
飛垣は、大阪・難波の消費者金融「スマイルクレジット」の本社にて、大阪地裁の執行官と共に、差押え手続に立ち会うことになった。
堀木文江の依頼で行っていた債務整理の案件である。「過払い金」の返還を求めた裁判は飛垣の勝訴に終わったが、それでもなお、この会社は返金に応じてこない。そこで飛垣は勝訴判決に基づいて、その本社にある動産一式の差押えにかかったのだ。
消費者金融の本社といっても、難波の街はずれにあるうらぶれた賃貸ビルの一室である。差し押さえるものといっても、パソコンやコピー機程度しかない。競売にかけても二束三文のものであろうが、相手にインパクトを与えるには充分であった。

「な、何なんだ、あんたら」
「スマイルクレジット」の店番を任されていた中年の男性店長はうろたえていた。
「裁判所の命に基づいて、あんたらの会社の財産を押さえにきたんですよ。利息制限法を越える利息分については、どこの会社も返金してくれたんですが、あなたのところだけはそれを拒んだので、やむなく差押えに来ました」
「ま、待て。判決どおりに払おうやないか。本社が差押えを受けたとなったら、ワシら業界の物笑いや」
「じゃ、早く判決で認められたお金を、ウチの口座に振り込んでくれないか。ああそれと、支払いが遅れた分の利息もつけてね。そうしたら差押えを取り下げてやるよ」
飛垣が平然と言い放ったのを聞いて、中年店長は歯を食いしばっている。
「こ…、こんなつまらん事件で、差押えまでかけるんか…。あんたら弁護士って、俺ら以上に、えげつないことするんやのお…」
飛垣は涼やかな顔で中年店長を見返して、胸をそらした。
「そうだ。どんなつまらない事件でも、俺は全力を尽くす。あんたらが善良な市民の上前をハネてる中から、さらに上前をハネるのが俺らの仕事さ。ま、あんたらのやってることは『グレーゾーン』だが、俺らのやってることは真っ白、完全に合法だ。ざまあみろ」
飛垣は言い置いて、執行官とともに金融会社をあとにした。

「今回も無茶しましたよねえ。鼻は大丈夫なんですか」
梅野の事件は検察側の控訴もなく、執行猶予判決が確定した。事務所内で梅野梢のファイルを片付けながら、夏恵が飛垣に言う。先月、穂積と相対したときに殴られた鼻のことを気遣っているのだ。
「でも、あのときの飛垣先生はちょっとだけカッコよかったですよ。梅野さんが穂積さんに引っぱたかれて、それで怒って立ち上がって」
「そんなカッコいいもんじゃないよ。頭に血がのぼってて、よく覚えてないけどね。しかしまあ、この事件は結局、梅野と穂積に振り回されただけだったね。思い込みの激しい女性と、独占欲の強すぎる男性の痴話ゲンカに巻き込まれたみたいなもんさ。それにしても、どうして女性がハンドバッグの中に剃刀なんて持っているんだ?」
事件が終結して気楽になった飛垣が冗舌に話している。
「女性にはねえ、まゆ毛を整えるとか、いろいろ必要があるのよ」令子が割って入ってきた。「常に武器を携行しているってことだから、女性には気をつけてくださいね、先生」

梅野梢から事務所に手紙が届いた。彼女は今回の騒動がもとで、勤務先の監査法人を退職し、個人の小さな会計事務所で勤務することに決まったとあった。
今回の件の発端となった穂積も、監査法人を退職したらしい。そして、故郷の淡路島へ帰って、自分の会計事務所を開き、さらに自分の拳法道場を開くという夢に向けて動き出したという噂を、同じ「空心少林拳」の門下生から聞いた。
先月、本気で殴りあった相手だが、彼に対する恨みはない。互いに腕を磨いていけば、いつかまた、どこかで手合わせをすることもあるだろう。飛垣はその日のことを思って、若き同門の武道家に心の中でエールを送った。

かくて、飛垣法律事務所の一年も終わろうとしている。
年内最後の法廷を終えた飛垣は、事務所の番を夏恵と令子に任せて、本町の本部道場へ寄り道した。
「やあ、最近なかなか気合が入ってるなあ、飛垣。お前のライバルは淡路島に引っ込んだというのに」
この間の事情を知らない師範代が冷やかし気味に言った。
もはや勝ち負けは関係ない。一連の事件が終了して、今はとにかくこうして突いて蹴って、汗を流しているのが心地よかった。
街じゅうでクリスマスソングが流れていた。
その片すみで、飛垣のかけ声がいつも以上に高らかに響いていた。







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