コロナ特措法の仕組み 吉村知事と西村大臣の発言から

● 知事と大臣の発言内容

ここ数日の吉村府知事と西村経済再生大臣の応酬について、法的考察を付け加えたいと思います。
このところ、コロナ特措法関連の記事が続いており、特に前回あたりから、個人的な興味に基づき相当細かい話になっておりますが、興味ある方と、行政法の勉強中の方はお付き合いください。

ご存じのとおり、吉村知事は、府下における諸々の自粛解除に向けた「大阪モデル」を公表するに至りました。これについてはいろいろ意見もあるとは思いますが、個人的には、経済が止まっている状態があまりに深刻なので、ひとつの見識だと考えています。

吉村知事は、付け加えて「本来は国で示していただきたかったが、それが示されないということになったので、府としてのモデルを決定したい」と述べたそうです。

これに対し西村大臣が「大きな勘違い」であると述べ、「自粛要請は都道府県が独自に行うもの」だと指摘し、解除の基準を設定するのも都道府県で行うべきものだと指摘しました。

ここでは、政治家としてどちらが望ましいスタンスであるかということはさておいて、コロナ特措法の解釈だけを論じます。その観点で言えば、西村大臣の発言の方が正しいのは明らかです。

● コロナ特措法の基本的な仕組み

これは、コロナ特措法の規定が、緊急事態において、国(政府)と都道府県・市町村にどのように権限を分配しているか、という問題です。ごく大ざっぱにいうと、この点は以下の3つに整理できると思います。

① 政府は緊急事態であるかどうかを判断し、その判断に至ったら都道府県知事に対して一定の権限を与える。

② 知事はその権限に基づいて当該都道府県にて各種要請を行う。

③ 政府は何もしないわけではなく、知事に対し必要な指示を与えることができ、一定の重要事項については自ら決定する。

個別の条文については、すでに、4月6日の記事でほぼ説明したとおりです。

まず①について。
政府は、新型コロナが蔓延するおそれがある場合、期間と地域を決めた上で、緊急事態宣言を出すことができ、そのために地方自治体に必要な指示をすることができる(コロナ特措法32条)。これが、「緊急事態宣言が出た(発出された)」ということを意味します。

次の②は、このようにして権限を与えられ都道府県対策本部長となった知事は、当該都道府県の住民に対して、自宅待機要請ができるとか、営業自粛の要請や指示ができることになります。4月6日の記事の1~5に示したものがこれに当たります。

③は、国(政府対策本部長)は全体的調整という観点から、都道府県に対し指示(20条、33条)ができる。
また、重要な事項で全国一律に行うべきものについては、依然、国が決めることになる。
4月6日の記事の6番に記載した、債務の支払猶予(モラトリアム)がこれに当たります。主語が「内閣」となっている点にご注意ください。

● 「大阪モデル」はどのレベルの問題か

この整理でいくと、吉村知事がいま大阪府で営業自粛等の要請をしているのは、②のレベルのことです。この自粛要請をどのような基準で解除していくかという「大阪モデル」も、②の問題です。

②は、国が知事に一定の権限を与え、知事はこれに基づき一定の(営業自粛等の)要請ができる、という次元の話です。

これを受けて、知事の判断としては「うちはそんなにひどい状況じゃないから営業自粛要請はしないよ」という判断もありうる。
現に吉村知事は、私の記憶では3月中旬ころ(大阪市内の小中学校で臨時休校が始まったころ)、「新型コロナの特徴や弱点もわかった」と述べ、今後大阪では自粛も不要になるかのような発言をしていた。

一方で、営業自粛の要請を行うのであれば、その解除も含めて、知事の権限と判断ですべきことになります。

政府は、③に基づき、必要な指示はできるものの、都道府県内での営業自粛に対して、何らかの基準を示さないといけない立場には(コロナ特措法上は)ない。

むしろ、各都道府県のことはその実情に応じて、知事が適切に自粛要請や解除を行うのが望ましいし、コロナ特措法もそういう考え方で作られているはずです。
なので、政府が都道府県レベルでの営業の自粛や解除の基準を示すのは、行き過ぎということになる。

● 結び

だから、法律を読む以上は、その解釈論としては、西村大臣の言っていることが正しいことになります。繰り返しますが、これは法律の解釈上の話であって、経済的に何がいいとか、政治家としてどちらが望ましいかという話は度外視しています。

吉村知事は元が弁護士であるだけに、この法律の仕組みはよくよくわかっていて、ツイッター上で西村大臣に「お詫び」を述べたそうです。

お詫びは要らないと思うし、大阪府のことは吉村知事の権限の範囲内ということが改めて確認されたので、どんどん「大阪モデル」を発信されたら良いと思いますし、もちろんその結果については責任を取ってもらいたいと思います。

コロナ特措法 もし閉店「指示」が出されていたら

以下の記事は令和5月1日に初めてアップロードしましたが、その後の状況を踏まえて追記し、またそのため長くなったので読みやすいように項目を分け、小タイトルを付しました(5月7日)。

● 休業の「要請」と「指示」の違い

大阪府内で、閉店の要請(コロナ特措法45条2項)を受けたパチンコ店がいずれも休業に応じたとのニュースがありました。この問題がいったんこれで収束すれば良いと思います。

いまから述べようとしているのは、もし、パチンコ店が休業に応じず、閉店の指示(45条3項)に至っていたとしたら、どうなっていたかという問題です。

45条3項の「指示」が、法的にどのような効力を持つかというと、指示を受けた側は、それに従う義務を負う、とされています。

では、パチンコ店が閉店の指示を受けて、閉店しなかったらどうなるかというと、すでに述べたとおり、強制的に閉店させることもできないし、罰則もない。

国が作成したガイドラインによると、2項の要請は「行政指導」だけど、3項の指示は「行政処分」なので、指示をするためには、その相手(パチンコ店主)に弁明の機会を与えないといけないとのことです(なお私は手元に国のガイドラインがなく、新聞報道に書かれていたことに基づいて書いています)。

行政指導は、字面のとおり、役所が私人に指導をして、相手の合意のもとに一定の行動を促すことです。行政処分は、役所が一方的に判断するもので、その結果として、ある私人の免許を剥奪したり、一定の行為を命じたりすることになる。

