登場人物:小島さん(50代、男性)。南堀江法律事務所の近くで中華料理店「康楽」を経営しており、何かにつけて相談に来られるお得意さまでもある。
山内「おはようございます小島さん。あれ、えらく顔色が悪いじゃないですか」
小島「そうなんですよ先生、私もう、首を吊らないといけないかも…」
山内「どういうことですか、何があったんです?」
小島「明日の正午までに300万円、用意しないといけないんですよ」
山内「ええ? 『康楽』は無借金経営だったでしょう? なぜ急にそんな…」
小島「実は先物取引に手を出してしまったんですよ。大損しました」
山内「ああ、先物ねえ…。その手の相談は多いですが、小島さんもやっておられたとは」
小島「えっ、弁護士さんに相談したら、何とかなるんですか?」
山内「状況をお聞きしないことには、何とも言えないんですけどね、良かったら聞かせてもらえませんか」
小島「1か月くらい前ですけどね、ゴールド物産っていう、金(きん)を扱っている業者の方が、飛び込みの営業に来たんです。これから金相場が上がりますから買いませんか、って勧められて、50万円ほど預けてしまったんです」
山内「それで、儲かったのですか?」
小島「最初は少し利益が出ていたので、追加で投資しました。そのうち、相場が下がりだして、昨日、オイショーで300万円入れてくれ、って言われたんですよ。先生、オイショーって何ですか?」
山内「え、それを知らずに先物取引をしておられたんですか?」
小島「はい、お恥ずかしい限りで…」
山内「じゃ、大ざっぱに先物取引の仕組みを説明しますね。えーと例えば、商品取引所に、3か月後に金2キログラムを500万円で買います、と注文を出すんです」
小島「いやーウチみたいな中華屋に、金2キロも要りませんけどねえ」
山内「もちろんそうでしょう。だから、3か月後が来る前に、それを売ってしまうんです。最近は金の相場が上がってるから、1か月後には金2キロが550万円になっているかも知れない。そのときに転売すれば、50万円の差益が儲かるわけです」
小島「なるほど、それはいい話ですね。でも元手の500万円を用意するのは大変ですなあ」
山内「いえ、3か月後に500万円で買う、と約束するだけですから、今すぐ500万円払うわけではない。ただ商品取引所に、いわば手付みたいに、1割程度のお金を入れておくわけです。ちゃんと取引しますよ、という証拠となるので、証拠金といいます」
小島「そうか、私が最初に預けた50万円は、その証拠金だったのですね」
山内「それも知らずに取引されていたのですか。まあ、続けます。さきのは金相場が高騰したときの話です。逆に相場が下落して、金2キロが450万円になったとしたら、50万円の損失になりますよね。そうすると、3か月後に、500万円を支払って、時価450万円相当の金塊を受け取る、ということになるかも知れない」
小島「いやー、500万円も払えませんし、金塊も要りません」
山内「そうでしょう。ですから、差損の50万円をさっさと支払って、金を安値で転売してしまうことになります」
小島「でも、一時的に相場が下がっても、3か月後が来るまでにまた上がるかも知れないから、金を持ち続けても良いのですよね」
山内「そうです。ただ、50万円だけ預けている状態で50万円の損を出しているわけだから、この時点で証拠金は底をついたことになる。その状況で取引を続けるのであれば、証拠金を追加しなければならないのです。これが、『追証拠金』(おいしょうこきん)、略して『追証』(おいしょう)です」
小島「なるほど、それがオイショーってやつですか、だいたい分かりました。で、私はどうすれば良いでしょうか」
山内「これまでの取引経過を把握したいので、契約書とか、ゴールド物産から送られてくる売買報告書などを見たいのですが」
小島「わかりました。今日はこれから『康楽』のランチの仕込みに入りますので、明日の朝一番に資料をそろえて出直します」
(続く)
注:多くの方には先物取引にまつわる事件はなじみが薄いと思いますが、当事務所の業務内容の紹介も兼ねて掲載します。4回シリーズですが、興味ある方は続編もご覧ください。それから、小島さんはもちろん架空の人物です。