| 1.ある日の電話セールス |
事務所にセールスの電話があった。金(きん)か何かを買って資産運用しませんかとかいう内容だったので、いくらか話を聞いたあと、
「そういうのは興味ないんで結構です」
というと、先方が突然
「そんなもの要らないってどういうことですか、僕らの仕事を否定してるんですか!?」
と激昂し始めた。
「そういうつもりではないですが」というと、
「いや、今そう言ったじゃないですか」とさらに昂ぶっている。
ははあ、なるほどなあ、と思った。
想像だけど、きっと彼らの会社には電話セールスのマニュアルがあって、「相手の否定的な言辞を捉えて激昂してみせることによって心理的動揺を引き出し、それに付け込んで売り込め」なんていうことが書かれてあるんだろうなと思った。
「私の言葉をどう解釈されるかはあなたの勝手ですが、とにかく要りません」
とだけ言って電話を切った。 |
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| 2.弁護士は説得する仕事か? |
セールストークの方法、議論に負けない方法、説得する方法、話し方に関するいろんな方法論があるようで、その手の本もたくさん出ている。早い段階からのディベート教育の必要性も説く人もいる。
私自身は、そういう方法論を学んだことはないし、ディベート教育を受けたこともない。今でも、議論するとか説得するとかはとても苦手だし、嫌いでもある。
女性に振られても「あっそう」と思うし、「そんなあなたのあっさりしすぎたところが嫌いなのよ」と言われても、「あっそう」と思う。そういう女性を説得して引き留めようと思ったこともない。
私生活でも仕事においても、議論嫌い、説得嫌いの私だが、この商売は勤まっている。この点よく誤解されていると思うが、弁護士の仕事は、本質的には説得する仕事ではないのだ。
たとえば、こんな相談がある。
「長く付き合ってきた女性と別れ話をしたが、女性が納得してくれなくて、しきりに電話してきて面会を要求したり、慰謝料を払えと言ってきたりする。何とかしてほしい」
それに対し私は、
「あなたに慰謝料を払う法的責任はない。放っておけばよい」
と答えるのだが、そうすると、
「女性側に納得してもらった上で別れたい」、だから、そうできるように「説得してほしい」と言ってくる。
弁護士を、「別れさせ屋」とか「口利き屋」と混同している人は多くて、この手の相談は結構ある(女性と別れるくらい自分できちっとやりなさい、と口では言わないけど思う)。弁護士に頼むと何でも話をつけてくれると思っているのだろう。
しかし弁護士の仕事は説得することにはなく、あくまで、証拠と法律を武器にして法的問題を解決していくことにある。弁護士は法的権利を実現する手続を知っているが、必ずしも説得する技術に長けているわけではない。
男女問題であれば、単なる恋人同士の別れ話は立ち入らない。
弁護士が関わってくるのは、離婚するとか、婚約関係を破棄するなどの、法的責任が生じてくる場合だ。離婚の原因はどちらにあるのか(たとえば相手が浮気したとか)を証拠によって明らかにした上で、相手に法的責任があれば訴訟を提起して慰謝料を請求する。勝訴判決が出れば、それに基づいて賠償金を取り立てる。相手が賠償金を払わなければ、強制執行手続をとって自宅や預金などの財産を差し押さえる。
この一連の仕事の過程に、どこにも説得という要素はない。強制執行などはその最たるもので、裁判所(すなわち国家)の助力を得て無理やり相手の財産を取り上げる手続だ。かように、法律を使うということは、国家権力という最強の暴力を武器にして、自己の権利を強制的に実現させることなのである。
少し話はそれるが、テレビの法律バラエティ番組なんかで少々法律をかじった人の中には、些細なことですぐ「法的措置」を振りかざす人がいる。しかし法律を肌で知っている人は違う。法的措置を取ることの手続的な負担と、いったん法的措置が発動されてしまったときの劇薬のような効果を知っている者は、滅多やたらとそれを振りかざすことをしない。
もちろん、かように劇的な効果をもたらすのが法律であり、判決であるから、訴訟の過程で和解により決着を図ることも多く、そのために依頼者や相手方を説得したりすることはある。
しかしそれは、ある程度の訴訟過程を経て、結果の見通しができ(勝訴できる確率はどれくらいかなど)、それを前提に、強制執行のための手続的負担や敗訴することのリスクを回避するため、譲歩しあって落としどころを見つけるということである。弁護士が説得するといえばこういうニュアンスなのであって、とにかく何でも頭から話し合いを、ということではない。
このとき、和解がまとまるのは、弁護士ががんばって「説得」したということが理由ではなく、「もし判決が出れば、こちらは何割くらいの確率で負ける可能性がある。もし勝訴しても強制執行手続が大変だ。だからこの程度の譲歩をしておこう」という、互いの「打算」が理由なのである。 |
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| 3.話し方だけで世渡りできるか |
一般論としても、議論の方法や説得の技術を学ぶだけで、世の中をうまく渡っていけるなんてことはないと思う。
もちろん、まとまる話が言い方一つでまとまらなくなる、というのは実際ありうることだから、口の利き方には気をつけるべきだとは思う。しかし、その逆に、まとまらない話が言い方一つでまとまる、などということはありえないと、私は考えている。
人を説得するためには、話し方だけではなくて、「敗訴のリスク」とか「経済的利害」とか「説得する人の素養や人格的魅力」とか、何らかの要因が必要なのだ。
話は、その中身が主で、話し方はあくまで従に過ぎない。この当たり前のことを理解せずに、話し方の技術だけでうまく世渡りができると思っていると、きっとどこかで間違いをおかすだろう。子供に対し、知識も素養もないうちからディベートの技術を教えたりすると、そういう誤解を持たせることになってしまいそうな気がする。そうなると、冒頭の電話セールスみたいな人が増えてしまって、非常に嫌な世の中になると思うのだが。
以上の次第で、当事務所にお越しのお客様は、口下手な私に説得を求めないでください。 |
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