思考がゲームに毒されていませんか?
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| 1.緒言 |
最近、悲惨な殺人事件なんかが相次いで起こっています。こういう事件があるとよく聞かれるコメントに、「テレビゲームの影響で、ゲームと現実の区別がつかなくなっている人が増えている」というのがあります。
で、たいていの人は、おかしなヤツがいる、物騒な世の中になった、と思いつつ、同時に、「自分はだいじょうぶだ、ゲームなんかに毒されていない」と思うでしょう。
たしかに、ゲームの影響で人を殺した、という人は、滅多にいるものではない。しかし、実は、多くの人の頭が、ゲーム的なものになっているのではないかということを、最近よく感じます。 |
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| 2.どうしたら執行猶予を取れますか? |
たとえば、刑事事件の依頼で、何らかの犯罪で捕まった人の親がやってくる。で、聞いてくるのが、「どうしたら釈放されますか」「どうやったら執行猶予をとれますか」といったこと。
しかし、犯罪をやっておいて確実に釈放される手段など、ないに決まっている。そう答えると、次に必ず「では、どうすれば罪が軽くなりますか」とくる。
もちろん、捕まった人の身内として、その気持ちはわかる。重々承知している。
そして、刑事弁護において最低限これはすべきだ、という一定の事柄はあって、それを指摘することもできる(被害者がいれば被害弁償をする、本人の身柄引受先を確保する等)。
ただ、最も重要なのは、被害者の救済を図ること、罪を犯した本人の今後の更生の目処をつけ、それを捜査機関や裁判所に訴えることなのだ(被害弁償とか身柄引受はその一要素にすぎない)。
しかるに、多くの依頼者が聞いてくることはあまりに「マニュアル思考」である。
たとえば・・友人に嘆願書を書いてもらえば罪は軽くなりますか? 知り合いの市会議員にお願いして裁判所に掛け合ってもらったら罪は軽くなりますか? かくかくしかじかのことをしたら罪は軽くなりますか?・・等々。
本人の反省とか更生なんて言葉は出てこない。とにかく「これをすれば罪が軽くなる」っていうのを教えてくださいと、そればかり言う人が多いのだ。
また、刑事裁判が終わって、執行猶予となって拘置所から出てきた人は、よく「どういうことをしたら執行猶予が取り消されるのですか」と尋ねてくる。「それを一覧表にしたのをください」と言ってくる人もいる。
法律上は、執行猶予中の人が別件で懲役刑や禁固刑に処せられたときは、裁判所はその執行猶予を必ず取り消すが(刑法26条)、罰金刑に処せられたときでも、執行猶予が取り消されることがある(同26条の2)。
罰金刑なんてちょっとした道交法違反でも該当してしまうのが怖いところだが、ただ罰金刑の場合は、上記のとおり、必ず執行猶予が取り消されるわけではない。犯情が悪いときに限る。
ここでも、重要なのは、執行猶予中に真面目に生活している人であれば、たまたま罰金刑に該当するようなことをしてしまっても、情状酌量で執行猶予取消しは免れるであろう、だから猶予中はいっそう身を謹んでおりなさい、ということだ。
しかしそういう説明では満足しない人もいて、この行為はしてもいい、この行為はダメ、と線引きしてほしいなどと言う。もちろん、明らかにダメな行為(人を殺すなど)や、明らかに問題ない行為(まじめに仕事するなど)は言うことができるが、その間にはある程度、裁判所の裁量による部分もある(交通違反など)ので、あらゆる行為について、絶対大丈夫とか絶対ダメとかはそもそも言えないのだ。
これらの人の思考はまさにテレビゲーム的なものだと思う。
本人の更生という一番重要なことは考えず、釈放されるためにはこれをすればいい、執行猶予が取り消されないためにはこれをしてはいけない、といったことのみを考えている。
これはまさに、ゲームにおいて、あるステージをクリアするためにはこれをやって、このアイテムを集めればよいが、これをするとミスになる、などと考えているのと全く同じだ。 |
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| 3.合法ですか? 違法ですか? |
民事事件においても、こういったことが同様に見られる。
たとえば、会社の経営者や担当者が、直面する(または予想される)法的問題について質問事項を述べ、合法ですか、違法ですか、と聞いてくる。
しかし、何らかのトラブルとなった(またはなりそうな)事柄に関して、これは明らかに合法だとか違法だとか判断できるなんてことは、実は滅多にない(だからこそトラブルになるとも言える)。
回答できるとすれば、この件はどの点にどういう問題があり、将来どのような問題が生じうるとか、裁判になったらおおよそこういう判断が下されるだろうといった、「可能性」の判断でしかない。明確にマルバツがつけられるようなものではない。
合法・違法が前もって完全に予測可能であれば、今、世の中から全てのトラブルは消滅しているはずだ。
可能なのは、現時点で想定できる問題を極力少なくするように行動し、残るリスクについては、将来問題が発生したときに適切な対処をする、という程度のことに過ぎない。ビジネス社会に生きる人は、そのことを理解すべきだ(もちろん、一流の人なら理解しているはずだ)。
これもやはりゲームの影響、またはゲーム的な風潮の影響なのかも知れない。マル・バツだけの思考法が成立するのは、ゲームの世界の中でしかない。 |
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| 4.蔓延するゲーム的思考 |
かように、ゲームの影響で人を殺すとまで行かなくても、頭の中がゲーム的なものになってしまうことは、そのこと自体は犯罪でないだけに、知らず知らずのうちに蔓延しやすい。
今、自分の仕事に関して感じたことを例にとったが、こういった思考法は、現に、かなり広範囲に広がっているのだ。
たとえば、やせるためには何を食べればよいかとか、子供を育てるにはどんな教育がよいかとか、どうすればモテるかとか、どう生きれば生きがいを感じることができるか・・等々。これらの質問についても、これは良くてこれはダメ、という一義的な回答はない。
でも多くの人は、これらの問題に対して、これ、という明確な答えがどこかにあって、それは、専門家に聞いたら教えてもらえるとか、どこかの本に書いてあるとか考えている。これはまさに、ゲームの攻略本を探す感覚と同じであるように思う。
世の中の事柄は、曖昧なことばかりなのを理解すべきだ。そんな世の中で、できることとすれば、犯罪に手を染めないよう更生していこう、トラブルが発生しないよう注意して経営していこう、自分の人生がよくなるようがんばっていこう、といったあたりまえの原理原則に基づいて生きていくことであろう。そしてそれが何より重要なことなのだと思う。
そういったことに思い至らずに、何でもマルバツで割り切ろうとする、何にでも一つの答えが存在すると考えてしまう、このゲーム的な思考(それは自分の思考をストップすることを意味する)の蔓延が怖いと思う。 |
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| 5.結び |
と、まあ偉そうに色々書いてしまいましたが、ではそのようなゲーム的思考が蔓延しないための方策はと問われると、それについては、申し訳ないですけど何らの理論も持っておりません。取りあえずパソコンでゲームでもしながら考えてみます。 |
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