先物取引被害相談4 証人尋問から事件終了まで

大阪地裁 第420号法廷。ゴールド物産の男性社員の証人尋問。

 

山内「あなたが小島さんの先物取引の担当者だったのですね」

社員「はい」

山内「あなたが担当されているときに、金のデイトレード、つまり1日のうちに買ったり売ったりが繰り返されているのですが、これはなぜですか」

社員「ええ、買ってすぐに金相場が上がることもあるので、その日のうちに売って、利益を確定させたいと、小島さんがおっしゃったのです」

山内「小島さんは毎日、中華料理店の仕込みで忙しいのだから、相場の動きを見て頻繁にあなたに電話するのは困難だったはずです。あなたが取引を主導したんでしょう」

社員「私から携帯に電話することもありましたけどね。そのときは出られなくても、後からかけなおしてくれました。デイトレードのことはきちんと説明して、小島さんにも納得してもらっていました」

山内「では、金相場が下落しているときにまでデイトレードをしているのはなぜですか。そんな状況で売れば損をしてしまうでしょう」

社員「いえ、相場がこれから大きく下がりそうなときは、下げ幅が少ないうちに売ったほうが、損失は少なくて済むので」

山内「それから、最初は金の取引を勧めておりながら、途中から、とうもろこしや大豆の先物にも取引が拡大しているのはなぜですか」

社員「これも、金だけの一点張りよりは、複数の銘柄で取引をしたほうが、リスクも分散できるということで、私と小島さんでよく相談して決めたことです」

山内「しかし、とうもろこしと大豆の買いを入れた3月○日の午後といえば、小島さんは上海に食材の買付けに行った帰りで、飛行機の中におられたと思うのですが、よく相談したって、どうやって連絡を取り合ったのですか」

社員「えー、ですから、小島さんが関西空港に着いたときに、電話連絡をしたんですよ」

山内「海外帰りで慌しいのに、小島さんが冷静に判断できる状況であったと思いますか」

社員「いや、小島さんの状況は知りませんけど、とにかく連絡して、納得してもらって買いを入れたんですよ」

(後略)

 

同日、証人尋問終了後、裁判官室にて。

 

裁判官「たしかに、小島さんのような先物取引の素人に、1か月で500万円も出させたのは、やりすぎの感があります。小島さんが落ち着いて判断できない状況下で取引が拡大させられた部分はあるでしょう。それにゴールド物産がデイトレードで多額の手数料を得たことも否定できない」

小島「ええ、そのとおりですよ」

裁判官「しかし、50代の分別ざかりの男性で、しかも自身で料理店を経営しているほどの方が、先物取引のことは何もわからなかったとか、損失を負うリスクが理解できなかったとか言っても、頷けないところもあります。軽い考えで先物に手を出した小島さんにも、落ち度はある」

小島「は、はあ、そうですなあ…」

裁判官「これは私の考えですが、双方の落ち度にかんがみて、ゴールド物産側は小島さんに、損失額の6割を返還するということで、和解するのはいかがでしょうか」

ゴールド物産の代理人弁護士「6割かあ…。ちょっと厳しいなあ。まあ、会社に連絡を取ってみましょう」

 

同日、南堀江法律事務所にて。

 

小島「いやあ、まあ何とか、首はくくらずにすみました」

山内「ゴールド物産が6割の返金に応じてくれてよかったですね。和解金の300万円は、今月末までに振り込まれるようです」

小島「残りの200万円は損しましたけど、これも勉強代と思えば我慢できます」

山内「そうですね、本業でがんばるのが、何より手堅く儲かるものです」

小島「ありがとうございました。また明日から『康楽』でコツコツやっていきます」


こうして、「康楽」にひとときの平和が訪れました。しかしこのときすでに、次なる波乱が幕を開けようとしていたのでした。


(注:先物取引を行なっている方に限らず、誰にでも平易に読めることを主眼に書いておりますので、先物取引の仕組みや、裁判でのポイントなどは、ずいぶん単純化して書いております。ご了承ください)

先物取引被害相談2 投資の引き際

小島さんの相談、前回の相談の翌日、資料を見ながら。

 

