土下座をさせると犯罪になるか

「ファッションセンターしまむら」で、従業員を土下座させてその写真をツイッターで投稿した女性が強要罪で逮捕されたというニュースがありました。

強要罪は、刑法223条に定められています。暴行や脅迫を用いて、他人に、義務のないことをさせると成立し、3年以下の懲役となります。

脅すだけなら脅迫罪、脅してお金を取るのが恐喝罪、そして、脅して「する必要のないこと」をさせるのが強要罪です。

買った品物に穴があいていたとクレームをつけて土下座させるのは、明らかに強要罪にあたります。わざわざ写真を撮ってネット上に公開したという犯情の悪質性から、逮捕に踏み切ったのでしょう。

容疑者は当初「強要していない」と言っていたようですが、土下座している様子を周到に携帯カメラを持って待ち構えていたわけですから、状況からして強要したとしか考えられません。

 

もっとも、一般論としては、強要罪というのは、セーフかアウトかの線引きが微妙なことが多いです。

今回のケースで言うと、たとえば、この女性が土下座でなく、「ちゃんと謝ってください」と言っただけだったらどうか。土下座でなく、謝罪の言葉だけを求めた場合です。

法律上は、商品に問題があっても、謝罪する義務などありません。法的義務としては、お金で賠償するか、商品を取り換えるかをすればいい。

では、言葉で謝罪させるのは強要罪になるのか。しかも、強要罪は、脅した相手が何もしなくても、「未遂罪」が成立します。となると、「謝れ!」と言っただけで強要未遂罪になるのか。

 

このあたりをきちんと解説しようとすると、結構複雑で、刑法の教科書みたいになって面白くないので省きます。

ただ実態としては、脅しの内容や程度、相手にやらせた行為などを踏まえて「やり過ぎ」といえる場合に強要罪として立件されている、と理解していただければ、そう間違いはありません。

刑法の解釈・適用がそんな大ざっぱなもので良いのか、という異論もあるでしょうけど、気に入らないことがあれば何でも謝罪させなければ済まないような人が増えている昨今、私はそういう運用で良いと考えます。

 

ついでに話変わって、「半沢直樹」の最終回で、半沢が大和田常務に「やれーー!大和田――!」と怒鳴って土下座させましたが、あれも強要罪にあたると思います。警察に突き出されずに出向で済んだのだから、頭取の温情措置です。

その少し前に、半沢自身、大和田常務に土下座したシーンがありましたが、あれは半沢の意思でやったもので、大和田常務は「土下座してみるか?」と言っただけであって脅迫を用いておらず、こちらは強要罪に該当しないと思われます。

「半沢直樹」がヒットして、気に食わない相手には土下座させる、みたいな風潮になってしまったら嫌だなと思っていたのですが、今回の事件はそういう傾向への警鐘となればよいと思っています。

灰皿にテキーラを入れる行為の法的考察


海老蔵事件に触れたついでに、さらにどうでもよい話を続けます。



週刊誌などの報道では、リオン容疑者の知人(暴走族の元リーダーとかいう人)の「証言」が紹介されていて、最も有名なものは、「灰皿にテキーラを入れて飲ませようとした」というものでしょう。

私は、テキーラよりはスコッチが好きなのですが、どっちであれ酒好きの私としては、灰皿にテキーラを入れるなどというのは、酒に対する侮辱であり、もし本当なら殴られても仕方がないと、感情としては思います。

個人的感情はさておき、ここでは灰皿にテキーラを入れる行為の違法性について検討したいと思います。

まず、灰皿にテキーラを入れること自体は、刑法上の犯罪には何ら触れないでしょう(もちろん店の人には怒られるでしょう)。

昔の有名な判例として、料理屋で皿に放尿した行為が器物損壊罪(刑法261条、3年以下の懲役または30万円以下の罰金)にあたるとされたケースがありま
すが、これはおしっこをかけられた料理皿など心理的に使えなくなるためです。テキーラを入れられた灰皿は、洗えばまた使えます。

また、相手を脅すなどして灰皿のテキーラを無理に飲ませると、強要罪(刑法223条、3年以下の懲役)になります。実際に飲まなくても無理に飲ませようとすると、強要罪の未遂になります。

灰皿テキーラを強要して飲ませて、相手がお腹をこわしたりすると、傷害罪(刑法204条、15年以下の懲役または50万円以下の罰金)にもなるでしょう。

また、他の客がいる店内で「俺の灰皿テキーラが飲めねえのか!」などと大声で凄むと、威力業務妨害罪(刑法234条、3年以下の懲役または50万円以下の
罰金)になりますし、「お前のようなヤツには灰皿テキーラがお似合いだ!」などと侮辱すると、侮辱罪(刑法231条、30日未満の拘留または1万円未満の
科料)にもなりうるでしょう。

では、海老蔵の灰皿テキーラが上記いずれかの犯罪に該当するのだとたら、リオン容疑者がそれに激昂して海老蔵を殴った行為は正当防衛になるのかというと、それはまず無理でしょう。

仲間に侮辱を加えられたから殴ってやり返す、というのは、任侠ものや香港のカンフー映画ならよくある話でしょうけど、現実には許されません。

正当防衛(刑法36条で無罪)が認められるのは、あくまで自分または他人に危害が加えられているときに限ります。

たとえば海老蔵が暴走族元リーダーの口を押さえつけて灰皿テキーラを流し込もうとしていて、そこにリオン容疑者が割って入って海老蔵を突き飛ばした、というようなケースであれば、正当防衛となる余地もあるでしょうが、さすがに海老蔵はそこまでしていないと思います。

ということで、「海老蔵事件を追う」シリーズは以上2回で終了します。