告訴を受理させる50の方法 3

(前回のあらすじ)明子さんから1000万円以上の借入れを受けていた正夫が、詐欺罪の容疑で逮捕された。

 

告訴から約1年、ずいぶん時間がかかりましたが、警察は少しずつ動いてくれていたようです。

ほどなく、正夫の刑事事件担当の弁護士から電話連絡が入りました。示談にしたいという申入れでした。逮捕(3日間)、勾留(10日~20日間)を経て、起訴されるまでの間に話をつけたいということです。もちろん、容疑者側の弁護人なら当然すべきことです。

「では、1000万円は返してくれるんですか?」と私は聞きました。

その弁護士が答えたのは「本人にはお金がなくて、親も裕福ではないので…」といったことでした。

やはりそうきたか、と思いました。逮捕されたところで、払うお金がないと言われればそれまでです。ならばケジメとして、正夫には刑務所に行ってもらおうという気持ちでした。しかしその弁護士は続けました。

「両親がかわりに月2万円ずつを返しますから、話はつきませんか」と。

それで1000万円を返すとなれば、何十年の分割弁済です。あまり現実的な話でないし、明子さんが了承するとも思えない。

 

念のため、明子さんの意向を確認しました。すると意外にも「示談します」と。最終的に明子さんは「告訴取り下げ書」まで書いてあげて、正夫は不起訴で釈放されました。

自分がした告訴のために相手が逮捕・勾留されていることが忍びないと感じたためか、他の理由があったのか、何にせよ男女の愛憎というのは、よくわからないものです。

ともかく、こうしてこの刑事事件は終結しました。

 

このケースで警察が動いてくれたのは、以下のポイントによると思います。

1 男が若い女性に結婚までちらつかせて繰り返し金銭をせびったという悪質性。

2 明子さんの通帳の記載から、いつ・いくらを正夫に貸したかという証拠が残っていること。正夫のような若い男性に何百万円もの借金を返せるあてがあったとも思えないので、「詐欺の故意」(最初から返すつもりはなかった)を証拠づけできたのだと思います。

3 先に民事事件としてできることはすべて手を尽くしていたこと。警察も、民事事件として処理できることをいきなり告訴されても、動こうとはしないでしょう。

 

しかしそれでも、警察が動いてくれたのは告訴から1年後です。民事裁判であれば、単純なお金の貸し借りのことなら1年もかかりません。さらに、警察が動いたところで、「返す金がない」と言われたら、どうしようもない。

このように、他人を告訴するのは、仮に警察が動いてくれたとしても、手間と時間は通常の民事裁判よりも大きく、経済的な成果が得られるかどうかも、やってみないとわからないという、極めて不安定なものでしかないのです。

だからお金の問題で相手を告訴するようなことは、お勧めしません。

 

もう少し続く。

告訴を受理させる50の方法 1

阪神の金本氏のことで告訴について少し書いたついでに、もう少し付け加えます。以下、金本氏の一件とは離れて、あくまで一般的な話としてお読みください。

警察が告訴を受理するのに慎重になりがちであり、私もそれはやむをえないと思うと書きました。

私自身、弁護士として実感しているのは、告訴は乱用されがちであるということです。旧ブログでも書きましたが、「民事崩れ」といって、本来は民事事件として解決されるべきことであるのに、相手を警察に告訴しておけば自分が有利になると考えて、告訴状を出そうとするケースはかなり多いです。

私が弁護士になって間もないころですが、ある会社の経営者(Aとします)が、知人(Bとします)の会社に資金を融通したが、返金を求めても応じない、どうしたらいいか、と相談してきました。以下、私とAさんの会話。

山内「貸金返還請求の裁判を起こすことになるでしょうね」

A「いや、誠意のない相手ですから、民事裁判じゃなくて、詐欺罪で告訴して刑事事件のほうに持ち込みたんですわ」

山内「単にお金を返してくれないというだけでは詐欺罪にはなりませんから、警察は告訴を受理しないと思いますよ」

詐欺罪というのは、最初から騙し取るつもりで金品を受け取った場合に成立します。返すつもりだったけど資金繰りが苦しくなって返せなくなったという場合は詐欺にあたらない。あとは債務不履行(契約違反)の問題として、「約束どおりお金を返せ」という民事裁判の問題となる。