山内「なるほど、こういう取引状況でしたか。で、元はと言えば、なぜ小島さんが先物取引など始めることになったのですか」

小島「それがまあ、ゴールド物産の営業の女の子がかわいかったもので…」

山内「ああ、飛び込み営業は女性社員だったのですか。先物業者がよく使う手ですね。どんなふうに勧誘されたのですか」

小島「これから金の価格は絶対あがりますよ、って彼女が言ったんですよ。これって詐欺ですよねえ」

山内「はい。『絶対に儲かりますよ』なんていうセールストークは、『断定的判断の提供』と言って、商品先物取引法でも明確に禁じられています。でもそのへんは、後から『そんなこと言ってない』と言われたら、それでおしまいですね」

小島「でもそれだけじゃなくて、そもそも先物取引の仕組みなんて、山内先生にお聞きするまで何もわかっていなかったですのに」

山内「まあ、でも、契約書を見ると、損失が生じるリスクはひととおり書いてあります。だから、全く説明がなかったというのも、通りにくいでしょうね」

小島「そうですか…。じゃあ、どんなところから攻めていけばいいんでしょう」

山内「言った言わないの話ではなくて、客観的な事実から追及すべきでしょうね。小島さんは、最初は50万円だけの取引だったのが、次第に取引金額が増えて、最終的には500万円にもなった。どうしてこんなに取引が増えたのか、そこがポイントの一つです」

小島「最初は儲かっていたので、営業の女の子に乗せられて、金を買い続けたんです。でも相場が下がると、担当が変わったとか言って、上司の男性社員が追証を払えって、やかましく言ってきたんです」

山内「担当者がころころ変わるのも、よくある話ですね。最初は若くて親しみやすい社員が出てきて、調子のいいこと言って投資額を膨らませる。相場が悪くなったら担当が変わる。前の担当の子が調子いいこと言ってたのとは打って変わって、追証を入れろときつく言ってくる」

小島「まさにそうでしたよ。本当に、ゴールド物産の連中は鬼ばかりですよ。私もお店の仕込みで毎日忙しいし、中国に行って食材の買い付けもしてるんです。そんな状況でも、担当者が入れかわり立ちかわり電話してきて、冷静な判断のしようがなかったんです」

山内「そうして熟考するひまもなく、取引が膨らんでいったのですね」

小島「それにしても、300万円も追証を払えとは…」

山内「昨日言いましたように、500万円の証拠金はあくまで手付けみたいなもので、実際は5000万円相当の金を買う契約をしているわけです。相場が上がれば利益も大きいですが、逆に、ちょっと下がっただけでも大きな損失が出るんです」

小島「私、どうしたものでしょうかねえ」

山内「これまで預けた500万円がパーになることを覚悟して、ここで取引から撤退するか、または、300万円の追証を上積みして、金相場の回復にかけてみるか、どちらかですよ」

小島「先生、どちらがいいのでしょうか…」

山内「いや、私は法律家ですから、法律のことなら何でも聞いていただいていいのですが、金相場のことは、全く判断のしようがありません。そこは、小島さんに決めていただかなくてはなりません」

小島「どうしようか、困ったなあ…」

山内「でもね、あえてどちらが良いかと聞かれたら、撤退することをお勧めしています。追証を積んで、回復できればいいけど、損が膨らむだけかも知れない。でも撤退すればこれ以上の損失は出ない。そうしておいて、あとは、先物業者との交渉や裁判を通じて、損した分を取り返すのです」

小島「なるほど、わかりました。このあと、ゴールド物産の担当者に連絡して、取引は終了すると伝えます。えらく損したから、うちのカアチャンには怒られるだろうけど、これから先生、弁護を頼みますよ」

山内「え、あなたの奥さんに弁解するのに私が立ち会うんですか? それはちょっと怖い…」

小島「いや、先物業者のほうですよ。少しでも損を取り返してください。正式に依頼いたしますので」

山内「ああ、そっちですか。わかりました。お引き受けします」

 

(続く)

