体罰教師はどう裁かれたか 2

前回の続きです。

お読み出ない方は、前回記事の最後の事例を読んでいただくとして、この教師がなぜ無罪になったか、やや理論的に検討します。

 

まず、生徒は教師に叩かれた8日後に脳内出血で死亡しています。紹介した他のケースでは傷害致死罪が成立していますが、この教師は死の責任を問われていない。その理由はというと単純で、叩いたことと死亡したことの因果関係が証明されなかったからです。

人を叩いて死なせるには、相当に強度の力が必要になるでしょう。しかし、叩いた現場を見ていた他の生徒たちの証言からは、そんなに強く叩いていた様子もなかった。また医学的にも、叩かれたところが悪化して死に至ったという証拠も出なかった。

生徒はその当時、もともと風疹のため体調が悪かったそうで、だから脳内出血を生じるのかどうかはわかりませんが、いずれにせよ「叩いたことが原因で死んだ」と検察が立証できない以上、死の責任は問えません。

 

では、叩いたことは事実なのに、暴行罪すら成立せず無罪になったのはなぜか。

それは一言でいいますと、刑法上の「正当行為」にあたるとされたからです。

似たような制度で「正当防衛」というのがあって、これはご存じかと思います。このままでは自分が殺されるという状況で、襲ってくる相手を殺したような場合、形の上では殺人罪にあたりますが、身を守るためにやむをえなかったということで、無罪とされます。

正当防衛を定める刑法36条の1つ手前の35条に正当行為の規定があり、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」(つまり無罪)とされています。

この条文がないと、警察官が容疑者を捕まえるのは逮捕監禁罪、医師が患者の体にメスを入れるのは傷害罪になってしまいます。これらは警察官や医師の「正当な業務」だから許される、ということです。

 

ついでに、民法822条には、親権者は子の監護教育に必要な範囲でその子を懲戒することができる(要約)とあり、親がしつけのために子を叩くことも、「法令」に基づく行為として、許されます。もちろん、限度を超えたり、教育とは関係ない虐待であったりすると、罪になります。

そして、学校教育法11条では、教師は教育上必要があるときは、生徒に懲戒を加えることができる(要約)とあります。しかし親と違うのは、この条文に但し書きがあって、「ただし、体罰を加えることはできない」と明確に定められていることです。

したがって、条文をただ普通に読むと、教師は体罰を加えてはいけない、学校教育法で禁止されているのだから、体罰を加えたら正当行為でなくて犯罪になる、ということになります。

 

ですので、生徒を叩いた教師を無罪にした昭和56年の東京高裁の判決は、条文をただ普通には読まなかったということになります。つまり一定範囲で体罰を許したわけですが、その論理については次回、詳細に述べる予定です。

体罰後の自殺について行政は責任を負うのか

大阪市立桜宮高校のバスケ部の主将が、顧問の体罰を苦に自殺した事件が、連日報道されています。

この事件、法的に、民事上・刑事上の責任をどこまで問えるかというのはかなり単純な問題でして、ここで少しだけ整理しておきます。

 

まず、体罰を与えた顧問の教師は、刑事責任を免れないでしょう。唇が切れ、ほおが腫れあがるほどに殴ったことは、刑法上の傷害罪に該当します。学校教育法11条でも、教育上、懲戒を加えることはできるが、体罰は許されないと定められています。

(実は、教師が生徒を殴った事例で、有罪になったケース、無罪になったケースといろいろあるようなのですが、これはいずれ、きちっと調べて書きます)

 

では、顧問の教師に、生徒の「死」についても刑事責任を問えるか、つまり傷害致死罪で立件できるかというと、それは無理でしょう。傷害致死罪は、典型的には、殴ったら死んだ、というケースに適用されるものです。

今回、生徒は自殺という方法を選んだわけです。それが日常用語的に「教師が死に追い込んだ」という言い方ができるとしても、刑法上の「因果関係」を肯定するのは困難でしょう。

 

では、民事上の賠償責任はどうか。教師と、学校の設立母体つまり大阪市が今後、民事責任を問われることは考えられるでしょう。この場合も、自殺という結果について責任を問えるか否か、事実関係に照らして充分に検討されるべきことでしょう。

もちろん私も、この事件の結末が悲惨なものであり、亡くなった生徒は可哀そうというほかないという心情は持っています。しかし、法律上の因果関係を認めるためには、本当にその結果が必然的なものであったのか、少年にとって他のやりようがなかったのかなど、冷静に検討する必要があります。

またそのことが、今後の同種の事案を防止することにもつながるはずです。

 

法律的にはその程度の話なのですが、今回、私が違和感を禁じえないのは、大阪市の橋下市長が出てきて、責任は100%行政にある、と断言していることです。

弁護士でもある橋下市長がそこまで言うからには、因果関係などを議論することなく、賠償金をすべて支払う、という趣旨であると、多くの人は感じるのではないでしょうか。

しかし、そうだとすると、今回の事態を本当に検証することにはならないでしょう。それに行政の責任だとすると賠償金は大阪市から出ることになる。大阪市民として高い市民税を払っている私個人的には、本当に全額、市の責任なのか、きちっと検討してほしいと思います。

今回は悲惨なケースだから、それでいいじゃないか、と考える大阪市民も多いでしょう。しかし、そういう前例を作ってしまうと、あの市長のことですから、大衆ウケしそうな場面で出てきては「行政の責任だ」と言い、事実の検証もなく大阪市の財政からばんばんとお金を出しかねない。そういう意味で、今回の市長の対応は疑問なのです。

 

それから、今日の朝刊では、橋下市長が、桜宮高校の体育部の入試を中止すべきだと言ったという報道もありました。ここまで行くと私は、田中真紀子(元)文部大臣が大学の設置を許可しないとか言いだした一件を思いだしたのですが、そのあたりの法的考察は次回に書きます。