示談しても起訴されることがある

年明けに週刊誌を見て知りましたが、海老蔵の顔面を骨折させたリオン容疑者が、昨年末に起訴されたそうです。ですから現在、リオンは「被告人」ということになります



年末のテレビなどによりますと、海老蔵とリオンの間には「示談」が成立し、互いに賠償金を請求しないという合意に達し、海老蔵もまたリオンの厳しい処罰を求めないとの「上申書」を警察・検察に提出したそうです。

だからリオンは、不起訴で釈放、または略式裁判(書類審査で罰金のみで終わる)になるのではないか、とも言われていたのですが、今後、法廷にて正式の刑事裁判を受けることとなりました。

海老蔵事件自体については、昨年ここでも書いたとおり、特段の興味はないのですが、今回書こうとしているのは、このように、示談になっても起訴されることは充分ありうる、ということです。

私も弁護士ですから、刑事弁護の依頼も引き受けます。リオンのように暴力沙汰を起こして逮捕され、その親などが駆け込んできて、被害者と早く話をつけてほしい、示談して、被害届や告訴状を取り下げさせてほしい、と懇願されることもあります。

もちろん、逮捕直後の刑事弁護人の仕事は、被害者と折衝し、示談をまとめるというのも重要な一つです(それは容疑者のためだけでなく、被害者の被害回復のためでもあります。警察・検察や裁判官は、被害者のために賠償金を取りたててくれるわけではありませんから)。

ただ、示談できれば必ず釈放される、と単純に信じている人も結構いるのですが、それは違います。

たとえば、大金持ちの人が誰かを殺害し、カネにモノを言わせて遺族に何億もの賠償金を渡して、遺族が「示談に応じます、厳しい処罰を求めません」と言ったら、その殺人者は刑事処罰を受けなくても良いのかと言われると、それは誰しも不正義だと感じるでしょう。

結局、示談できたかどうかは、起訴・不起訴を決める際の要素の一つにすぎず、その他、犯行の悪質さや、被害の大きさなどから総合的に判断されているわけです。

示談とはあくまで、被害者が加害者に「これ以上は賠償金を請求しません」というだけの話にすぎません(個人と個人の関係)。
これに対し起訴・不起訴というのは、刑法という国法に反した者に対し、国家が刑罰という制裁を加えるべきか否かの問題です(国家と個人の関係)。

だから両者は別次元の問題で、前者がクリアになったからといって後者の問題もなくなるというわけではないのです。

ということで、リオン被告人の刑事裁判には、多数の傍聴人と取材が来ることになるでしょう。

灰皿にテキーラを入れる行為の法的考察


海老蔵事件に触れたついでに、さらにどうでもよい話を続けます。



週刊誌などの報道では、リオン容疑者の知人(暴走族の元リーダーとかいう人)の「証言」が紹介されていて、最も有名なものは、「灰皿にテキーラを入れて飲ませようとした」というものでしょう。

私は、テキーラよりはスコッチが好きなのですが、どっちであれ酒好きの私としては、灰皿にテキーラを入れるなどというのは、酒に対する侮辱であり、もし本当なら殴られても仕方がないと、感情としては思います。

個人的感情はさておき、ここでは灰皿にテキーラを入れる行為の違法性について検討したいと思います。

まず、灰皿にテキーラを入れること自体は、刑法上の犯罪には何ら触れないでしょう(もちろん店の人には怒られるでしょう)。

昔の有名な判例として、料理屋で皿に放尿した行為が器物損壊罪(刑法261条、3年以下の懲役または30万円以下の罰金)にあたるとされたケースがありま
すが、これはおしっこをかけられた料理皿など心理的に使えなくなるためです。テキーラを入れられた灰皿は、洗えばまた使えます。

また、相手を脅すなどして灰皿のテキーラを無理に飲ませると、強要罪(刑法223条、3年以下の懲役)になります。実際に飲まなくても無理に飲ませようとすると、強要罪の未遂になります。

灰皿テキーラを強要して飲ませて、相手がお腹をこわしたりすると、傷害罪(刑法204条、15年以下の懲役または50万円以下の罰金)にもなるでしょう。

また、他の客がいる店内で「俺の灰皿テキーラが飲めねえのか!」などと大声で凄むと、威力業務妨害罪(刑法234条、3年以下の懲役または50万円以下の
罰金)になりますし、「お前のようなヤツには灰皿テキーラがお似合いだ!」などと侮辱すると、侮辱罪(刑法231条、30日未満の拘留または1万円未満の
科料)にもなりうるでしょう。

