弁護士が教える「相手を説得する魔法の言葉」

安っぽいハウツー本みたいなタイトルですが、ここ何回かお読み下さった方には「また看板倒れのタイトルだな」とお察しのことと思います。その通りです。このシリーズはこれで最後にしますのでお付き合いください。「弁護士の説得させる言葉」という検索ワードも結構見られるので、それについて少々。

もちろん、ドラクエの呪文でもあるまいし、こういう場面でこう言えば問題が解決する、などという便利な言葉はありません。これは私個人の考えですが、そもそも人は言葉で動くものではないと思っています。


それで思いだすのは、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の一節です。薩摩藩と長州藩を同盟させ、倒幕の原動力を作ったのが土佐藩の坂本龍馬と言われているわけですが、当時、犬猿の仲だった2つの藩の手を握らせた決定的な一言は、坂本龍馬が西郷隆盛に言った「長州が、かわいそうではないか!」であったとのことです。

史実かどうかは知りませんが、これで薩長同盟が成立しました。もちろん、その時代背景や、同盟を組むことの利害得失、龍馬と西郷さんの信頼関係など、いろんな要素が前提としてあって、最後にこの一言で西郷さんを動かしたわけです。それらを抜きにして、口先だけで西郷さんや長州の木戸孝允をいくら口説いたって、同盟は成立しなかったでしょう。

たとえば、誰かが高嶋政伸に対して「美元が、かわいそうではないか!」と言ったところで、この2人が仲のよい夫婦に戻るとは思えません。口だけでは人を動かせないのです。

 

私の浅い経験の中から一つだけ紹介します。

それも泥沼的な離婚裁判で、私は奥さん側の代理人でした。もちろん詳細は書けませんが、長い調停と裁判を経て、ようやく裁判上の和解により離婚条件がまとまりかけました。私は奥さん側の意向を踏まえて、考えうる最高に近い和解案にしましたが、一点だけ、ある財産の所有権をめぐって夫婦が合意できなかった。

裁判を続けていけばその財産を取れないことはないと思いましたが、私には、そこまでこだわる合理性があるとは思えませんでした。

裁判所で当事者が熱くなっているのを、双方の弁護士が割って入り、私はちょっと離れたところでその奥さんの目を見て言いました。「もう、これくらいでいいんじゃないですか」と。奥さんは大きく息を吐いたあと、「わかりました」とのみ言い、離婚条件がまとまりました。

最後、私の一言でまとまったわけですが、それには当然、私がそれまでがんばって奥さん側の意向を離婚条件に反映させてきたこと、そのため奥さんが私を信頼してくれていたこと、長々と離婚裁判を続けることの非合理性を理解する聡明さがその奥さんにあったことなど、いろんな前提条件があります。

それなくして、依頼者にいきなり「これくらいでいいじゃないですか」と言ったら、誰だって弁護士が手抜きしていると思うでしょう。

 

このように、相手を説得させた言葉のみを色々拾い集めてみたところで、それ自体に意味はないのです。

前提であるところの、目の前にいる相手(弁護士の場合は依頼者)のために努力すること、そしてその相手から信頼を得ること、素養(弁護士なら法律知識)を広く持つよう心掛けて、この人が言うなら間違いないだろうと相手に思わしめること、それが肝心なのだと思います。

弁護士の説得の仕方 2

「弁護士の説得の仕方」ということで、引き続き書きます。

私の結論は前回書いたとおりです。弁護士は証拠によって事実を明らかにし、それによって自身の立場の正当性を主張するのであって、それを抜きにして口先だけ、物の言い方だけで事件を解決することはない、ということです。

すでにこのブログやホームページで度々書いたのですが、それでもやはり、「相手を説得してほしい」という相談や依頼は多いです。

前回書いた立退き料のほか、契約上のトラブルとか交通事故とかの際の損害賠償や、離婚や不倫の慰謝料など、金額が問題となる場面で弁護士に頼めば「相手とうまく交渉してくれる」と思う人は多いのでしょう。

 

では、そういう依頼に際して弁護士はどう動くか。前回、刑事事件を例に書きましたが、今回は交通事故を例にあげてみます。

交通事故の被害者からの依頼で、賠償問題を交渉することになれば、弁護士としてはまず、どういう状況で事故が起こったのか、どれだけのケガを負ったのかということを、証拠(警察の実況見分調書とか、医師のカルテなど)によって確認します。

あとは被害者のケガに応じて、賠償額の算定基準というものがあるので、それに当てはめて計算し、加害者(またはその保険会社や、その代理人の弁護士)に提示します。

仮に、基準をあてはめてみたら、400~500万円くらいの賠償金が取れそうだというときに、被害者側の代理人は基準の範囲内で目いっぱいのところ、つまり500万円くらいを請求することが多いです。

加害者にも弁護士がついたら、弁護士同士、裁判になったら賠償基準に照らしてどれくらいの判決が出るか予想がつくので、加害者側としては、基準の範囲内で下のほう、つまり400万円くらいで交渉してくるでしょう。