もちろん、このAさんは会社を経営するくらいですから、その程度のことは知っています。引き続いて、けろっとした顔で言いました。

A「ええ、ですからそこは、先生にねじ込んでほしいんです」

私は何だかがっかりしました。このAさんは、とうてい刑事事件にならないものを、弁護士を利用して告訴状をうまく警察に「ねじ込んで」刑事事件にしてしまおう、と考えているのです。私はAさんの依頼を断りました。

しかし、このAさんほどあからさまに言わないにしても、同じことを考える相談者は大変多いです。これら相談者の思考はこうです。

1 民事裁判を起こしても、手間と費用と時間がかかるし、訴えた相手がきちんとお金を返してくれるかどうかわからない。

2 弁護士に依頼して警察に告訴すれば、警察が動いてくれる。

3 警察が動き出せば、相手は驚いてすぐにお金を返してくる。

と考えるわけです。

上記の1は確かにその通りで、2・3に期待する気持ちがわからなくもないですが、諸葛孔明の戦略でもあるまいし、そんな期待どおりにことが進む可能性は極めて低いのです。

次回以降、具体例を紹介しつつ、このことに触れます。

阪神・金本、恐喝容疑で告訴 1

阪神タイガースの金本氏が恐喝で告訴されたとの件について触れます。

週刊誌や新聞によりますと、金本氏は、知人と設立した投資ファンドをめぐって億単位の損失を出し、その知人を脅してカネを返せと迫った、として告訴されたとか。金本氏側は、事実無根と主張しているそうです。

私自身はあまり野球に関心がなく、人から好きな球団を聞かれたときに、話をあわせるために取りあえず「阪神」と答えておく程度なので、この事件、どちらの言っていることが正しいのかは、それほど興味がありません。いずれ何らかの形で明らかにされるでしょう。

興味を持ったのは、新聞報道によると、告訴状はまだ警察に受理されていない、という点です(17日産経朝刊など)。スポーツ新聞のネット記事などを見ますと、「預かり状態」にあるとのことです。


当ブログでも何度か触れましたが、告訴というのは、刑事事件の被害者が、警察・検察に対して被害を申告するとともに、容疑者を刑事裁判にかけて処罰してくださいと願い出ることを言います。

刑事訴訟法上、これを受けた警察は、必要な捜査をした上で、検察に報告(送検)しなければならず、検察は事件を起訴するかしないかを決めなければならない。つまり警察・検察にとって、仕事が増えてしまうわけです。

そのために警察がよくやるのが、告訴状を受理しない、という手なのです。

警察は、ひとまず話は聞きました、という態度を取っておいて、告訴状の記載のここを修正してくれとか、証拠になる資料を持ってきてくれとか、あれこれ言って、告訴状をつき返すのです。

ただ、「参考のために」と言って、警察官が告訴状のコピーを取って、そのコピーを預っておくことも多いです。上記の「預かり状態」とはこういうことです。告訴状そのものを正式に受理したわけではなくて、コピーを参考に預っただけだから、まだ捜査を始めなくてもよい、ということです。

 

特に今回の事件でいえば、捜査開始となれば、金本氏を事情聴取したり、金本氏の自宅の家宅捜索をしたりしないといけない。かなりの大ごとになるでしょう。それで何も出てこなければ、またもや警察・検察の失態ということになってしまう。

ですからよほど容疑が固まった状態でないと、今後も告訴状は受理しないでしょう。逆に言えば、現時点で警察は、金本氏の容疑はそんなに高くない、と見ているのだと思われます。今後、告訴した知人男性が、証拠資料や詳細な供述によって容疑を裏付けていかないと、警察は動かないでしょう。

この件、次回にもう少し続く