「選挙無効」のその後 2(完)

前回の続き。

一票の格差を是正すると言っても、議員の数を増やさずにそれを行なうのは至難のことであろう、というところまで書きました。で、今後はどうなるか。

 

今の状況を大雑把におさらいすると、多くの選挙区で投票価値の不平等が生じていることについて、司法権の親分である最高裁は昔から「違憲だけど選挙は無効にしない」と言っていた。

しかし、国会が定数是正に乗り出さないため、最高裁の子分である広島高裁が「11月までに是正しなければ無効にする」と言い、さらにその弟分である広島高裁岡山支部は血気に逸って「いますぐ無効にする」と言い出しました。

国側(選挙管理委員会)が上告したので、この問題に対し、改めて親分(最高裁)が出てきて決着をつけることになります。

 

最高裁の判決までの間に、国会が、至難の定数是正をやり遂げれば、おそらく最高裁は選挙無効とまでは言わないでしょう。「国会の意気に感じて、過去のことはなかったことにする」ということです。

 

では、国会がそれをやり遂げなければどうなるか。いろんなことが想定されますが、一つには、最高裁はこれまでの立場を踏襲し「無効にしない」と言うかも知れません。

今回は、子分が親分の気持ちを充分に代弁してくれたから、親分としては「まあ、この程度にしてやるが、今度はホントに無効にするぞ」と言って終わらせるわけです。

 

その対極の考え方としては、司法権のメンツにかけて、最高裁自ら「無効」の宣告をすることが考えられます。

その場合は再選挙となるわけですが、そうなると、どの選挙区で選挙するのか(またはすべてやり直しか)、選挙手続きはどうするのか、現行の公職選挙法で問題ないのか、または法改正が必要なのかetc、いろんな実際上の問題が発生します。

それらの問題は、最高裁の調査官(全国から選り抜きの裁判官が就任する)が下調べをするはずです。法律を改正してその後の手続きを整える必要がある場合は、法務省か総務省あたりの官僚が事前に法案を作り、内閣法制局を通じて国会に提出されるでしょう。官僚らは国会議員に根回しして、国会の衆参の本会議で可決される。

こうして、もし選挙無効の判決が出たとしても、その後の手続きがきちっと決められていることになる。

 

最高裁が影響力の大きい判決を出す際には、(私自身が見たわけではありませんが)こうした動きが行われているはずです。最高裁と内閣と国会、親分衆どうしが水面下で話し合って、極力、混乱が生じないようにするわけです。

そういうわけで、最悪、選挙無効の判決が出ても、すべての国会議員が突然いなくなるとか、選挙前の民主党政権が復活するとか、そういう事態にはならずに、落ち着くべきところに落ち着くだろうと思っています。

「選挙無効」のその後 1

「一票の格差」問題について、続き。昨日(3月26日)は、広島高裁岡山支部が、違憲無効の判決を出し、しかも、25日の広島高裁本庁のような「何月何日までに改正しなければ」という猶予期間すら与えませんでした。

前回書いたとおりで「将来効判決」など認められるかどうか疑問の余地があるので、こっちのほうが筋は通っているとは思います。もっとも、最高裁に上がってまだ裁判は続くでしょう。

 

この問題、今後どうなるのか、もし国会が定数是正をせず放置したら、本当にその議員は地位を失うのか。この点は新聞などで一通りのシミュレーションが書かれていると思うので、事細かには書きませんが、考えられる2、3のことを書いてみます。

 

まず考えられるのは、国会が対処することです。さすがに、何もしないということはないでしょう。

しかし、選挙区や定数をいじることには、いろんな利害やら思惑が混じってくるでしょうし、それを抜きにしても、各選挙区の人口にきちんと比例した形で議員定数を割り当てるのは、相当に困難な作業なはずです。

 

どの地域でも、人口というものは、出生、死亡、引越しなどで常に流動しており、各選挙区の最新の人口データを把握しておくという作業自体が非常に面倒でしょう。

それに、人口比例を徹底するとなると、大阪1区みたいに有権者が20万人くらいいても議員が1人である、と考えたとき、過疎地の選挙区は議員がゼロになるでしょう。東北の被災地などはどんどん人口が流出していて、被災地からは議員を1人も出せないことにもなりかねない。

どんな過疎地でも最低1人は議員を国に出せるようにする、と考えると、大阪や東京の多くの選挙区では、人口比でもっとたくさんの議員定数を割り当てる必要が生じます。つまり議員の総数を増やす必要がある。