行政処分の具体例として分かりやすいのは、公安委員会が交通違反を繰り返した人の免許を取り消すとか、税務署が脱税をした人に対して重加算税を課すことなどです。免許取消しを受けてなお自動車を運転すれば無免許運転で処罰されるし、重加算税をかけられて支払わないと財産の差押えを受ける。

一方で、コロナ特措法45条3項の「指示」は、したがわなくても強制も罰則もないのだから、行政処分と言えるのか、個人的には疑問を感じます。もっとも、行政指導と行政処分は必ずしもハッキリ線引きできないことも少なくないですし、国が「行政処分だ」と言っている以上は、その前提で進めます。

行政処分は、上述のとおり、行政の一方的判断で、私人にあることを命じ、命じられた側はそれに従うべき義務を負います。

● 行政処分には「弁明の機会」が必要

そのため、手続きには慎重と適正を期するということで、行政手続法という法律が定められています。上記の「弁明の機会」は、この法律に定められています。

その13条1項によると、私人に不利益な処分をするにあたっては、その私人に対し、弁明の機会を与えるか、または、一定の場合には聴聞会を開く必要があります。この2つの違いは細かくなるので書きませんが、少なくとも、自分の弁明を聞いてもらえる機会はもらえると理解してください。

ただし、その次の13条2項によると、弁明の機会をとばしても良いとされている例外があり、その1号には「公益上、緊急に処分をする必要があるため、弁明の機会のための手続を取れないとき」(要約)と定められています。

ここ数日の新聞報道では、閉店の指示をするにあたっては、本来は弁明の機会を与える必要があるけど、吉村知事としては、緊急の場合であるのでその機会を与えない方針である模様だ、といったことが書かれていましたが、これは、上記の行政手続法13条のことを念頭に置いているわけです。

● 休業「指示」の後はどうなるか

最終的に、この段階でパチンコ店が閉店に応じたわけですが、もし閉店指示まで進んでいたらどうなったか。

一つには、パチンコ店が依然それを無視して、相変わらず多数のお客さん相手に商売していたことも考えられる。そうすると、それ以上何もできなかったはずです。もっとも、そこまでやると、パチンコ店全体のイメージダウンにもなるだろうし、それを気にしない客がいっそう殺到して、従業員の健康が危ぶまれたでしょう。

もう一つのやり方としては、行政処分を受けた側は、その処分を、行政不服審査や、行政訴訟といった手続で争うことができる。 その際には、そのパチンコ店が閉店するのがやむえない状況であったか、また、行政手続法に基づく聴聞の機会を与えずに閉店指示を出したことの適法性であったかなどが問われたでしょう。

指示がもし違法であったとすれば、違法な指示により閉店に至ったことによる損害について、大阪府に対する賠償を求めることになる。パチンコ店主側がそれなりに腹を決めてここまでやれば、コロナ特措法下で初の行政訴訟となり、司法により一定の法解釈が示され、今後のモデルケースとなるでしょう。

結果としてはそこまでに至ることなく、閉店に至りました。その理由は、吉村知事個人の覚悟と頑張りがあったことを認めるにやぶさかではありませんし、それを受けて府の職員もパチンコ店に対する説得を重ねたでしょう。パチンコ店側も最後の最後で理解を示した。

しかし、たびたびここで述べておりますように、今回の事態は、コロナ特措法の欠陥や中途半端さを露呈させました。

おそらく、今後は、強制力や罰則も含め、より強い規定にすべきだ、という議論が出てくると予想します。その際には、行政は緊急事態にどこまで個人の自由を制限できるのかという問題を、憲法レベルまでさかのぼって検討すべきだし、また、それとセットで強力な経済支援策も打ち出してほしいと思っています。

● 追記

5月1日に以上のことを書いてアップロードした約2時間後に、ヤフーニュースで、兵庫県で3か所のパチンコ店に対し閉店の「指示」が出されたと知りました。その後、千葉、神奈川、新潟、福岡などで指示が出たようです。その上でなお、営業を継続している店舗もあるようです。

パチンコ店側も、従業員の生活など、抱える問題は多々あるのでしょうけど、行政処分を受けた以上、正攻法としては、上記のとおり、行政不服審査などの方法で堂々とその言い分を主張されてはどうかと思います。

店名公表に見る特措法の限界について

● 店名公表とその結果

4月24日(金)、大阪府の吉村知事は、大阪府内のパチンコ店6軒に対し、個別に閉店の要請を出したと、明らかにしました。コロナ特措法45条2項と4項に基づく措置です。

まずは24条9号でパチンコ店全体に対する休業の要請を出し、従わない人に個別に電話や訪問等で休業の指導をし、それに従わなかったために45条2項に基づく個別の休業要請をし、同4項でその旨を公表した、ということになります。

個別の条文の解説は、4月22日の記事をご覧ください。

私がこの記事を書いたとき、念頭にあったのは、私が日ごろお世話になっている店、たとえば個人経営の小さなバーや居酒屋などです。そういう店には、よっぽどのことがない限り、個別的要請や店名公表まで行かないだろうということを伝えたくて書きました。

パチンコ店に休業要請と店名公表をしたことで、私自身、思いもしていなかった結果となりました。ご存じのとおり、一部の店舗は、店名公表を受けてなお、営業を継続した。その営業中の店舗には、その情報を聞きつけて、むしろ客が殺到した。

店名公表という判断は正しかったのか。新聞やネットを見る限り、いろんな立場の人から、いろんな意見が出ていますが、私としては法律家の立場から、以下の一点を指摘します。

つまり、コロナ特措法は、営業自粛の要請に対して、店名公表までしかできないということです。

大半の事業主は、店名公表などとは不名誉なことであり、商売あがったりになるのでそれを避けようとする。しかし、店名公表をものともしない店主と多数の客が存在した場合、その店が現に営業を続け、客が群がったとしても、何もできないわけです。

このことは、コロナ特措法の限界として、すでに指摘したとおりですが(4月6日の記事)、早くもその顕著な実例が明らかとなったわけです。

これを根本的に解決するには、コロナ特措法を改正し、従わない人に対する罰則を定めるなどする必要があります。現行法は、「本当に開き直った人に対して何もできない」仕組になっているのです。