では、400万か500万か、どうやって決めるかというと、「口のうまいほうが勝つ」わけではありません。双方の当事者の落ち度やケガの度合いなどの事実関係について、証拠に照らして、有利な材料をどれだけ出せるかで決まります。

 

弁護士の交渉のやり方として、特に最近、誤解されているなあと感じるのは、弁護士は「とにかく最初は大きくふっかける」と思われている点です。橋下弁護士が知事になり市長になって、政策決定過程でそのような手法を用いたことから、それが弁護士一般のやり方みたいに思われているフシはあります。

私が依頼者に、予想される賠償額はこれくらいだと伝えると、その2倍くらいでふっかけてください、という人も多いですが、それは政治家やヤクザならともかく、弁護士の交渉のやり方ではありません。多めに請求するとしても上記のように基準に照らして限度があります。

基準に照らして400万~500万くらいが落としどころであるケースで、被害者側の弁護士がいきなり「1000万円払え」と言ったとしたら、加害者側の弁護士は、冷静に話し合う意思がないとみて、「だったら裁判でも何でもどうぞ」と交渉を打ち切るでしょう。

それで裁判をやったところで、証拠も何もないのに1000万円の賠償が認められることなどありえない。弁護士間の交渉でふっかけても放置され自滅するだけなのです。

 

当ブログへの検索ワードを見ていて、どんな話し方をし、どんな言葉を使えば交渉や説得で有利になるのか、という情報を求めている方が多いのだなという印象を受けましたが、弁護士としては、交渉の材料(つまり自分側に有利な事実や証拠)がどれだけ出せるかがすべてであるということを、重ねてお伝えしたいと思います。

弁護士の説得の仕方

「弁護士 話し方」という検索ワードで当ブログに来られる方が多いので、あざといようですが前回、「弁護士の話し方」というタイトルの記事を書いたら、アクセス数がずいぶん伸びました。さらにあざとく「弁護士の説得の仕方」ということで書いてみます。

このテーマ、けっこう誤解されている方も多いのですが、弁護士の話し方に特殊な方法がないのと同様、説得の仕方についても、弁護士に特段のスキルやテクニックがあるわけではありません。

 

私の過去の経験で雑多に書いてみます。私が弁護士になった当初、上坂明弁護士のもとでイソ弁(雇われ弁護士)をやっていたころの、ある相談者の話です。

大先生が出るまでもないということで私が担当しましたが、見るからにチンピラのような風貌の人で、相談内容は、借家の立退きにからんで立退き料がほしい、といったことでした。

事案からして、立退き料はゼロか、よくてせいぜい100万円くらいと私は考えたのですが、チンピラがいうには「最低でも500万円は取ってほしい」と。私が「それは明らかに無理ですよ」と答えると、チンピラは「上坂先生は殺人罪を無罪にしたことがあるんでしょう? それを見こんで来たんですよ」と言いました。

 

たしかに上坂先生は、過去に2、3件ほど、殺人罪で起訴された被告人を無罪にしたことがあります。このチンピラはたぶん、上坂先生が、検事や裁判官を言い負かしたり、被害者の遺族を恫喝したりして、黒を白と言いくるめたとでも理解しているのでしょう。それなら、ゼロ円の立退き料を500万円にすることはわけもないと。

ヤクザならともかく、弁護士はもちろん、そのような解決方法を取りません。上坂先生がどのようにして無罪を取ったかというと、例えば以下のような話を聞いています。

ある被告人が、夜間、A地点で被害者を殺害し、B地点まで運んで遺棄したと疑われている。上坂先生は、知り合いの弁護士に「死体」の役を頼んで、同じ場所で同じ時間に、それを再現してみたわけです。結果、A地点とB地点の間の距離や地形からして、被告人が遺体を運ぶのは物理的にほぼ不可能であることがわかった。そうしたあたりから、検察側の主張を突き崩していったとのことです。

弁護士はこのように、事実と異なる主張に対し、それはおかしいでしょうという証拠を出すことによって、自らの主張の正当性を明らかにしていくわけです。事実や証拠を抜きにして、口先だけで相手を丸めこむようなことはしません。

 

ちなみに、上記のチンピラですが、私がこのことを話しても理解しませんでした。

「だったら他の弁護士を探してください」と私はイソ弁の分際で言いましたが、温厚な上坂先生の意向もあって、引き続き私がその人の訴訟を担当することになりました。結果としては、調停やら裁判やらの末に、相手の譲歩もあり、100万円くらいの立退き料を払ってもらい、それでチンピラも満足しました。

言って分からない人には、「ではあなたの言うとおりにやってみましょう」ということで長い裁判をして、その人が疲れてきたころに「このへんで手を打っときませんか」と当初予定のとおりに話をまとめる。これは私がたまに使うやり方です。「説得の仕方」といえるかどうかはわかりません。