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コラム

コ ラ ム
■ 仕事のコラム5【独立の記 その一 胎動】
1.勤務弁護士としてのデビュー
2.個人事件が増えだして
3.カワラダ君、難波で開業
4.所長の了解を取り付けよう
5.秘書をヘッドハント
6.遂に人と場所を確保


 私は平成12年10月に弁護士登録し、以後、大阪市浪速区の上坂合同法律事務所(長いので以下「上坂LO」と略記。LOはlaw officeの略)にて、勤務弁護士―いわゆる「イソ弁」(居候弁護士)―として勤めました。
 そして4年を経て平成16年10月、念願の独立がかない、湊町(みなとまち)法律事務所を開業するに至りました。
 以下は、弁護士としての独立開業するまでの苦闘(でもないけど)の記です。



1.勤務弁護士としてのデビュー

 弁護士になったときから、次は独立が目標でした。最近は、パートナー(共同経営者)としてずっと事務所に残るという弁護士も増えてきましたが、自分にはそういうのが向いてなさそうでして、早く独立して自分の事務所を構えよう、そう思ってました。
 上坂LOの門を叩いたのも、この事務所が、弁護士の数を増やさず、勤務弁護士は何年か修業したら独立していくというタイプの(いわば昔ながらの)事務所だったからです。ただ、上坂LOがけっこう居心よかったので、1年目、2年目は、独立のことを全く考えないままに過ぎていきました。
2.個人事件が増えだして

 3年目くらいからでしょうか。独立を考えさせるようなことが起きてきたのは。
2、3年も弁護士をやっていると、いろんなところから個人的なツテで仕事が入ってくるものです。たいていの事務所では、勤務弁護士は、割り当てられた仕事をきちんとこなしてさえいれば、個人のツテで依頼が来たときは事務所を通さず受任でき(「個人事件」と言ってます)、報酬は全額自分で取ることができるんです(事務所によっては何割か「上納」するところもある)。
 3年目にもなると、その個人事件の割合が増えてきて、それに割く時間がかなり増えてきました(それに伴って小遣いも増えた)。事務所の事件の処理さえきちんとやっていれば文句は言われないのですが、でもやはり、勤務弁護士として給料をもらっている以上、大っぴらにはやりにくいところがある。そのあたりから、そろそろ独立したほうが、自分の事件をのびのびやれるんではないか、今ぐらい依頼がくるなら経済的にもやっていけるんじゃないか、と思い始めました。
3.カワラダ君、難波で開業

 独立に向けて大きなファクターとなったもう一つの出来事。私はかつて司法書士の仕事をしていたころ、大阪府八尾市の司法書士事務所に勤めていたのですが、そこの出身者(私の「弟弟子」にあたる)の司法書士カワラダ君が、平成14年の末ころ、独立して難波に司法書士事務所を持つに至ったのです。それも、わが上坂LOのすぐ近くのビルに。
 事務所が近いので、当然、カワラダ君やそこのスタッフとは、何かあったら相談しあったり、教えあったり、たまに飲みにいったりして交流があり、これまた当然のように、いずれは私もそこの事務所に合流して仕事をしよう、という話が出始めました。
 私としても、一からテナントを借りるよりは、すでにできているハコに入り込むほうがラクです。独立はしたいけど、あまり面倒なことはイヤという私の希望にも適っている。
 それで、いずれは独立して彼らと同じフロアに事務所を置こう、と決めました。弁護士3年目、平成15年に入ったあたりのことでした。
4.所長の了解を取り付けよう

 あとは、上坂LOとの関係です。上坂LOの重要な戦力(と勝手に思ってるだけ)の私に抜けられると、今後の執務に支障が生じるのではないか、それを懸念しました。
それで、独立する話をなかなか実行に移せないでいたのですが、勤務弁護士として丸3年と少したった平成16年初頭、いよいよ具体的に独立を決行することにしました。今年の秋、丸4年の勤務をもって上坂LOを出て、独立しようと。
 最終的にこの時期に独立を決意したきっかけは何だったかというと、これといったものがなくて、ま、そろそろいいか、と思っただけです。特に誰に相談したわけでもなく、自分で決めました。人生の決断とは往々にしてそういうもので、時の流れで何となく決まっていくようなところもあるのではないかと思います。

 そうとなったら、なるべく早めにその旨を事務所に伝えておかないといけない。重要な戦力(と勝手に思ってるだけ)の私に抜けられるとなると、事務所として何らかの対策を講じておくべきでしょうから。
 こうして、平成16年2月、私は上坂LOの所長室にて、所長弁護士に伝えました。
「そろそろ、独立したいのです」
と。所長の答えは、あっさり
「ああ、そりゃおめでとう」
でした。所長の机の上に置いた手がガクッとなるくらい、拍子抜けしました。むしろ、もうちょっと動揺してくれても・・とも思いました。
かくて、簡単に所長の了解を取り付けることができました。
5.秘書をヘッドハント

 これで、新事務所設立に向けて、動き出すことができます。
 ところで法律事務所には、弁護士だけでなく、あまたの事務処理をこなしてくれる事務員が必須です。上坂LOで長らく私を担当してくれてきていた秘書Nはとても頼りになるし、僕の仕事の流れもわかってくれているだけに、仕事がスムーズでした。しかるにここで新しい事務員を募集するのも面倒だし、未経験者だと自ら法律事務を教えてあげる必要もあるし、経験者であっても、これまでとは異なる人と呼吸を合わせるのも面倒です(けっこう面倒くさがり)。で、秘書Nをヘッドハントすることにしました。

 実は、独立の旨を所長に伝えた際に、秘書Nと一緒に事務所を移りたい旨を伝え、これまたあっさり承諾を得ていたのです。
 もちろん、本人の承諾が最重要なので、ある日の仕事の終了後に秘書Nを食事に誘い、そのあと、いつも人が少なくて静かなので(失礼!)密談する時によくきている、三津寺横・日宝ロイヤルビルの「BAR亀甲」にて、このことを話しました。

 私はマティーニ(だったかどうかは忘れたけど絵になるからマティーニにしておく)のグラスを傾けながら、言いました。
「実は、秋に独立するんだ」
「えっ・・」
 秘書Nが手にしていたロックグラス(かどうかは忘れたけど、絵になるからブランデーをオンザロックで飲んでいたことにしておく)が揺れ、氷がカランと音を立てた。
「よかったら、一緒に新しい事務所に来てくれないか。君さえよければ、所長には僕から話しておくよ」
 沈黙のときが流れた。カウンターの向こうでは、マスターが何ごともなかったかのように黙々とグラスを磨き続けている。僕は、秘書Nが手にしているロックグラスの中で、クルボアジェの12年に氷が溶けて染み出していくさまを見つめていた。
「先生、あの、私・・少し考えさせてください」
「ああ、たしかに、急な話だったね。ゆっくり、考えてくれ給え」
僕はマティーニを飲みほした。空になったカクテルグラスの中で、オリーブが揺れていた(このあたり創作はいってます)。

ちなみに秘書Nはその2日後くらいに、
「一緒にいきます」
と言ってくれました。判断が速い人です。
6.遂に人と場所を確保

 平成16年の3月に入って、カワラダ君と一緒に、新しく行くことになるビルの大家さんのところへ行って、10月以降は僕とカワラダ君の2人で共用とすることについての了承を取り付けました。
 これにて早くも、新事務所の場所と人材とを確保できました。以後、独立開業に向けての準備に邁進していくことになります。
つづく...
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