● 現行法で何ができるか

今回の事態について、私が指摘したいのは上記の点(コロナ特措法の限界)につきるわけなのですが、あえて、現行法下で、何かできるのか、検討してみます。

たとえば、パチンコ店の営業許可は都道府県の公安委員会が出すわけですが、公安委員会が営業許可を取り消すことができるか。

これは、公安委員会が定める基準(建物の広さや防音設備など諸々)を満たしていないなどの事情があれば別ですが、知事の要請に従わなかったとの理由で免許を取り消すのは無理と思われます。

むしろ、行政手続法32条2項に「行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取り扱いをしてはならない」と定められてあり(大阪府行政手続条例30条2項も同趣旨)、それに反するおそれがある。免許取消を行政訴訟で争われると公安委員会側が敗訴する可能性が高いと思います。

あと、ネット上で拾った面白い意見としては、パチンコ店の前の道路の工事を開始して客が入れないようにする、というのもありました。店の前を府道か市道が走っているだろうから大阪府か大阪市の権限で工事を開始するというものですが、これも同様に「不利益な取り扱い」ということになるでしょう。

結局、営業を続けるパチンコ店に対して、法的には、これ以上にできることはなさそうです。

ちなみに、店名公表された6店のうち、2店は閉店したが、残る4店にも抗議の電話などが続き、さらに1店が閉鎖した、という話を聞きました。

さすがにそれを吉村知事が意図したとは思えませんが、法律で及ばないところを、私人相互での監視や抗議といった圧力で補わせるというのは、およそ近代の法治国家においてあってはならないことです。

● 多少の雑感

ここからは、法律の解釈論を離れた私の感想です。

店名公表の措置は、パチンコ店にむしろ客が群がってしまったわけで、人の密集を回避するという意味では失敗に終わったと言わざるを得ません。

営業をやめないパチンコ店を見て、私自身は弁護士だから「法的にはそれ以上できません」と言えば済む。でも吉村知事は行政のトップだから、引き続き対処を求められることになるでしょう。

これまで、橋下氏以降、松井市長・吉村知事といった維新の人たちは、既成の権威・権力を批判し否定することで大衆的な人気を勝ちとってきたわけですが、今回、パチンコ店に群がる大衆を、どう統御するのかという困難な問題に行き当たったように思えます。

松井市長と吉村知事は、そのあたりはたくみに「国はこれまでギャンブル依存症の対策をしてこなかった」と言い出し、抽象的に「国」に責任の所在があるかのように言い始めました。

もちろん、ギャンブル依存症対策を今から始めたとして、毎日のようにパチンコ店に人が群がる問題を解決できるわけではないので、何かのせいにするのでなく、現状に対していかなる対処をするのか、その見識と手腕が試されることになります。

営業自粛要請についての若干の感想 2

コロナ特措法に基づく休業要請について、さらに個人的な感想を続けます。

● 氏名公表制度の趣旨は

知事から個別の自粛要請や指示(コロナ特措法2項・3項)に応じない業者の氏名・店名は、同4項に基づき公表されることがある、と前々回に解説しました。

もっとも、この4項、すでに述べたとおり、「知事は、2項の要請または3項の指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない」という内容であり、氏名・店名を公表することは必ずしも明記されていない。

これはあくまで私の解釈なのですが、この条文のもともとの趣旨は、行政に従わない個々人の氏名をさらすというものではないはずです。

むしろ逆で、行政が個々人の商売に口を挟み、閉店の要請や指示をしたときは、そのことを公に開示しなさい、ということであろうと考えています。行政が強権発動をする以上はそのことを明らかにし、誤りがあれば批判できるような状態にしておきなさい、ということであって、つまり、行政を縛る趣旨のものです。

だからこそ、条文の体裁は「知事は…しなければならない」という、知事に対する命令調のものになっているのです。

そもそも、コロナ特措法や、少し前に紹介した災害対策基本法など、緊急事態のことを定める法律は、そうした事態において、政府や知事といった行政のトップに一定の権限を与えつつも、その濫用を戒めるためにあるのです。

要請・指示を行った相手の氏名・店名が公開されるのは、あくまでその事実を明らかにするために付随するものでしかない。

であるのに、行政のトップが、ことさらに「氏名公表」を持ち出すことで、本来は行政に対する縛りであるはず規制が、私人に対する「制裁」として利用されることに、少し危惧を持っています。

● 大阪府の給付金の報道を見て感じたこと

そんな危惧を持ちながらこの記事の草稿を書いていたら、ネットニュースで、大阪府で売上げが減少した事業者に対する給付金を給付する際、その事業者名を「公表」する方向で調整していると知りました。

名前を公表されるのは、当人にとっては単純に考えて恥ずかしいことであるし、世間の風当たりを受けることも想像できる。それなのにあえてそのようなことを公表する積極的な理由が考えにくい。

実際は、事業者が委縮して給付金の申請をしないように仕向けているとしか思われないのです。

そうすると、大阪府の行政のトップ(司法研修所の同期で同じクラスだった者としてあまり名指ししたくないけど吉村知事です)は結局、コロナ特措法に基づく氏名公表の制度も、やはり「制裁」としか考えていないのではないか、と疑わざるを得ない。

● 氏名公表制度にはどんなものがあるか

さて、少し話を広げて、他にも、行政に従わない人の氏名を公表できるような制度があるのかと思って調べてみました。

いくつかの都道府県・市町村の条例レベルだと、わずかながら、行政指導に従わなかった場合に、その事実その他の必要な事実を公表できるとの例があります。

ただし、その場合は、事前にその相手方に意見を述べる機会を与えたり(佐賀県行政手続条例31条2項)、外部の審議会に諮って意見を聞く(横須賀市行政手続条例35条3項)、などの事前手続きが要求されています(以上は、大橋洋一「行政法Ⅰ」第4版 有斐閣 p287以下を参照しました。上記の各条例はネットで検索すると全文を参照できます)。

つまり、行政指導に従わない場合に、制裁的に氏名を公表するのは、制度としてはわずかな例外を数えるのみであり、しかも事前の手続保障が要求されています。

● 今後の運用にトップの姿勢が表れる

コロナ特措法による個別の要請・指示をするにあたっても、事前によくよく「お願い」をはじめとする適切な指導をすべきであり、住民の健康確保のために合理的な指導をしてなお従わないという相当悪質な場合に限って、個別の要請・指示と氏名公表が行われるべきです。

あくまで、必要かつ合理的な行政指導が主、氏名公表は副次的なもので従、と考えるべきであって、制裁としての氏名公表を最初からちらつかせて営業自粛を迫るのは本末転倒と言えるでしょう。

繰り返しますが、コロナ特措法は、緊急事態において、政府や知事といった行政のトップに、一定の権限を与えつつも、その濫用を戒めるための法律です。

45条2項・3項の要請・指示と、4項の氏名公表が今後どのように運用されるか。そこに、各自治体のトップが、個々の市民の苦境を本当に切実に考えているのか、もしくは単に、制裁や恫喝で従わせようとしているだけなのかが、表れてくると思います。

営業自粛要請についての若干の感想 1

前回、休業要請と店名公表との関係で、コロナ特措法45条2項から4項の内容をわりと詳細に紹介しました。これに関して、以下、いくつかの雑感を述べます。

● パチンコ店が想定されている?

