イヤな客の追い出し方
ある日の夜の、とあるバーでのできごとをきっかけにして、イヤな客を追い出すということについて考えさせられました。以下、酔っ払いながら考えたことを書きます。
|
| 1.ある夜、いつものバーにて |
僕がよく行くそのバーで、その夜もいつもの席に腰を落ち着けたのだが、店内の雰囲気がどうもギスギスしている。客は、カウンター中央部分に60歳くらいの客が一人(以下A氏としよう)、いちばん奥に同年代の客がもう一人いて(以下B氏)、そのA氏のほうに原因があるらしい。
僕は物心ついたころから人間関係にはかなり鈍感なほうだと思っているのだが、その鈍感な僕でもわかるくらい、マスターとA氏が険悪な状態になっていたのだ。
ちなみに僕がどれくらい鈍感かというと、たとえば小学時代、同じクラスのある女の子が僕のことを好きで、ほとんどクラス中の子がそれを知っているのに、僕はその学年の最後に人から言われるまで気づかなかったとか、そういう、クラスの雰囲気がぜんぜん読めないという話がたくさんある(これはこれでまたまとめてコラムにしようと思う)。
話がそれたが元に戻ってそのバーでの話。マスターとAB両氏の会話を聞いていると、要旨、以下のことがわかった。
・その問題のA氏は、某有名企業のそれなりの役職にある人で、地元の飲食店などでは、会社の看板でそれなりの待遇を受けているらしい。
・A氏は数年ぶりにこのバーに来たのだが、その数年前のときも、マスターや他の客にからんで愚にもつかない話を語りつづけ、店から締め出された前歴がある。
・A氏は今夜、ビール一杯だけで、すでにかなりの長時間、店に居座っている。
たしかにA氏、いかにもつまらぬ、世相の話をくどくどと語っている。僕はさいわい、小僧とでも思われたか、話しかけられなかったが、マスターは話しかけられてもほとんど無視。
マスター、「もう帰り」「もうやめとき」と呆れつつ、営業中でもあるので半分笑顔も浮かべつつ言うのだが、その口調はかなり厳しい。
僕はその店に、いま概算してみると150回くらい行っており、何度かマスターが行儀のよくない客に注意してるのを見かけたりもしたが、今夜ほどに厳しい口調のマスターを見たことがない。
「つまみ出しまっせ」と、関西弁だからあたりも柔らかくいうのだが、声がハラから出てる感じで、あ、これは本気で言ってるな、と思った。
僕も、ごく稀だけれど、事務所で、法的にはどう解決しようもない相談を延々と話したり、あきらかに違法な行為の依頼をしてくるなど、困りものの客に会うことがある。
もちろん、できないことは「無理です」というし、話の終わらない人には「お引き取りください」と(微笑みを浮かべつつも相手を睨みながら)言うこともある。それでもなお帰らない場合は、「これより法廷に出ますので」といって「強制終了」させることもある。
まあ、僕自身の話はともかく、バーなら、「これより出かけます」は使えないわけで。
で、本当につまみ出すのかな、と思ってみていると、A氏もマスターの気迫を感じたのであろう、「じゃあお勘定を」といった。
そこでマスターの言ったことが振るっている。
「1万円です」
A氏の飲んだのは、ビール一杯である。当然、ここはぼったくりバーではない。
もし我々が、酒一杯だけ飲んで勘定のとき1万円と言われたらどうすべきか。
その場合は、黙って1万円払って店を出よう。
そんな勘定を出される理由は、店側がそんな請求をせざるをえなくなるくらいに店や他の客に迷惑をかけてしまったか、または、その店が単にぼったくりバーであるかのいずれかである。いずれにせよ、1万円払ってさっさと店を出て、その店には二度と立ち寄らないようにしよう。
そのA氏も、黙って1万円払っていけばまだカッコがよかったが(でもマスターは実際には受け取らなかっただろうけどね)、
「それは不当ではないかね」とまたブツブツ言い出した。
「それなら代金はいりまへん、帰りなはれ」とマスター。
「いやきちんと払う」「なら1万円」「それはおかしい」「じゃあ、いらんから帰れ」
といった応酬が2回転くらいしたあと、A氏は、