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先物取引被害相談1 先物取引とは

登場人物:小島さん(50代、男性)。南堀江法律事務所の近くで中華料理店「康楽」を経営しており、何かにつけて相談に来られるお得意さまでもある。

 

山内「おはようございます小島さん。あれ、えらく顔色が悪いじゃないですか」

小島「そうなんですよ先生、私もう、首を吊らないといけないかも…」

山内「どういうことですか、何があったんです?」

小島「明日の正午までに300万円、用意しないといけないんですよ」

山内「ええ? 『康楽』は無借金経営だったでしょう? なぜ急にそんな…」

小島「実は先物取引に手を出してしまったんですよ。大損しました」

山内「ああ、先物ねえ…。その手の相談は多いですが、小島さんもやっておられたとは」

小島「えっ、弁護士さんに相談したら、何とかなるんですか?」

山内「状況をお聞きしないことには、何とも言えないんですけどね、良かったら聞かせてもらえませんか」

小島「1か月くらい前ですけどね、ゴールド物産っていう、金(きん)を扱っている業者の方が、飛び込みの営業に来たんです。これから金相場が上がりますから買いませんか、って勧められて、50万円ほど預けてしまったんです」

山内「それで、儲かったのですか?」

小島「最初は少し利益が出ていたので、追加で投資しました。そのうち、相場が下がりだして、昨日、オイショーで300万円入れてくれ、って言われたんですよ。先生、オイショーって何ですか?」

山内「え、それを知らずに先物取引をしておられたんですか?」

小島「はい、お恥ずかしい限りで…」

山内「じゃ、大ざっぱに先物取引の仕組みを説明しますね。えーと例えば、商品取引所に、3か月後に金2キログラムを500万円で買います、と注文を出すんです」

小島「いやーウチみたいな中華屋に、金2キロも要りませんけどねえ」

山内「もちろんそうでしょう。だから、3か月後が来る前に、それを売ってしまうんです。最近は金の相場が上がってるから、1か月後には金2キロが550万円になっているかも知れない。そのときに転売すれば、50万円の差益が儲かるわけです」

小島「なるほど、それはいい話ですね。でも元手の500万円を用意するのは大変ですなあ」

山内「いえ、3か月後に500万円で買う、と約束するだけですから、今すぐ500万円払うわけではない。ただ商品取引所に、いわば手付みたいに、1割程度のお金を入れておくわけです。ちゃんと取引しますよ、という証拠となるので、証拠金といいます」

小島「そうか、私が最初に預けた50万円は、その証拠金だったのですね」

山内「それも知らずに取引されていたのですか。まあ、続けます。さきのは金相場が高騰したときの話です。逆に相場が下落して、金2キロが450万円になったとしたら、50万円の損失になりますよね。そうすると、3か月後に、500万円を支払って、時価450万円相当の金塊を受け取る、ということになるかも知れない」

小島「いやー、500万円も払えませんし、金塊も要りません」

山内「そうでしょう。ですから、差損の50万円をさっさと支払って、金を安値で転売してしまうことになります」

小島「でも、一時的に相場が下がっても、3か月後が来るまでにまた上がるかも知れないから、金を持ち続けても良いのですよね」

山内「そうです。ただ、50万円だけ預けている状態で50万円の損を出しているわけだから、この時点で証拠金は底をついたことになる。その状況で取引を続けるのであれば、証拠金を追加しなければならないのです。これが、『追証拠金』(おいしょうこきん)、略して『追証』(おいしょう)です」

小島「なるほど、それがオイショーってやつですか、だいたい分かりました。で、私はどうすれば良いでしょうか」

山内「これまでの取引経過を把握したいので、契約書とか、ゴールド物産から送られてくる売買報告書などを見たいのですが」

小島「わかりました。今日はこれから『康楽』のランチの仕込みに入りますので、明日の朝一番に資料をそろえて出直します」

 

(続く)

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注:多くの方には先物取引にまつわる事件はなじみが薄いと思いますが、当事務所の業務内容の紹介も兼ねて掲載します。4回シリーズですが、興味ある方は続編もご覧ください。それから、小島さんはもちろん架空の人物です。