4項によれば、閉店などの措置の要請や指示を名指しで受けると、その事実(名称を含めて)が公表されることになります。

現在、吉村知事ら行政のトップが、どこまでのことを考えているかはわかりませんが、新聞やネットでの記事を見ると、パチンコ店なんかを想定しているようです。

ごく個人的には、私はパチンコはしないし、現在もなおパチンコ店の開店前に行列を作る人たちの気持ちがわからないので、まあいいかと思ってます。

ただ、自分に関係のない規制だと思って行政が強い権限を行使するのを放置すると、いずれそれは自分の身の回りに及んできかねない、との懸念から、前回、コロナ特措法で行政はどこまでのことができるのか、条文を細かく参照してみた次第です。

● 「バー」は規制対象か?

もう一つついでに、個人の関心で書きますが、私の好きなバーなんかは規制の対象になりうるのか。

前回紹介した政令の11条1項11号には「キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールその他これらに類する遊興施設」と規定があります。

お酒をメインに出すバーはここに含まるか。おそらく、行政当局としては、「その他これらに類する遊興施設」に含まれていると考えているようです。だから大阪はじめ各都市でも、バーはナイトクラブと一緒くたにして、閉店の要請(特措法24条9項の、お願いレベルのもの)が出された。

私が好きな、街はずれに明かりを灯し、寡黙なマスターがいて、客がしずかにスコッチウイスキーなんかを傾けているバーが、キャバレーやナイトクラブに「類する遊興施設」だとは、とうてい思えないのですが(キャバレーやナイトクラブを低く見る趣旨ではありません。キタでもミナミでも、お世話になってるクラブはありまして、私も営業再開を望んでいます)。

4月24日追記。大阪府のホームページに、24条9項による休止を要請する施設として明記されていました。「キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール、バー、 ヌードスタジオ、のぞき劇場、ストリップ劇場、 個室ビデオ店、ネットカフェ、漫画喫茶、カラオケボックス、 射的場、勝馬投票券発売所、場外車券売場、ライブハウス 等 」とあります。バーとストリップ劇場を同じグループにカテゴライズするとは噴飯ものです。)

ただ、私の通っている小さいバーであれば、面積1000㎡超の要件を満たすところはないので、よほどのことがない限り、厚生労働大臣の指定に基づき個別の要請を受けることもないであろうと思っています。

もっとも、私が前回と今回に分けて長々と書いてきたこうした「理屈」は、私がいちおうは法律の専門家だから、直接条文に当たって知りえたことであって、世の中の大半の善良なバーの店主は「自粛要請が出てるから店を閉めとこう」と判断すると思います。

現に、私の知る大阪のバーの多くが、自主的に営業を見合わせておられます。

現時点では単なる「お願い」レベルの要請でしかなくても、お客さん相手の仕事であり、かつ、世間の風当たりを多少は気にしないといけない以上は、そうならざるをえないでしょう。

だからこそ、国・地方自治体としては、バーに限らず、休業中の事業主に対する手当を早急に進めてもらいたいと思うのです。

(続く)

営業自粛要請と店名公表 どのように行われるか

コロナ特措法の話をもう少し続けます(法律の正式名称は前回の記事に書いたとおり「新型インフルエンザ等対策特別措置法」ですが、引き続きこの用語を使います)。

大阪府の吉村知事が、営業自粛要請に従わない施設の氏名・名称を公表すると言い出し、国レベルでも西村経済再生大臣がそんなことを言うようになりました。

そんなことができるのか、と思って、改めてコロナ特措法を読み直しまして、結論を先に言うと「できる」ということになりそうなのですが、このことについて解説します。

今回はやや詳細に書いたため長くなりますが、長くて読むのがしんどい方は、末尾の「まとめ」のところだけでもご参照ください。

なお、この記事を最初にアップロードしたのは令和2年4月22日(水)です。その後、明らかになったことなどを踏まえて、追記することがあり、その場合は追記した旨を明記します。

● 自粛「要請」を受ける対象施設・・・45条2項

前々回の記事(4月6日付)の「2 施設の利用制限」のところで紹介した、コロナ特措法45条をもう少し詳しく書きます。

条文を直にご覧になりたい方は、このリンクを参照ください(→コロナ特措法の条文)。

45条2項によると、知事は、「新型インフルエンザ等(コロナもここに含まれる)のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるとき」に、その施設の管理者に対し、施設の使用制限・停止その他の必要な措置を要請することができる、とあります。

「施設」には何が含まれるかというと、学校、社会福祉施設、興行場、その他政令で定める施設、とされています。

このうち興行場とは、興行場法1条1項で「映画、演劇、音楽、スポーツ、演芸又は観せ物を、公衆に見せ、又は聞かせる施設」とされています。

また、政令で定める施設とは、新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令11条に規定されており、ざっと書いてみます。はしょって書くので、詳細に見たい方はリンク先の条文にあたってください(→施行令の条文)。

1 学校

2 保育所、介護老人保健施設等

3 大学、各種学校

4 劇場、観覧場、映画館演芸場

5 集会場、公会堂

6 展示場

7 百貨店・マーケット等

8 ホテル、旅館

9 体育館、水泳場、ボーリング場等

10 博物館、美術館、図書館

11 キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール、これらに類する遊興施設

12 理髪店、質屋、貸衣装屋等

13 自動車教習所、学習塾等

ただし、上記の3から13については、建物の床面積の合計が1000㎡を超える施設に限るとされています。小さくて人の出入りが少ないような個人商店を規制の対象外とする趣旨でしょう。

もっとも、これにもさらに例外があり、1000㎡以下の広さの施設であっても、特に必要があると認めるときは、厚生労働大臣が学識経験者の意見を聞いた上で、上記3~13の施設を規制対象に含めることができるとされています(施行令11条1項14号、同2項)。

以上がコロナ特措法45条2項の「要請」の対象です。

● 自粛「指示」・・・45条3項

45条の3項には、知事の営業停止措置などの要請を受けた施設管理者が、これに従わなかったとき、「特に必要がある」場合には、その管理者に、措置を行うよう「指示」できる、とされています。

以上のように、コロナ特措法45条2項の要請と、3項の指示は、条文を読む限り、特定の施設・店舗を名指しして行われるものと読めます。

● 現在の要請のレベルは?

