大阪家庭裁判所調停室にて。田中良翁さん第1回調停。
調停委員「こんにちは。調停委員の雲野十佐(くもの・じゅうざ)といいます」
田中「田中ラオウです。この度はお世話になります」
山内「代理人の山内です。よろしくお願いします」
調停委員「田中ラオウさんから遺産分割調停の申立てを受けまして、呼出状を相続人のカイオウさんとトキさんに送付しました。その後の状況について、家裁調査官の海野理博(うみの・りはく)さんからご報告いたします」
調査官「調査官の海野です。弟のトキさんから、裁判所に文書で返答があったんです。相続のことは、兄のラオウさんに一任すると。私のほうからトキさんのご自宅にお電話して確認しましたところ、兄のラオウさんのいいようにしてほしい、場合によっては私の相続分は放棄してもいいと、こうトキさんはおっしゃいました」
山内「そうなんですか。田中さん、今のお聞きになりました? あれ、田中さん、泣いておられます?」
田中「ぐ……」
山内「どうしたんですか?」
田中「今朝、裁判所に向かうときに、母屋の前でトキと会ったんです。トキは確かに、私の相続分は要らないから、カイオウ兄貴といいように分けてくれと言ったんです」
山内「なぜトキさんは、そんなに欲がないんでしょう」
田中「ええ、それで私も聞いたんですよ。『うぬは何故に、相続分を要らぬと言いおるか!』って」
山内「あのーすいません、あなた兄弟の間じゃ普段そういう話し方なんですか」
田中「え、ええ、まあ…。で、トキが言うには、ガンが発見されたと。あと半年か1年くらいの命なんだそうです」
山内「え…」
調査官「ああ、そうなんですか…。トキさんにはお気の毒ですが…。でも手続きは進める必要があります。トキさんも生きておられる以上は相続権がありますので、本当に相続分が要らないのであれば、相続分放棄の申出書というものにサインしていただく必要があるんです」
山内「あと、カイオウさんはどうなりましたか」
調査官「それが、返答がないんですよ。お勤め先の旅館に電話したのですが、取り次ぎを拒否されているようで、電話に出てくれないんです」
田中「裁判所から呼出しをしてもらってもダメですか。じゃあ、どうしようもないんですかね」
調査官「いえ、先日は呼出状を送付しただけですが、今度は、具体的な遺産分割案を踏まえて、文書で提案してみます。あなたにはこれだけの取り分があるから、承諾してくれれば、家庭裁判所に来なくても、取り分を与えますよと」
田中「え、どういうことですか」
山内「つまり、お父さんの遺産は、不動産が2000万円、預金が3000万円でしたよね。トキさんが相続分を放棄すれば、この総額5000万円をあなたとカイオウさんで分けることになります。あなたは不動産を取って、預金は500万円だけ取る。残り2500万円の預金はカイオウさんにあげる。そうすれば、2人とも取り分は2500万円ずつで平等になります」
調査官「そうです。それを文書で提案するのです。カイオウさんがこれを受託する書面にサインしてくれれば、遺産分割調停は成立となります。そうすれば不動産はあなたのものになって、あなたの名義に登記することも可能となります」
田中「なるほど。2500万円を与えると聞けば、普通はほっておかないでしょうからね。でもうちの兄は気難しいやつですし、それでもなお無視してくれば、どうなるんでしょうか」
調査官「裁判所の度々の呼びかけにも応じない場合は、相続分を取得する意思なしとみて、カイオウさん抜きにして手続きを進めることも可能となります」
田中「ああ、そうすると、私が遺産全部を取ることになりますね。それなら、いっそずっと無視してくれてもいいなあ」
山内「まあ、そんな都合よくは行かないでしょうけど。でもこれで方針は決まりましたね。裁判所を通じて、トキさんには相続分放棄の申出書を書いてもらう。カイオウさんには、先ほどの提案を調停案として、裁判所から送付し、受託書面を書いてもらう、と」
調停委員「はい、ではそういうことで、第2回目の調停は、カイオウさんやトキさんの返答待ちのため、2か月ほど先にしましょうか」
田中「はい。ありがとうございます」
続く 相続相談4