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京一精機工場での生江氏死亡事故に関し、社内の事故調査委員会による報告会が行われることとなった。
「会社側は6月△日の午後2時と指定してきたんだが、飛垣君、日程は大丈夫かね」
御池が尋ねる。飛垣は少し気がかりだった。同じ日の午後4時、大阪で友人・花井のわいせつ物販売罪の刑事裁判が開かれるのだ。
「ええ、その後に大阪で一件、裁判があるのですが、おそらくだいじょうぶでしょう。出席します。御池先生はどうされますか」
「ま、キミに任せるさ」
報告会は6月△日、木屋町三条の京一精機本社・大会議室にて開催された。
出席者は、原告側が、生江淑子と飛垣。被告・会社側は、常務3名と、白鳥と、その後任の主任弁護士、そして所長の五鬼上もいる。地元新聞紙の記者も3名同席していた。労働組合代表として、曽根もいる。
「生江氏の死亡事故の原因は、鉄製の部材を運ぶクレーンの運搬に際して、生江氏の単純な操作ミスがあり・・」
常務から延々と説明が続いた。要するに、個人のミスであって会社に責任はないとのことである。
「何らかの遺族補償については考えておられるでしょうか」
報道陣からいくつか質問が入る。常務らがそのたびにいちいち頭を傾けて話し合ったり、分厚い資料をめくったりして、時間をかけた挙句に「社長と協議します」とだけ答える。
飛垣の気持ちは逸る。このあと、刑事事件の公判が控えているのだ。
「我々組合としては、和解の条件として、職場の安全管理の徹底と、労使関係の改善に向けて、会社側が誓約することが必須だと思います」
曽根が立ち上がって発言する。相変わらず本筋と余り関係のないことをいう人だと思う。
会社側弁護士は「代理人だから判断する立場にない」、それだけを繰り返す。
空虚に時間が過ぎる。互いの言葉は上滑りで全く噛み合っていない――。
次の裁判の時間が迫る。苛立ちを募らせた飛垣が遂に立ち上がった。
「もうたくさんです!」
皆がいっせいに彼を見る。
「結局、会社の責任逃れのための茶番じゃないですか、恥ずかしいと思わないのですか!」
曽根がそれに勢いを得て立ち上がる。
「そうだ。会社の従業員無視の態度が、今回の事件の背景なのだ。そもそも・・」
「あんたは黙っておいてくれ!」と飛垣がさえぎる。
「今、問題なのは、亡くなった生江氏の命をどう償うか、遺族の救済をどう図るかです。淑子さんの気持ちが一番大切なのです!」
生江淑子は、席についたまま泣いているようであった。飛垣の弁舌はさらに続く。
「会社が賠償責任を否定し、和解を拒否するというのなら、私は会社の責任を法廷において立証し、勝訴判決を取ってみせます。淑子さん、いかがお考えですか」
飛垣の言葉を受けて、淑子が涙ながらに語った。
「私は、法律のことはわかりません。誰に責任があって、賠償額がいくらなのか。私はただ、会社のために尽くしてきた主人のために、ひとこと謝罪を、いやせめてねぎらいの言葉をかけてほしかったのです・・」
会場は静まり返っている。
「さあ、もう行きましょう。ここにいても無駄です」
飛垣は淑子を促して席を立った。
ここを出たら、京阪三条駅に駆けつけて、大阪行きの特急電車に乗り込もう、飛垣の頭はそれのみを考えていた。
しかしその姿を傍からみれば、責任逃れに終始する会社に対し憤然席を蹴って法廷闘争を宣言した、社会正義の体現であるかのように映ったのであった。
大阪地裁での刑事裁判は、何ほどのこともなく終結した。事実は間違いないから情状酌量を請う、それだけの裁判だった。判決は、来月上旬に言い渡される。
飛垣は裁判のあとに拘置所まで連行される被告人・花井の後姿を法廷で見送ると、夕暮れ迫る大阪地裁をあとにした。
翌朝の事務所。飛垣は御池からの叱責を覚悟していた。
昨日の会社との協議は、事情があったとはいえ途中で席を立ってしまった。そのことはきっと御池にも伝わっているだろう。職務放棄と言われても仕方がない。
しかし、事務所に出てきた御池の第一声は
「昨日はよくやってくれたようだね」であった。
「五鬼上君から昨晩、私の自宅に電話があったよ。ああ責められては、マスコミなんかもいる手前、賠償に応じることを検討せざるをえないってね」
丑尾もその背後から顔を出す。
「生江さんの奥さんからも、昨日の夕方、電話がありましたんや。飛垣先生が私の気持ちを代弁してくれたって喜んではりました」
「あ、そうでしたか。ええ、そりゃもう、昨日は必死でがんばりましたんで」
と、そのあたりは調子のいい飛垣であった。
6月×日、第3回の裁判期日、京一精機代理人として法廷に現れたのは白鳥であった。再び、主任弁護士の地位に戻ったのだ。
「会社としては、和解申入れを受け入れ、妥当な賠償額について、原告と協議したいと考えます」
と彼は答弁した。
「では次回までに、双方代理人にて協議願います」
裁判長の申し出に対し、彼は頭を下げて了承の意思表示をした。
その夜、飛垣は令子を誘って木屋町のバー「クレイモア」のカウンターにいた。
「あのやらしい本は、刑事裁判の証拠物件で・・」
と、最近の数々の誤解について、令子に説明していた。もっとも彼女は、ここに来る前に、飛垣のとっておきのフランス料理店、祇園・切通し通りの「ビストロ藤浦」で、東欧帰りのシェフの手による欧風料理を堪能し、すっかり機嫌を回復していたのだった。
それにしても紛争というものは、ちょっとした機微で、複雑になったり、解決の糸口が見えたりするものだ。今度こそ、この事件は解決に向かうだろう、彼はハイボールを飲みながら考えていた。
「何をにやにやしてるんですか。やっぱりヘンですよ、先生」
と隣の令子がまた飛垣を冷やかして言った。
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続く ...
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