災害対策に「大連立」は要らない

ここしばらく、「災害対策基本法」について書いていますが、私がその際参考にしているのは、我妻栄「法学概論」(有斐閣法律学全集)という、昭和49年に刊行された本です。

我妻栄という、法律を学ぶ者なら誰でも知っているであろう大学者が、国内のあらゆる法律の概要を、憲法を中心に体系的に解説するという壮大な構想の本で、我妻栄はこれを8割ほど書き上げたあと、昭和48年に志半ばで急逝します。その翌年、未完のまま刊行されました。

それによると、災害対策基本法に基づく「緊急事態宣言」の効果について、
「要するに、平時においては法律によるべき事項について政令をもって定めうることである」と述べられています。

政令とは、内閣の発する命令であり、内閣のトップである総理大臣の命令とほぼ同義です。
物資の流通や価格の統制といった、国民の権利・自由に関わることについて、国会で法律を定めるという手間を省いて、総理大臣が直接口出しできることを意味すると、前々回に書いたとおりです。

これをやや大きく捉えると、「国の緊急時に、政府(内閣)は憲法や法律を無視して人権を制限することが許されるか」という問題だということができ、憲法の教科書ではこれは「国家緊急権」という論点として論じられています。

平成7年に阪神淡路大震災が起きたときの総理大臣は、社会党(いまの社民党)の村山富市でした。このとき、災害対策基本法に基づいて緊急災害対策本部を作るべきだという具申を、村山総理は拒否しました。

護憲派・人権派を標榜する社会党ですから、「国家緊急権」など認めない、総理大臣があまりに強い権限を持ちすぎるべきではない、という考えであったと思われます(そのせいで死傷者が増えたのかどうかは、データを見ていないので知りませんが、対応が遅くなったことは否定できないでしょう)。

今回、菅総理は、自民党の谷垣総裁に対し、災害対策のため入閣を要請しました。これは民主党と自民党が連立与党を組む、いわゆる大連立を意味しますが、谷垣氏が拒否したようです。

災害対策のため一致協力すべきこと、そのために与野党挙げて迅速に対応すべきことはその通りですが、だからといって、連立内閣を組むのは、少し間違っていると、私も思います。

迅速に対応するというのなら、上記のように、災害対策基本法に基づく緊急事態宣言を出し、内閣が政令を出せばよい。連立政権を作って与野党一致して法律を作るというのでは、それに比べてずいぶん遅い。

現在、菅総理が出しているのは、前々回書いたとおり、原子力災害特別措置法(平成11年制定)に基づく原子力緊急事態宣言であって、対応できるのは原子力災害に限られ、震災全般についてはまだ迅速な対応ができるわけではないのです。

菅総理も、村山元総理と同じで、災害全般についての緊急事態宣言を出し、そのすべてについて自らの責任と判断において迅速な命令を出すというところまで、ハラを固めたわけではなさそうです。

だから自民党と連立して、みんなで法律を作ってやっていきましょうよというのが、谷垣総裁への入閣要請の趣旨だと思われるのですが、これは結局、責任の所在をあいまいにしてしまいたいという、菅総理の逃げの一手であるように思えてなりません。