いま、東京や大阪で、居酒屋は夜8時まで、ナイトクラブは閉店、といった要請が出ていますが、これは、個々の店主に対するものでなく、業種全体に対するものですから、2項・3項に基づくものではなさそうです。

では何かというと、これは、24条9項にある、 都道府県対策本部長は公私の団体に「必要な協力の要請」ができる、という条文に基づくものです。

45条1項には、住民全般に対し必要な協力を要請できる、という条文があり、これに基づいて住民全般に自粛要請が出ていますが、これと同じレベルです。

なので、現時点(この記事を最初にアップロードしたのは4月22日)でのレベルでの営業自粛要請を無視して営業したところで、直ちに氏名・店名が公開されたりするわけではない。

で、今回の吉村知事なり西村大臣なりの発言は、今後は、全般的なお願いレベルの要請ではなくて、2項・3項に基づく個別的な要請・指示をしていく、ということを言っているのでしょう。

● 氏名等の公表・・・45条4項

とはいえ、個別的な要請であれ指示であれ、強制力がないのは、前々回の記事に指摘したとおりです。なので、行政が無理矢理にお店や施設を閉鎖させることはできません。

その代わり(と言うべきかどうかわかりませんが)、氏名・名称の公表をすることが考えられます。

氏名・名称の公表は、その次の4項に根拠があり、このように定められています。「知事は、2項の要請または3項の指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない」(一部要約)と。

条文には、店名・施設名やその管理者名を公表できると明記されているわけではありません。

とはいえ、「その旨」(つまり要請・指示を出したこと)を公表するにあたっては、おそらく、たとえば「大阪府〇市〇〇所在のナイトクラブ『バクテリア』オーナーの〇〇ケメ子に対し、2週間の閉店措置を要請しました」といったことが公表され、必然的に名前も明らかにされる、ということになるでしょう(当然ながら上記店名・人名は架空のものです。浜村淳さんがたまにラジオで言ってるやつです)。

4月27日(月)追記。吉村知事が4月24日、大阪府内の6店舗に、2項に基づく要請を出し、4項に基づき店名を公表しました。6店舗すべてパチンコ店であるようです。4月27日の記事

・・・・・・

● まとめ

長々と書いてきましたが、ここまでのところで、以下のことが言えそうです。

現在(4月22日)、コロナ特措法45条2項・3項に基づく個別のお店・施設に対する閉店などの要請・指示は出ていない。

いま、業種レベルで営業時間短縮や閉店の要請が出ているが、これはその業種全般に対するお願いレベルのもの(24条9項または45条1項に基づくもの)であって、45条2項・3項の個別の要請ではない。したがって、いまの時点で、居酒屋が夜8時を越えて営業したり、ナイトクラブが営業したりしても、いきなり氏名・名称が公開されることはない。

今後、施設管理者や店主に対し、個別の要請・指示が来ることはある。ただし、1000㎡を超えるような大きい施設でない限り、個別の要請・指示は来ない。

小さい店でも個別の要請・指示が来ることは、将来的には考えうるが、それには、厚生労働大臣が外部の学識経験者の意見を踏まえて規制対象を広げる必要がある。そして現時点でそんな動きはない。

個別の要請・指示を受けると、4項により、要請・指示を受けた事実が公表され、その中で、氏名、店名などが明らかになる。ただし、行政側としても、いきなりそんなことはしたくないはずなので、個別の要請・指示の前段階として、「お願い」をしてくるはずである。

なぜなら、個別の要請・指示ができるのは「国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるとき」という要件を満たす場合に限ります。不用意に要請・指示をしてしまうと、要件に達していないのに閉店を命じられ、氏名まで公表されて風評被害を受けた、と行政訴訟で争われる可能性があり、敗訴してしまうと賠償責任が発生するからです。

ひとまず以上です。余力があれば続きます。

緊急事態宣言 どこまでの強制力が認められるべきか

前回、コロナ特措法に基づく緊急事態宣言の内容を紹介しました(なお、法律の名前は、前回書いたとおり、「新型インフルエンザ等対策措置法」であり、それが新型コロナにも適用されるようになった、ということなのですが、以下「コロナ特措法」の用語を使います)。

● 強制力はなくて良いのか、またそもそも、なぜ強制力がないのか

緊急事態宣言が出ても、多くは「要請」が引き続き行われるだけであって、個々の住民の行動はそれほど規制されないし、一部の外国のような罰則があるわけでもありません。

むしろ、緊急事態宣言というのに「その程度でええの?」と感じた方も多いかと思います。

その点は、おそらく、日本人の国民性からして「要請」であっても多くの人が従うだろうから、「命令」や「罰則」によらなくても相当の効果があげられる、ということなのでしょう。

しかし、常にそれで解決するのかというと、そんなことはない、と、今回明らかになった部分もあります。

たとえば、外国から日本に帰ってきて、熱がある人に対し検査を求めたところ「応じない」と言って帰ってしまったというケースが複数ありました。

感染症法(正式名称は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」)という法律には、一定の感染症(新型コロナもこれに含まれるようになりました)にかかっている人に対し、知事が入院するよう勧告し、それで従わない場合は入院させる措置も取れると定められています(19条)。

しかし今回のように、熱はあるけど感染しているか否かハッキリしない人に入院や検査を強制することはできない。コロナ特措法にも、こういう場合に検査や入院をさせる根拠規定はありません。