「わかった、じゃ、1万円払おうか」と、もったいつけて1万円をカウンターに置き、帰ろうとした。マスターは、1万円を突き返し、結局A氏はタダ酒を飲んで帰った。
「すいまへんなあ」とマスターが、奥のB氏と僕に言って、またいつものバーに戻ったのだった。 |
|
|
| 2.追い出し方の比較的考察 |
上述したように、僕も、どうにもならないような相談客にお帰りいただく場合が、稀にある。そういう客に長く事務所に居座られると、次の客に待ってもらわないといけなくなるし、待っている人がいないとしても、そういうことに時間を取られるのは、きちんとした依頼者のため割くべき時間を浪費することになるからだ。
もちろん、なかには、どうしようもないことは大体わかっているのだけど、話(または愚痴)だけでも聞いてほしい、という客もいる。そういう人には、話を聞いてあげること自体でその人が救われる場合もありうるのはわかるし、どんな案件であれ、まずは依頼者の話をきちんと聞くことは僕の業務の基本中の基本であるとは思う。
しかし、法的に解決できないような事態なのであれば、ダメなものはダメ、違法なものは違法、と割り切って話をしないと、その人のためにならない。
弁護士になった当初は、そんな場合でも、話だけ、愚痴だけでも聞いてやる、という心構えであった。しかし、そうすると、相手が勘違いしてしまうことが多いのに気づいたのだ。
「弁護士が、親身になって聞いてくれたから、法的に問題ないのだろう」「話をよくわかってくれたから、この弁護士が解決してくれるのだろう」と。
それで事態を甘く見てほうっておいて、ますますどうしようもなくなってから、「あのとき、先生はだいじょうぶだって言ってくれましたよね」とか言ってまた事務所にくるのだ。だいじょうぶなんて全然言ってないって。
困っている状況にある人は、ちょっとしたことでも自分に都合のいいように解釈してしまう。もてない男性が、女性にちょっと優しくされただけで、この人は僕のことが好きなんだ、と勘違いしてしまうのと同様に。
弁護士は、話を聞いてあげるだけではダメで、その話に含まれる法的トラブルを解決しなければならない。そこが弁護士とキャバ嬢の違いだと思う。
解決しえない相談の場合は、そのことを早めにはっきりさせて、お引き取り願う。そんな場合に話を延々聞いてあげることは、それ自体が害悪にもなりうる。
あ、また自分の話になってる。
そう、バーなんかでも、マスターが、客が抱えている悩みごとを聞きながらカクテルを作ったりとか、そんなドラマみたいな光景を実際見ることがある。それも仕事のうちなのかとも思うし、それを求めてバーに行く人も、きっといるだろう。
(もっとも僕自身はバーでマスターに悩みごとを話すなんてみっともないと思うけどね。バーはパブリックな場であり、個人の悩みをつらつらと語るようなところじゃないと思う。黙って飲んどきゃいいと思う)
しかし、先ほどの一件で、バーなんかでも、話を聞いてあげること自体が害悪になることもあるのだなと思った。
上記のA氏は、きっと、いろんな店でそこそこ大切に扱われてて、自分の話を聞いてもらえたりするんだろう。だから、会社や家庭でイヤなことでもあれば、バーやその他のお店にそれを吐き出しにくる。もちろんそのこと自体は悪くはないと思うが、度を過ぎると、マスターも相手しきれなくなるし、周りの人間もイヤな気分になる。
その手の客は、その辺りがわからなくて、店主は俺の話を聞いて当然、と思っている。そうやって、周囲に迷惑を及ぼすし、自分自身も、店側から本当のサービスを受けることができなくなる。周りにも自分にも、害悪を与えるのである。
かようにして、どうしようもない客は、追い出すことが、周りのためにもなり、実は何より、その人のためなのである。しかし、その手の人は、なぜ追い出されたかを理解することがほとんどないのだ。残念ながら。
・・えーと、イヤな客の追い出し方の話だった。全然そんな話になっていないような気もする。
ついでに、どうしようもない相談客を追い返す僕の「最後の手段」をご紹介。本質は、先ほどのマスターの一言に似ています。
「お引き受けします。着手金は500万円です」 |
| top ▲ |