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連載小説「熱弁飛龍」

連載小説 [熱弁飛龍]
■【熱弁飛龍】 その4


4月に入り、寒さも緩んだ夕方5時の御池事務所。
本日の業務も無事終わりそうだ。飛垣は、御池が所長室で書物を読みふけっているのをいいことに、将棋盤を持ち出してきた。
「丑尾さん、一局やりませんか?」
それをさえぎったのは令子であった。
「警察署から電話ですよ、飛垣先生。なに悪さしたんですか?」
と、冷やかし気味に取り次ぐ。
「大阪府南警察署の留置係です。うちでいま逮捕されてる者が、先生に来てほしいと言うとるんですわ」
「僕を名指しで? 何という人ですか。それと容疑は?」
「花井和也、29歳。先生とは友人だと言ってます。罪名は、わいせつ物販売罪」
知っている。小中学校時代の友人だ。地元の大阪で書店を経営していると聞いていたが。
飛垣はすぐに京阪電車に乗って、大阪へ向かう。

心は重たかった。弁護士である以上、常に数十件の案件を抱えているから、手持ちの事件が一つ増えたところでどうということはない。しかし、目下の重要案件である京一精機の件が暗礁に乗り上げようとしている今、過去の友人が逮捕されたというタイミングの悪さが、いつになく気持ちを暗くさせるのであった。


大阪府南警察署についたのは夜の7時。
難波・心斎橋といった大阪有数の歓楽街を所轄とするため、ここに持ち込まれる事件は数多い。しかし、留置場で接見(面会)できる部屋は、他の署と同様、一つしかない。
「いま、他の弁護士さんが接見中ですんで、お待ちください」
留置場の係官に言われ、飛垣は長椅子に腰掛けて待っていた。20分ほどして、接見室の鉄の扉がギイと音をたてて開いた。
「よう、飛垣か」
「―――久しぶりだな、真野。先客はお前だったのか」
出てきたのは、弁護士・真野佑樹(まの ゆうき)。飛垣や白鳥とは同期であるが、今は大阪弁護士会に所属している。入れ違いに接見室に入ろうとする飛垣に、彼が声をかけた。
「このあとはすぐ京都に戻るのか? 時間があるなら久々に一杯やろう。すぐ近くのバーで待ってる」
真野は飛垣に店の名刺を渡した。
「あとから行くよ。しばらく待っててくれ」

飛垣が接見室に入ると、すでに花井がパイプ椅子に腰掛けて待っていた。
「すまん。お前が京都で弁護士やってるって、噂で聞いてたから」
「こないだの同窓会から、10年ぶりか。こんな形で会うとはな」
透明のアクリル板を隔てた、旧友との再会であった。
花井の話によると、数年来、個人で書店を経営してきたが、最近は売上げが低下し、いわゆる「裏ビデオ」や無修正のヌード写真集などの販売に手を出すようになった。それで摘発されたらしい。
「できるだけのことはする。弁護費用は、タダとは言わんが、まあ支払いは気にするな」


真野に渡された名刺に書かれたバー「オールド・コート」は、南警察署を出てすぐ、同じ並びの清水町通りにあった。飛垣が着くと、真野がL字型のカウンターの一番奥で手を挙げた。
「クレイモアは置いてありますか。ハイボールを」
「じゃ、こっちはマティーニをおかわり。ジンはブードルスで」
埼玉・和光市の司法研修所にいたころは、寮の部屋でよく一緒に酒を飲んだ仲である。
「京都といえば白鳥は元気か。あいつはあまり酒を飲まなかったな」
「ちょうど今、一戦交えてるところだ。――ところで、独立してからどうだ?」
真野のイソ弁歴は短い。6か月だけ大阪市内の法律事務所に勤務してすぐ独立し、今は個人事務所を設けている。
「ああ、儲かってはいないけど、気楽でいいぞ。誰に何のしがらみもなくてな」
研修所を出てから3年。弁護士となってからは初めて会う二人だ。話は尽きない。
「ところで聞いていいか、真野。さっきの接見、お前の依頼者は何罪だ?」
「傷害罪だ。明日、札束持って被害者のところへ示談にいくつもりだ」
「俺の依頼者は、わいせつ物販売罪なんだ。何をどう弁護すればいいんだろう?」

特定の被害者が存在する暴行罪や傷害罪であれば、弁護士はその被害者との示談に持ち込めばよい。方針は明確だ。しかし、「社会の風俗秩序」を乱すがゆえに処罰されるわいせつ物販売罪において、弁護士は何をすればよいのか、飛垣は思い浮かばない。
「ま、マメに接見に来て元気づけてやることだ。また大阪に来たときは声をかけてくれ」
真野は気楽に言い放った。最終の京阪特急の時間まで、2人は話しこんでいた。


4月○日、京都地方裁判所。京一精機の裁判の第2回弁論期日が開かれた。
「会社に責任は存在しません。故生江氏の完全な作業ミスによる事故であり・・」
被告席で白鳥が言い放つ。飛垣は白けた顔で聞いている。
「会社では現在、事故調査委員会を設置し、事故原因を明らかにすべく調査中です。近々、その報告と、遺族の方への説明を行う予定です」
マスコミを配慮して、遺族への形だけの説明だけはするつもりなのだろう。飛垣は立ち上がって、冷めた顔で答弁する。
「被告側が責任を否定する以上、原告は、その責任を立証します。その上で判決をいただきます」
和解困難と見てとった裁判官はなおも食い下がる。
「では、次回までに双方、責任の有無についての法的主張を述べてください。裁判所としては引き続き、和解を申し入れたいと思いますので、その点も合わせてご検討願います」
和戦両方を睨みながら、裁判は続行となった。

裁判所の廊下で白鳥とすれ違う。彼は会社側の重役数人と並んで、そそくさと歩き去ろうとしていた。飛垣の前を通り過ぎるとき、小声で「すまん」と言ったのがかすかに聞こえた。飛垣はその背中を見つめ続ける。
個人事務所は気楽でいいぞと快活に言った真野の表情を、彼は思い出していた。
続く ...







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