そのため、ごく一握りの、要請に応じない人がいたとして、それに対しては何らの強制ができないわけです。

結果として、要請に応じる大多数の人がバカを見る結果になりかねないし、要請に応じない人からの感染が拡大するリスクを除去しえない。果たしてそれで良いのか、今回疑問に感じた人も多いでしょう。

もっとも、一般論で言うと、法律や政令で、個々の国民の移動や生活を、あまり厳密に縛ることは、日本国憲法の定める人権との兼ね合いで違憲となる可能性が出てきます。

● 大日本帝国憲法下ではどうであったか

そこで、緊急事態における政府の措置がどうあるべきか、住民にどこまでの強制ができるのか、これを考えるにあたって、過去の制度にさかのぼって検討することとします。

(以下の記述は、昭和49年に出版された、有斐閣法律学全集に所収の故・我妻栄「法学概論」を参照しております。この書籍は、私があまり知らない分野の法律を参照する際、その法律が法体系全体の中でどういう位置づけや特色を持つのかを知るため、常に参考にしています。)

まず、戦前までさかのぼって、大日本帝国憲法のころはどうだったかというと、緊急時には、天皇陛下が戒厳令を出し(14条)、法律に定めるべき事項は緊急勅令を出す(8条)ことができました。

実際、大正12年の関東大震災のときは、そういう対応だったようです。

このように、緊急事態を宣言するということは、平時であれば国会において法律で定めるべき事柄を、急ぐ必要があるので政府が政令で定めることを許容する、ということを意味します(戒厳令や緊急勅令と言っても、立憲君主制ですから、実際は政府が決めて天皇陛下の名で出していたはずです)。

このように、本来は国会で法律で決めないといけないことを、国民の生命身体を保護する必要があるときに、政府が決めることを「国家緊急権」と言います(憲法の教科書的には、もっと複雑な定義なり解釈なりがあることは理解してますが、研究論文でもないのでその点は省きます)。

戦後できた日本国憲法には、戒厳令や緊急勅令など、国家緊急権に相当する条文はありません(その理由は、GHQが日本政府にあまり強い権限を持たせたくなかったからでしょう)。

● 戦後にできた災害対策基本法の内容

とはいえ、関東大震災のような災害に見舞われたらどうするかとの観点から、また直接的には、昭和34年の伊勢湾台風による東海地方の災害を受けて、昭和36年に災害対策基本法が成立しました。

これは前回少し述べたとおり、新型インフルエンザ等対策特別措置法と似ている部分があります。

たとえば、コロナ特措法では自宅待機要請ができるように、災害対策基本法では、災害地において住民に対する避難指示ができます(60条)。

政府が災害緊急事態を宣告すると、供給が不足している生活必需品の流通を制限でき、生活に必要な物の価格の上限を決めるなどして価格統制でき、金銭債務の支払についてモラトリアムをもうけることができる(諸々の支払の期限を延ばす)、といった定めがあります(109条1項)。

もっとも、この法律が成立するまでの経緯は簡単ではなかったようです。理由は、この法律が、日本国憲法に定めのない国家緊急権を認めたものではないのか、政府に対して憲法上の根拠なく国民の生活に対する規制を認めるものではないのか、という指摘が寄せられたからです。

ちなみに、「法学概論」を読む限りでは、その指摘をしたのは当時の社会党でしょう。このころの社会党は最近の野党よりはよっぽどしっかりしていたようです。モラトリアムを労働者の給料については適用しない(従業員の給料の支払を延ばすのは認めない)としたのは社会党の主張によるとの記載があり、これはもっともなことだと私も思います。

災害緊急事態において政府ができることを相当に限定して、この法律がようやく成立したあとも、この法律の合憲性を疑問視する学者の見解もあるようです。

● 改めて、コロナ特措法の限界について

それで、現代に戻ってきて、コロナ特措法に関して私見を書きます。

住民に対して自宅待機の「要請」しかできないとか、施設に対しても使用制限の「要請」またはせいぜい「指示」しかできないというのは、昭和の災害対策基本法のときと同じ問題を引きずっているからでしょう。

あまりに強い規制を定めると、憲法違反との指摘が出て、法律がなかなか制定できないし、成立後の運用においても常に憲法違反の問題が出てくるからです。

だから法律としては「要請」という「お願いベース」のものにならざるをえない。物資の収用みたいに強制力と処罰規定がある条文もあるけど、それはコロナ特措法全体から見るとわずかでしかない。

そして、今回の検査拒否みたいに「お願い」に従わない人が出てきたらどうなるかというと、結論として、現行法下ではどうもできない、ということになるでしょう。

日本国憲法とコロナ特措法を読めば、そういう結論にならざるをえません。そして、それで良いのかどうかというと、私には疑問を感じざるを得ません。

最近、ネット上での議論を見てますと、私の同業者(弁護士)や一部の議員の方の中には、「今回のことを踏まえて、憲法上も国家緊急権を認めるべきだ」という意見があり、一方では、「コロナ特措法等での緊急事態宣言と、国家緊急権は別問題だから、コロナ問題にかこつけて憲法改正に結び付けるべきではない」という意見もあります。

私は、コロナ特措法の解釈適用は、憲法を前提に、その枠内でしかできないのだから、この2つが別問題であるはずがなく、コロナ特措法の改正にあたって、根本的には国家緊急権についてどう考えるかを論じる必要があると考えております。

では、憲法改正して国家緊急権を盛り込むところまで行くべきなのか、というと、そこまで明確に考えているわけでもありません(そもそも、想定外の事態のことを事前に条文で定めることができるのか、という問題もあります)。

とはいえ、緊急事態に適用される法律が「お願いベース」のものであって良いのか否か、コロナが収束したら、このたびの問題を忘れることなく、議論になれば良いと考えております。

新型コロナ 緊急事態宣言で何が変わるか

ずいぶん久々の更新になります。

新型コロナウィルス感染に絡んで、政府が緊急事態宣言を出すかも知れないと報道されています。

これまでにも、東京や大阪の都市部で、知事から外出自粛の要請が出されたりしていましたが、緊急事態宣言が出るとどういうことになり、これまでとどう違うのか、まとめてみたいと思います。

弁護士という職業がら、何でも「法的根拠」が気になるのですが、まず、緊急事態宣言の根拠となる法律は「新型インフルエンザ等対策特別措置法」という、平成24年にできた法律です。その付則に最近、この法律は新型コロナにも適用すると定められました。