では、海老蔵の灰皿テキーラが上記いずれかの犯罪に該当するのだとたら、リオン容疑者がそれに激昂して海老蔵を殴った行為は正当防衛になるのかというと、それはまず無理でしょう。

仲間に侮辱を加えられたから殴ってやり返す、というのは、任侠ものや香港のカンフー映画ならよくある話でしょうけど、現実には許されません。

正当防衛(刑法36条で無罪)が認められるのは、あくまで自分または他人に危害が加えられているときに限ります。

たとえば海老蔵が暴走族元リーダーの口を押さえつけて灰皿テキーラを流し込もうとしていて、そこにリオン容疑者が割って入って海老蔵を突き飛ばした、というようなケースであれば、正当防衛となる余地もあるでしょうが、さすがに海老蔵はそこまでしていないと思います。

ということで、「海老蔵事件を追う」シリーズは以上2回で終了します。

海老蔵事件に思うこと

1週間と少し、更新が空いてしまいました。書きたい話題と、書くヒマさえあれば、連日の更新になりますが、この間はその両方がなかったとご理解ください。



さて、この間の話題として、あえて触れるとすれば、海老蔵でしょうか。

歌舞伎は見ませんがヤマキのCMは好きでして、これは海老蔵がそうめんをうまそうに食べるCMで、季節ごとにそうめんの調理方法が違っていて、日曜日の昼
「新婚さんいらっしゃい!」をぼんやり眺めていると合間にこのCMがよく流れるので、遅めの昼ごはんに「そうめん食べたいなあ」と思ったりするのですが、
あの爽やかにそうめんを食べていた人が殴られて大ケガしたのかと思うと、さすがに最初はびっくりしました。

週刊誌レベルでは、殴った人は東京で恐れられている人で、暴走族やヤクザ社会でも一目おかれていて、海老蔵はそういう裏の社会とつながっていたかのような記事も見かけたりしました。

しかし、その後の報道等を見ていると、「驚愕の事実」みたいなものが出てくるわけでもなく、この一件はおそらくどこまで行っても「酒場のケンカ」のレベルを過ぎないのだろうなと思っています。

ケンカなら、なぜ海老蔵は逮捕されず、殴ったリオン容疑者は逮捕されたかというと、それは簡単です。海老蔵は明らかに大ケガしたけど、リオン容疑者はケガしている様子もないからで、現時点で見る限りではリオン容疑者が一方的に暴行したとしか見えないからです。

実際には、海老蔵がリオン容疑者やその「知人」に手を出しているかも知れないし、そうなればリオン容疑者に正当防衛が成立する可能性もなくはない。そこは今後の事情聴取を待つことになります。

しかし、海老蔵の顔の骨が砕けるほどの暴行を正当化するからには、事前に海老蔵側からよほど強度の暴行を受けている必要があるでしょう。もしそんな状況であれば、リオン容疑者またはその知人は救急病院に搬送されていたはずです。

海老蔵が被害届を出した上で、対応を弁護士に任せたのも、当然のことです。ことを大っぴらにせず、内々のうちに話をつけようとしたら、あれだけ一方的に殴られながら逆に示談金をふっかけられたおそれもあるでしょう。

ということで、本件は酒場のケンカにおいて一方が行き過ぎたというだけの話で、あとはリオン容疑者が正当防衛なのか過剰防衛なのか、それとも単なる一方的暴行なのか、今後粛々と捜査すればよい。それがこの事件に対する私の3番目の感想です。

それにしても、「会員制バー」であれば普通に考えて、常連が安心して飲めるところであり、店主はトラブルが起きないよう気遣わなければならないはずなの
に、一部の芸能人(海老蔵を含む)が幅をきかせていたり、ヤクザまがいの人間が出入りしていたりすることが許容されるとは、東京とは不可解な街だなという
のが、この事件に対する私の2番目の感想です。

そして、酒乱の海老蔵を擁護するつもりはありませんが、ヤマキのCMは好きなので、今後も自粛せずに流してほしいなというのが1番の感想です。