民主党政権のころから「0増5減」なんて案が出されていますが、議員を減らした上で人口比例の選挙区割りを考えるのはほとんど不可能なのです。

 

本題とは外れますが、そういうこともあって、議員の数をもっと減らせという意見には私は反対です。

ちなみに議員定数削減に反対するもう一つの理由は、もし3年前の衆議院選挙が、議員定数が現行の480でなく、たとえば300くらいで行われていたとしたら、その300人が全員、民主党の議員だったという、悪い冗談みたいな話が現実化しかねないということです。

と、話がそれたままになってしまいましたが、選挙無効判決のその後について、次回もう少し書きます。

「選挙無効」は名判決か

裁判所は「一票の格差」が違憲だと言っても選挙は無効にしない、と書いたら、とたんに広島高裁が無効判決を出しました。これは日本国憲法下における裁判所で初の判断で、画期的なことには間違いありません。少し解説します。

 

そもそも、裁判所が、すでに行われた選挙が無効だなどと言えるのか。

有権者が皆して投票に行った結果を一握りの裁判官がひっくり返してよいのか、というと、最高裁の立場は「イエス」です。

憲法98条には、この憲法に違反する法律や国の行為は効力を有しない、と定められています。公職選挙法に定められた選挙区の区割りの上で、投票価値の不平等が生じている場合(その意味は前回書いたとおり)、その選挙区割りと、それに基づいて国が行なった選挙は効力を有しない、という理屈です。

 

次に、無効になるのは、一部の投票価値が不平等な選挙区に限られるのか、区割り自体が根本的に間違っているのだからすべての選挙区を無効にするのか、という問題がありますが、これはややこしいので省略します。

広島高裁は、広島1区・2区だけ違憲無効と言いました。

 

もっとも、これまで、裁判所は、違憲だけど無効にしない、という判断を繰り返してきました。

前回書いた、事情判決というものです。これは、行政事件訴訟法という法律の31条にきちんと規定があるのですが、公職選挙法219条で、事情判決の条文は適用しない、と明記されています。つまり、選挙関係の裁判で、事情判決を出してはいけない、と法律に書いてあるのです。

この点、最高裁は、事情判決の条文を適用するのではない、「事情判決の法理」を適用して、選挙は無効にしないんだ、と言ってきました。「法理」の部分は、趣旨、意図、精神、気持ち、スピリッツ、ソウルと読み替えてもらっても構いません。

混乱を生じさせたくないという最高裁なりの苦肉の策だと思いますが、何となく、「ヘリクツ」の印象を免れません。

最高裁がこういったのは昭和51年のことです。これは間違いなく、「今回は無効とまでは言わないけど、早く選挙区割りを改定して、投票価値の平等を実現させなさいよ」という、国会に対するメッセージだったわけです。

 

それが長年放置されて、今回ついに、最高裁の子分である広島高裁が「無効」と言ったわけです。

では広島1区・2区ではすぐ選挙やり直しかというと、「一定期間内に是正しなければ無効」ということで、今年の11月27日までの間に、選挙区を是正しなさいと言いました。そうしなければいよいよ無効にすると。

これは憲法の教科書などでは、将来に無効の効果が出るということで「将来効判決」などと呼ばれますが、果たして裁判所がそんな判決を出せるかどうかは議論があります。

裁判所は、合憲ならそのまま有効、違憲なら直ちに無効、と判断すべきなのであって、「一定期間放置すると無効となる」という宣言を出すことが可能なのか。広島高裁は「司法権の行使の方法のあり方として許される」と言っていますが、「事情判決の法理」と同じで、法的根拠はないのです。

 

理論面だけでなく実際的なところでも、今年の11月27日が来て、「はい、アウトです、選挙やり直し」または「ちゃんと改正したから許してあげます」という判断を、誰がどういう手続きで行うのか。これは極めて重要な問題のはずなのですが、法律に定められていない。

 

国会の怠慢に対する司法権の怒り、そして戦後初の判断を下した広島高裁の裁判官の覚悟のほどは、私もひしひしと感じるのですが、今後どういう手続きになるの?ということを考えると不明な点が多いです。