で、政府は、新型コロナが蔓延するおそれがある場合、期間と地域を決めた上で、緊急事態宣言を出すことができ、そのために地方自治体に必要な指示をすることができます(32条)。

そうなると、その地方ではどんなことができるようになるか。以下、重要と思われるものを挙げてみます。

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1 自宅待機の要請

まず身近なところでは自宅待機が挙げられます。

知事は、住民に対し、生活維持に必要な活動を除いて、不必要な外出を避けて自宅待機することを要請できる(45条1項)。

要請とはつまり「お願い」です。このように、我々住民に対しては、緊急事態宣言が出ても、結局「お願い」しかできないのです。

では、すでに東京や大阪の知事がやっている週末の自宅待機要請と何が違うのかというと、法的効果としては変わりはありません。ただ、現在は、知事が法的根拠なく「単なるお願い」をしているにすぎないのが「政府による緊急事態宣言に基づく、法的根拠を伴うお願い」になったという、心理的な重みだけが違うということになります。

では、これに反して、必要もないのに遊びに出かけると処罰されるのかというと、要請の違反者に対する処罰規定はないから、一部の外国みたいに罰せられることはありません。

また、いまよく言われている、都市封鎖、ロックダウンができるのかというと、この法律を読む限り、それを認めるような条文はなさそうです。

2 施設の利用制限

知事は、学校、社会福祉施設、興行場(映画館など)、さらに政令で定める「多数の者が利用する施設」を、使用しないよう要請することができ(2項)、その要請に従わない施設に対して使用しないよう指示ができる(3項)。

これも「要請」にすぎず、要請に従わない場合は「指示」ができるだけです。指示といっても、命令ではないので、従わない場合の罰則はありません。

とはいえ、公的な施設であれば、政府や知事の要請や指示に従わないことはないと思うので、罰則がなくても支障はないでしょう。

では、いまよく話題に出てくる、ナイトクラブやバーなど、夜のお店は規制対象になるかというと、条文には書かれていない。

しかし、対象となる施設はそれ以外にも「政令」つまり内閣の一存で決めることができるので、規制対象に付け加えることはできそうです。

(具体的には、政令としては新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令が定められており、その11条によるとナイトクラブは含まれますが、バーは明記されていません。このあたりは改めて整理したいと思います。以上4月22日追記。同日の記事はこちら。)

この規制に対して、店主が従わずに営業を続けたらどうなるか。上に述べたとおり、要請や指示だから強制力や罰則はありません。

もっとも、そういうことをすれば、社会的にも非難されるし、役所にも睨まれる。役所に睨まれると、何かのきっかけで風営法や飲食業の免許を取り消されたりすることがあるのではないかと想像します。だから、お店側も従わないわけには行かないでしょう。

そうなると、お店側としては売上げ激減で死活問題になる。これに対し、何らかの補償がされるのかというと、条文上はそんな定めはない。

なので、もし政令で夜のお店(に限らず、広く個人商店全般)に閉店を要請・指示するのだとすれば、別途、政治判断で手厚い補償が定められるべきでしょう。

(注:東京都や大阪府では今後、営業自粛に応じた業者への補償が進められるようです。4月16日付記)

3 土地・建物の使用

知事は、臨時の医療施設を作るために、土地・建物の所有者の同意を得て、その土地・建物を使用することができる(49条1項)。所有者が正当な理由なくこれに応じない場合は、同意なしに使用することもできる(2項)。

これは、病院を作るために、場合によっては土地・建物をその使用者から取り上げることができるという制度ですから、相当に強い規定です。

なので、所有者に対しては相当の補償をしなければならないと定められています(62条1項)。

いまのところ、一部のホテル業者が任意で協力に応じているようですから、これが実際に発動されることは当分ないのではないかと思います。

4 物資の売渡しの要請

知事は、医薬品、食品などの必要物資の生産・販売業者等に対し、それらの物資を引き渡すよう求めることができる(55条1項)。さらに、業者がその要請に応じない場合は、収用することができる(2項)。

これは、薬、マスクや食品を売り渋ったり、それによって値段を吊り上げたりしようとする人がいた場合の対策です。

収用とは取り上げることを意味しますが、この場合も、その価格相当分を補償してやる必要があります(62条1項)。

この要請に反して、それらの物資を隠匿したりすると、罰則があります(76条1項、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)。この状況で必要物資をなお隠匿するような業者は処罰されてもやむを得ないかと思われます。

5 生活関連物資の価格の安定

知事は、生活関連物資等の物価の安定のために、必要な措置を行うことができる(59条)。

少し前に、マスクを高値で転売すると処罰される、と定められましたが、それは、直接にはこの条文に基づくものではなくて、国民生活緊急安定措置法という別の法律によります。

その26条1項に、政令で物資の売買について定めることができる、と規定されており、それでマスクの売買について政令で取締り規定を設けたものです。

緊急事態宣言下では、知事が、他の物資にも今後同様の問題が生じた際、政府に適宜政令を出すよう求めていくことになるのでしょう。

6 債務の支払猶予

内閣は、国会閉会中のときは、政令をもって、金銭の支払に猶予を与えることができる(58条)。いわゆるモラトリアムというやつです。

経済が回らないことで、たとえば、テナントの賃料、売掛金、家のローンなど、資金繰りに困る人たちがたくさん出てくると思いますが、政府がその支払の猶予を求めることができるわけです。

ただ、個々の住民の生活に直接関連が深いことから、給料の支払については猶予を与えることはできない、とされています。だから、会社が従業員に対して、今月の給料は待っといてや、と言うことはできません。

とはいえ、それ以外の支払でも、払ってもらう側としては切実な問題ですから、その支払が得られないことで経営難が生ずることも予想されます。これは緊急融資等、その他の制度で手当てすることになるでしょう。

ちなみに、昭和36年にできた災害対策基本法にも同じようなモラトリアム制度がありました。

・・・・・・

以上、ざっとまとめましたが、個々の住民の行動については、そんなに劇的な影響はなく、罰則を伴う移動制限が行われるわけではない。

施設の使用制限が政令によって広く認められ、それが夜のお店を始め、中小零細商店にまで及んでしまうと、経済的な影響は不可避だと思われますが、その場合は、政府において、モラトリアムを適用し、他の経済対策を打ち出すなどをセットにして、経済を支えてもらいたいと思います。

