なぜNHKと受信契約を結ばなければならないのか

NHKが、受信契約を締結しない世帯を相手に、契約を締結せよと求める裁判を起こしたそうです。これまで、受信契約を締結していた人に受信料の支払を求める裁判はありましたが、契約してない人に契約の締結を求める裁判は初めてのことだとか。

 

このように、NHKが受信契約を求める法的根拠は放送法の64条です。条文には、「協会(日本放送協会つまりNHK)の放送を受信することのできる受信設備(つまりテレビ)を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」とあります。

受信料の徴収係の人が自宅に来て、「テレビを置いてある家は受信料を払わないといけないと法律で決まっているんですよ」と言われたことがある人もいると思いますが(私も学生時代の下宿先で言われた)、実はこれはマヤカシで、法律には「払わないといけない」とは書かれていなくて、「契約を結ばなければならない」とあるだけなのです。

 

こういうまだるっこい条文の定め方になっているのは、以下の理由によります。

そもそも、なぜ私たちがNHKに受信料を支払うかといえば、「受信料を払うからNHK放送を見せてほしい」という「契約」が存在するからです。しかし契約というものは、当事者(この場合は個々の視聴者とNHK)の間での「合意」が必要です。でも我々が電器屋からテレビを買ってきて自宅に置いたところで、NHKとの合意は存在しない。合意もないところにいきなり受信料を請求するのは、「個人の意思の自由」を重視する近代法の大原則に反するのです。

だから、放送法の条文では、受信契約を締結しないといけない、という定め方にとどまっているのです。

 

しかしこれも考えてみればおかしなことです。個人の意思の自由からして、結びたくもない契約を強制的に結ばされるいわれはないはずです。

たとえば、結婚というのも一種の身分上の契約といえますが、男性が片思いの女性に対し、強制的に「私と結婚せよ」と裁判を通じて求めることができるか、というと、そんなことは認められるはずがありません。

ですから、契約することを強制されるというのは、かなり例外的な事態なのです。

例として他に思い浮かぶのは、少し前にここでも紹介した原子力損害賠償法の7条で、原子力事業を行おうとする者は事前に一定額(現在は1200億円)の保険をかけておかないといけない、というものです。これは、原子力災害が発生した場合に備えて、いやでも事前に保険契約を結んでおかないといけないという趣旨で、原発の危険性からして、例外的に契約を強制しているのです。

 

NHK放送が、契約強制という例外的な法制度に則ってまで存続を図られるべきなのか否か、と言う点は、人それぞれの考え方があると思います。

ただ私個人としては、「条文の仕組みがやや例外的である」という点に純粋に興味を惹かれただけでして、現行の制度に異存があるわけではありません。うちの息子もNHK教育放送が大好きですし(「Eテレ」とかに改称したのはあまりいただけない)、受信料もきちんと払っています。民放が無残なまでにつまらない昨今、我々が一定の負担をかぶってでも公共放送は存続させる必要があると思っています。