そういう意味で、今回の広島高裁の判決は、従来の最高裁のメッセージを一歩強めるということに主眼を置いた、いわば大岡裁き的な判決であったのかも知れません。

最高裁での最終的な判断が待たれます。

「一票の格差」の何が問題か

3週間ぶりくらいの更新なのですが、毎度時期おくれの話題ながら、「一票の格差」とか「投票価値の平等」と言われる問題について書きます。昨年12月に行なわれた衆議院選挙が違憲であると、あちこちの裁判所で判決が出ていますので、その意味について。

とはいえこの問題、裁判所は長年、同じことを言っているので、熱心にこの裁判をやってる弁護士の方には申し訳ないですが、個人的にはあまり興味がありません。

 

とりあえず具体例でお話ししますと、私の住む選挙区は大阪1区です。大阪府大阪市の中央区・西区を中心に人口の多い選挙区で、有権者数は20万人くらいいるでしょう。有権者の過半数の投票を得ると1位になって当選するから、約10万票を取れば議員になれる。

逆の言い方をすれば、大阪1区の人は、10万人あたりに1人の衆議院議員を国会に送り出せることになります(実際には昨年、大阪1区で当選した人は8万票くらいでした。全員が投票に行くわけではないためです)。

これに対して、人口の少ない県、仮にA県の1区としますが、A県大字ド田舎字大田舎を中心に(もちろん架空の地名です。レツゴー三匹のネタです)、過疎地域の選挙区で、有権者は2万人しかいないとする。すると、A県1区では1万票取れると議員になれる、つまり1万人あたりに1人の衆議院議員を送り出せる。

このように、A県は1万人いれば国に一人の代表を送り込めるのに、大阪では10万人そろわないと送り込めない。このとき、A県の投票権の価値は、大阪に比べて10倍強いということになります。

 

実際には、10倍も差があるという状況はなくて、大きくても5倍ほどです。そして、これまでは都市部よりも農村部の投票価値が強いと言われていました。

農村から人口が流出していけば、選挙区(公職選挙法に定められている)を改正して、都市部の議員数を増やしていくべきだったのが、長年、政権与党だった自民党は農村部に支持基盤を持つことから、その改正を意図的にさぼったとも言われています。

民主党に政権が変わったあとの3年半も、この問題は結局手つかずでした。

 

考えてみれば、そもそも、過疎が進む農村部の投票価値が強いのが問題なのか、特に最近は震災を受けた東北部の投票価値はもっと強くてもいい(議員をもっと増やしてもいい)というふうに、一票の格差はもっと柔軟でも良いのではないか、という考えもありうるでしょう(正直なところ、私はそう思ってます。そのせいもあって、この問題はあまり興味ないのです)。

 

それでも、最高裁は、投票権の平等は憲法の要請である、頭数だけで1人1票というだけでなく、投票価値も平等である必要がある、と昔から言っています。

昨年の衆院選は、一票の格差は2倍前後でしたが、それでも、公職選挙法の改正を長年ほったらかしにした国会の怠慢を違憲とし、その状態で行われた選挙も違憲という判断が相次いでいます。

 

では、違憲の選挙なら無効なのか。あの選挙で議席を得た議員はその地位を失い、安倍総理の指名も無効で、この間に国会が決めたことも全部無効でやり直しとなるのか、というと、それではあまりに混乱が生じます。加えて選挙前の民主党政権が復活するのかと言われたら、なおさらまっぴらな方が大半でしょう。

だからこういうとき、裁判所は、「事情判決」と言って、違憲だけど諸々の事情にかんがみて、すでにやっちゃった選挙までは無効にしない、という判断をします。今回もそうです。

結局それで国会も安心して、選挙区改正をまたほったらかす、という状況が続いてきたのです。

 

今回も、裁判所はこれまでと同じことを言っています。いつか違うことを言ったら、そのときはまたこのブログで書きますが、それまでの間、このテーマについては以上で終わります。

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追伸!

本日(平成25年3月25日)午後1時ころに上記のような記事をアップしたら、とたんに裁判所が発奮したのか(もちろんそういうはずはなく偶然ですが)、広島高裁が選挙を「違憲であり、無効とする」との判決を出したそうです。これは初めての判断です。

なお私は午後4時すぎに配信されたネットニュースでこの判決を知りました。

あの選挙は無効になるのか、その具体的効果が注目されますが、ひとまず今後は、最高裁へ持ち越されて、改めて最高裁の判断を待つことになるのでしょう。

広島高裁の判決の概要が分かりましたら、続報を記載します。