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12月に入り、心斎橋筋商店街はクリスマス色にあふれている。
そこからほど近い飛垣の事務所。御池令子は、先月ここに押しかけてきて以来、事務員として居つくようになっている。
当初彼女は「先輩」にあたる夏恵に対抗意識を燃やし、お茶のくみ方からファックス送信案内文の書き方まで、こと細かにケチをつけようとした。飛垣の秘書であった期間は自分のほうが長いのだという自負が令子にはある。
もっとも、そのあたりは年上の夏恵がうまく流して、ほどなく、2人は仲良く机を並べるようになった。
今月最初の相談客、辻村美和(つじむら みわ)は、飛垣と同じ年のころの、美しい女性であった。飛び込みで相談に入ってきた彼女に飛垣がどぎまぎしているのを見て、夏恵と令子は顔を見合わせて笑っている。
「手形が不渡りだったのです。父の経営する会社が、商品代として取引先から受け取ったのですが」
「その取引先の会社はどうなってるんですか」
「こないだの10月に倒産したんです。その会社に行ってみたら、破産手続きを開始するって、弁護士の名前で貼り紙があったんで問い合わせたのですけど、社長が行方をくらまして何もわからないって」
手形詐欺かも知れない。いずれにせよ、社長も行方不明、会社の資産もないとなれば、どうしようもない。
「債権回収は現実的には不可能でしょう。手形のコピーだけ、預っておきましょうか」
「何だかあの人、かわいそう」
失望した表情で帰っていったその女性・辻村を見て、令子が口を挟んできた。
「どうしようもないよ。とりあえずこのコピー、相談ファイルに綴じといて」
手形のコピーを預ったところで仕方がないとは思いつつ、飛垣は「いちおう検討してみましょう」というポーズをしてみせただけなのだ。来客簿には「相談のみにて終了」と所見を書いた。
しばらくぶりに、飛垣の友人、飛翔産業株式会社の専務・清宮一朗が訪れた。彼の会社は先月飛垣と顧問契約を結んでおりながら、未だに顧問料を払っていない。
「今、会社のほうも財政的に大変でね。俺も社長も、この会社を国際的な商社にできるようにがんばってるところだ。いましばらく待って欲しい」
「ああ、お金は気にしなくていいから、何かあったら気軽に相談に来てくれ」
とは言いつつ、顧問であるはずの飛垣も、飛翔産業が具体的にどのようなことをしている会社なのかあまり知らない。清宮のことを心の中で応援しつつも、どこか地に足のついていないような危なっかしさを感じてもいる。
「どこの会社も、たいへんみたいですね」
令子がまた、口を挟んでくる。よく口出しするのは京都時代からの癖である。
「うちの事務所だって大変なんだよ。事務員を2名も抱えてね」
年末が近かった。金曜の夜であるが飛垣は男友達と一緒にいる。友人の弁護士・真野と一緒に、バー「オールド・コート」のカウンターに座っていたのであった。
「えーと、こないだの、なんとかバーガーを」
「ハーベイウォールバンガーだ、飛垣。それを二つ」
「真野、クリスマスはどうしてる?」
「一緒に過ごしたい女性がいる。実は、ハーベイウォールバンガーってのはその人が好きなカクテルでな。いやまあ、そんなことよりお前は?」
「うん、微妙なところだなあ…」
飛垣は当然、クリスマスは夏恵と夕食に行くつもりであった。そこに令子が乗り込んできたため、おかしな状況になってきた。
そもそも、夏恵や令子は自分をどう思っているのだろう。京都にいたころは夏恵はガールフレンドであったが、今は仕事上のパートナーであり、ビジネスライクな関係になってしまった部分がある。令子に対しては、かつてのボスである御池弁護士の孫であるということ以上の感情を持っていなかったが、京都から大阪まで追いかけてきた彼女の心情を思うと、いささかの愛おしさを感じなくもない。
「今日はお静かですね、お疲れですか?」
男二人の微妙な沈黙を見て、オールド・コートのマスターが声をかけてきた。互いを見合わせて苦笑いする飛垣と真野。
翌日の土曜、事務所は休日である。飛垣は谷町にあるという「空心少林拳 本部道場」を探していた。手には、京都の道場で初段を取ったとき渡された紹介状を持っている。
書かれた住所を訪ねてみると、官庁街のビルの狭間に、せいぜい15坪ほどのあばら屋があった。
「これが本部道場なのか?」
あばら屋の前で、小柄な老人がホウキで道を掃いている。使用人かと思って声をかける。
「あの、京都道場で初段の飛垣といいます、宗家師範はおられますか」
「わしじゃが」
この爺さんが? 飛垣の表情に怪訝な色が浮かんでいたであろう。次の瞬間、飛垣の目の前にその老人の拳が止まっているのに気づいた。拳法の有段者としてそれなりの訓練を積んできたつもりであったが、老人が一歩踏み込んで拳を突いてきた瞬間のことが全く目に留まらなかったのだ。
「う…」
飛垣はそれしか声が出ない。
「京都道場も最近甘くなっとるのう。技を学びたければ教えてやるから通いなさい」
「……。今後ご指導いただけますよう、よろしくお願いします」
飛垣は硬直したまま、ビルの谷間に流れる風の音を聞いていた。
クリスマスの夜がきた。
普段は午後6時をすぎると夏恵も令子も帰宅するのだが、その日は夜7時を過ぎても、何をするでもなく残って、互いの様子を伺っている。時に飛垣とも目が合うが、彼はパソコンのディスプレイにすぐ視線を落とす。
飛垣の携帯電話が鳴った。真野からである。
「いま一人で飲んでるんだ、お前も来ないか」
「あれ? 女の子には振られたのか。ちょうどよかった、行くよ、3人で行く」
飛垣は立ち上がって明るく言った。
「さあ、みんなで忘年会をしよう。男前の弁護士を一人、紹介するよ」
かくて、クリスマスの夜は、宗右衛門町の居酒屋で男女4名の唐突な忘年会となった。
「無事、年を越せそうでよかったな、みんな。なあ?」
意中の女性と過ごせずに意気消沈している真野。この集まりの趣旨がよくわからずに時折り目を合わせている夏恵と令子。彼らを前に飛垣は一人カラ元気をみせるのであった。
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続く ...
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