記者会見での質問のレベルについて考える

かなり以前のことですが、ある地方の簡易裁判所の受付窓口で、男性(弁護士でなく一般の来庁者)が激昂しているのを見ました。男性が提出しようとしている書類について、何らかの不備があって裁判所の事務官が受理しないことに憤っているようでした。

男性は事務官に対し、「何条や!」と怒鳴りました。つまり、この自分の書類を受理しない根拠は、どの法律の第何条に書いてあるんだ、ということでしょう。事務官は、ため息まじりで奥に引っ込みました。おそらく、六法全書を参照して、該当する条文を見せてあげようとしたのでしょう。


私も法廷での仕事があるので、そのやり取りをそれ以上みていることはできませんでした。

でもその後、この男性は事務官から「民事訴訟法の第何条でございます」と根拠条文を見せられたところで、決して納得はしなかったでしょう。

条文を見せられたら次は、「そんな法律、誰がいつ決めたんや」とでも言っていたでしょう。事務官が「平成7年の通常国会で現行の民事訴訟法が可決成立し、平成8年6月26日に施行されたのでございます」と答えても依然納得しなかったでしょう。もしかしたら小学生みたいに、「何時何分何秒や」とでも言っていたかも知れません。

 

そんなことを思いだしたのは、今朝の新聞記事を見たからです。

内閣府の政務官が記者会見で、福島の原発から出た低濃度汚染水を処理した水の安全性について説明した際、とあるフリーの記者が、「安全というなら飲めますか」と聞いたのに対し、政務官は実際にその水を飲んでみせたそうです。

それを受けてその記者が納得して、「おお、行政のトップである内閣府の人が飲んでみせたんだから、処理水は安全だ」と記事にしたかというと、そんなことは今日の時点で聞かないし、今後もそうでしょう。

その後のやり取りを私は知りませんが、記者は「そんなのパフォーマンスだ」「安全というなら科学的な数値で示してほしい」とでも言ったのかもしれない。もちろん、内閣府としても、飲んだから安全が立証されたというわけではなく、今後きちんと数値で示していく、という見解のようです。

 

とすれば結局、処理水を飲めますか、と聞いた記者の問いは、全く意味のないものだったということになります。飲んだところで納得しないのなら、裁判所の窓口で「何条や!」と怒鳴っていた男性と同じレベルだと思うのです。

安全なら飲んでみろ、という問いは、素人の感情としてなら分かるのですが、記者会見における記者の質問としては、かなり次元の低いものだと思います。

そんな次元の低い問いを発して「したり顔」をしているくらいなら、たとえば小沢一郎被告みたいに会見で恫喝まがいの詭弁を弄する人をやり込めるくらいの質問を発してほしいなと、今回のような報道を見るたびに思ってしまうのです。