暴力被害相談1 賠償金額の算定

相談者 市川鯛蔵(30代、劇団員)、妻・真於(30代、主婦)

 

山内「はじめまして、弁護士の山内です」

市川鯛蔵(以下「市川」)「市川です」

市川真於(以下「真於」)「妻の真於です」

山内「あれ、ご主人、目がえらく赤く腫れてますね」

市川「そうなんです。殴られたんですよ。そのことで相談に来ました」

山内「暴行を受けたわけですね。そのときの状況をお聞きしましょうか」

市川「それが、私も酔っててよく覚えていないんですが、先週、鶴橋のホルモン焼き屋で飲んでて、他の客のグループとトラブルになったんです」

山内「ケンカですか」

市川「いえ、私は一切手を出していないんです。ただ、一緒にいた友人の話では、私が灰皿にホルモン焼きを入れて、隣のグループ客に『食え』って言ったらしいんです」

山内「なんでまたそんな、もったいないことを」

市川「そのへんは覚えていないのですが。すると隣のグループにいた大柄な男が、怒って殴りかかってきたんです。警察が来るまでに3発は殴られました」

山内「そうですか。あなたの悪ふざけがきっかけとはいえ、向こうから手を出してきたのであれば、向こう側の責任と言えるでしょうね。ケガの程度はどれくらいですか」

市川「医者に全治2週間と言われました。殴った相手に責任を取ってほしいんですが、こういうとき、賠償金はいくらくらい請求できますか」

山内「病院の治療費は実費を請求できます。あと、ケガのために仕事を休まざるをえなくなった場合は、休業損害を請求できますが、あなたの職業は何ですか」

市川「劇団に所属していて、大衆演劇に出ています。ですから、目や顔が腫れていると困るんです。役を降ろされると日給が入らないんですよ。これも請求できますよね?」

山内「あなたの役は何ですか」

市川「えーと、『侍その3』です」

山内「チョイ役じゃないですか。顔も白塗りしておけば、ケガも目立たないはずだし、休業損害が認められるかどうかは微妙ですね」

市川「それだけじゃなくて、うちの劇団の団長からは、無期限謹慎とか解雇とか言われているんです。そうなると収入がずっと得られなくなるんですよ」

山内「それはあなたの日ごろの行ないのせいでそうなったわけですからねえ…。解雇が不当というのであれば、むしろ雇い主を訴えるべきことになります」

真於「あのぉー、妻の私も、精神的に苦痛を受けているんですよ。私のお腹には赤ちゃんがいるんですけど、こんな時期に主人がケガをさせられて、不安で不安で。私のほうから相手の方に慰謝料は請求できるんですか?」

山内「不安なのはわかりますが、直接の被害者以外の人が慰謝料を請求できるのは、被害者が死亡したか、それに近いほどの重傷を負った場合に限られているんです」

真於「じゃあ、私が請求できる金額は、ゼーロー、ですか?」

山内「はい、ゼロです。残念ながら。何ですか、ゼーロー、って」

市川「まあ、真於は黙って聞いてなさい。じゃあ私自身の慰謝料はどうなりますか」

山内「通院を余儀なくされたことについての慰謝料は請求できます。交通事故などで使われる弁護士会基準というのがあって、それをもとに算定します」

市川「全治2週間なら、いくら取れますか」

山内「(算定表を見ながら)えーと、入院なし、通院1か月として、27万円ですから、2週間の通院で完治したら、その半分の13万か14万円くらいでしょうね」

市川「そうすると結局、私が相手に請求できるのは…」

山内「治療費などをあわせて、20万円くらいでしょうか。故意の暴行であるという悪質性を重視すれば、もう少し上乗せして30万円くらい請求できるかも知れませんが」

市川「安いものですね」

山内「後遺症があれば慰謝料はハネあがりますが、2週間で済んで幸いというべきですよ」

市川「わかりました。今日は劇団の稽古があるのでいったん失礼します。ご依頼するかどうかは、妻と一緒に考えさせて下さい」

山内「結構ですよ。ケガが治ったころにでもまたお越しください」


続く 暴力被害相談2

示談しても起訴されることがある

年明けに週刊誌を見て知りましたが、海老蔵の顔面を骨折させたリオン容疑者が、昨年末に起訴されたそうです。ですから現在、リオンは「被告人」ということになります



年末のテレビなどによりますと、海老蔵とリオンの間には「示談」が成立し、互いに賠償金を請求しないという合意に達し、海老蔵もまたリオンの厳しい処罰を求めないとの「上申書」を警察・検察に提出したそうです。

だからリオンは、不起訴で釈放、または略式裁判(書類審査で罰金のみで終わる)になるのではないか、とも言われていたのですが、今後、法廷にて正式の刑事裁判を受けることとなりました。

海老蔵事件自体については、昨年ここでも書いたとおり、特段の興味はないのですが、今回書こうとしているのは、このように、示談になっても起訴されることは充分ありうる、ということです。

私も弁護士ですから、刑事弁護の依頼も引き受けます。リオンのように暴力沙汰を起こして逮捕され、その親などが駆け込んできて、被害者と早く話をつけてほしい、示談して、被害届や告訴状を取り下げさせてほしい、と懇願されることもあります。

もちろん、逮捕直後の刑事弁護人の仕事は、被害者と折衝し、示談をまとめるというのも重要な一つです(それは容疑者のためだけでなく、被害者の被害回復のためでもあります。警察・検察や裁判官は、被害者のために賠償金を取りたててくれるわけではありませんから)。

ただ、示談できれば必ず釈放される、と単純に信じている人も結構いるのですが、それは違います。

たとえば、大金持ちの人が誰かを殺害し、カネにモノを言わせて遺族に何億もの賠償金を渡して、遺族が「示談に応じます、厳しい処罰を求めません」と言ったら、その殺人者は刑事処罰を受けなくても良いのかと言われると、それは誰しも不正義だと感じるでしょう。

結局、示談できたかどうかは、起訴・不起訴を決める際の要素の一つにすぎず、その他、犯行の悪質さや、被害の大きさなどから総合的に判断されているわけです。

示談とはあくまで、被害者が加害者に「これ以上は賠償金を請求しません」というだけの話にすぎません(個人と個人の関係)。
これに対し起訴・不起訴というのは、刑法という国法に反した者に対し、国家が刑罰という制裁を加えるべきか否かの問題です(国家と個人の関係)。

だから両者は別次元の問題で、前者がクリアになったからといって後者の問題もなくなるというわけではないのです。

ということで、リオン被告人の刑事裁判には、多数の傍聴人と取材が来ることになるでしょう。