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連載小説「熱弁飛龍」

連載小説 [熱弁飛龍]
■【熱弁飛龍 威振八方】 その5


正月が明けて、飛垣の事務所でも仕事はじめの日である。
新年早々から飛び込んでくる依頼もなかろうと、飛垣は昼過ぎから自分のデスクで日本酒をちびちび飲み始めている。そこに事務所の扉が開いた。居たのはあの男だ。
「あ、おまえは…ナンキン・ジョー!」
「ホンコン・ジョーだ。いい加減おぼえろ」
「ああ、その、ホンコン・ジョー。早々から何の用だ」
彼が事務所に来るのもこれで3度目である。ずかずかと入り込んできて、飛垣に顔を寄せて尋ねる。
「例の『組織』のことさ。『食い逃げの孟』のヤツが組織を抜けて追われてるとか言っていたろう。そこに用事がある」
「そんなの俺に聞いてどうする?」
「俺はヤツのことを、組織のカネを横領した悪人だと聞かされ、殺すように依頼された。だが調べてみるとそんな事実はないようだ。理由は知らんが、この俺を騙して利用しようとした組織の連中とは、それなりに話のつけ方ってもんがある」
「だから、それと俺とが、どう関係ある?」
「そこだ。その組織のアジトが、この辺りにあるらしい。お前ならわかるんじゃないかと思ってな。場所は、西心斎橋の日朋(にっぽう)ビルと言う」
「何か、聞いたことあるなあ。夏恵ちゃん、知ってる?」
「ああ、ほら、例の清宮専務さんの。飛翔産業が入ってるのが、同じ名前のビルじゃなかったかな。ファイルを出してみるね」

ホンコン・ジョーは事務所の奥でお茶をたてている令子を一瞥した。
「ところでお前のところ、秘書を一人増やしたのか?」
「あの子はねぇ、」と夏恵がファイルを調べながら冷やかすように言う。「飛垣先生を追いかけて京都からやってきたんですよ、ホンコン・ジョーさん」
「はははは。『妻妾同居』か。大したものだな、飛垣」
「バ、バカを言うな!」
飛垣は一瞬色をなしたが、同時に、中国人の割には古い日本語を知っているなと感心もした。そこに令子がお茶を持ってやってくる。
「まあまあ、立ち話も何ですから、どうぞかけてください。お茶を入れましたよ、ピョンヤン・ジョーさん」
「ホンコン・ジョーだ! お前らわざと間違ってるだろ!」
「あ、すみません、」怒鳴られても令子は平然としている。「あの、ところで、『さいしょうどうきょ』って何のことですか?」
飛垣は眉をしかめてため息をついた。
「令子ちゃんは、知らなくていいよ…」

夏恵がファイルから飛翔産業の登記簿謄本を取り出す。
「えーと、本社所在地は、中央区西心斎橋、日朋ビル5階」
ホンコン・ジョーが胸のポケットからメモを取り出す。
「何? 俺の探してる組織の本部も、日朋ビル5階だぞ」

飛翔産業の登記簿を横から覗いていた令子が、あらと声をあげた。
「先月、手形詐欺か何かの相談で、キレイな女の人が来てたでしょ。飛垣先生がデレデレしてた人」
「デレデレは余計だ」
「あの手形に、飛翔産業の社長さんの名前が書いてあったわ」
「え、何だって?」
先月、辻村美和という美しい女性が相談に来ていた事件を思い出した。そのとき飛垣がファイリングした手形のコピーを令子が持ち出す。
その手形の振出人は「株式会社安心荘 斉藤シズオ」とある。
そして、飛翔産業の登記簿にも、役員名として「代表取締役 斉藤シズオ」と記載されている。
「カタカナの名前で珍しいから、覚えてたんですよ」
令子は得意げにいう。

「どういうことなんだ…?」
飛垣もホンコン・ジョーも、首を傾げていた。
ホンコン・ジョーが中国マフィアの組織の本拠地として聞いた住所と、飛垣の友人の清宮が勤める商社の住所が一致している。
その商社の社長の名前は、「斉藤シズオ」であり、先月全く別件の相談で来ていた辻村美和の父が被害にあった、手形詐欺の張本人・安心荘の社長と同一の名前である。

黙って考え込んでいるとき、事務所の扉がけたたましく開いた。
「あ、芦部さんの奥さんだ」
夏恵が言う。離婚調停の依頼者、芦部喜代であった。顔が不満げである。このところ夫との離婚調停がうまく進んでいないことに文句を言いにきたようだ。
「先日の調停案、何なんですか、慰謝料が200万円? 1000万円は取ってもらわないと! もっと強気に出てくださいよ、先生」
飛垣は取り込み中だ。夏恵が事務所入り口まで出て、なだめにかかる。
ホンコン・ジョーもしばし考え込んでいたが、背後で大声をあげ続ける芦部喜代に振り向くと、大またで歩み寄っていった。
「あっ、おい、何を…」
飛垣が制止する暇もなく、ホンコン・ジョーの人差し指と中指が芦部喜代の後頭部を突いた。倒れこむ喜代。
「こいつ、また手を出したな!」
「癇癪がおさまるツボを突いただけだ。すぐ息を吹き返すさ。とにかく俺はこの件、少し調べてみるとしよう。とにかくその飛翔産業とかいう会社には、充分注意することだな」


次の日、飛翔産業の清宮専務が相談に訪れた。飛垣は昨日の話をふせて、平静を装って事務所に招き入れた。彼の表情が暗い。
「何か、辛そうな顔してるな。今日はどんな相談なんだ?」
「飛垣、ウチもいよいよダメそうだ。破産手続を取りたい。代理人になってくれないか」
続く ...







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