大阪簡裁法廷にて。第2回弁論。
裁判官「では、原告・市川さんと、被告・伊藤さんの間に成立した、和解条項を確認します。被告は原告に賠償金25万円を支払うこととし、今月末から5回に渡り、月5万円を原告指定の口座に振り込むこととする。本件についてはこれをもって清算されたこととし…(後略)。原告も被告も、これでよろしいですか。被告の伊藤さんは、条項どおりにきちんと支払ってくださいね」
伊藤「はい、わかりました。ご迷惑をおかけしました」
簡裁ロビーにて、市川夫妻と。
市川「早めに和解でカタがついて良かったです。最後には伊藤も謝ってくれたし」
真於「伊藤さんって、私、もっと争ってくると思ってたんですけど」
山内「刑事事件で有罪になってますからね。勝ち目はないと分かっていたんでしょう。それに、略式裁判を受ける前に、警察や検察にこってりしぼられて、少しは反省もしたんじゃないですか?」
真於「あのぉー先生、賠償金も値切られましたし、それに5回の分割払いだなんて、反省してくれたのかどうか、ちょっとわからないんですけど」
山内「いや、それでも相場の範囲内でしょう。伊藤さんは弁護士もつけずに一人で裁判所に出てきたんですから、金銭的に余裕がないんでしょう。余裕のない人に過大な賠償金を求めても、払えないと言われれば、取り立てようもないんです。それでも、払えそうなギリギリの条件であれば、何とか算段をつけて払おうとしますから」
市川「うん、そんなもんだよ真於。多少の無理ならがんばれるけど、全く無理なことなら、開き直って、煮るなり焼くなりしてくれ、ってなるだろうからね」
山内「そうですね。それに、そう言われても、相手を煮たり焼いたりできないですからね」
市川「まあ、もとはと言えば、私が酔って不用意なことをしたのが原因ですから、請求額の半分でも相手が認めてくれたのであれば、充分だと思っています」
山内「鯛蔵さん、失礼ながら、今日はえらく理解がありますねえ」
市川「ええ、私も今回の一件で、自分の振舞いをいろいろ考えさせられました。あの事件の日に戻れるとしたら、自分に『行くのをやめなさい』と言ってやりたい気持ちです。過去には戻れないんで、これから自分自身を律していきたいと思います」
山内「ええ、そういう気持ちがあれば、きっと今後トラブルに巻き込まれることもないでしょう。真於さんも、鯛蔵さんを支えていってあげてください」
真於「はい、わかりました。ありがとうございます」
山内「では私はこれで…」
真於「あ、そうそう、あなた、あのこと、先生に報告しなくちゃ」
市川「あ、そうだ、先生、今度の舞台で、ついに大きな役をもらえることになったんですよ」
山内「それはおめでとうございます。やはり時代劇ですか?」
市川「ええ、詳しくは知らないんですが、『切腹』とかいう映画を大衆演劇でリメイクするらしいんです」
山内「ほお、『切腹』ですか。仲代達矢演じる主人公が、かつて身内を切腹に追いやった相手に敵討ちをして、最後に自身も切腹して果てるんです。私も観ましたが、なかなか壮絶な映画でしたよ。じゃ、市川さんは仲代達矢の主人公役ですか?」
市川「いえ、主人公の身内に切腹させる人の役だそうです」
山内「ああ、悪役ですか…。いや、それでも重要な役どころですよ。いずれにせよおめでとうございます。がんばってくださいね」
市川「ありがとうございます。お世話になりました」
了