大阪家庭裁判所 調停室にて。
裁判官「では、申立人である妻・エリカさんと、相手方である夫・ツヨシさんの離婚調停について、本日合意が成立した内容を読み上げます。
エリカさんとツヨシさんは本日をもって調停離婚する。ツヨシさんはエリカさんに対し、慰謝料として金100万円、財産分与として金150万円を支払うこととし、本年10月末日までにエリカさんの口座に振り込む。……」
家庭裁判所前の歩道にて。
エリカ「先生、どうもありがとうございました。1回の調停で話がついてホッとしました」
山内「意外に早く終わりましたね」
エリカ「慰謝料はちょっと値切られたかな、という気もしますけど」
山内「まあでも、裁判になれば、例のラブホテルの写真を提出して、ドロ沼みたいな話になったでしょうから、その負担を考えると、合理的な範囲の数字だと思います」
エリカ「そうでしょうね。私の友達でも、夫に資産が全くなくて、1円も取れなかったという人もいるんで、それを思うとずいぶん良かったです」
山内「ご主人、いや、もう『元』ご主人ですけど、それなりに真面目に新聞配達の仕事をしておられたんでしょうね。不倫は感心しませんけど」
後ろからバイクのエンジン音。
ツヨシ「おーい、エリカ~」
エリカ「あら、ツヨシ」
ツヨシ「先生、エリカとちょっとしゃべっていいかい?」
山内「構いませんよ。どうぞ」
ツヨシ「エリカには迷惑かけたなって、それだけ謝りたくてな。それと、これからがんばれよ」
エリカ「うん。あなたもがんばって新聞配達してね」
ツヨシ「いや、俺はもう新聞配達をやめることにしたよ」
エリカ「え、これからどうするの?」
ツヨシ「友達のツテで、スペインに行くことにしたんだ」
エリカ「スペインで何するの?」
ツヨシ「パエリア屋を開くんだ。『ハイパー・パエリア・クリエイター』になって、いつか日本に凱旋するよ。エリカもさあ、実家に帰るくらいだったら、しばらく俺の家にいてくれていいぜ。じゃあな」
ドドドド…と遠ざかるハーレーのエンジン音。
山内「……」
エリカ「……」
秋の風。
山内「スペイン人が日本に来て寿司屋をやるようなもので、到底うまくいくとは思えないんですけどね…」
エリカ「いつもああいう、地に足のつかないことばかり言ってたんです、彼。でももう、私がとやかく言う立場にもないですし…」
山内「スペインに行く前に、きちんと慰謝料を振り込んでくれればいいんですけどね」
エリカ「もし振り込んでくれなかったら、どうなるんですか」
山内「先ほど裁判官が読み上げた調停条項が、後日、調書になります。これは判決と同じ効力を持つので、お金を払ってくれなければ差押え手続ができます。元ご主人は家を持っておられますから、最悪、その家を差し押さえて競売にかけることになるでしょう」
エリカ「そこまで悪い人じゃないと思うんで、信じて待つことにします」
山内「それともう一つ、今日をもって離婚は成立したことになりますが、市役所にはこのことを届け出る必要があります。調停調書はエリカさんのところに郵送されますから、それを役所の窓口に持参してください」
エリカ「わかりました。手続きは以上ですか。他に何かすべきことはありますか」
山内「別に…。これからは新たな人生をお過ごしください。また新たな幸せをつかまれることを、祈っております」
エリカ「ありがとうございました」
(了)