なお、以上の解説はあくまで、私がこの法律の条文をざっと読んで理解したことに基づいて書いています。何らかの参考文献を参照したわけではありません。

おおまかなところは合っていると思いますが、細かくなりすぎないよう、あえて大ざっぱに書いている部分もありますし、もしかしたら不正確な部分があるかも知れませんので、ご了承ください。

あと、余力と時間があれば、新型インフル対策法と、災害対策基本法と、日本国憲法の関係について、追って書きたいと思います。

出荷制限の責任を取るのは誰か

前回、災害時の「緊急事態宣言」の意味や効果について、ごく大ざっぱなことを書きましたが、これに関して新たな動きがありました。

菅総理が、福島など4県で取れた牛乳やホウレンソウを「出荷制限」する指示を出したとのことです(22日各紙朝刊)。これは、前回にも紹介した「原子力災害特別措置法」(以下「措置法」)に基づくものです。

テレビを見ていますと、枝野官房長官が記者会見で、措置法の「第20条3項に基づき」と発言していました。
この条文は、要約すれば「原子力災害対策本部長(現在、菅総理)は、応急対策の実施のため必要なときは、行政各部や地方公共団体(今回の場合は4県の知事)に対し、必要な指示ができる」というものです。

応急対策の内容としては、措置法26条に「原子力災害の拡大防止を図るための措置」などと掲げられていて、これらが法的根拠になるようです。

細かな話ですが、注意していただきたいのは、総理大臣が個々の農家や牧場主に、直接に出荷禁止を命じたわけではなく(それを認める法律はない)、あくまで知事に対して「必要な指示」をしたという点です。
ですから、農家に出荷禁止を直接命じるのは知事です(知事がどういう法的根拠でそんな命令ができるか、まだきちんと調べていませんが)。

報道では「放射能は問題ないレベル」と繰り返されていますが、現在のホウレンソウや牛乳の在庫は廃棄処分になるでしょうし、風評被害は当分回復できないでしょう。

後日、その責任を誰が取るのかが問題になったとき、菅総理が措置法の論理を悪用して「私は『応急対策』をせよと指示しただけであって、出荷制限は私ではなく知事が命じたのだ」と言う可能性がなくはないと思いますが、そのような言い訳を許してはいけません。

菅政権にはすでに前科があります。
尖閣諸島に不法上陸した中国人船長がおとがめなしで釈放された一件では、間違いなく政府の有形無形の圧力がかかっているはずですが、当時の仙谷官房長官は「那覇地検の判断を尊重する」と言ったきり黙ってしまった。このことは皆さんの記憶に新しいと思います。

今回の一連の対応についての責任は、緊急事態宣言をし、対策本部長に就任した菅総理にあるというのは、前回書いたとおりです。
とはいえ、菅総理が「責任取って総理をやめます」と言ったところで、農家の方々の売上げ減少という現実の被害が解消されるわけではない。

これらの金銭的被害の賠償については、「原子力損害の賠償に関する法律」という法律があり、これによると原子力事業者(東京電力)に賠償責任があります。ただし、その第3条では「異常に巨大な天災地変」などにより発生した損害は賠償の対象外とされており、今回の地震はこれにあたるように思われます。

それでも、出荷制限は国(具体的には菅総理)の指示に基づいて行なわれたわけですから、憲法に基づいて(詳細は省略しますが17条の国家賠償請求権や29条3項の補償規定)、何らかの手当てが行なわれるのでしょう。

「緊急事態」とはいかなる事態か

引き続き、地震関連の話を書きます。

被災者の安否や、原子炉の状況など、現状が気になる事柄が多々ありますが、残念ながら私にはどうすることもできないので、ここでは、今回の震災に対する法律面での現状を書いてみたいと思います。

菅総理が「緊急事態」を宣言したと報道されていますが、これは何を意味するのか。
もちろん、単に「えらいことになった」と言っているだけではなくて、法律の根拠に基づく宣言です。

災害時の緊急事態宣言とは、前回紹介した、「災害対策基本法」と、「原子力災害対策特別措置法」に規定があります。長いので以下、「基本法」と「措置法」と略します。

基本法105条によると、「異常かつ激甚」な非常災害が発生したとき、総理大臣は「災害緊急事態」の宣言をします。これが行なわれると、内閣の命令(政令といいます)によって、物資の流通や価格を統制できることになります。

今回のケースであてはめると、「水や食料などの生活必需品を東北の被災地に集中させ、被災していない西日本では一定数量以上は販売してはいけない」とか、
「水の価格の高騰を防ぐため、ペットボトルの水は1リットルあたり150円を超える金額で販売してはいけない」といったことを、菅総理が流通業者に命令で
きることになります。

本来は、業者がどんな商品を、どこでいくらで販売するかといったことは、「営業の自由」(憲法22条)であって、総理大臣でも口出しできることではない。
ですから緊急事態とは、国家の危難を回避するため、総理大臣に一時的に極めて強力な命令権を与え、本来であれば許されないような権限行使をさせることを意味するのです。

ただ、今のところ、ここまで強い意味での緊急事態宣言は発せられていないようです。
内閣府のホームページによりますと、いま発せられているのは、措置法15条による「原子力緊急事態宣言」のようです。

これは、測定される放射線量が異常なものとなった場合などに出されるものです。
これが行なわれると、総理大臣は、避難勧告、さらには避難命令(条文には「指示」と書かれています)を行なえるようになる。報道されているとおり、現に原発周辺の住民に対して避難命令が出ているようです。

これにしても、本来であれば、住み慣れた自分の家を捨てて30キロ先に避難しなさいなどと、総理に言われる筋合いはない。緊急事態だから例外的に、総理に国民の居住場所を指示する権限を与えるわけです。

いずれにせよ、強い権限には重い責任が伴います。
菅総理が原子力緊急事態宣言をしたということは、この度の原発事故について自ら強い権限を行使し、その結果責任のすべてを自ら負うと宣言したことを意味します。

民主党そして菅総理のことなので、そのことの意味が「わかっていなかった」などと言いだす懸念がなくはないですが、今はひとまず、菅総理の権限行使を見守るしかないでしょう。